After story/under the snow

黒羽 雪音来

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13.3-4 質問攻め

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 そして今日も、黒猫の張った結界の中で調べ物をする。
 ウタネがこちらを見て、楽しそうに笑うのが視界に入る。 

「なんだ?」

 こちらが声を掛けたら、ウタネは口に手を当てた。

「あ。すみません・・・・・・あまりに影さんが楽しそうに読まれているものでして」
「楽しそう?」
「はい。こちらの呼びかけが聞こえないほど没入しておりましたよ」
「没入?」
「はい。熱心に悪魔のページを読んでおりました」

 開いている本を見て、やらかしたと思った。
 勢いよく本を閉じた。

「悪魔がお好きなのですか?」

「・・・・・・好きか嫌いというより・・・・・・興味があるだけだ」

 その理由すらわからない。  
 そもそも、興味があるという言葉が解答になるかもわからない。
 こっそりとウタネを見ると、楽しい同士を見つけたように目を輝かせていた。

「悪魔、かっこいいですよね!!」

 興奮冷め止まない声で、ウタネが前のめりになる。

「北では、ザ悪役って感じでしたのに、東では多くの存在を引っかき回していくのですよ!! まるで悪魔自身が台風のように全てを巻き込んで誰も予想もしていない展開‼ ページをめくる手が止まらなくなりました!!」

「そ、そうだな・・・・・・」

 顔が近い。思わず体が仰け反る。

「西の大陸や南の大陸ではどのように伝わっているのか・・・・・・何度も調べたのですが見つからなかったことを今でも悔やんでいます・・・・・・」

 唐突に、ウタネはしょんぼりと落ち込んだ。 


「・・・・・・西の魔神と魔法について語っていた」
 可哀想だと思った。少しでも知れれば満足するだろう。そんな細やかな考えだった。
 だが、自分の思っていた反応とは全く異なる反応をウタネはした。

 先程より目を輝かせ、素早く自分の横に来ると、両手で押さえ込むように自分の右手を強く握った。

「他には!!」

 好奇心と喜びだけが込められた声で、さらに催促してきた。
 手袋や服越しとは言え、体がほぼ密接している。

 少しでも距離を離そうと後ろに下がると、結界の壁が背中に当たった。
 結界の形状的に、左右に逃げようとしても同じ状況になる。

 机の上で、毛繕いをしている黒猫の姿が視界に映った。先程までウタネの膝で丸くなって寝ていた使い魔だ。
 自分の視線に気付いたのか。黒猫は金色の目で見据える。
 もう諦めて語ってやれ、と呆れて言っているかのように。



 原因は自分なのだが、どうしたらこうなると尋ねたい。

「西の大陸の悪魔は交友的で、南の大陸では砂漠の擬人化・・・・・・どれも手に汗握り心弾む伝承でした・・・・・・」

 幸せな夢を見たかのように、ウタネはうっとりとしている。

「・・・・・・そ、そうか」
 こちらはもうげんなりとするほど疲れた。

 書斎で読んだ悪魔の伝承を全て語るまで解放してくれなかったのだ。
 簡素に伝えれば質問攻めにあい、詳細まで語らされた。

 悪魔の故郷である南の大陸の伝承の際には、この質問攻めが容赦なく行われるのだ。数が多いだけに体力が消耗する。
 声帯が重く感じる。渇いた喉が水分を欲しがり、紅茶を飲んだ。

「・・・・・・でも、不思議ですね」

 ソーサーの上に戻してから視線を向ける。満足してくれたウタネが椅子に座り直した所だった。

「なんで南の魔神ではなく、悪魔の存在ばかりが残されているのでしょうか・・・・・・とても謎多き魔神です・・・・・・」
 それは独り言。思わず言葉にしてしまった細やかな疑問。

 だが、それを聞いた自分の中で最大の疑問となって大きく膨れた。

 大小関係なく、わからないならわからないで済ませていた。
 それでいいと思っていた。自分の気持ちと考えと言葉に価値がないから、と。
 そうやって、ずるずると引きずるように来てしまった。
 それではいけないと思うようになった。


 南の魔神と袂を分かってから20日が経過している。
 自分を連れ戻しに来る様子がなかったから、ようやく自分を捨てたのかと思っていた。

 だが、自分の手元には眷族の力と魔眼がある。これらを回収しないで放置するなど絶対にしない。

 敢えて泳がしている。自分を餌に教会に現れたあの魔物をおびき寄せようとしている。
 それも考えたが、教会での発言を思い返せば、本体の魔神がそんな遠回しな手段を選ぶとは思えない。
 魔神の力で自分やあの魔物を見つけて、笑いながら殴り込みに来る気がする。


 勇者の時の過去を持ちだして、それを物差しとして魔神を計っていた。
 嫌な過去を持ちだしても、全員が嫌な人物になるのは当たり前だった。

 こんな自分では、南の魔神がどんな人物なのか計ることができない。
 拠点で共に生活した猫。
 雪の中を共に歩いた狼。
 教会で何度も助けてくれたが北の魔神を壊した木造の全身鎧。
 自分を否定し攻撃してきたピエロ。
 そして、処刑の日に声を掛けてきたであろう本体。
 どれが南の魔神としての本心なのか、自分ではわからなくなってしまった。

 いつかは復讐相手として殺す。けれど、今は手を組んだ同士であり、血に染まる戦いとは無縁のウタネなら、どのように南の魔神という人物を捉えるか知りたい。
 もしかしたら、自分は南の魔神に誤った印象を抱いてしまっているのではないか。そんな疑問が膨れたのだ。

「・・・・・・南の魔神は」
「え?」
「悪魔と仲が悪い」
「え!!」
「だが、かなりの目立ち屋だ。紋章になったアルバーストのドラゴンにも大人げないほど嫉妬する。良くて聡明悪くて狡猾。そんな頭脳派。なのに戦闘能力が高い。そんな奴がたびたび伝承に出てくる悪魔と違って全然出てこない。お前ならどう思う?」
 口にしてみると、勝てる気がしなくなってくる。 

 声を上げていたウタネは、体だけでなく表情すら固まっていた。
 目をまん丸に開き、口もだらしなく開いている。

 だが、両肩は微かに震えていた。

 ウタネも聡明だ。
 人間が魔法を使うときに必要な準備も道具も無しに、影に潜る自分を何度も見ている。
 そこに南の魔神という単語を出し、見てきたように様子を話せば、南の魔神の関係者だと気付くだろう。 

 怖がっているのだろう。
 答えは見込めず、ここで協力関係も終わる。
 
 また、独りに戻るだけだ。
 聞いた自分が馬鹿で浅はか。それだけだ。

「・・・・・・南の魔神と・・・・・・お知り合いですか・・・・・・?」
 絞り出すように、震える声で尋ねてきた。

「ああ」

 自分は短く答える。詳しく話す必要はない。

 ウタネは勢いよく立ち上がった。

 潮時だ。

 外にいる執事にでも助けを求めるだろう。
 悲鳴を上げるでもいい。
 その行動のあとに剣を抜いて、その細い首を斬ってしまえばいい。
 屋敷にいる人間がこの部屋に走って入ってくるだろう。不在のアルバースト家当主が慌てて戻ってくるだろう。

 それでいい。移動の手間が省ける。

「ぜひっ!! もっと教えてくださいっ!!」
 ウタネが自分の両肩に手を置いて強く握った。
 先ほどよりより一層目を輝かせ、好奇心と喜びだけが込められた声を上げた。 

 体が密接する。鼻先が当たりかけている。

 つい先程も見たような、似たような光景。
 魔神の言葉を借りればデジャブというものだろう。

「・・・・・・は?」

 阿呆らしい間の抜けた声が聞こえた。
 誰の声だと思ったが、それは自分の声だった。

「まさかまさか!! 謎多き南の魔神を知れる機会が来るとは!! わたくしは感激です!!」

 先程の震えは、恐怖ではなく驚喜だったのか。
 知らないことを知れる、探究心あるいは好奇心を満たせるという喜び。
 この数日間見ていたから、その性格に理解はできる。だが、人類の敵に与した存在を前にする反応ではない。

「南の魔神はどんな方なのでしょう!! ああ!! 紙とペンも必要ですね!!」

 興奮冷めない声でウタネはそう言いながらも、自分の肩から手を離してくれない。 
 影に潜って逃げようと思ったが、両手の拘束のせいでそれができない。

 ウタネが呪文と唱えると、勝手に羽ペンが持ち上がり、先端が紙の上に置かれる。
 魔法を使って書いていくらしい。

 その横にいた黒猫と視線が合った。
 お前が蒔いた種だ責任取れ、と言わんばかりに呆れた目をしていた。
 
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