After story/under the snow

黒羽 雪音来

文字の大きさ
34 / 86

12.2-4 密談

しおりを挟む
 魔神の元から離れて、7日間が経過した。
 いろいろと情報を集めているが、全然上手くいかない。

 西の大陸のように新聞があれば、それなりに情報が得られるだろう。が、北の大陸にそんな便利なものはない。
 必要な情報は、王族と一部の人間が知っていればいいというのが北の大陸だ。
 そうあっさりと手に入るわけがない。

 そう考えると、魔神の情報収集能力の高さを思い知らされる。

 あるいは、ずっと調べ回っていたのだろうか。
 向こうにも目的があるのに手間をかけさせたなと、なぜか申し訳なくなった。


 今頃魔神も清々しているだろう。邪魔な荷物がいなくなったのだから。そう心の中で嗤った。

 再び心の中に黒い靄が掛かっていくのを感じた。

 どれだけの猶予があるかわからない。
 早急に片を付けなければ、あの魔物に見つかるかもしれない。
 意地でも使わないようにしていた、眷族の力を使うべきなのだろうか。
 使えば、南の魔神に見つかる可能性もある。戦うことになる。
 どうするべきか、決められない。

 復讐が終わるまで持ってくれ。そう、震える思いで祈ることしかできなかった。



 魔神の元から離れて10日目。

 とある工場の裏手に、ドラゴンを斬りつける騎士の家紋の入った馬車を見つけた。
 この家紋を持つ当主も復讐相手の1人だ。
 復讐実行の順位は最後から2番目。

 魔神曰く、小物だからいつでも復讐できる。
 理由はわかる。だが、そんな理由で魔法使いと大賢者より後に回すなとも思った。

 あの男がいるなら、来たところを殺せばいい。
 これは賭けだ。魔神に見つからないことを祈るしかない。
 眷族の力を使って、近くの建物の影に潜る。
 人目に付くことなく、車輪の影に移った。 

 工場から出てきた執事の男性2人と、女性が1人。
 目的の相手ではない。だが、関係者であるのには変わらない。
 これからの安全性を考慮すれば馬車の中に入った方がいいと判断して、車輪の影から女性の影に移った。

 馬車はどこにも寄らず、とある屋敷の前で止まる。

 哀れなドラゴンを退治する家紋を持つ、アルバースト家の屋敷。
 前に侵入を試みたが、結界に阻まれて失敗に終わった。
 あれでも、結界としては弱い方なのかもしれない。影の中の異物という自分は弾き出されることなく、女性と共に屋敷の中に入れた。
 途中ですれ違った使用人の影に移る。
 それを何度も繰り返して、絶対にやって来るであろう書斎を探し出した。
 復讐相手である騎士が、1人になったところを殺すために、書斎の家具の影の中で静かに待ち続けた。
 


 静かに。復讐相手達の会話に耳を傾ける。

「ど、どうするつもりですか!?」
 不安で震える声を出すのは、アルバースト家の現当主の騎士の男。

「どうもこうもない。次の標的が私か貴殿なのだ。迎え撃つしかあるまい」
 氷のような冷静な声で答えたのは、レモーナ家の現当主の魔法使いの男。

「それとひとつ。バーバスを覚えているか?」

「バ、バーバス・・・・・・?」

「私たちの身の回りをサポートしてくれた男だ」

「え? ・・・・・・え、貴方様のゴーレムがやっていたのでは?」

「ゴーレムは荷物持ち。宿の手配などの細かな所は無理だ。その様子では覚えていないだろうが、そのバーバスが国家反逆罪で捕らえられた。表向きは国に不満を持つ下級貴族達に武器を売っていたことになっているが───実際は、奴が裏で行っていた人身売買の組織が第三王位継承者のアルス様を攫って売り飛ばした。買い取った下級貴族によってアルス様の精神は不安定になった。それが真実だ」

「あ、ありえない・・・・・・」

「ああ。まさに同意見だよ。この大陸で第三王位継承者のアルス様を知らない人間は赤ん坊だけだ。攫った時も、商品として置いていたときも、売り払ったときも、買われた後も・・・・・・誰ひとり気付いていなかった。国をあげて何年も捜索し、写真が出回っていたにも関わらずだ」

「どうやって見つかったのですか?」

「偶然だ。下級貴族のみのサロンにお忍びでやって来た第一王位継承者のリネル様が、第三王位継承者のアルス様によく似た奴隷を見つけた。その奴隷を保護して検査して本人だと判明した」

 アルバースト家当主は無言だった。
 言葉が出ないのか。言葉を選んでいるのか。それはわからない。

「先に結末を話そう」

 レモーナ家当主は、そう前置きをした。

「第三王位継承者のアルス様は療養中だ。身体より精神の疲労が酷いとのことだ。そちらは私の師匠が診てくれている。その下級貴族も国家反逆罪で捕まった。いや、そのサロンに参加していた下級貴族全員だ。バーバス含め処刑されたことになっているが、バーバス以外は生きてガルヅ鉱山に送られた。運が良ければこの時も生きているだろう」

 鉱山と言っているが、それはかなり昔の話だ。


 自分が勇者になる10年以上前から、魔物の巣窟と化している。

 魔物達はそこから村や町へ行き、破壊と殺戮を楽しむ。そしてガルツ鉱山へと帰るのだ。

 大陸の平和の為の魔神討伐。魔神の戦力である魔物を減らし、勇者として強くなるように。そう国王から命令されて潜らされた鉱山だ。
 聖剣が無ければ、生き延びられない場所だ。


「床に伏せておられる王様に代わって、王妃様がバーバスが雇っている組織の逮捕の指揮をしている。王妃様直々にお前に確認するように申しつけられた」

「そ、そうおっしゃいましても・・・・・・!!」

 アルバースト家当主は怯えた声を出す。

「バーバスの逮捕の時、貴殿の部下が側にいたからな。どんな細やかなことでもいい。部下からなにか進言はなかったか? バーバスの両足を切り落とした人物と、教会を失脚させた人物は同一人物の線が濃いのだが?」

「お伝えしたのが全てですよ・・・・・・」

「疑っているのではない。関係ないと思って省いていることはないか?」

「っ!! ですから!! お伝えした通りです!!」

 アルバースト家当主が声を荒げた。

「・・・・・・そうか。教皇のように裏で処分されるか?」

「脅されてもこれ以上の連絡はありませんよ!! それに、こちらを疑うより、前に言ってた狼を連れた黒装束を探した方がいいのではないですか!?」

 それは自分だ、どこでそんな情報を仕入れたのか、と緊張が走る。
 

「・・・・・・そちらに引き渡したはずだが?」

 自分はここにいる。
 誰を捕まえたのだ。そんな疑問と罪悪感が募った。

「!! まさか・・・・・・あの人がそうだと思っているですか・・・・・・?」

「思ってはいない。だが、都合良く処分する理由ができたと師匠は言っていた」

「・・・・・・目先の障害を排除するより、あいつが生きていて復讐をしようとしていると警戒した方がいいと思いますよ・・・・・・」

「あいつ?」

「……8年前以上に処刑された奴……北の魔神をぶっ殺したあいつですよ‼」

 アルバースト家当主は、悲鳴のような貫高い声を出した。

 勘が鋭い。
 アルバースト家当主の方が疑っていることに驚いた。
 同時に、生きていることを気付かれていない事実に安堵する。 

「それはない」

 レモーナ家当主は即座に否定した。

「あれは聖剣に選ばれただけの無能だ。こんな手の込んだ事をするわけがない」

 その声を聞くだけで、冷笑を浮かべているのが容易に想像できた。

「邪魔をした。我らを邪魔する存在がいたらすぐに連絡してくれ」

 レモーナ家当主の足音が聞こえる。
 お開きか。そんな考えが頭に浮かぶ。
 有力な情報が得られるかと思ったが、そんな上手くいくことはなかった。

「・・・・・・足下、すくわれますよ」

 アルバースト家当主は、怯えながらもはっきりと言った。

「あいつは人間じゃない・・・・・・」

「何を今更? 我らより下等な──」

「あいつは、化け物なんですよ・・・・・・勇者という首輪と鎖で繋げることで、人間の味方に留めていただけなんですよ・・・・・・何言っているかわからない顔してますね。自分でも何言っているのかわかりませんよ・・・・・・ただ・・・・・・独りで魔神をぶっ殺してきたあいつを見て確信しました・・・・・・こいつが勇者でなくなったら全員殺されるって・・・・・・こいつが、次の魔神となって俺達を殺しに来る・・・・・・化け物に知恵も知識もいらない。あの力で、俺達みんな、殺すんですよ・・・・・・」

 レモーナ家当主は無言だった。
 無言の理由は、雰囲気だけでわかった。
 アルバースト家当主の言葉を肯定しているのだ。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...