After story/under the snow

黒羽 雪音来

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7. 1‐2 客室での会話

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 北の大陸には、教会は1つしか無い。
 神は1人。なら教会も1つでなくては神に祈りが届かない、そんな理由だ。
 
 コの字を描くように建築されている。
 左右は神の手を、中央は足、胴体、顔を表していると言われている。

 左の棟は神の左手と呼ばれており、男性のみ出入りする事が許されている。寮であり、仕事場でもある。

 右の棟は神の右手と呼ばれており、女性のみ出入りする事が許されている。寮であり、仕事場でもある。
 聖女の部屋と祈りの場もこちらに用意されている。

 中央は性別関係なく立ち入れる。足は地下墓廟。胴体は聖堂。頭は鐘だと言われている。ミサに来る者、聖女の施しを受けたい者は、聖堂のみ入ることを許されている。

 身分など関係ない。神を信ずる心があれば神は答えてくれる。
 それが教会の謳い文句だ。



 左の棟の客室に通された。
 空が更けたこともあり、詳しい話は明日になった。
 法皇も同席して。そう神父は言っていた。

 影を使った結界を張った。音漏れ対策の簡易的なものだ。
 本格的な結界を作れば、魔力の発動に敏感な右の棟にいる北と南の聖女、あるいは南の勇者に気付かれる恐れがあるからだ。
 外から見ても気付きにくい、膜のような薄い結界が気付かれない限度で。

「ああああああああああああ」

 狼の姿の魔神は頭を抱えて苦悩してしていた。
 ここまで動揺する姿は初めて見た。

「ああああああああああああ」

「・・・・・・そんなに厄介なのか?」

 鞘ごと剣を抜いてから、ベッドに腰掛ける。
 シルクハットをサイドテーブルに置いた。

「それは嬢ちゃんズのヤバさを知らないから言えることだああああああああああああああ」

「・・・・・・何度も戦って勝っているのだろう?」

「それは俺が南の魔神だからだよおおおおおおおお」

「・・・・・・すまない。理解できない」

 魔神は顔を上げた。

「・・・・・・利口になった?」

 唐突すぎる質問に、静かな憤りを覚えた。

「人を馬鹿にしているのか?」

「!! やっぱり利口になってるぅ!! 頑張って勉強を教えて良かったぁ!!」
 
 尻尾をパタパタと振って、盛大に喜んでいる。
 見ている側としては、ただただ不愉快であった。

「昔から言うだろ? 人間って生き物は感想や考えを伝えるのを放棄したらゾンビになるって」

「初耳だが?」

 ゾンビは知っている。
 東の大陸に出現する死体の怪物。

 サンドワームと同じナーマによる生物系の進化体。脳と体に残された記憶から動きを再現しているらしい。
 ナーマの量が多いと、未練を果たそうとして人を襲うことがあるらしい。

 書物で得た知識の為、実物を見たことはない。
  
「例えだよ例え。人生を謳歌するにはどうしたらいいのか計画を立てなきゃいけねぇ。時間に流され何もしない奴、人に言われるがまま従っているだけの奴は、ゾンビと一緒だってことだな」

 魔神の言葉に、細くて小さな針を胸に刺したような痛みを感じた。
 自分のことを言われているような気がしたからだ。

 今の自分は復讐を完遂させたい。
 だが、南の魔神についてほとんど知らない。

 復讐に手を貸しても、勉強を教えても、この魔神には何も利益がない。
 この魔神は何を企んでいる。

 用事があって、この大陸に来たと言っていた。

 復讐のナントカという仕事は建前で、自分の復讐はその用事を果たすための踏み台にされていないか。
 自分は、魔神が口にしたゾンビにされていないか。
 不安と疑念が体の内側で混ざり、黒い靄に溶け込んで心の中でさらに広がった。 
 
「簡単に言えば、お前の成長を褒めている!!」 

 お人好し。お調子者。それで納得できれば良かった。

 だが、こいつは策士だ。
 手のひらで踊らされていることを相手に自覚させずに、思い通りに物事を動かす狡猾な奴だ。 

「褒美に肉球をプニプニさせてやろう~」 

 信用するな。
 使われて捨てられるのではない。こっちから使って捨ててやれ。
 魔族の常識や本能など、自分には関係ない。
 絶対に心を許すな、と。 
 許せば、勇者の時の二の舞になるぞ。
 黒い靄の奥から、そんな声が聞こえた気がした。

「・・・・・・あの2人について教えてくれ」

 現在欲しい情報を持っている魔神に、そう尋ねた。
 すると、狼の毛がぶわっと広がり、体がガクガクと震え出す。

「あああああああああ! いい感じに現実逃避してたのにいいいいいいい!!」

 この魔神の大げさな反応のせいで、気が緩みそうになる。

 だから自分は使い潰される側になってしまうのだ。そんな自己嫌悪に陥る。

 ため息と共に沈んだ気持ちを吐き出し、気持ちを整える。

「・・・・・・特にないのか?」

 ふてくさるように、器用に狼の頬を膨らませる。

「・・・・・・ラークが最強の天才剣士なら、あのコンビは常識をごり押しでぶっ壊していくと言ったところだな」

「・・・・・・むこうの聖女と勇者が最強で天才ではないのか?」

「それはないなぁ。わかりやすい事例を挙げれば・・・・・・ソフィの嬢ちゃんは祭壇に突き刺さった聖剣を毎日揺らし続けて、2年かけて引っこ抜いた」

 予想すらしていなかった内容に、言葉がでない。

「だろぉ? 耳疑うよなぁ。だがな、ソフィの嬢ちゃんは俺とどーしても戦いたくて力業で引っこ抜いた。いや、穴を広げて抜けやすくした、が正しいか・・・・・・聖剣振り回せるのも、鍛え上げた腕力と握力と腹筋あってだし・・・・・・」

 同じ人間なのだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ。
 
「サフワの嬢ちゃんは・・・・・・まぁ、あの歳の聖女の中では優秀だが正義感と気が強すぎて・・・・・・身ひとつで犯罪集団を壊滅に追い込むわ。婚約相手の王子の兄貴のちょっとした不正を咎めて投げ飛ばすわ。俺より先に内紛を鉄拳制裁で終戦させるわ。聖女の力で俺の眷属3体ぼこぼこにするわ・・・・・・言い方あれだが人間じゃねぇ。暴力が人の形して歩いている・・・・・・はははははは……」

 南の魔神という偉大な存在から、渇いた笑いが漏れる。
 そうとう手を焼いているようだ。

「・・・・・・本当に10代なのか?」

「あ。悪ぃ・・・・・・サフワの嬢ちゃんの伝説は全て5歳の時のものだ。ソフィの嬢ちゃんは7歳で聖剣を無理矢理引っこ抜いた」

 聞いているだけで頭が痛くなってきた。

「・・・・・・よくそんなのと戦えていたな・・・・・・」

「まぁ。俺が魔神だからできるって話だ。で、これからどうしたい?」

 聖女並に、この魔神も話題と気持ちの切り替えが速い。
 体を震わせていたのが演技のように思えてくる。

「・・・・・・計画を続行したい」

 何度も迷った。
 だが、教会に手が出せなくなるという状況になるのを避けるなら、攻めるべきだと判断した。

「俺は分が悪いと思うが、成功させる自信があるみたいだな?」

 小さく頷いた。
「当初の計画は、聖女が力を失っているという証拠を掴んで世間に露呈。混乱している中で絶望を与える。だが、聖女に近づけば、1番近くにいる南の聖女と勇者と事を構える可能性が高くなる。戦闘能力が高いならそれは避けたい」

 魔神向けに絶望と言ったが、やることは殺すという単純なものだ。
 正直に言ったら、また口うるさく言われるからぼやかした。

「その絶望って何?」

 鋭い。言葉に感情の匂いでもあるのだろうか。

「・・・・・・代わりに、教会そのものの地位を落とす。ひとつだけ心当たりがある」

「おーい! 質問に答えろー! 答え合わせさせろー! どーせ殺すなんだろー!」

 魔神は、はっと何かを思い出したような顔をする。

「殺すで思い出したが、俺言ったよな? 魔物を殺すなって!!」

 どの魔物のことだと思ったが、すぐに日中の魔物達を思い出した。

「殺していないが?」

「ああん? やりかけてただろ~。俺が吠えなかったらマ~ジでバレてたからなぁ~」

「それはない」

 そう答えると、魔神は呆れたと言わんばかりの深いため息を吐いた。

「あのな~。1回だけなら奇跡的に躱せたと思われるが、あんな戦いできるのは最強のお前だけだ。ソフィの嬢ちゃんだって大怪我負うからな、あれ」

 魔神をガタガタと震わせる南の勇者ですら、あれぐらいで大怪我を負う。
 その言葉に、自分はアルバーストのドラゴン以上の化物になってしまったのだと再認識する。

「多くの騎士や兵士が亡くなってるのは、それだけ魔物との強さに差があっからだよ」 

 魔神が何度も釘を刺してくるのがよくわかった。
 自分の常識は通じなくなってしまった。これぐらいなら大丈夫だろうという行動ですら、復讐に支障が応じると痛感する。  

「・・・・・・次からは気を付ける」

「やけに素直じゃん。なーんか企んでるぅ~?」 

「もう寝る」
 
 立ち上がってベッドの影に潜った。
 シルクハットを忘れたのを思い出したが、出てきたら質問攻めされそうだったのでそのままにした。

「ああ!! 図星だな!! 図星なんだろ!! 話終わってねぇぞー!! 出てこーい!!」

 影の外から魔神の声とぺちぺちと叩く聞こえるが、無視して瞼を閉じる。

 記憶という名の悪夢の中を揺蕩いだす。
 辛くても、悲しくても、身を委ねなくてはならない。
 復讐という刃を研ぐ為には必要なことなのだから。

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