After story/under the snow

黒羽 雪音来

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15.4‐6 裏側エピソード その4

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 巨鳥の尾羽部分は王都から切り離されたように、一面の雪しかない。
 だが、その先端に古びた塔が横一列に並んでいる。
 全てが監獄塔だ。

 右端の塔を除いた監獄塔から突然、内側から爆発が起きたかのように大穴が開いた。

 その穴から、白い雪を様々な色で塗りつぶしていくように、悍ましいほどの数の魔物が出てくるのだ。
 初めから魔物しかいなかったと錯覚させるように、囚人の姿は一切ない。
 魔物達は一直線に王都へと駆けていく。
 しかし、クリスタルでできた壁が行方を立ち塞がる。
 魔物達は猛攻撃するが、クリスタルには傷ひとつ付かず、魔物達の体の方が傷を負っていく。
 
 そんな彼らの背後に、等身大ほどの砂嵐がいくつも発生した。
 雪の大陸ではありえない現象に、魔物達の間に不安と動揺が走る。
 
 だが、それは一瞬で消えた。
 魔物達の顔に無邪気な笑みが浮かんだ。
 
 その砂嵐の向こうには、建物や人々の姿が見えるのだ。
 穏やかな光景。賑やかな光景。美しい光景。
 そんな壊しがいのある光景に、魔物達はたまらず飛び込んだ。

 クリスタルという邪魔な壁を飛び越えることなく、魔物達は王都と2つの領地へと降り立った。
 この世の楽園へと辿り着いたかのように、魔物達は嬉々する。
 止めるものはいない。止められるものはいない。
 楽しい楽しい。そうはしゃぐ声を上げて、手当たり次第に王都と2つの領地も赤に染めていく。
 こうして、赤い地獄はできあがったのだ。



「さあさあ‼ どーぞご照覧あれっ‼」

 死刑囚を収監する右端の塔。
 唯一無事なその尖塔に、黒いマントを纏った白骨姿の南の魔神がいた。
 高々と伸ばす右手に持つのは、髑髏だ。
 教会の墓廟に眠る白骨や、マントの白骨とは全然違った。
 
「最初のご注文の‼ 無様に惨めに希望を壊してくれの光景はどうだーい‼」

 全体的に黄ばみ、ところところに青や黒の斑点があった。
 歯は何本が抜け落ちていた。
 それは、人間の骨だった。
 眼窩の奥に、不気味な闇が閉じ込められてた。
 漆黒では表現できない、どす黒い怨念がそこに籠っていた。
 その黒が、真っ赤な地獄を見つめていた。
 
「大事な大事な宝物を奪われ穢されて、取り戻せないなら元凶そのものも壊してくれ。──いいねいいねいいねいいねぇ‼ これこそ暴力的な復讐の醍醐味だっ‼」

 右手を下ろし、今度は左横に並ぶ監獄塔を見せるように向ける。
 パチンと。左の指を鳴らす。
 穴の開いた監獄塔全ての中に、砂漠のような砂礫が出現して下の階まで流れていき、激しく荒れ狂う。
 今までの砂嵐とは違い、その中で生きている生物全てに襲い掛かる。
 人間とも魔物とも思えるいくつもの声が絶叫を上げるも、砂にかき消されて、水分を奪われ、干乾びていく。
 波のように暴れる砂の中でひき潰され、削られ、押し砕かれるようにして、残ったもの全てを砂に変えられて、飲み込まれていく。

 全てを寄こせ。そういわんばかりに、悲鳴が消えるまで流砂は蹂躙し続けた。

「まぁ。今はこんな感じで──また見せてやるから、ちょ~っと待っていてくれや」

 興奮が冷めたかのように告げると、その髑髏を軽く転がすようにマントの内側に入れた。
 髑髏はマントの中に収納されたかのように消えた。
 再び指を鳴らすと、監獄塔を埋め尽くしてた砂はたちまち消えた。
 夢だったと錯覚させるように、べた雪だけが変わらず降り続く。

 しかし、これは夢ではない。
 監獄塔から王都へ続く魔物の足跡と、監獄塔の穴は残されていた。



 ━━どこから魔物を連れてきたんだ?
 彼がそう疑問をぶつけていたら、南の魔神はあっさりと答えただろう。
 彼がそれを直接見たい、破壊したいと願えば、暫くは仕事と関係ないと言って連れてくるのを拒み、また一悶着が起きていたかもしれない。
 
 しかし、彼は何も言わなかった。
 木の全身鎧に救助された時と、教会の人間と接触する時。機会は2回もあったのに、南の魔神が連れてきた魔物達を見ても何も思わなかった。
 連れてきた。用意してきた。そう魔神が言ったら納得してしまうほど、どこにでもいる存在だと思っていた。
 

 魔物も元は人間。
 彼はそれを知っている。

 どうしたら人間が魔物になるか。
 それは知らなかった。

 北の魔神の配下が魔物。北の大陸独自の刷り込まれた常識によって、心に引っかかる程度の小さな疑問すら持つことがなかった。

 魔物になる人間には、2通りいる。

 前者は、適合率が高いとして選ばれたが、失敗して魔物に変貌した人間。

 後者が、前者の失敗を減らす実験のために、わざと魔物にされた人間。

 後者の人間は、王都の監獄塔に収容されている罪人だ。

 獄中死、あるいは脱獄により行方不明。表で死んだことにした罪人達で、どうしたら人間が魔物にならずに済むかの実験を繰り返していたのだ。

 死刑囚は、北の果ての死刑場へ連れていくふりをして実験体として回収していた。
 死刑が決行されたのは、北の勇者だけだった。

 その北の勇者の死刑後。死刑場へ行くふりをするための移動の最中で、謎の襲撃事件が多発した。
 死人は出ていないが、死刑囚達が逃げ出すという最悪な事態が毎回発生。逃げた死刑囚達による犯罪も起き、止むなく、アルバースト家当主の領地に死刑場を移すことで危害を食い止めた。
 無論、死刑を行うつもりはない。他の罪人のような理由で実験の材料にしていた。
 たが、死刑される瞬間が見たいと切実に願う被害者たちと、死刑という娯楽を得られたと喜んでいた民から不満が溢れ出した。それを止めるために、死刑囚には死刑を執行し実験体にしない方針になった。


 気になるのは、前者が成功したらどうなるか。
 使徒と呼ばれる存在になる。
 木の全身鎧があの魔物に言っていた、『あいつ』の忠実な配下の兵士になる。

 使徒に魔物。それは成功作と失敗作を区別するための造語だ。
 成功作には、既に真の名称が存在している。

 その名は眷族。
 神という冠名を持つ存在の、駒にして所有物の名称だ。


 彼はその事実を知らない。
 魔神もそれを伝える気はない。

 復讐のアドバイスマネージャーには関係ない話だからだ。
 大切な人を魔物にされたから復讐したい。のではない。
 彼の復讐の目標は別にある。魔物の話を持ち出すのは、明確な復讐の目的を壊すことにほかならなかった。

 
 それとは別に、復讐の終盤に差し掛かれば、敵側から話をされる。
 敵側の計画に、彼は巻き込まれているのだ。魔神の方から話して無意味に混乱させるより、来る時に敵がネタばらしのように語った方が、彼もその理不尽さに怒りながらも納得するだろう。


 魔神の仕事のスタイルも理由にあった。

 南の魔神として仕事と、私用で請け負っている復讐関係の仕事は割り切って行いたい。それが魔神としての本音だ。
 だが、この3つには重なっている部分が多い。
 復讐の代行は、がっつりと南の魔神の仕事に関わっていた。これは分けられないと断念し、同時進行で行うしかなかった。
 復讐のアドバイスマネージャーの仕事の方は、魔神自身がうまく立ち回ればいい。
 北の聖女の一件で、改めてそれを痛感した。
 そのはずなのに、余計な横やりのせいで全然うまくいっていなかった。



 塔の中にある看守長部屋に、魔神は足を運ぶ。

 南の魔神の仕事として、魔物製造工場を壊さなくてはならない。そのため、監獄塔に収容されている魔物と成りかけていた人間、それを監視する看守と実験に携わっていた人間の痕跡を消さなくてはならない。

 復讐代行の仕事を請け負った者として、監獄塔に収容されている魔物、無様に惨めに希望を壊す手段としてうってつけだった。

 魔物を解き放ち、建物ごと中にいる人間を処分した。
 魔物で王都は大騒ぎ。復讐代行での最大の標的も、離れた監獄塔に目を向けている余裕などなくなる。

 この塔には数時間前から誰もいない。ここに収監されていた罪人に磔処刑を行っているからだ。
 数は20。多いように感じるが、磔台は22あるから想定内。
 この数こそが、死刑囚の監獄塔に収監されていた罪人の数でもあった。

 この処刑方法は、1人に対して執行する時間がかかる。
 魔神の予想では、問題なく救出できると踏んでいた。

 看守たちは、死刑を行うための準備や護送などで塔にはいない。
 あえて、この瞬間を狙った。
 あわよくば、魔物の襲撃で死刑が中断するかもしれなかったからだ。


「……お。あった」
 王都襲撃を経て、復讐代行の仕事は終わりに差し掛かっていた。
 この空っぽの塔さえ破壊すれば、仕事の方も一時完了する。
 すぐにでも取り掛かれるが、復讐のアドバイスマネージャーとして済ませておきたいことがあった。

 ここには誰も来ないとわかっていたから、隠しようのないほどに魔法で何重にも守られた金庫を力技で壊して、中身を手に取った。
 
 魔物管理帳──どの人間がどのような魔物に変貌したのかを記載した帳票──を、魔神はマントの中に次々と収納していった。

 
 
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