After story/under the snow

黒羽 雪音来

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3. 2-3 村を救ったのは英雄なのか?

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 雪の降らない、満月の夜だった。

 楽しい楽しい、小さな村達の収穫祭になるはずだった。
 この7日間。隣接している5つの村は祭りの準備に励んでいた。寒さに強い木の実を収穫した労いと、今年も豊作にしてくれた自然の神への感謝を伝えるためだ。
 誰もかが浮かれていた。楽しい祭りに心が弾む。
 それが、一瞬で水の泡と化した。
 
 魔物の襲撃だ。
 奴らは悪魔のような存在だ。逃げ惑う人々を見れば、鋭い牙を見せつけるかのように笑い、玩具で遊ぶように人間を、その営みを、壊していく。

 野生の獣と違い、生きるために人間を殺して食べることはない。
 奴らは楽しいから人間を殺すのだ。
 その絶望した表情を、その愚かな行動を、見るのが好きなのだ。

 ある魔物は、顔を涙と鼻水で濡らして命乞いする老人を縦に引き裂いた。
 ある魔物は、我が子を守ろうと盾になる男女もろとも腹を穿つ。
 ある魔物は、捕まえた子供達の皮を剥いで取り替えっこをしていた。
 ある魔物は、お下げの少女の首をもいで捨てた。筆を持つように残った胴体を逆さに抱いて質素な家の壁に絵を描き始めた。
 ある魔物は、身代わりにされた短髪の少年の腹を裂き、ブチブチと臓器を引っ張り出そうとしていた。

 ある魔物は、子を連れて逃げる女性に手を伸ばし──足下の影に飲まれた。
 生き埋めのように頭だけ出ている。
 口を覆って声を出せないようにされた。

 その魔物だけではない。
 他の魔物も、次々と影に飲まれていった。

 魔物と村人がその異変に気付いたのは、人間ではない声が聞こえたからだ。

「悪趣味だねぇ~!」
 常に楽しいことを求めているような、賑やかな男性の声だ。
 砂が混じったようなざらつきしゃがれた声が特徴的であった。
 だが、その姿は人間ではなかった。

 真っ白な狼だ。
 モフモフの冬毛を纏い、雪を降らす灰色の雲と同じ色の目をしている。
 極寒の地である北の大陸では珍しくもない、ハイイロユキオオカミと呼ばれる肉食獣。
 だが、滑舌よく人間の言葉を話す狼など存在しない。

 魔物に対して怯えていた人間は、ぽかんとした顔で狼を見つめていた。

 魔物は違った。
 本能で悟った。
 こいつは危険だ。すぐに殺さなければ、自分たちが殺される。
 狩る側から狩られる側になってしまう、と。
 そんな危機感から魔物達は一斉に飛びかかる。とある魔物は己の能力で、とある魔物は手にした武器で、とある魔物が体に備わった凶器で、狼に襲いかかる。 

「そんじゃ、あとよろしくー!」
 狼は楽しそうに大声を出した。

 あらゆる影が夜空へ集合する。
 魔物、人、建物、道具、死体・・・・・・有機物も無機物も関係なく、影という影が雲のように集まると、豪雨のように降り注ぐ。
 影の矢に当たった魔物は、今までの魔物のように影に飲まれて身動きが封じられた。


 あの狼の近くに村長がいた。
 3年前に村長に選ばれた30代の男だ。
 この若さで村の纏め役を担えるほど、男は村を維持させるための知恵と、村を良くするために行動できる体力と、村の人の厚い信頼があった。

 それでも1人の人間だ。
 他の男達と協力して魔物を足止めしながら、女性や子供、老人達を集会場に連れて行き、地下の避難所に匿っていた。
 だが、男達は次々と殺された。外で生き残っているのは村長だけになってしまった。
 近づくなと斧を振るって魔物を牽制していた。
 大切な妻と娘の身を案じながら。
 まだ逃げ込んでいない家族を探しに行きたい。その欲に抗いながら。
 
「あんた、ここの村長?」
 気付けば目の前にあの狼がいた。悠長に話しかけてきた。
 
「あ、ああ・・・・・・」
「それは僥倖僥倖! 1回で済む!」
 狼は大きな口を開けて、ゲラゲラと笑う。

「シェルターの中にいる奴らと一緒に、村の四方にある黒い球体に逃げろ。出入りは自由に出来るが、助かりたいなら絶対に出るなよ」

 村長が詳しく尋ねるより先に、狼が言葉を続ける。

「あと、国の騎士団と教会の守護軍が来たらこう言っといてくれ! 英雄がこの村を救った、ってな!」
 
 狼の後方に、見知らない人間が立っていた。
 貴族のような服装だが、好まれることのない黒一色。同色のシルクハットを前に傾けさせ、唯一肌を見せている顔は見えないように俯かせている。
 村長が前に見かけたことのある貴族達は、上半身が大きく、下半身が細いという不均衡な印象があった。
 だが、その人間にはそれを感じなかった。村の男達より背は低く細身。そのせいか、腰のベルトに取り付けている剣が妙に大きく見えた。

「あ? 戻ってくるの早くねぇ?」
 村長の視線を辿った狼は、貴族のような奇妙な人物に気付いた。

「悲報と朗報だ」
 狼は顔を戻し、村長を見る。
「全員は無理だったが、英雄のおかげで9割の村人の命が救われた。──が、喜ぶのは後回しにしてくれ」

「・・・・・・なぜですか・・・・・・?」
 この狼には敬意を払わないといけない。そんな脅迫に近い何かを村長は感じとった。

「今からあそこにいる英雄が強ボスをはり倒しに行くからだよ。村1つ襲うなんてさぞ強いんだろうな~!」
 狼はそう言うと、村長の額を前足で触れる。
 奇妙な光が灯り、吸い込まれるように消えた。
 それを確認すると、狼はあっさりと背を向けた。

「村長」
 狼が戻ってくる間に、英雄が告げる。
「伝言だ。──私も娘も無事だ、と」
 まだ若さがあるのに、年を重ねたような落ち着いた声だった。
 なのに、その声には悲哀と瞋恚を感じた。
 若々しい貴族とは思えないほどの重みがあった。

 英雄と狼は歩き出し、村長だけが残された。  


 村長は脇目を振らず、地下の避難所に駆け込んだ。
「みんな!! ここも危ない!! 別の場所に逃げるぞ!!」

「ど、どこに、ですか・・・・・・?」
 我が子を抱える女性が、震える声で尋ねた。

「黒い球体だ!! そこなら安全だと英雄様が仰った!!」

 村長の言葉に、村人は安堵と不安の声を漏らす。

「英雄様は1番強い魔物の退治に向かってくださっている!! 魔物達も拘束されている!! 移動するなら今のうちだ!!」

 村長という信頼できる人の言葉に、村人達は移動という選択肢を選んだ。
 その言葉は正しかった。魔物達が襲ってくることはなく、黒い球体はシェルターより頑丈だった。
 
 村長の記憶は改善されていた。
 村長に指示したのは狼だ。だが、村長の記憶の中では黒い服を纏った英雄になっていた。
 狼の存在は、綺麗に消えていた。 



 英雄と狼は村の中央に辿り着く。
 そこには、収穫祭の催し物があった。
 飾られた置物があった。屋台があった。楽器があった。休憩できる椅子が置かれていた。
 それらは壊されていた。木の実や野菜、狩ってきた獣の肉は食い散らかされていた。
 強ボスがその場所に陣取っていた。

 狼が言っていた強ボスとは、数多の魔物を引き連れてきた纏め役の魔物である。
 人間の成人女性の平均的な大きさ。人間の姿に類似しているが、額に鋭い角があり、腹だけが異様に膨れ、あとは骨に皮を張り付けたような見た目をしている。
 そいつは鼻歌交じりで、子供の皮を別の子供に着せていた。
 すぐ横には、着せられている子供の皮が投げ捨てられていた。
 すぐ後ろには、子供の死体で出来上がった小山があった。 
 真上には、人形のように飾られている死体達が浮いていた。

「強ボス~! なんか遺言ある~?」
 今晩は食べたい物を尋ねるような軽さで、狼は強ボスに声をかけた。
「──誰だ? 貴様ら?」
 鼻歌を止めて尋ねる強ボスの声は不機嫌だった。
 子供だった物を捨て、立ち上がった。

「・・・・・・浮かべるなら蝋燭の方が幻想的だぞ~。万人受けもするぞ~」

「なぜ質問内容を変えた?」
 思わず英雄は尋ねた。
「なんかムカついた」
 あっさりと答えた狼に、英雄は言葉が見つからないとばかりに黙った。

 強ボスも、今までの魔物同様に狼を敵視する。
 だが、いきなり襲いかかることはしない。
 それは弱者がすること。
 他の魔物を力だけで従えてきた最強の魔物として、どのようにすればあの狼を一撃で葬れるかを考える。
 無論、観察も怠らない。
 隙を見せた瞬間、首を刎ねる。それでおしまい。
 
 そう確信してた。

 突然、狼が体ごとぐるりとまわる。
 突然、大地と空が反転する。
 首を失った強ボスの胴体が、ふらついてから小山を転がり落ちる。
 その光景を目撃して、首を刎ねられたのは自分だと、強ボスは気付いた。

 首が床の大地に落ちて転がる。
 空から見下ろしていた胴体は、地上では1つの影によって遮られていた。
 
 英雄が立っていた。
 その手には、禍々しい魔力を纏った剣が握られていた。
 どんな素晴らしい名剣であっても、魔力で強化した皮膚の前ではただの鉄の塊。この肌の前では呆気なく砕けた。
 それを、英雄は魔力を纏わせることで攻略した。
 しかも、刃を強化させるものではなく、当たった物質や現象を著しく弱体させる類いだ。
 触れることが前提なら、効果が発動した瞬間に目で捉えられた。
 だが、首を斬られて後に気付いた。その魔力を見るまで効果に気付かなかった。
 目で追えないほど、斬られたことすら対象に認知させないほど、素早い動きで的確な位置に剣を振った。
 認めたくないが、それは理解できた。
 だが強ボスは、英雄の存在そのものが全く理解できなかった。 

 村を襲った魔物達は、英雄を気にしていなかった。
 だが、強ボスは違う。
 英雄から、自分たち魔物とよく似た魔力の波長を感じた。  
 それは、ここにいるはずのない存在のはずだった。

「どうしてここにいるっ!?」
 強ボスは声を荒げる。
「貴様は私たちと同じ存在のはずだ!! もう終わったはずだ!! 次の段階に入ったはずだ!! 手を出す理由などないはずだ!! まだ───」  
「あんたさ。こいつの動き見えた?」
 その声を遮るように、呆れた声で質問したのは狼だった。
 こいつ全くわかってない。と、言わんばかりに。
「そもそもさー。はずって何回言えば済むワケ? こんな悪趣味しかしねぇで生きてきたから世間に疎いんだろ・・・・・・」 
 そう言って、強ボスの頭に前肢を乗せた。
「おっとっと、逃げるなよ~。北の大陸のマニュアルだと、強ボスクラスは心臓を破壊しないと倒せないんだろ? ──それ、南の魔神の俺にも適応してるぅ?」
 不気味に光る狼の目に、信じがたい狼の正体に、強ボスはこの世の終わりを目撃したかのように戦慄して悲鳴を上げるも、南の魔神と名乗った狼に捕食されて、声はすぐに消えた。
 そんな味気ない、弱肉強食を彷彿さえるような自然的な終わりだった。
 
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