王は愛を囁く

鈴本ちか

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謁見

謁見①

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 回廊の先に、一際大きな両開きの扉が見える。その朱塗りの扉を廊下に控えていた者がゆっくりと開く。
 会見用の広間と思しきそこは太い柱が六本、高い天井を支えており壁も天井も朱塗りだ。
 鏡の後ろをなるべく首を動かさぬように見回しながら碧琉は静々と進む。
 黄国王宮は見る限り朱塗りが基調となっている。柱は朱に金の装飾が施されており、壁面にも金色の竜が描かれている。派手好きな兄、碧佳がここを訪れた時の浮かれようが目に浮かぶようだ。
 奥の壇上にまた豪華絢爛な椅子が用意されている。
 脚はまるで獣の足のような曲形で、施されている彫も見事だ。

「こちらでお控えくださいませ」

 鏡に指示された場所に座る。
 碧琉の背後には柳と駿が座り既に叩頭している。
 慌てて碧琉も倣う。柳、駿から旅程では感じられなかった張り詰めた空気を感じる。ただでさえ緊張しているのに、臣下の醸し出す重苦しい空気は黄国王への評価のように感じてきりきりと胃の腑が痛む。もう来るのだろうか。
 荘厳な雰囲気のこの広間もより一層碧琉を圧迫する。
 黄国王は若いが威厳があり、女性が放っておかないだろう容姿と聞いているが本当なのかなと思う。
 黄国民は気性が荒いというのが他国からの評価で、碧琉もそう聞いていたが、鏡や柳、駿、移動中に見た船員からもそういった荒さを言葉の端にも感じなかった。
 評判とは違う黄国民を目の当たりにしてじゃあ王はどうだろうと思う。容姿はこの際どうでもよい、碧琉は女性ではないのだから。荒々しい強さが前面に出ているのか、落ち着いた雰囲気なのか。たとえどんな人物にせよ、樹の代表として友好関係を保持しなくてはならない。粗相があってはならない。
 碧琉は更に痛んできた腹に力を入れた。
 扉の開く音に続き二重、いや三重に折り重なった足音がする。
 碧琉は叩頭したまま息を飲んだ。
 壇上の床を踏む音の後に椅子に腰かけたのだろう衣擦れの音が聞こえた。

「道中不備は御座いませんでしたか、碧琉王子」

 頭上から聞こえたのは低く柔らかだが厚みのある声。たった今名乗ろうと口を開きかけた碧琉は言葉に詰まった。

「は、はい快適でした、あ、りがとうございます」
「それは良かった。顔を上げてくださいませんか?」
「はい」

 ゆっくりと顔を上げた碧琉の目に椅子にゆるりと掛けた人物が映る。
 碧琉は息を飲んだ。切れ長の黒い瞳がこちらをじっと見ている。睨まれている感じはないがとても目を反らすことが出来ない、強い視線。その熱視線に射竦められ、碧琉はただ見つめ返すことしか出来ない。

「ああ、そのままだ」

 なんとか聞き取れる程度、ほんの小声の呟きは碧琉の耳を素通りしていく。黄国王は目を細めた。強い視線がほんの少し緩むと、夢から醒めたように碧琉は今自分がどうしているのか思い出した。

「は、初めてお目にかかります、樹国第三王子碧琉でございます。この度は樹にご助力頂き、嬉しく思っております」

 碧琉は用意してきた言葉を機械のように吐き出しまた叩頭した。
 自分が前面に出て他国と交流した経験など一度もない。それどころかそのような場に立ち会う事さえ許されなかった碧琉にはこういった経験はなかった。緊張したが、用意した通り言えた。
 顔を伏せたまま安堵した碧琉だったが待てども一向に返答がない。碧琉はいよいよおかしいなと思い始めた。
 なにか、間違った、かな。額にじわりと汗がにじむ。
 碧佳に『ご挨拶』を聞いて貰った時、碧佳は「いいんじゃないか」と答えた。ちゃんと確認して貰ったから可笑しくはないはずだ。自分は間違いなく言えたと思ったが、緊張していたから知らず間違っていたのかもしれない。

「私は黄国国王、煌です。兵帰還までの間碧琉王子に滞在して頂ける事こちらこそ嬉しく思っております」

 たっぷり間を置いて待っていた返答がきた。初対面だが声色から不興を買ったわけではないのは分かった。が、先程のように安易にほっと出来る気分にはなれなかった。
 最初からそうだが砕けた煌の口調は場馴れして感じる。そっと顔を上げると椅子に肘を付いた煌と目が合った。
 口元に微笑みを浮かべているが漆黒の瞳に笑みはない。ただ碧琉を見据えている。瞳同様の黒髪は胸ほどあり結わえることなく肩から垂れている。眼光鋭い目元が印象的ではあるが高い鼻、厚い唇も目を引く。それが褐色の肌に並べば不思議と調和が取れ目元に強さが集まって見えるから不思議だ。
 こうも迫力のある眼力は碧琉でなくとも気圧されるのではないだろうか。

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