After story/under the snow

黒羽 雪音来

文字の大きさ
35 / 86

12.3-4 復讐者、あるいは黒い怪物であるはずなのに

しおりを挟む
 レモーナ家当主が、馬車で領地に帰った。
 アルバースト家当主は、馬車でどこかに行った。
 
 誰もいなくなった書斎。
 サイドテーブルと花瓶の影から、浮上する気泡のように静かに姿を現す。 
 窓から見上げる月は、優しく笑っているような明るい三日月だった。

 あまりにも悔しくて、右手を力強く握った。
 ようやく帰ってきたと思ったら、レモーナ家当主と話し出した。有力な情報が得られるのではと思って、黙って聞いていた。

 好きで強くなったわけじゃない。
 好きで勇者になったわけじゃない。
 影から出てそう叫びたかったが、下唇を噛んで自制した。
 口の中に血の味が広がった。 
 
 だが、好き勝手言うなと否定する気持ちはない。
 
 アルバースト家当主の言う通りだ。
 自分の望んでいた復讐は、北の大陸の人間を皆殺しにすること。
 怪物といわれても、否定できない。

 
 魔神も言っていたではないか。
 復讐相手にとって自分は、アルバーストのドラゴンだと。

 自分は、人を辞めて眷族になったのではない。怪物になったのだ。
 ならば待ち伏せではなく、手当たり次第に殺してもいいのではと思い直す。
 旅の同行者である北の聖女、騎士、魔法使い、大賢者、そして、自分を騙して死へ追いやった国王への復讐。それは、魔神が提案した復讐計画だ。
 もう自分には関係ない。
 当初の復讐である大陸の人間の皆殺しに戻してもいいのだ。
 手始めに、この屋敷にいる人から殺そう。そう考えた。

 鍵が開けられる音が響いた。
 人が来た気配を察し、慌てて影の中に戻る。
 思っていたことと反対の行動をする自分に嫌気がさし、その場にしゃがんだ。
 自己嫌悪から心の中で自分を罵倒する。

 黒い靄が濃くなっていくのを感じた。


「・・・・・・あった」

 頭上から感じる小さな明かりと、女性の呟く声に顔を上げる。
 
「あ、あれ? ・・・・・・とどか──」
 
 影から覗くと、必死に背伸びをして本を取ろうとする女性がいた。
 ヒールの高い靴でつま先立ちしてぷるぷると震え、安定感の無さを伝えるように体をふらふら揺れ、それでも体を支えればと棚に体重をかけるように寄りかかっている。

 それでは本が頭の上に落ちるぞ。そう思ったとき。

「──な、きゃあ!!」
  
 案の定、指先にひっかかった本が落ちた。額に当たり、女性は後ろに倒れる。
 それだけに留まらず、掴んでいた手に引かれるように棚ごと倒れてきた。
 
 無意識だろうが手を離し、女性は驚いて尻もちを着いた。
 本と棚の餌食になる。
 見殺しという殺害で済むならそれでもいいか、などと思っていた。

 
 なのに。
「いいかぁ──」
 この場にいない魔神の声が聞こえてきた。
「ぜーーーったいに‼ 人も魔物も殺すなぁ‼」
 否。そう口酸っぱく言われた言葉が勝手に頭の中で再生された。


 気付けば、自分は影から飛び出していた。
 棚が倒れないように両手で支えていた。
 
 横に広く大樹のように重い棚を、右側だけ持って抑えている。
 魔族の腕力でも支えるので精一杯で、自分の力の最上限を感じた。

 女性の上に本は降ったが、両手で頭と顔を庇っていてほぼ無傷だった。
 本棚の端がぶつかりそうになったが、寸前の所で当たっていない。

 その光景に安心した自分に失望した。
 だが、考え出したら支える力が入らなくなる。

 視線を感じて見れば、女性が呆然と見つめていた。

「──ご、ごめんなさい!!」

 女性は慌てて立ち上がり、棚の反対側を持った。

 手の力だけでは無理だと判断し、棚を蹴って後ろに動かす。
 体ごと押し付けて、棚を元の場所に戻した。

 女性は荒い呼吸をするのを見て、自分は呼吸が乱れていないことに気付いた。

 そもそも、こんな殺人道具になりかねないほど重たい棚を人間が支えられる方がない。
 冷静に考えれば、眷族だからこそ支えられたのではないか。そう思えた。

 そして、この状況は別の意味を含めて危険だった。
 不法侵入だけでは済まされない。
 人間離れした力を持った危険人物と見られている。
 もしかしたら、影から出てきた瞬間も見られたかもしれない。

 動揺はした。しかし、すぐに考え直す。

 屋敷の人間を殺そうと思っていた矢先だ。
 口封じにこの女性を殺しても問題は無い。
 なのに。頭の中で、それはいけないと叫ぶ自分がいる。
 

 廊下を走る複数の足音が近づいてくる。
 
 たぶんだが、本が落ちた音を聞きつけた使用人達だ。

 この場から逃げ出すために、すぐに窓に飛びついた。
 強引に開けようとするが、魔法で施錠された開かない。
 ならば力尽くで。そう剣を握る。


「早く! わたくしの影に!」

 迫ってくる足音に急かされ、言われるがままに女性の影に飛び込んだ。

 影に潜ってから、すぐに扉が開かれた。
 
 使用人だけでなく、外出したはずのアルバースト家当主までいた。
 本が散らばった部屋を見て、その顔が真っ青に変わる。

「リーリエ!! これはいったい!?」
 驚く当主に、リーリエと呼ばれた女性は深々と頭を垂れる。

「申し訳ございません。先月の仕入れの表を確認したかったもので───」

 謝罪の言葉を遮るように、アルバースト家当主が抱きついてきた。
 その手は震えていた。

「気をつけてくれ・・・・・・怪我をしたらどうするつもりだ。君ひとりの体じゃないんだぞ」

「──・・・・・・申し訳ございません・・・・・・」

 言葉だけで、夫婦なのだろうと察した。

 だが、この会話には違和感しかない。
 心配という優しい声の当主に対して、女性は無愛想だ。
 いや、女性は諦めている。それが声に現れている。

 自分もその感情を何度も抱いたことがあるから、すぐに気付いた。


 心配している夫に対して冷めた妻。
 妻の様子に気付かないが愛している様子の夫。
 端から見れば、愛情も信頼もない歪な光景だ。


 アルバースト家当主は満足したように体を離し、落ちている本を拾う。
 その女性の気持ちに気付いていないのが一目瞭然だ。

「あと、昨年の売り上げを纏めた本もお願いします」
 
 だが、女性も気にしていないかのように注文をする。

「ああ。これだね」

 アルバースト家当主は注文された薄い本と厚い本を、近くにいた老いた執事に渡した。

「リーリエを自室に」

「御意に」

 老執事を先頭に、女性も部屋を出て行く。その後ろに別の執事が続く。
 女性の影にいる以上、女性が移動すれば一緒に移動することになる。
 だからこそ。この隊列は護衛ではなく監視のように感じた。

 微かな声が、影の中まで届いた。

「検査しろ」

 誰に言ったのかはわからない。
 だが、あの頃と変わらない横暴な声が不愉快でしかなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...