After story/under the snow

黒羽 雪音来

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15. 1-6 閑話 謹慎期間中

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 謹慎期間中。
 南の魔神が拠点としている氷の洞窟。 書斎と呼んでいる場所ではなく、堅い岩を包み込む、一面氷に閉ざされた空間。

 魔力が少なくなったからか。集中しすぎて体力と精神が疲れてきているのか。呼吸が荒くなる。

 何度やっても上手くいかない。
 理由はわかっている。
 この眷族の力は潜伏に特化している。
 他の影に干渉して操るのは、おまけみたいなものなのだ。

 操りたい影に直接触れて干渉することをトリガー。
 その影を操るのをコントロール。
 便宜上、そう呼び分けている。

 戦闘に応用できる力ではない。
 動作が必要なトリガーは時間がかかる。しかも接近しないといけない分、敵の攻撃を受けやすくなる。
 前の村で使ったように大きなものを動かすのには、魔力の消費が多く、しかも制御が難しい。村の件とは別に大失敗もしている。

 それは現時点の話。
 おまけであっても、しっかりとものにできれば状況を覆すほどの戦力になる確信はあった。

 この謹慎期間中に使いこなせるようにしたい。
 監視の目はあるが、独りで練習に取り組んでいる。


 書斎から運んできた椅子の影に触れる。
 義手の指から1滴の滴を落とすように、触れた影に魔力を送る。その滴が影の底に辿り着くのを見守るように、自分が干渉できる状態になるまで待つ。
 連続で送ると、水面を激しく叩くだけで魔力が浸透しない感覚があった。干渉する時間と魔力量が無駄にかかった。

 干渉までの間が長い。長すぎる。
 これが戦闘中なら、最低でも相手の攻撃を3回受けている。同行者の魔法使いが相手だったら、自分は殺されているだろう。
 現に、椅子に座っている監視役の鳥の魔族にも簡単に頭を触れられる始末だ。干渉しきるまで手が離せずに動けなくなるのも難点だ。

 真っ黒な手のような翼で、髪を乱さないように左右に動かす。自分のせいで監視役という面倒事を押し付けられて暇なのだろう。申し訳なくて、何も言えない。

 影への干渉が完了する。
 影を持ち上げる。床に落ちていた黒を切り離す。

 影は1つの物体となったように、球体を維持した。
 椅子一脚分の影で作った球体は、村で多くの人を保護した時のものより小ぶりだ。

 魔力をさらに流す。雪崩のように勢いよく影へと注ぎ、硬さを維持する。
 その状態で形を変える。正方形、長方形、台形、三角形と作りやすい形から始め、少しずつ複雑にしていく。
 三角形を作った時点で、もう魔力を回すのが辛くなる。酸欠不足のように視界がぼやけだす。目を凝らして形をしっかりと見る。

 ここで終わらせてはならない。
 自分の目標はその先なのだ。

 広範囲、あるいは巨大なものを、飲み込むようにして影で消滅させる。それぐらいできなくては復讐に使えない。対象や地形に合わせて自由に形を変えられるほどの調整ができなくてはならない。

 さらに魔力を回す。
 魔力量は多い方だ。これぐらいできると自分を鼓舞する。

 葉っぱの形を作り出した途端、鳥の魔族が飛び蹴りをして影を落とした。
 ベチャと潰れる音が響き、影が元の椅子の形に戻った。

 視界ははっきりとするが、再び呼吸が荒くなる。

 鳥の魔族に文句を言いたい。だが、戦闘で使用すると考えれば妨害されるのは当たり前。対処できない自分が悪い。

 もう一度呼吸を整えて同じ内容で練習を再開する。
 どうすればいいのかわからない。
 剣とは違い、こうすればいいという感覚と手応えがないからだ。

 今の自分にできることはただひとつ。
 とにかく、手応えを得るまで練習を続けるしかない。


 指先が影に触れるよう先に、鳥の魔族に右手を引かれて椅子に座らされた。
 自分が立つよりも先に、膝に座られて動けなくされた。真っ白の湯気がのぼるマグカップを押しつけられた。練習を続けたいのに、マグカップの返却を受け付けてくれない。
 
 これは、飲むまでどいてくれない。鳥の魔族の意思を感じ取って諦めた。
 だが、マグカップの中のハチミツ生姜が熱すぎる。飲めるまで時間がかかりそうだ。


 余談だが、これが鳥の魔族の力だ。
 マグカップでなくても、鳥の魔族が片手で持てるものならひとつだけしまって持ち運びできるらしい。取り出す瞬間が速すぎて、気づいた時にはすでに持っている状態だ。
 魔神は「奇術師がいるぞ」と嬉しそうに騒いでいた。

 熊の魔族は、肉球から色とりどりの炎を出せる。水をお湯に変えるぐらいの熱さしかなく、色ごとに特徴はないらしい。
 魔神が「毛刈りの道具買った」と自慢げに自分に見せた時、横で蒼い炎だけは出さないと心に誓う姿勢を取っていた。

 兎の魔族は、くっついている体を離れさせて別行動ができるらしい。
 魔神が「リスペクトかぁ」と照れていると、全兎達が激しく首を横に振っていた。

 人間の魔法とは違い、とても特徴があった。
 魔力で自分の体を作るとは、自分で自分らしさを作ることなのだと思った。
 復讐以外何もない自分だからこそ、きらきらと輝くものを持っている彼らが少し羨ましく、いろいろなものを持っている彼らという存在がとても素敵だと思った。
 自分の復讐とは全く関係ない世界に生きる彼らを、価値のない自分に付き合わせてしまっている後ろめたさを抱くほどに。


 話を戻す。
 座っているだけなのに、どっと疲れがでてくるのを感じた。不甲斐なく思った。
 こんなことで疲れていては、復讐など果たせない。と。

「復讐こそ元気さが求められるぞーう」

 足元から魔神の声が聞こえた。
 猫姿の魔神が、ちょこんと座っていた。

「つか、白黒鳥よ。休憩の取らせ方強引すぎじゃねぇ?」
 
 人間の言葉と魔族の言葉で同時に話している。

 鳥の魔族はとぼけるような仕草をした。そして、鈴の音のような音を出した。

「それ以上は止めとけ。猫と鳥の熾烈な戦いが始まるぞ」

 どのような会話をしているのだと思いながらも、魔神を見た。
 頭の片隅というべきか、心の片隅というべきか。何か引っかかるものがある。

 そこに、熊の魔族と、中級魔族になった兎の魔族がやってきた。

 兎の魔族が大きく震え、ぽーんと弾き出されるように1頭の兎が飛んできた。その兎は自分の頭に着地する。柔らかい毛に覆われたお腹を付けられている感覚があった。

「片手空いてるんだし、撫でてやれば?」
 魔神は、頭の上にいる兎を指した。
 人間の言葉のみでそう言った。
「中級魔族に上がった時に感覚共有できるようになったんだとさ。そいつ撫でたらあっちの本体全部も撫でているような感じになるらしいぞ~」
 
 魔神の言葉から何かを察したかのように、熊の魔族も駆け寄ってきた。

「……それぐらいなら、1頭ずつ撫でてもいいが?」
「1頭じゃなくて兎は1羽な。━━そんな1回1回撫でてたら時間かかるし疲れるだろ? お前の力みたいに疲労するぞ?」
 耳を横に倒し、頭を下げてため息を吐いた。
 
 引っかかりが何かわかった。
 今の魔神の様子がおかしいのだ。
 声の調子は少し落ち着き、動きにいつもの激しさがなかった。
「あとさっきのお前の力。魔力を流せるならいちいち触れなくてもいいし、干渉に時間がかかるなら深いところに直接届けた方がいいんじゃね?」
 
 いつもの、具体的な方法を提示する言い方をしない。質問する時も、こちらが答えを導けるような言い方をしていた。

 目の前にいるのは自分の知っている姿の魔神なのに、別人のような気がした。
 だからだろうか。とても気になった。なぜか心配になってきた。

「魔神」
「ん? どーした?」
「……大丈夫なのか?」
「何が?」
 魔神は首を傾げた。

 自分から呼び止めておいて、そう尋ねられたらどのように質問すればいいのかわからなくなった。
 魔神があっさりと背を向けて歩き出した。
「……大丈夫かと言われたら大丈夫だか、めっちゃ疲れてる。いつもの元気になるまで仮眠とるから声かけるなよー」
 そう言い残して、出ていった。
 見慣れた後ろ姿は、知らない魔神の後ろ姿に見えた。
 自分でもおかしいと思う。しかし、今はその言葉でしか表現できなかった。


 何なのだろうこの状況。
 兎の魔族と。撫でてみたらどうだと。魔神は言っていたのに、撫でられているのは自分なのだ。
 自分の頭や頬を撫でている彼らは、どうしてなのかわからないが、楽しそうであった。

 そう不思議に思いながらも、監視役をされるという後ろめたさもあって、申し訳なくて何も言えない。

 人間の手の感触と温度とは全く違う彼らだから良かった。 
 飲み物はまだ熱くて飲めない。飲み終わらないから椅子から立たせてもらえない。休憩がどんどん長くなっていく。


「お!  アニマルセラピー開催中かぁ?」

 氷の上を滑ること自体を楽しむかの足取りで、魔神が戻ってきた。
 
「……疲れは取れたか?」
「いや~‼ おかげさまでっ‼」
 目の前にいる魔神は、いつもの魔神に戻っていた。
 

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