王は愛を囁く

鈴本ちか

文字の大きさ
16 / 21
謁見

謁見⑤

しおりを挟む
「碧琉様、大丈夫ですか」

 またいつの間にか計が傍に来ていたらしく、しゃがれた声が優しげに囁いた。そしてそっと碧琉の背を撫でる。
 困惑して泣きそうになっていた碧琉は顔を上げる事が出来ない。すんすんと鼻を鳴らす。碧琉は背を撫でる手の動きにほんの少し安堵し、膝を抱く腕を緩めた。

「お湯を浴びると気持ちが良くなりますよ」
「でも、髪が、」
「こちらでは髪を布で巻く習慣は御座いますが王族の方々は結いません。もし碧琉様がお嫌でなければ結わずおられては? ちょっと拝見しても?」
「ええ、どうぞ」

 計は座る碧琉の頭上を見ようと小さな背を伸ばした。その様子を見た碧琉が計に頭を傾けると計は「ありがとうございます、あ、少し触りますがよろしいですか」と聞き、碧琉が頷くと優しく四方を触った。

「しっかりと固めてますね。頭が痛いでしょう? お洗いになると良いですよ。今見せて頂いて、分かりました。同じように結って差し上げますから」

 さあさあと腕を引かれ脱衣場へ引き摺りこまれる。計の指が上着の襟もとに掛かり紐を外していく。
 黄国では使女に服を脱がせてもらうのだろうか、樹では上衣や正装、こちらが頼めば手伝いが入るが普段は自分で脱ぐ。郷に入れば郷に従えと言うからなと大人しくされるままにしていたが上着を剥がれ帯に手が掛かった時碧琉は身を引いた。
 今日会ったばかりの人にこれ以上は脱がされるのは嫌だった。

「あ、あとは出来ます」
「左様でございますか、では」

 計は一礼してさっさと出て行った。
 あっさりと引いた計の態度に、黄の習慣ではなく碧琉を気遣ってかもしれない。さっき泣いていると勘違いされたのかも。泣きそうだったけれど、泣いてはいない。違うのに、違うと今更言えないし、とぐちぐち考えながら一枚また一枚と脱いでいく。
 熱気で着物の中が蒸れている。一枚脱ぐ毎に熱気が逃げて不快感も着物とともに減っていく。全て脱ぎ終わると碧琉は両腕を突き上げ伸びをした。熱気もだがあちこち力一杯締めていたので身体が痛かった。
 身体の解放感は気持ちまで開放するようで、胸に掛かる靄が少し薄くなった。
 ここへ来て一番軽い気持ちで浴室へ続く木戸を開いた。

「うわ、いい匂い」

 湯の熱気に混じり花のような芳香が鼻孔いっぱいに入り込んでくる。爽やかな甘い香りだが柑橘の皮の香りとは違う。花のような甘さもあるが、何度も吸い込んでいるともしかしたらこれは花の香りではない気がしてきた。樹に自生している素馨(そけい)にほんの少し似ているがもっと癖のある香りだ。
 それとも香でも焚いてあるのだろうか。浴室を見回すが浴槽の周りにも、硝子張りの壁際にも、陶磁器のように見える床面にもそのような容器は見当たらない。
 碧琉はそっと浴室の床に足を下ろす。やはりひんやりした肌触りは陶磁器のようだ。
 数歩進んだ先の浴槽に両手を差し込み湯を掬って顔を近付けてみると、花の香りを強く感じる。湯に精油を混ぜてあるようだ。本当にいい香りだが種類の分からない植物には注意を払わなければならない。手をしばらく湯につけ、異変がないことを確認した碧琉は手近にある桶をとり身体に湯を掛ける。手もそうだったが身体も湯を浴びて皮膚が痛むことは無い。ほっとした碧琉は身体と髪を石鹸で洗い、湯に飛び込んだ。
 湯を掬っては落とす。本当に、どんな植物のなんだろう。気持ちが落ち着く香りだ。
 こうしてゆっくりと湯に浸かっていると樹に居るような安らぎを感じる。しかし樹はこんな、硝子張りの浴室ではないんだけど。
 ぼんやり硝子の向こうに見える花壇を眺めていると、ふと湯気が立っているのにここの硝子は曇っていないと気が付いた。何か特殊な技術があるのだろうか。計に聞いてみようかなあと思いながら浴槽の縁に頭を乗せて外を見る。
 雲一つない快晴。陽光を浴びて新緑の緑が光る。初めはぎょっとしたが、庭が見えるのは案外気持ちが良い。
 しばらくそうしていると心地よすぎて眠たくなってきた。
 顔に髪が一束落ちてきた。指で掻き上げると滑りが悪く所々で引っ掛かる。
 まだ髪を固めた薬剤が落ちきっていないようだ。もう一度洗わなきゃ、碧琉は引っ付きそうになる瞼をごしごしと擦った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。 それはビッチングによるものだった。 幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。 国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。 ※不定期更新になります。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

処理中です...