After story/under the snow

黒羽 雪音来

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7. 2-2 神の腹の中

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 朝が来た。
 明日という日が今日に変わった。
 昨日と変わらずに雪は降っていた。
 心の中の黒い靄は、さらに濃く重くなった気がした。

「なんっつーか・・・・・・あれが朝食なの・・・・・・?」

 客室に戻ってくるなり、朝食を食べていない魔神の口からの辛辣な感想が出てきた。

「タンパク質も炭水化物もねぇ・・・・・・ビタミンもねぇ・・・・・・つか、ビスケットより薄いのが1枚ってなんなの? 不気味な光沢のジュースはなみなみ注がれておかわりまで出されるし・・・・・・ラーク。胃袋は大丈夫か?」

「魔族だから問題ないだろ」

「いやいや。胃袋は人間のままだからな。両腕両足目耳なら俺がすぐに直せるけど、他の部位は無理だから気を付けろよ~」

「・・・・・・ああ」

「法皇も法皇だよな・・・・・・客人混ぜての朝食ならもっと豪華にしてくれよ。仕事の話も早々と切り上げ、謎ジュース片手に天井の神の偉大さ語って終わる・・・・・・なんなの?」」

 魔神は愚痴をこぼす。
 数ヶ月の期間限定という条件付きだが、守護団で働くことを承諾した。
 スワン神父は嬉しそうだったが、法皇は少しだけ不満そうな顔をしていた。

 それは、報酬の話をしてからだ。
 スワン神父は理解があるらしく、給料の話を持ち出したら妥当の金額を提示してきた。

 だが、そこに待ったをかけたのが法皇だった。 
 いろいろとご託を並べていたが、神のために無償で引き受けるべき、と言ってきた。

 スワン神父はこちらの味方になってくれたが、上司に頭が上がらないのが部下というもの。妥協案として数ヶ月を数週間に減らし、衣住食の提供を付ける形で、無償で働くことになった。
 
「っくそ~・・・・・・思い出しただけでも腹が立ってきた・・・・・・今から戻って法皇のはげた頭囓ってこよっかな~」

「好きにしろ」

「わぁ!! こいつは冷た~い!!」

 守護団は、魔物の討伐で数日前から教会を離れている。
 戻ってくるのは3日後。
 守護団は帰ってくるなり必要な物資を整え、すぐに魔物討伐の遠征に出る。その時に自分が合流し物資の用意から依頼が始まる。依頼の契約が過ぎれば、そのまま守護団から離れる。
 守護団が教会に帰還するまで。これが制限時間だ。

「つーか。聖堂見学勧められたけど、神の石像に向けて人が手を合わせてお祈りしているの見てもつまんないだろ?」

「本物の神ならここにいるのにな」

「お! 珍しい返しするじゃねぇか? お話しするのが楽しくなってきたか? ・・・・・・だんまりかよ。やれやれ・・・・・・」

 狼は楽しそうに笑いながらも、声にはやや呆れの息が籠もっていた。
 
 正直、自分でもどうしてそんな言葉を口にしたのかわからない。
 勇者は、魔神と魔物を殺し、この大陸と人を守るためが使命。
 ただ、それだけを全うすればいい。そう言われ続けてきた。
 言葉を発する機会を貰えず、それを勝手に行えば、動けなくなるまで暴力を振るわれた。
 勇者になる前の記憶は、ほとんど抜け落ちて覚えていない。
 
 まともな会話は、南の魔神が初めてかもしれない。
 自分でも思いかけない言葉を言ってしまうこれが、楽しいというものなのだろうか。
 不愉快に感じていたのは気のせいか。

 そう思った矢先、黒い靄が揺れる。
 そう思ったことを否定するように、何も感じなくなった。
 
「この先が聖堂でいいのか?」

 魔神に尋ねられ、スワン神父からもらった教会の案内図を見る。
 左の棟から聖堂に通じる関係者用の通路扉を開けた。
 聖堂には、全ての音を拒むような静けさが満ちていた。

「神隠し? これが本当の神隠しぃ!!」

 胸一杯の期待の声で興奮する魔神を無視し、中央へ進む。

 祭壇より奥に置かれた天井の神の像だけが佇む。
 左右には3枚ずつ、神像の背後に1番大きなステンドグラスの窓があり、左から右を交互に見て、最後に大きなステンドグラスを見ることで、始まりの北の聖女の物語が完成する。

「ほうほう・・・・・・北の聖女は治癒と退魔の力を使い人々を魔物から救い・・・・・・聖なる力を聖剣に注ぎ勇者と共に魔神を倒し・・・・・・邪悪なるものから人々を護るために自分の血で不可視の結界を張り・・・・・・使命を全うした聖女の魂は神の導きで楽園へと飛び立った・・・・・・え? 聖女の在り方は合ってるのに最後は嘘ばっかじゃねぇか・・・・・・」

 人がいないことを良いことに、隣の魔神は長々と喋る。そして、倦厭するように耳を垂らす。

「あら~? 信者の皆様が座る椅子がな~い。神父様が聖書置く台がな~い」

 すぐに切り替えたように、魔神は別のことに関心を向ける。
 どうしてそれらがないことに不思議がるのかが、理解できなかった。

「ね~ね~? 北ってどうやってお祈り捧げているのぉ?」

 同行していた魔法使いから聞いたことがあった。
 その説明を、そのまま伝える。 

「・・・・・・床にできる左右のステンドグラスの光は神の足下であり心の耳を傾けている証。光のない場所に己の潔白さを示すために硬貨を置き、神の足下である光に集まり身を低くして心の中で祈りを捧げる。神父は聖書を持ってその光の間を歩きながら読み上げ、祈りを捧げる者の心の不純を取り払い、その祈りの声を神へと届かせる。神が頭を撫でた者は声が届いているという証であり、その者の祈りは願いとして神が叶える」

「・・・・・・置いた硬貨は?」

「・・・・・・不純の証として神がこの世から払う」

 魔神は目と口を大きく開けて固まっている。猫のフレーメン反応の写真によく似ていた。
 猫の姿の魔神もたまにしているのを思いだした。  
「バカだ・・・・・・この大陸はバカの極みだ・・・・・・いいカモにされてっぞ・・・・・・北の奴が干渉したがらないわけだ・・・・・・」

 魔神の反応の理由はよくわからなかったが、北の奴という言葉から、あの姿が脳裏に浮かんだ。

「北の魔神とは、仲が良かったのか・・・・・・?」

「っふ。俺は北の奴って言っただけだぜ? 北の魔神とは言ってなーい‼」

「誤魔化すな。魔神と付き合いがあるのは魔神──」

 魔神が突然飛びかかってきた。
 柔らかい肉球が口を塞ぐように当たる。

 勢いで後ろに押されないように左右から魔神の体を掴み、自身の足で踏ん張る。

 飛びかかってきた理由を聞く前に、聖堂の正面扉が勢いよく開けられた。

 扉を掛けたのは南の勇者。
 みるみるうちにぱぁと表情が明るくなっていく。
 今の今まで泣いていたのか。目尻には涙が溜まり、頬を流れたあとが残っている。

「いいなぁ・・・・・・わたしもモフモフ抱っこしたい・・・・・・」

 モフモフという代名詞から、対象は狼姿の魔神だ。

「あの~、南の勇者様・・・・・・」

 南の勇者の影から、北の聖女が顔を出す。

 見覚えのある顔。見覚えのある黒い髪。見覚えのある目。見覚えのある背格好。見覚えのある装飾。人当たりの良い優しい笑み。
 だが、自分が知っている聖女ではない。
 容姿と声がそっくりなだけの偽物だ。
 
 自分の記憶に刻まれた北の聖女は、美しくも冷たい微笑みを浮かべていた。
 自分の知る北の聖女は、誰が相手であってもその微笑みを浮かべていた。

 これが私だと。そう、豪語して知らしめるかのように。


 わかってはいたのに、実際目にすると驚きの方が勝った。

「で、でも・・・・・・オオカミさんが・・・・・・」

「先を急がないと──」

「でもオオカミさんがぁ!!」

 ぶわっと、南の勇者は泣き出した。

「やかましいっ!! なにしてんのよ!?」

 さらに南の聖女までやってきてしまった。


 このまま何もしなければ、昨日の繰り返しになる。
 南の勇者の目の前で立ち止まり、抱えていた狼を渡す。

 狼は目を白黒にする。
 心の中で申し訳ないと深謝する。

 南の勇者は、欲しかったぬいぐるみを贈られた子供のように、笑顔で狼を抱きしめた。

「っは!! い、いいのですかっ!?」
 嬉しさの方が勝っていたらしく、我に戻ったように尋ねてきた。

「ええ。夕方頃にまたこの場所にきますので、その時お返しください」
 揉め事を起こしたくない。その為の処置だ。

「~~っはい!!」
 南の勇者は感極まった声で返事をした。
 南の聖女がこちらに来る前に、狼を抱きながら、北の聖女の手を握った勇者が先に駆け寄った。

「行こう。サフワちゃん!!」
 満遍な笑顔の南の勇者を見る前に、南の聖女はこちらを一瞬睨んだ。

「はいはい・・・・・・」
 こちらに何か言いたそうではあったが、勇者と共に聖堂から立ち去った。



 怪しいと踏んでいた、地下の墓廟へと向かう。
 ここは立ち入り禁止だが、見つからなければ問題ない。

 聖堂の右の壁沿いの中央に、地下へと続く入り口がある。
 中に入れば、剥き出しの土と均等に設置された篝火。そして、ところところ照らされることのない闇があった。
 その中を、自分は進む。

 まるで、天国から追放されて地獄へ向かう罪人のような気分だった。
 否。自分は元から罪人だ。
 大切なヒトたちの血で、全身を濡らした最低な罪人なのだ。

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