After story/under the snow

黒羽 雪音来

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「影さん!!」
 そう呼んで、ウタネは自分の腕を両手で掴む。
 握ると表現するには力なく震え、添えると言うには確固たる決意が込められていた。
 その瞳は人が亡くなったという悲しみから潤んでいるが、いつもの真っ直ぐな王族の責務が宿っている。

「助けに行ってあげてください!!」
 南の勇者のことだとわかった。
「しかし、どこ───」
「処刑場です!! 火刑が執行されています!!」

 その言葉に耳を疑った。

「!! 馬鹿な!! この大陸に火刑はないはずだ!!」
「ですが!! 先程の火事は処刑場がある方角です!!」

 自分が受けた処刑が脳裏に過ぎる。
 なぜ刑の内容が違うのだ。
 ウタネは手を離し、落ちていた紙と羽ペンを拾って流れるような速さで執筆する。

「こちらをお持ちください!!」

 差し出されたのは、2通の書状。

「わたくし名義の紹介状と直訴状です!! 母のパシパエ王妃にお渡しください!!」

「な、なんで・・・・・・死刑はまだって・・・・・・」
 聖女はよろけて後ろへ下がる。
 穴から逃れるように残った壁に背中が当たり、ずり落ちるように膝から座る。

 その背後の穴から、突然魔物が現れた。
 鋭利な紫色の爪が、放心する聖女に振り下ろされる。

 聖女に触れる前に、鋭利な爪だけでなく腕ごと自分が斬り飛ばす。
 悲鳴を上げる魔物の影に干渉して縛り上げる。

 外を見れば、至るとこに魔物の姿があった。
 人の悲鳴。魔物の歓喜。そんな様々な音が鳴り上がり、空気を震わしていた。
 逃げ惑う人。絶望で座り込む人。武器の代わりになりそうな道具を持って抗う人。様々な人達が例外なく、真っ赤な血を噴き上げ、それに押し出されるように体は地面に倒れていった。
 処刑場の状況がわからないほど、この領土内に真っ赤な火の手が上がっていた。
 クリスタルでできた壁の向こうにも、黒い煙が立ち上っていた。
  
 見渡せる範囲の全てで、大混乱が起きていた。
 

 ウタネを置いていくわけにもいかない。
 この状況を見て、真っ先にそれが頭に浮かんだ。
「先に城に───」
「いけません!!」
 自分の声を、ウタネの声が掻き消した。

「貴方だけは!! 無実の勇者を死なせてはいけませんっ!!」

 心臓が大きく跳ねる。

 その言葉に違和感があった。
 それは疑問として残らず、確信に変わる。
 無実の罪で死んだ勇者だからこそ、無実の勇者を死なせてはいけない。そう言っているのだと。

 その確信が、別の疑問へと変わる。
 ウタネは自分の正体に気付いているのか、と。
 
 そんなことはない。そう必死に否定する。
 顔を合わせたのは最近だ。そう理由をつける。そうしようとする自分がいた。
 処刑の時の見た目と今の見た目がかなり異なっている。何度も顔を合わせた人間でないと気付かない、はず。

 否。初めから全ておかしかった。
 こんな得体のしれない怪物を、庇う時点でおかしかった。
 こんな得体のしれない怪物に、接することができる時点でおかしかった。
 こんな得体のしれない怪物が、なぜここに来たのかと尋ねてこないのはおかしかった。

 そのおかしいという疑問に対する解答は、すぐに見つかった。
 ウタネは自分をどこかで見たことがある。それだけだ。

 あの時、城の中を歩く不気味な自分を見ていてたのかもしれない。
 あの日、護送の馬車までの見せしめとして歩かされていた自分を見ていたのかもしれない。
 同じ父親を持つ子供として、同じ王族として、どこかで見ていて覚えていたのかもしれない。
 どれが正しいのか、自分にはわからない。

 けれど。
 あの書斎で出会った時、ウタネは一目で自分の正体に気づいていたのだ。
 そう結論付ける自分がいた。
 
 自分を殺す機会を窺っていた。自分に殺されたくないと取り入ろうとしていた。 
 そう考えた。そう思った。そうなのだと、心の中の自分が言い放った。
 ここで殺すべきだとわかっているのに、剣を持つ腕が動かなかった。


 ウタネは自分の上着の内側に書状を入れた。
 そして、大丈夫だよと言い聞かせるかのように、自分を抱きしめた。

「どうか、お元気で・・・・・・」
 その声には、その言葉通りであってほしいという心配と、祈りを込めた優しさがあった。
 その表情は、その言葉通りであってほしいと願うように微笑み、その姿を二度と見れないことへの悲しみがあった。
 
 自分から体を離し、南の聖女の側に腰を降ろす。
「・・・・・・早く、迎えに行ってあげてください」

 だが、聖女は足の力が抜けてしまったかのように立ち上がろうとしない。

 ウタネが自分を見上げる。
 口を堅く閉じて、何も言わない。
 1秒でも早く助けに向かいなさい。そう目で訴える。

 このまま置いて行かれれば、魔物に襲われるとわかっていながら。
 生きて再会できないとわかっていながら。
 あの日の過ちを繰り返さず、あの日からの心残りを果たせるようにと、自分を送り出すことを選んだのだ。


 ウタネは諦めが悪い。
 それは、一度決めたことに責任を持つということだ。
 その意思を変えたくても、自分の言葉はもう届かない。
 自分が、諦めるしかなかった。 


「・・・・・・世話になった」
 自分はそう言って剣を鞘に収める。聖女を横抱きする。
 穴から飛び出し、阿鼻叫喚と化した地獄に身を投げ出した。

 押し出された先に日向はなく、真っ赤な地獄を駆けだした。



 南の魔神が皆殺しを否定したのか、分かった気がした。

 殺さなくて良かった。本当に心の底からそう思った。
 あのヒト達のような人を殺すという、同じ過ちを繰り返さずに済んで良かった。本当に心の底からそう思った。
 あのヒト達のように死なずに生き延びてほしいと願う。
 復讐を願っているのに、そう矛盾した自分がいた。

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