『加工アプリの女』

春夜夢

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第8話『侵食』

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《FaceRefeが再インストールされました》

沙月のスマホ画面に表示されたその通知に、部屋の空気が一変した。
誰も操作していないのに、勝手に戻ってくる。アンインストールしても、消しても、逃げても──

“彼女”は、コードそのものに入り込んでいる。

八重が顔をしかめて言った。

「……やっぱり、簡単には終わらないよ。“顔”って、本人だけのものじゃないから」

「どういう意味?」

「アンタがアップした自撮り、まだネット上に残ってる。リポストされて、保存されて、拡散されて……もう“顔”が誰のものかなんて、わからない」

沙月の背中に冷たい汗が流れる。

(そういえば……最初にあの女が映った写真、誰かが保存したって通知、来てた)

「つまり、他の誰かが、私の“顔”を持ってる……?」

「うん。そして“彼女”は、そこにも侵食できる。つまり……あんたの“顔”を使って、他人を経由して戻ってくるかもしれない」

──カシャッ。

そのとき、八重のスマホが勝手にシャッターを切った。

画面を見ると、撮影されたのは壁……ではなく、背後に立つ女の足。

「……うしろ!!」

振り向くと同時に、二人は部屋を飛び出した。

* * *

その夜、寮へ戻った沙月は、部屋のドアを二重に施錠した。
電気は消さない。スマホは機内モード。カメラのレンズにはシールを貼る。

(……私は、絶対に見せない。映らない。触れさせない)

ふと、ベッドの脇に置いてあったサブスマホを思い出す。

古い機種。数年前に使っていたやつで、SNSもアプリも入っていない。

「……これなら、大丈夫……」

そう思って電源を入れると、ロック画面に写真が1枚浮かび上がった。

加工された、誰かの顔。

それは──沙月の顔に似ているけれど、目が“八重”だった。

(……え……?)

写真の下には、こんなメッセージが添えられていた。

『あなたの顔、借りたよ。ありがとう』

(……八重? まさか……)

すぐに彼女にメッセージを送る。
だが既読はつかない。

その瞬間、寮の廊下から異様な音が聞こえた。

──カシャ……カシャ……

それはスマホのシャッター音にしては、重すぎた。
まるで、何かの“骨”が軋むような音。

次の瞬間、部屋のドアがノックされた。

コン……コン……コン……

「……沙月? 開けてくれる?」

優しい、でも妙に平坦な声。
──それは、八重の声だった。

だが、ドアスコープから覗くと、そこに立っていたのは──

顔が“ない”八重だった。

皮膚だけが貼りついたような白い仮面。目も口もなく、ただそこに立ち尽くしている。

「顔……返して……沙月……」

ごとり、とドアの外で何かが落ちた。

音に誘われてもう一度スコープを覗くと、今度は自分の顔が、床に転がっていた。

──完璧に整った、盛られた“理想の顔”。

だけどそれは、血のような黒い液体にまみれて崩れていく。

ドアノブがガチャリと鳴った。

(まずい……侵食が進んでる!)

八重が言っていた。

“カメラに映るな。SNSに触れるな。鏡も避けろ”

沙月は手近な鏡をタオルで覆い、スマホの電源を完全に落とした。
光が消えた部屋で、震えながら呟く。

「私は、私……誰にも、顔なんて……渡さない」

でも──闇の中、誰かが囁いた。

「じゃあ、あなたは“その顔”を本当に覚えてるの?」

その声が、自分の中から聞こえた気がした。
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