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憧れの2月
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これは後で聞いた話だが、バラは後日、彼が私のお墓に持って行ったそうだ。両親が見たら、驚くだろう。その光景を想像すると、苦笑いを浮かべるしかなかった。
彼曰く、毎年送るからとのことだった。本当は百八本の花束を考えていたと言われて、顔から火が出そうになったのと同時、まだ早い! と一喝した。
まあ、ここで「まだってことは……」と突っ込まれたことは、さておいて。
まったくどうして、育ちはほぼほぼ日本のくせに、時々海外式なのだから質が悪い。そして、それが本当に様になっているのだから、溜息しか出ないというものだ。
私たちは一度、心のままに話し合おうとなって、図書室ではなく屋上前の階段に腰を落ち着けた。外はまだまだ寒い上に、屋上へと続く扉は鍵がかかっている。ゆっくり話ができる場所を探した結果、ここになったのだ。
「さくらさんの言いたいことは、だいたいわかったつもりだけど」
「……はい」
「でも、とりあえず教えてもらいたいな。本音と建前」
一見無邪気でいて、どこか逆らえない笑顔を向けられ、腹を括った。
「……ここから出られない私の未来は、このままこの学校に地縛霊として囚われ続けるか、君の卒業を機に消えるかの二択。どちらにせよ、君といられるのは約二年。だから、やっぱり互いの未来のために、今のうちに離れておこうと思った。一年でこんなだよ……三年後だなんて――」
そんなの、もっと辛くて苦しいに決まっている。
「それが建前?」
「う……うん」
「そっか」
「そう、思うんだけど……だけど、やっぱり離れたくない。君と、レオくんともっと話したい。もっと一緒に過ごしたい。もっと、いろんなことをしていけたら――」
ずっと、一緒にいたい……それは本当。
だけど、でも……もっとと願ってしまうことがある。
「俺も、ずっとずっとさくらさんと一緒にいたい。出られないって聞いた時、正直ショックだった。一緒に行きたいところや、見せたいものがいっぱいあったから。……ねえ、さくらさんの考える未来がその二択なら、俺の考える未来はちょっと違うよ」
彼は、表情を崩さず続けた。
「一つ目は前に止められたけど、さくらさんと同じ存在になって、永遠に一緒にいること。あ、待って」
咄嗟に口を開きかけた私は彼に先手を打たれ、言葉を発することができなかった。
「ごめん。聞いて? 言いたいことは、わかってるつもりだよ」
「……うん」
「ありがとう。えっと、そう。一緒にいられるかはわからないけど、いられることを、奇跡を信じてみるのはどうかな。今度はマイナスの気持ちじゃなくて、本当にさくらさんとずっとずっと一緒にいたいから」
狂気なまでの、私への愛――死をマイナスと捉えない彼の想いは、ここまでくるとそう表現するしかなかった。
「そして、もう一つ。それは、もう一度俺がこの学校に来ること」
「え?」
どういう意味かわからずに首を傾げていると、彼がクスリと笑って教えてくれた。
「俺、将来は英語を活かせる仕事に就こうと思うんだ」
「え……」
コンプレックスを、ともするとトラウマとさえ捉えていただろうことを、彼は仕事にしようと言う。そう思えるまでに、いったいどれほどの葛藤があったのだろうか。
「そう思えたのは、さくらさんのおかげだよ。俺、英語教師になる。それで、この学校に赴任できたら……そうしたら、また一緒にいられるよ」
「先生に、なって……また……」
今のように過ごしていける未来がある。
そんなの、想像したこともなかった。
あんなにも現実に固執していた彼が、私よりもずっと先の未来を見ていた。
彼の考えも聞かずに、狭い視野で物事の判断をしようとしていたなんて……私は改めて、自身のちっぽけさを感じた。
「俺はそう考えてるよ。まあ、それはいわゆる建前かな。本音はどうなっても、どんな立場でも、ずっとさくらさんと一緒にいたい! だよ。ただ、正直なことを言うなら、その……さくらさんに触りたい、かな」
「っ……」
「あ、あの……変な意味じゃなくて、いや、そうでもないかも、って、いや、違うんだ。えっと……」
顔を赤くして口ごもる彼がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「私も思うよ。君の手はあったかいのかな、とか。ギュッって抱き締めてもらうってどんな感じかな、とか。その、キス、とか……」
言っていて恥ずかしくなった。顔が熱い。
「さくらさん、顔赤い」
「君だって赤いよ」
「……」
「……?」
無言でじっと見つめられたので小首を傾げると、彼の目が細められた。
「……本当に可愛い。可愛すぎる」
「え――」
眼前に彼の顔があった。これ以上ないほど詰め寄られて、息が止まりそうだ。
「やばい、ねえ……キスしたい」
「えっ……」
全身が真っ赤になっている気がする。今までもするフリなんて、真似事なんて、何度もしてきたのだけれど。だけど、こうして言葉にされたことはなかった。
それもこんな間近で、掠れたような声で、目が男の人のそれで。
こんなの、戸惑うよ……。
「目、閉じて……」
「ん……」
構わず近付いてくる彼に、ギュッと目を閉じる。最近はこんなにも緊張しなくなっていたのに、ガチガチに体を強張らせてしまった。
彼が離れる気配がして目をゆっくり開けると、フッと笑うのが聞こえた。
「緊張した? ……可愛い」
長い指が私の唇へ近付き、そっと撫でる真似をされる。
「さくらさん、柔らかそう……」
「も、もう! 何を言っているの!」
「何って、思ったこと」
さっきまで獲物を捕らえた獣の目をしていたくせに、今はもう無邪気に笑ってみせている。
あの顔を、目を思い出すだけで、ドキドキして体が壊れてしまいそうだ。
「やっぱり手を繋いでみたいって思うし、さくらさん泣き虫だから、その涙を拭いたいってずっと思ってた」
「私も……雨の日には傘を差したり、怪我をしたら包んであげたい。抱き締めてあげたい。……抱き締めて、ほしい」
けれどそれは、どんな未来を選んでも叶わない。
「一番の願いだけが、どうしても叶えられないね」
「うん……」
すべてを選び取るなんて、そんなのはいつまでも終えられないゲームのよう。こんなちっぽけな私たちの手からは、零れ落ちてしまう。
だから、身に余らないささやかな幸せだけを選んで、握り締めていくんだ。
すべてを失わないように。
「ねえ、先生になるってすごくいいと思う。私、君の教師姿を見てみたい」
「うん。俺、頑張るよ。だから、卒業する時に消えるなんて、言わないで」
「うん……」
だから、何もかもを失う前に。
私は、嘘を吐いた。
彼曰く、毎年送るからとのことだった。本当は百八本の花束を考えていたと言われて、顔から火が出そうになったのと同時、まだ早い! と一喝した。
まあ、ここで「まだってことは……」と突っ込まれたことは、さておいて。
まったくどうして、育ちはほぼほぼ日本のくせに、時々海外式なのだから質が悪い。そして、それが本当に様になっているのだから、溜息しか出ないというものだ。
私たちは一度、心のままに話し合おうとなって、図書室ではなく屋上前の階段に腰を落ち着けた。外はまだまだ寒い上に、屋上へと続く扉は鍵がかかっている。ゆっくり話ができる場所を探した結果、ここになったのだ。
「さくらさんの言いたいことは、だいたいわかったつもりだけど」
「……はい」
「でも、とりあえず教えてもらいたいな。本音と建前」
一見無邪気でいて、どこか逆らえない笑顔を向けられ、腹を括った。
「……ここから出られない私の未来は、このままこの学校に地縛霊として囚われ続けるか、君の卒業を機に消えるかの二択。どちらにせよ、君といられるのは約二年。だから、やっぱり互いの未来のために、今のうちに離れておこうと思った。一年でこんなだよ……三年後だなんて――」
そんなの、もっと辛くて苦しいに決まっている。
「それが建前?」
「う……うん」
「そっか」
「そう、思うんだけど……だけど、やっぱり離れたくない。君と、レオくんともっと話したい。もっと一緒に過ごしたい。もっと、いろんなことをしていけたら――」
ずっと、一緒にいたい……それは本当。
だけど、でも……もっとと願ってしまうことがある。
「俺も、ずっとずっとさくらさんと一緒にいたい。出られないって聞いた時、正直ショックだった。一緒に行きたいところや、見せたいものがいっぱいあったから。……ねえ、さくらさんの考える未来がその二択なら、俺の考える未来はちょっと違うよ」
彼は、表情を崩さず続けた。
「一つ目は前に止められたけど、さくらさんと同じ存在になって、永遠に一緒にいること。あ、待って」
咄嗟に口を開きかけた私は彼に先手を打たれ、言葉を発することができなかった。
「ごめん。聞いて? 言いたいことは、わかってるつもりだよ」
「……うん」
「ありがとう。えっと、そう。一緒にいられるかはわからないけど、いられることを、奇跡を信じてみるのはどうかな。今度はマイナスの気持ちじゃなくて、本当にさくらさんとずっとずっと一緒にいたいから」
狂気なまでの、私への愛――死をマイナスと捉えない彼の想いは、ここまでくるとそう表現するしかなかった。
「そして、もう一つ。それは、もう一度俺がこの学校に来ること」
「え?」
どういう意味かわからずに首を傾げていると、彼がクスリと笑って教えてくれた。
「俺、将来は英語を活かせる仕事に就こうと思うんだ」
「え……」
コンプレックスを、ともするとトラウマとさえ捉えていただろうことを、彼は仕事にしようと言う。そう思えるまでに、いったいどれほどの葛藤があったのだろうか。
「そう思えたのは、さくらさんのおかげだよ。俺、英語教師になる。それで、この学校に赴任できたら……そうしたら、また一緒にいられるよ」
「先生に、なって……また……」
今のように過ごしていける未来がある。
そんなの、想像したこともなかった。
あんなにも現実に固執していた彼が、私よりもずっと先の未来を見ていた。
彼の考えも聞かずに、狭い視野で物事の判断をしようとしていたなんて……私は改めて、自身のちっぽけさを感じた。
「俺はそう考えてるよ。まあ、それはいわゆる建前かな。本音はどうなっても、どんな立場でも、ずっとさくらさんと一緒にいたい! だよ。ただ、正直なことを言うなら、その……さくらさんに触りたい、かな」
「っ……」
「あ、あの……変な意味じゃなくて、いや、そうでもないかも、って、いや、違うんだ。えっと……」
顔を赤くして口ごもる彼がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「私も思うよ。君の手はあったかいのかな、とか。ギュッって抱き締めてもらうってどんな感じかな、とか。その、キス、とか……」
言っていて恥ずかしくなった。顔が熱い。
「さくらさん、顔赤い」
「君だって赤いよ」
「……」
「……?」
無言でじっと見つめられたので小首を傾げると、彼の目が細められた。
「……本当に可愛い。可愛すぎる」
「え――」
眼前に彼の顔があった。これ以上ないほど詰め寄られて、息が止まりそうだ。
「やばい、ねえ……キスしたい」
「えっ……」
全身が真っ赤になっている気がする。今までもするフリなんて、真似事なんて、何度もしてきたのだけれど。だけど、こうして言葉にされたことはなかった。
それもこんな間近で、掠れたような声で、目が男の人のそれで。
こんなの、戸惑うよ……。
「目、閉じて……」
「ん……」
構わず近付いてくる彼に、ギュッと目を閉じる。最近はこんなにも緊張しなくなっていたのに、ガチガチに体を強張らせてしまった。
彼が離れる気配がして目をゆっくり開けると、フッと笑うのが聞こえた。
「緊張した? ……可愛い」
長い指が私の唇へ近付き、そっと撫でる真似をされる。
「さくらさん、柔らかそう……」
「も、もう! 何を言っているの!」
「何って、思ったこと」
さっきまで獲物を捕らえた獣の目をしていたくせに、今はもう無邪気に笑ってみせている。
あの顔を、目を思い出すだけで、ドキドキして体が壊れてしまいそうだ。
「やっぱり手を繋いでみたいって思うし、さくらさん泣き虫だから、その涙を拭いたいってずっと思ってた」
「私も……雨の日には傘を差したり、怪我をしたら包んであげたい。抱き締めてあげたい。……抱き締めて、ほしい」
けれどそれは、どんな未来を選んでも叶わない。
「一番の願いだけが、どうしても叶えられないね」
「うん……」
すべてを選び取るなんて、そんなのはいつまでも終えられないゲームのよう。こんなちっぽけな私たちの手からは、零れ落ちてしまう。
だから、身に余らないささやかな幸せだけを選んで、握り締めていくんだ。
すべてを失わないように。
「ねえ、先生になるってすごくいいと思う。私、君の教師姿を見てみたい」
「うん。俺、頑張るよ。だから、卒業する時に消えるなんて、言わないで」
「うん……」
だから、何もかもを失う前に。
私は、嘘を吐いた。
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