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4. 2-3 洗浄
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何度も咽せた。視界が白黒に何度も変わるようにチカチカする。
息が落ち着きだし、やっと状況が確認できるほど冷静になった。
全てを遮断するような砂嵐から弾き出された先は、拠点の中にある1つの部屋。
部屋と言ったが、ありふれた岩の洞窟の天井床壁が氷で覆われた空間だ。
至るところに光魔法で作られた光球が浮遊する。
自分は今、見覚えのある巨大な水槽の中にいる。
よじ登れないほどの高さがある水槽には、人肌ほどのお湯が7割ほど注がれており、ほんのりと湯気が立っていた。
浮きと呼ばれる、木の板のような軽い物体が投げ込まれなかったら──水槽の縁に手を伸ばしても届かず、体を安定させる方法がわからず、水しぶきを何度も上げて溺れていた。
浮きを投げてきた、水槽と同じ高さの階段の上に座っているコナユキ猫を見る。
「人肌ほどの温度のお湯は、衣服に付いた血を落とすのに最適なんだよな~。今日はガタガタ震えるほど寒いしな~」
猫は上機嫌な声でそう言いながら、1本の長い木の棒を取り出した。
それを器用に前足で掴んで、水面に浮いている帽子を取り出す。
猫の姿で戯ける魔神に、さらに不愉快に感じて苛立つ。
体の内側で、膨らむように広がる黒い靄に共鳴するように、自分は声を荒げる。
「魔神っ!! どうして邪魔をする!?」
「狼の俺が言ったろ? 水の泡になるぞ~って? それでもやろうとするから邪魔するしかないだろ?」
「ふざけるなっ!!」
「ふざけているのはそっちだろ? 復讐を望んでいる奴が恐怖で竦みかけている方がふざけてっから」
図星だった。
黒装束の男は視線を落とす。
それでも、それを認めたくなかった。
それはただの偶然だった。
復讐相手の1人をあの村で見つけ、魔神を撒いて追いかけた。
その後ろ姿を見つけた時から、過去に受けた仕打ちが頭の中に蘇った。
それが自分の足を引っ張った。
復讐するという思考が恐怖で狂った。
復讐をする手が恐怖で震えた。
不意打ちの初手。あんな狭い道で、剣を横に振るうというありえない選択をした。
逃がさない為に両足を切り落とした。上がった悲鳴が、自分に暴力を振るう時に上げていた高笑いに似ていて、足が動かなくなった。
這ってでも逃げようとしていたから蹴った。その悲鳴に、また足が動かなくなり血を浴びた。
このままではいけないと、男の首に手をかけた。
この悲鳴を聞いてしまうのがいけない。聞かなければいいだけだ、と。
首を絞められた時の痛みと恐怖に抗うように、あの時の自分のように謝り続けてみろと嗤いながら、自分は心の中で高らかに言い続けた。
なのに、目の前の復讐相手は自分のことなど忘れていた。
自分の復讐など価値がないと言うように、自分ではない誰かに命乞いを始めた。
受けた仕打ちの恨みを持って殺さなければ復讐にならないとわかっていたのに、頭の中が真っ白になった。
純粋な殺意が芽生えた。
恐怖という邪念がなくなった。手の震えもなくなった。
あの場では何も思わなかったが、自分は恐怖で竦んでいたのだと気付いた。
勇者として受けた仕打ちの恐怖が、眷族になった今でも根深く残っていた。
だから、黙るしかなかった。
「・・・・・・どんだけ真面目ちゃんなのお前? ここで嘘や言い訳するのが普通───いや、普通じゃなかったわ・・・・・・マジで責めづれぇわ・・・・・・」
魔神はため息まじりでそう言うと、水槽の中に棒を深く入れた。
そもそも、これは自分が始めた復讐だ。
依頼したとはいえ、関係ない魔神に口を出されるのはおかしいのだ。
解消した方が良い。義手義足、魔眼、眷族の力を返そう。
返却ができないなら使わなければいい。這って移動すればいい。
これまでの報酬と迷惑料として、死んだ後にこの体を使えばいいと言って支払えば済む。
言っていなかっただけで、始めからそのつもりだった。
自分の死体なら利用価値はある。
魔力の生産量なら、大賢者のお墨付きだ。
死体になると量はやや少なくなるが、外部から干渉すれば魔力変換機関を無理強いして魔力水車として使える、と他の仲間に言っていた。
全身を炎で焼かれるような激痛に何度も悲鳴をあげ、うるさいと何度も暴力を振られ、自分の腕を噛んで声を殺す姿を笑われた日々が、こんな形で役に立つとは思ってもいなかった。
死体ならうるさくない。報酬としてはかなり良品だ。
これで行こう。内側に広がる黒い靄に背中を押されるように、顔を上げた。
黙ってからこの案までは、数秒の思考。
「お湯はかき混ぜないと一定の温度が保てないからね~♪」
魔神はそう歌い、自分の体がぐるりと横に回る。
魔神の高速かき混ぜにより、お湯の中に渦が発生していた。
自分は声を上げる間もなく、呆気なく渦と波にもみくちゃにされる。
「綺麗になったらね~♪ 嫌なら力使えばいーいーよー♪」
そういえば。魔神は血を落とすとか言っていた。
眷族の力を使おうとしても、集中できずに発動しない。剣は水槽の外に落ちていた。
服にべったりと染みついた血が落ちるまで、洗われ続けた。
息が落ち着きだし、やっと状況が確認できるほど冷静になった。
全てを遮断するような砂嵐から弾き出された先は、拠点の中にある1つの部屋。
部屋と言ったが、ありふれた岩の洞窟の天井床壁が氷で覆われた空間だ。
至るところに光魔法で作られた光球が浮遊する。
自分は今、見覚えのある巨大な水槽の中にいる。
よじ登れないほどの高さがある水槽には、人肌ほどのお湯が7割ほど注がれており、ほんのりと湯気が立っていた。
浮きと呼ばれる、木の板のような軽い物体が投げ込まれなかったら──水槽の縁に手を伸ばしても届かず、体を安定させる方法がわからず、水しぶきを何度も上げて溺れていた。
浮きを投げてきた、水槽と同じ高さの階段の上に座っているコナユキ猫を見る。
「人肌ほどの温度のお湯は、衣服に付いた血を落とすのに最適なんだよな~。今日はガタガタ震えるほど寒いしな~」
猫は上機嫌な声でそう言いながら、1本の長い木の棒を取り出した。
それを器用に前足で掴んで、水面に浮いている帽子を取り出す。
猫の姿で戯ける魔神に、さらに不愉快に感じて苛立つ。
体の内側で、膨らむように広がる黒い靄に共鳴するように、自分は声を荒げる。
「魔神っ!! どうして邪魔をする!?」
「狼の俺が言ったろ? 水の泡になるぞ~って? それでもやろうとするから邪魔するしかないだろ?」
「ふざけるなっ!!」
「ふざけているのはそっちだろ? 復讐を望んでいる奴が恐怖で竦みかけている方がふざけてっから」
図星だった。
黒装束の男は視線を落とす。
それでも、それを認めたくなかった。
それはただの偶然だった。
復讐相手の1人をあの村で見つけ、魔神を撒いて追いかけた。
その後ろ姿を見つけた時から、過去に受けた仕打ちが頭の中に蘇った。
それが自分の足を引っ張った。
復讐するという思考が恐怖で狂った。
復讐をする手が恐怖で震えた。
不意打ちの初手。あんな狭い道で、剣を横に振るうというありえない選択をした。
逃がさない為に両足を切り落とした。上がった悲鳴が、自分に暴力を振るう時に上げていた高笑いに似ていて、足が動かなくなった。
這ってでも逃げようとしていたから蹴った。その悲鳴に、また足が動かなくなり血を浴びた。
このままではいけないと、男の首に手をかけた。
この悲鳴を聞いてしまうのがいけない。聞かなければいいだけだ、と。
首を絞められた時の痛みと恐怖に抗うように、あの時の自分のように謝り続けてみろと嗤いながら、自分は心の中で高らかに言い続けた。
なのに、目の前の復讐相手は自分のことなど忘れていた。
自分の復讐など価値がないと言うように、自分ではない誰かに命乞いを始めた。
受けた仕打ちの恨みを持って殺さなければ復讐にならないとわかっていたのに、頭の中が真っ白になった。
純粋な殺意が芽生えた。
恐怖という邪念がなくなった。手の震えもなくなった。
あの場では何も思わなかったが、自分は恐怖で竦んでいたのだと気付いた。
勇者として受けた仕打ちの恐怖が、眷族になった今でも根深く残っていた。
だから、黙るしかなかった。
「・・・・・・どんだけ真面目ちゃんなのお前? ここで嘘や言い訳するのが普通───いや、普通じゃなかったわ・・・・・・マジで責めづれぇわ・・・・・・」
魔神はため息まじりでそう言うと、水槽の中に棒を深く入れた。
そもそも、これは自分が始めた復讐だ。
依頼したとはいえ、関係ない魔神に口を出されるのはおかしいのだ。
解消した方が良い。義手義足、魔眼、眷族の力を返そう。
返却ができないなら使わなければいい。這って移動すればいい。
これまでの報酬と迷惑料として、死んだ後にこの体を使えばいいと言って支払えば済む。
言っていなかっただけで、始めからそのつもりだった。
自分の死体なら利用価値はある。
魔力の生産量なら、大賢者のお墨付きだ。
死体になると量はやや少なくなるが、外部から干渉すれば魔力変換機関を無理強いして魔力水車として使える、と他の仲間に言っていた。
全身を炎で焼かれるような激痛に何度も悲鳴をあげ、うるさいと何度も暴力を振られ、自分の腕を噛んで声を殺す姿を笑われた日々が、こんな形で役に立つとは思ってもいなかった。
死体ならうるさくない。報酬としてはかなり良品だ。
これで行こう。内側に広がる黒い靄に背中を押されるように、顔を上げた。
黙ってからこの案までは、数秒の思考。
「お湯はかき混ぜないと一定の温度が保てないからね~♪」
魔神はそう歌い、自分の体がぐるりと横に回る。
魔神の高速かき混ぜにより、お湯の中に渦が発生していた。
自分は声を上げる間もなく、呆気なく渦と波にもみくちゃにされる。
「綺麗になったらね~♪ 嫌なら力使えばいーいーよー♪」
そういえば。魔神は血を落とすとか言っていた。
眷族の力を使おうとしても、集中できずに発動しない。剣は水槽の外に落ちていた。
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