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14.3-4 南の魔神が恐れる女、再び
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南の魔神の話をしてから3日が経過した。
時間があれば、ウタネは南の魔の神の話を求めた。
この3日間は、さしあたりのない程度で、拠点でのやりとりの話をしている気がする。
彼らについては、魔神の協力者とだけ言って伏せている。
この大陸には魔族がいないのだから伝えない方がいいと、勝手に判断した結果だ。
自分でも驚くほど、この話は尽きることがなかった。
ウタネが楽しそうに微笑むたび、彼らとの生活を楽しんでいた自分がいたのだと嫌でも自覚してしまった。
それでも、自分の目的は復讐だ。
調べ物や情報収集も怠っていない。
レモーナ家当主の屋敷結界や罠の魔法も、解除方法を半分以上知った。
ウタネを経由して屋敷の見取り図も手に入れた。
そして今日も、考え事をしながら話をする。
レモーナ家当主の屋敷の地図を見て、最短距離の順路を頭の中で組み立てる。
自分の置かれた状況を考えれば、真っ向勝負は避けたい。
奇襲。その一択しかなかった。
この道では未解読の罠の魔法に当たる。やり直しだ。そう判断し、頭の中にあった道順を全て消す。
ふと、拠点にいる彼らは無事なのだろうかと心配になってしまった。
自分から離れたのに何を言っているんだと、嫌味と共に鼻で笑った。
その時、会話が止まった。
自分が止めてしまったのだが、やけに外が賑わっているのに気付いた。
窓の方を見た。
時刻は昼前。
鉛色の雲が青空を隠し、重たいべた雪を降らせていた。
「催し物か?」
同行していた奴らが一斉に集うかもしれない。
「いえ・・・・・・収穫祭は既に終わっているので当分の間は何も行事はありませんが・・・・・・」
ウタネは不思議そうな顔をした。窓に近づいて外を見る。
「・・・・・・火事? ──、!! 早く影に!!」
ウタネは顔色を変えて促した。
自分が影に潜ってから一拍。
乱暴に扉が開けられた。
「ゼルシュ様・・・・・・」
ウタネは驚きの声を漏らす。
アルバースト家当主は、獣のような荒々しい息遣いで、顔を真っ青にしているのだ。
「リーリエ!! 無事か!?」
書斎の時のように抱きつくかと思ったが、現当主は乱暴にウタネの腕を掴んで引きずっていく。
「痛い!!」
ウタネの悲痛な声に、黒猫がアルバースト家当主に飛びかかる。
威嚇の声を上げ、ウタネの腕を掴む手に牙を立てる。
「ッチ!!」
アルバースト家当主は痛みと忌々しさから顔を歪め、舌打ちをする。
空いている手で黒猫を掴んで投げ飛ばす。
黒猫は背中から壁にぶつかった。骨が折れる音と悲鳴のような貫高い鳴き声が部屋に響く。
「ペチュ!!」
「いい加減にしろっ!!」
黒猫を心配して声をあげるウタネの頬を殴った。
唯一の宝石のように大事に大事にしまうほどの戦利品を、自らの手で傷つけた。
そこまで追い込むほどの事態なのだと気付く。
「早く来い!! のろまっ!!」
再び、ウタネの腕を乱暴に引っ張る。
窓と壁がある外から、何かが風を切って接近する音が聞こえた。
影から手を出しウタネの体を後ろに倒させる。
ウタネの態勢が崩れたことで、アルバースト家当主は思わず手を離した。
気づかれない程度まで影を持ち上げて華奢な体を支え、身を守れるように体勢を低くさせた。
アルバースト家当主から離さなければ、ウタネは軽傷では済まされないと察した。
再び影から手を出し、アルバースト家当主の影に直接触れる。
その影を操って、強引にウタネから遠ざける。
勢いを付けすぎて、アルバースト家当主の頭が壁にぶつかった。
窓と壁を粉砕して、風と共に乗り込んできたのは南の聖女。
無表情。しかし、人間を食い殺そうとする猛獣を前にしていくような、命の危機に直面したかのような怖さがあった。
殺意しかない目は、アルバースト家当主を睨み据えていた。
周りに人がいない状況のアルバースト家当主は格好の的だった。
剣を抜かずに狼狽えている間に、南の聖女の拳が腹を直撃した。
「っ、のぼぐっ!!」
嗚咽や悲鳴というより体の中の空気を全て抜かれた音が、アルバースト家当主の口から零れた。
後ろに倒れるより先に、南の聖女は蹴りを腹に叩き込む。
「っ、ごぶぼっ!!」
「何悠長に倒れようとしているのよ」
限界を超えて冷静に見える聞こえるだけだった。前髪の影と見開いた目も相まって、すぐにでも人を殺せそうなほどの冷酷で荒々しい怒りがそこにあった。
だが、まだ理性はあるらしい。殺そうと思うなら、先程の1撃目か2撃目で相手の命を奪っているはずだ。
「さっさと胸糞悪い見世物を撤廃させろって言ってんのよこっちは」
「そ、それは・・・・・・」
「つべこべ言わずにやれ今すぐにやれ」
「む、むりだ、ぐげっ!!」
「尋ねてんじゃないやれって言ってるの」
アルバースト家当主の顔面に、聖女は拳を叩き込んだ。
鼻の骨が折れた音が部屋に響く。
アルバースト家当主は両手を鼻に当てて転げ回る。痛いのはわかるが、とても情けない姿だ。
そもそも、この男は何をやらかしたのだ。そんな呆れと疑問を抱いた。
聖女は狙い澄ましたように、アルバースト家当主の顔が上を向いた瞬間に、手の上に足を乗せて止めた。
「処刑はあんたの一存なんでしょさっさとやりなさいよ」
とんでもない法螺を吹いたものだ。
国王が指名した死刑執行役と死刑執行責任者の2人が同意しないと、処刑はできない。
騎士でありながらも、魔神討伐という名誉でそのありがたい役職まで貰えたアルバースト家当主とは別に、もう1人いるはずだ。
北の大陸では、聖女はおしとやか女性の印象が強い。
目の前にいる南の聖女は、その印象からとてもかけ離れていた。
黒猫を抱えるウタネも、北の魔神に止めを刺したとなっている哀れな騎士の姿より、二回り以上も年上の男性に暴力で強要する聖女に呆然とする。
否。聖女の殺意に圧巻されて動けないのだ。
アルバースト家当主の視線が、ウタネに向けられた。
その視線を追って、聖女もウタネを見た。
「あんたなに?」
今のウタネに答えられるほどの余裕はない。
「第1、皇女・・・・・・」
声を震わせながら、アルバースト家当主が答えた。
我が身可愛さに、大切に閉じ込めていた宝石を売った。
ここまでくると、寧ろ潔く思えてくる。
「・・・・・・なら───」
その答えを聞いた聖女は、残忍な笑みを浮かべるように頬肉を釣り上げて笑う。
「あんたを人質にすれば止められるわね」
聖女は、ウタネに標的を変えて接近する。
アルバースト家は騎士の名家。一騎当千の騎士になるために、幼い頃から体を鍛えている。加護か祝福で身体を強化した聖女に殴られようが蹴られようが耐えられる。
だが、ウタネは違う。王族の女性は聖女のようなおしとやかさを強要され、男性のように体を鍛えることを禁止されている。
下手すれば、聖女の攻撃に耐えきれずに死んでしまう可能性があった。
瞬時に影から飛び出す。
聖女が振るった拳を、鞘に収まった剣で受け止める。
鞘にひびが入る。
受け止めて、この光景と衝撃から気付いた。
自分が剣に魔力を纏わせるように、強化の術が施されている、と。
魔力や魔法ではなく、聖女の術だと直感する。
強化された筋力に鞘が持たない。
魔神をも震え上がらせる聖女相手に、出し惜しみもできない。
聖女の2撃目が来る前に、すぐに剣を抜いて禍々しい魔力を纏わせる。
禍々しい魔力は攻撃ではなく防御壁として剣を強化させる。
剣の腹で聖女の拳を受け止め、球を棒で打つように聖女を打ち飛ばす。
聖女は、空中で回転して体勢を整えて、綺麗な着地をする。
こちらは反動で少し後ろに下がった。
互いに距離が開いた。
聖女が自分を見て動きが止まる。
これを逃したら、どちらかが倒れるまで戦うことになる。
「ウタネ!! もう1人は誰だ!?」
自分の問いかけに、ウタネはすぐに答えてくれた。
「城におられるウォール大賢者様です!!」
聖女の求めている答えを提示し、この場から引かせる。
アルバースト家当主に見られた以上、ここで奴への復讐を果たす。
そう考えていると、南の聖女が再びこちらに急接近する。
強化された蹴り技を繰り出してきた。
下から上へ伸びる脚を、体を横にずらして躱す。
聖女は後ろに体を倒す。両手を床に着けて体を支え、先程軸にしていた脚で蹴り上げる。
鞘を手放し、顔に当たる前に足首を掴んで抑えた。
両手で床を強く押した聖女の体が、上に持ち上がる。
自分が掴んだ足よりも高く、自分を見下ろすように。
この動きに驚愕した。どれほど腹筋と背筋を鍛えればそんな人間離れの動きができるのか、と。
目線すら高くなった聖女は、一撃目に繰り出した脚を勢いよく振り下ろす。
その攻撃に対して垂直になるように、剣を持つ腕で受け止める。
義腕が軋む。だが、最初の拳よりは軽い。
すぐに剣を逆手に持ち替える。
聖女の三度の蹴り技は全て誘導。
右から飛んでくる本命の拳を、再び魔力を纏った剣の腹で受け止めた。
左へと落ちるように、聖女の体が傾く。
先に床に触れた左手でそれを阻止。
自分が掴んでいた足を離すと、華麗な回転技で後退しながら、身を低くして着地した。
「・・・・・・ふぅー・・・・・・」
聖女は、重く、深く、長いため息を落とす。
今まであった感情を吐き出すように。
自分はすぐに、魔力を剣から消した。
「・・・・・・ここまでやれるなら本物ってことね・・・・・・」
多分だが、南の魔神の眷族のことを指している。
立ち上がった聖女の表情は、教会に向かうときにあった正義心に満ちたものに戻っていた。
「・・・・・・ラークだったわよね?」
その名前で呼ぶということは、南の魔神と直接会話をして自分のことを知っているのだと察した。
「・・・・・・ああ」
警戒しながらも短く答えた。
「ソフィを助けるの手伝いなさい」
聖女の言葉が、理解できなかった。
「教会の件でソフィに容疑をかけられたのよ。罪状は教徒の大虐殺」
起き上がって、1人逃げようとするアルバースト家当主の影を操り、拘束する。
「何をしたんだ?」
そう尋ねたら、南の聖女は目じりを釣り上げて怒りだした。
「っ失礼ね‼ 何もしてないわよっ‼ あんたも見てたでしょっ⁉」
途中退場したから見ていない。
「とにかくっ‼ 南の魔神からあんたを味方にしろって薦められたのよ‼」
狼の姿をした魔神は、この2人に付いていたはずだ。
「魔神は?」
「・・・・・・気付いたらいなくなっていた・・・・・・本当だからね!! 信じられるかって雰囲気ださないでっ!!」
確かにそう思ったが、口には出していない。
自分は表情では無く、雰囲気に思っていることが出やすいのかと疑った。
「すみません・・・・・・」
ウタネがおそるおそる声を掛ける。
「そのソフィさん・・・・・・という方はどのような方でしょうか・・・・・・?」
「南の大陸の勇者」
「──っえ・・・・・・」
ウタネは目を見開いて、息を飲んだ。
「なんで・・・・・・また・・・・・・」
その言葉の真理を尋ねようとした時。
「っうぐ!!」
苦しそうに息を詰まらせる音が響く。
アルバースト家当主を見れば、顔色を真っ青にして苦しそうに藻掻いている。
口から血の混じった泡が溢れている。
「がぁあ!! あ、あ、あ・・・・・・」
充血した目が忙しなく動く。陸に上がった魚のように体が跳ねる。痙攣を起こしている。
演技ではない。
滑るように急接近し、その首に剣を振り下ろす。
「───っが!!」
アルバースト家当主は白目を剝いて、息を引き取った。
振り下ろした剣を止める。首に当たる寸の所だった。
状況的に、事前に毒を盛られていたのだろう。
多くの人から恨まれている男だ。充分ありえる。
また、この手で殺せなかった。
自分の手が届かない場所に行ってしまった。
それだけが、後悔として心に重くのしかかった。
時間があれば、ウタネは南の魔の神の話を求めた。
この3日間は、さしあたりのない程度で、拠点でのやりとりの話をしている気がする。
彼らについては、魔神の協力者とだけ言って伏せている。
この大陸には魔族がいないのだから伝えない方がいいと、勝手に判断した結果だ。
自分でも驚くほど、この話は尽きることがなかった。
ウタネが楽しそうに微笑むたび、彼らとの生活を楽しんでいた自分がいたのだと嫌でも自覚してしまった。
それでも、自分の目的は復讐だ。
調べ物や情報収集も怠っていない。
レモーナ家当主の屋敷結界や罠の魔法も、解除方法を半分以上知った。
ウタネを経由して屋敷の見取り図も手に入れた。
そして今日も、考え事をしながら話をする。
レモーナ家当主の屋敷の地図を見て、最短距離の順路を頭の中で組み立てる。
自分の置かれた状況を考えれば、真っ向勝負は避けたい。
奇襲。その一択しかなかった。
この道では未解読の罠の魔法に当たる。やり直しだ。そう判断し、頭の中にあった道順を全て消す。
ふと、拠点にいる彼らは無事なのだろうかと心配になってしまった。
自分から離れたのに何を言っているんだと、嫌味と共に鼻で笑った。
その時、会話が止まった。
自分が止めてしまったのだが、やけに外が賑わっているのに気付いた。
窓の方を見た。
時刻は昼前。
鉛色の雲が青空を隠し、重たいべた雪を降らせていた。
「催し物か?」
同行していた奴らが一斉に集うかもしれない。
「いえ・・・・・・収穫祭は既に終わっているので当分の間は何も行事はありませんが・・・・・・」
ウタネは不思議そうな顔をした。窓に近づいて外を見る。
「・・・・・・火事? ──、!! 早く影に!!」
ウタネは顔色を変えて促した。
自分が影に潜ってから一拍。
乱暴に扉が開けられた。
「ゼルシュ様・・・・・・」
ウタネは驚きの声を漏らす。
アルバースト家当主は、獣のような荒々しい息遣いで、顔を真っ青にしているのだ。
「リーリエ!! 無事か!?」
書斎の時のように抱きつくかと思ったが、現当主は乱暴にウタネの腕を掴んで引きずっていく。
「痛い!!」
ウタネの悲痛な声に、黒猫がアルバースト家当主に飛びかかる。
威嚇の声を上げ、ウタネの腕を掴む手に牙を立てる。
「ッチ!!」
アルバースト家当主は痛みと忌々しさから顔を歪め、舌打ちをする。
空いている手で黒猫を掴んで投げ飛ばす。
黒猫は背中から壁にぶつかった。骨が折れる音と悲鳴のような貫高い鳴き声が部屋に響く。
「ペチュ!!」
「いい加減にしろっ!!」
黒猫を心配して声をあげるウタネの頬を殴った。
唯一の宝石のように大事に大事にしまうほどの戦利品を、自らの手で傷つけた。
そこまで追い込むほどの事態なのだと気付く。
「早く来い!! のろまっ!!」
再び、ウタネの腕を乱暴に引っ張る。
窓と壁がある外から、何かが風を切って接近する音が聞こえた。
影から手を出しウタネの体を後ろに倒させる。
ウタネの態勢が崩れたことで、アルバースト家当主は思わず手を離した。
気づかれない程度まで影を持ち上げて華奢な体を支え、身を守れるように体勢を低くさせた。
アルバースト家当主から離さなければ、ウタネは軽傷では済まされないと察した。
再び影から手を出し、アルバースト家当主の影に直接触れる。
その影を操って、強引にウタネから遠ざける。
勢いを付けすぎて、アルバースト家当主の頭が壁にぶつかった。
窓と壁を粉砕して、風と共に乗り込んできたのは南の聖女。
無表情。しかし、人間を食い殺そうとする猛獣を前にしていくような、命の危機に直面したかのような怖さがあった。
殺意しかない目は、アルバースト家当主を睨み据えていた。
周りに人がいない状況のアルバースト家当主は格好の的だった。
剣を抜かずに狼狽えている間に、南の聖女の拳が腹を直撃した。
「っ、のぼぐっ!!」
嗚咽や悲鳴というより体の中の空気を全て抜かれた音が、アルバースト家当主の口から零れた。
後ろに倒れるより先に、南の聖女は蹴りを腹に叩き込む。
「っ、ごぶぼっ!!」
「何悠長に倒れようとしているのよ」
限界を超えて冷静に見える聞こえるだけだった。前髪の影と見開いた目も相まって、すぐにでも人を殺せそうなほどの冷酷で荒々しい怒りがそこにあった。
だが、まだ理性はあるらしい。殺そうと思うなら、先程の1撃目か2撃目で相手の命を奪っているはずだ。
「さっさと胸糞悪い見世物を撤廃させろって言ってんのよこっちは」
「そ、それは・・・・・・」
「つべこべ言わずにやれ今すぐにやれ」
「む、むりだ、ぐげっ!!」
「尋ねてんじゃないやれって言ってるの」
アルバースト家当主の顔面に、聖女は拳を叩き込んだ。
鼻の骨が折れた音が部屋に響く。
アルバースト家当主は両手を鼻に当てて転げ回る。痛いのはわかるが、とても情けない姿だ。
そもそも、この男は何をやらかしたのだ。そんな呆れと疑問を抱いた。
聖女は狙い澄ましたように、アルバースト家当主の顔が上を向いた瞬間に、手の上に足を乗せて止めた。
「処刑はあんたの一存なんでしょさっさとやりなさいよ」
とんでもない法螺を吹いたものだ。
国王が指名した死刑執行役と死刑執行責任者の2人が同意しないと、処刑はできない。
騎士でありながらも、魔神討伐という名誉でそのありがたい役職まで貰えたアルバースト家当主とは別に、もう1人いるはずだ。
北の大陸では、聖女はおしとやか女性の印象が強い。
目の前にいる南の聖女は、その印象からとてもかけ離れていた。
黒猫を抱えるウタネも、北の魔神に止めを刺したとなっている哀れな騎士の姿より、二回り以上も年上の男性に暴力で強要する聖女に呆然とする。
否。聖女の殺意に圧巻されて動けないのだ。
アルバースト家当主の視線が、ウタネに向けられた。
その視線を追って、聖女もウタネを見た。
「あんたなに?」
今のウタネに答えられるほどの余裕はない。
「第1、皇女・・・・・・」
声を震わせながら、アルバースト家当主が答えた。
我が身可愛さに、大切に閉じ込めていた宝石を売った。
ここまでくると、寧ろ潔く思えてくる。
「・・・・・・なら───」
その答えを聞いた聖女は、残忍な笑みを浮かべるように頬肉を釣り上げて笑う。
「あんたを人質にすれば止められるわね」
聖女は、ウタネに標的を変えて接近する。
アルバースト家は騎士の名家。一騎当千の騎士になるために、幼い頃から体を鍛えている。加護か祝福で身体を強化した聖女に殴られようが蹴られようが耐えられる。
だが、ウタネは違う。王族の女性は聖女のようなおしとやかさを強要され、男性のように体を鍛えることを禁止されている。
下手すれば、聖女の攻撃に耐えきれずに死んでしまう可能性があった。
瞬時に影から飛び出す。
聖女が振るった拳を、鞘に収まった剣で受け止める。
鞘にひびが入る。
受け止めて、この光景と衝撃から気付いた。
自分が剣に魔力を纏わせるように、強化の術が施されている、と。
魔力や魔法ではなく、聖女の術だと直感する。
強化された筋力に鞘が持たない。
魔神をも震え上がらせる聖女相手に、出し惜しみもできない。
聖女の2撃目が来る前に、すぐに剣を抜いて禍々しい魔力を纏わせる。
禍々しい魔力は攻撃ではなく防御壁として剣を強化させる。
剣の腹で聖女の拳を受け止め、球を棒で打つように聖女を打ち飛ばす。
聖女は、空中で回転して体勢を整えて、綺麗な着地をする。
こちらは反動で少し後ろに下がった。
互いに距離が開いた。
聖女が自分を見て動きが止まる。
これを逃したら、どちらかが倒れるまで戦うことになる。
「ウタネ!! もう1人は誰だ!?」
自分の問いかけに、ウタネはすぐに答えてくれた。
「城におられるウォール大賢者様です!!」
聖女の求めている答えを提示し、この場から引かせる。
アルバースト家当主に見られた以上、ここで奴への復讐を果たす。
そう考えていると、南の聖女が再びこちらに急接近する。
強化された蹴り技を繰り出してきた。
下から上へ伸びる脚を、体を横にずらして躱す。
聖女は後ろに体を倒す。両手を床に着けて体を支え、先程軸にしていた脚で蹴り上げる。
鞘を手放し、顔に当たる前に足首を掴んで抑えた。
両手で床を強く押した聖女の体が、上に持ち上がる。
自分が掴んだ足よりも高く、自分を見下ろすように。
この動きに驚愕した。どれほど腹筋と背筋を鍛えればそんな人間離れの動きができるのか、と。
目線すら高くなった聖女は、一撃目に繰り出した脚を勢いよく振り下ろす。
その攻撃に対して垂直になるように、剣を持つ腕で受け止める。
義腕が軋む。だが、最初の拳よりは軽い。
すぐに剣を逆手に持ち替える。
聖女の三度の蹴り技は全て誘導。
右から飛んでくる本命の拳を、再び魔力を纏った剣の腹で受け止めた。
左へと落ちるように、聖女の体が傾く。
先に床に触れた左手でそれを阻止。
自分が掴んでいた足を離すと、華麗な回転技で後退しながら、身を低くして着地した。
「・・・・・・ふぅー・・・・・・」
聖女は、重く、深く、長いため息を落とす。
今まであった感情を吐き出すように。
自分はすぐに、魔力を剣から消した。
「・・・・・・ここまでやれるなら本物ってことね・・・・・・」
多分だが、南の魔神の眷族のことを指している。
立ち上がった聖女の表情は、教会に向かうときにあった正義心に満ちたものに戻っていた。
「・・・・・・ラークだったわよね?」
その名前で呼ぶということは、南の魔神と直接会話をして自分のことを知っているのだと察した。
「・・・・・・ああ」
警戒しながらも短く答えた。
「ソフィを助けるの手伝いなさい」
聖女の言葉が、理解できなかった。
「教会の件でソフィに容疑をかけられたのよ。罪状は教徒の大虐殺」
起き上がって、1人逃げようとするアルバースト家当主の影を操り、拘束する。
「何をしたんだ?」
そう尋ねたら、南の聖女は目じりを釣り上げて怒りだした。
「っ失礼ね‼ 何もしてないわよっ‼ あんたも見てたでしょっ⁉」
途中退場したから見ていない。
「とにかくっ‼ 南の魔神からあんたを味方にしろって薦められたのよ‼」
狼の姿をした魔神は、この2人に付いていたはずだ。
「魔神は?」
「・・・・・・気付いたらいなくなっていた・・・・・・本当だからね!! 信じられるかって雰囲気ださないでっ!!」
確かにそう思ったが、口には出していない。
自分は表情では無く、雰囲気に思っていることが出やすいのかと疑った。
「すみません・・・・・・」
ウタネがおそるおそる声を掛ける。
「そのソフィさん・・・・・・という方はどのような方でしょうか・・・・・・?」
「南の大陸の勇者」
「──っえ・・・・・・」
ウタネは目を見開いて、息を飲んだ。
「なんで・・・・・・また・・・・・・」
その言葉の真理を尋ねようとした時。
「っうぐ!!」
苦しそうに息を詰まらせる音が響く。
アルバースト家当主を見れば、顔色を真っ青にして苦しそうに藻掻いている。
口から血の混じった泡が溢れている。
「がぁあ!! あ、あ、あ・・・・・・」
充血した目が忙しなく動く。陸に上がった魚のように体が跳ねる。痙攣を起こしている。
演技ではない。
滑るように急接近し、その首に剣を振り下ろす。
「───っが!!」
アルバースト家当主は白目を剝いて、息を引き取った。
振り下ろした剣を止める。首に当たる寸の所だった。
状況的に、事前に毒を盛られていたのだろう。
多くの人から恨まれている男だ。充分ありえる。
また、この手で殺せなかった。
自分の手が届かない場所に行ってしまった。
それだけが、後悔として心に重くのしかかった。
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【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
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・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
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