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15.5‐6 聖女と聖剣
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人も魔物もいない裏路地に飛び込む。
聖女を下ろし、勇者をゆっくりと地面に横たえる。
「ここなら大丈夫だろう」
自分がそう言うと、聖女は頷いた。
聖女は勇者の横に座ると黒い炭のような手を握って、呪文よりも短い言葉を唱える。
穏やかな日差しのような淡い光が、勇者を包み込む。
泣きながら、縋り付くように名を呼ぶかと思っていた。だが、南の聖女は服の袖で涙を強引に拭い取ってから、聞いたことのない言葉を唱え続けている。
攻撃とは違い、回復だとずっと唱えなければならないのか。新しいことを知ったような気持ちになった。
邪魔にならないように、自分は少し離れて見張りをする。
この間に、ナーマを取り込んで魔力を生産。少しでもいいから足りなくなった魔力の補充に努める。
今後の行動を考える。
勇者が回復し、城に行ったら結果に関係なく離脱する。それは確定している。
王都はこの在り様だ。あの国王の妻が城に残っているかすら怪しい。病に伏せたままの国王と我が子を連れて逃げ出しているかもしれない。その場合、護衛に選ばれるのは大賢者になる。
残っていた場合、王族としての在り方に沿った行動をしている。人々の安泰のための救助や避難誘導、あるいは魔物の討伐に大賢者を駆り出されている可能性が高い。
行ったところで会える確率はほぼない。それをわかっていてマナの少ない場所に長居をする気はない。
自分は、王妃とは関わりがほとんどない。性格も全く知らない。
それもそうだ。城勤めの使用人の女に身籠もらせてしまったと、国王は悪気もない様子で言っていた。
当時はよくわからなかったが、国王以外の王族にとっては関わりたくない、不義の子だ。
国王から紹介されたその1回だけしか、王妃とは面識がない。
王弟という人物にはとてつもなく嫌な顔をされたせいで、王妃がどんな表情をしていたか印象に残っていない。印象にないから、愛好も嫌悪も抱いていなかったと思う。
国王と王妃の間にいる子が、正当なる後継者であるのは決まっていた。そう思えば、興味すらなかったのかもしれない。
知らないから、行動の予測が立てづらい。
最終決断は城に行ってからになるが、その2択に絞る。
問題は、城に着く前にあの人物と再会しないか。それだけだ。
小さな、咳き込む音が聞こえた。
振り向けば、人型の黒炭の胴体が上下に動いている。呼吸が戻ったのだと察した。
あの状態からここまで治癒したことに驚いた。
否。治癒というより奇跡的生還に近い気がしてきた。
命を落としていたわけではないが、その一歩手前の状況だ。そこから持ち直せただけでも奇跡である。
その奇跡を起こした聖女は、一度術を止めている。喘息気味に呼吸を荒げ、顔中から流れる汗を袖で拭い、腰のポーチから小瓶を取り出して一気に飲み干し、再び術を再開させる。
この奇跡は消耗が激しいのか、聖女の疲労が目に見えてわかる。拭ったばかりの顔にまた汗が流れていく。
自分だけ、離れて何もしていないのが申し訳なくなった。
人や魔物がいない場所を選んだのもあって、見張りではなくただ腰を下ろしているだけになっていた。
何かしなくては。
正当な理由はあっても、処刑場で術を使うなと止め続けた。その負い目を感じてしまった。
路地裏から少し顔を出して、魔物や人がいないかをもう1度確認。
いないと判断して、聖女の横に移動して腰を下ろす。
「拭くもの借りる」
先程見えたポーチの中からそれを取り出し、聖女の顔の汗を拭く。
勇者が回復しなければ先に進まない。だが、自分は回復系の魔法を使えない。それを使える聖女の補佐をするしかできない。
気休め程度かもしれないが、自分にできることはこれぐらいしかなかった。
聖女が5本目の小瓶を飲み干し、奇跡を起こし続けた。
その詠唱が止まった。聖女は後ろにひっくり返った。
頭をぶつける前に、その体を支えた。
「い、一命取り留めたわ・・・・・・」
疲れ切った声で、そう呟いた。
勇者の肌が、炭のような黒色ではなくなり肌色に戻っていた。
呼吸が落ちつきだしている。呼吸が戻った時点ではまだ危険だったのか。そう自分は静かに驚いた。
「ちょっと休憩、したい・・・・・・」
正直、こちらとしては急ぎたい。だが、心身共に疲れている人物を急かすのは気が引けた。
自分が勇者だった時。どれほどの時間戦い、何体の魔物を殺したかわからないほどの疲労を抱えていても、次の魔物は待ってくれずに次々と襲いかかった。同行者達に無理矢理連れてかれ、別の魔物の群れの中に落とされた。
そんなこともあった。今ではその言葉で片づけられたが、当時は足の裏がじんじんと痛みんだ。もつれてすぐに転びそうになった。視野はぼやけ、自分はちゃんと呼吸ができているのかと不安になるほどだった。
あれは、とても良くないことだと今では思う。
もし魔物が襲ってきたら、自分が対処すればいい。
道中で見かけた魔法使いの集団が近づいてきたら、自分が動いて気絶させればいい。
少しぐらい休憩をとっても問題ない。そう思った。
「あ。安心して。結界は維持し続けておくから・・・・・・」
いつの間に張ったのかわからなかった。
見張りの意味なかったと、本気で思った。
「あんたのおかげで助かったわ・・・・・・少し早いけどありがとう・・・・・・」
ありがたみのない声。何に対する礼なのかわからない言葉。
だが、眷族になってから礼を言われることが多くなった。勇者の時には礼を言われるなんてなかった分、不思議な気持ちになった。
勇者で思い出した。
聖剣があれば、もっと早く治癒できる、と。
勇者の時、自分が負った怪我の治癒は全て聖剣が行っていた。聖剣がなければ、自分はもっと早くに死んでいただろう。
一命を取り留めてもまだ術は必要になる。聖剣があれば時間も短くなる。聖女の負担も少なくなる。
あれば今頃回復しているから、勇者は持っていないことになる。なら、聖女がどこかに隠している。そう、何も疑いなく思った。
「聖剣はどうした?」
自分がそう尋ねると、聖女は疲れて半目になっていた目を開き、不思議なものを見るように自分を見つめる。
「なんで聖剣なのよ?」
「回復には聖剣だが?」
「・・・・・・あんた、何言ってるの?」
それはこちらの台詞だ。
「聖剣があれば済む話をしている」
「コラコラコラコラ!! 終わらせるな答えになってないから!!」
終わらせたつもりはない。これを答えと言わずに何を答えというのか。そんな少しの不満があった。
だが、ここでそれを言葉にしても意味は無い。
質問に質問を重ねるということは、自分の言葉が少し足りないと考える。
そう結論つけて、自分が勇者であったことを伏せながら説明する。
「・・・・・・聖剣は勇者を回復させる。柄に触れた瞬間に全身の怪我がすぐに治っ、ていた。動きからして、内側の怪我にも対応していた、気がする・・・・・・それを目撃した。勇者なら聖剣は同じ働きをする。それで聖剣はどうしたと尋ねた」
危うく、自分がそうだったと肯定する言い方をしそうになった。
「・・・・・・・・・・・・あんた、本当に南の魔神の眷族なの?」
聖女は、処刑場へ向かっていたときの質問をしてきた。
聖剣の話をしていて、なぜ眷族の話になるのかわからない。
そして、南の聖女の雰囲気が変わった。
敵意ではなく、愕然だった。
「それが本当なら、あんたはどこの大陸の魔族なのよ?」
正直に答えるのは良くないと判断する。だが、どのような言葉を言えばいいのかわからず、黙ることしかできなかった。早く言葉を続けろと言われてるようで、視線を逸らしてしまった。
「南の大陸じゃ、それは起きるはずないの絶対」
自分が何も言わないからか。聖女が言葉を続けた。
「聖剣が勇者を回復させるのは、支配が始まっている危険の前触れなのよ」
支配という単語に、自分は教会にいた魔物を思い出した。
正確に言えば、そいつが発した言葉だ。
聖剣の苗床。
聖剣という言葉の繋がりだと思いたい。だが、頭がその言葉を隅に追いやろうとしてくれない。これが答えだと提示するかのように残り続ける。
「それにすぐって・・・・・・それは聖剣に体を支配──もう人間じゃなくて、振るうための付属品に作り替えられているようなものよ・・・・・・」
頭から、冷水を被せられた気分だった。
そのまま凍って何も考えられない。そんな酷い気分だ。
そんなことはないと否定しなくてはいけないのに、口すらも凍ったように動かせない。
「魔神と戦うには聖剣は必要。でも、聖剣の力を直接使おうとすれば、勇者は聖剣の力に侵されて支配されて人ではなくなる。大昔には終わることのない儀式に多くの勇者が犠牲となった。それをなくすために神から授けられた『聖水』を飲んだ女性が聖女となる。聖女の力を聖剣に注ぐことで直接干渉されないようにしているの・・・・・・聖女は勇者を聖剣と魔神から守るためにいるのよ・・・・・・」
儀式だというのは、魔神から聞いている。
だが、それ以外は知らない。初めて聞いた。
否。信じたくない。
聖なる力を聖剣に注ぎ、勇者と共に魔神を倒す。
治癒と退魔の力を使い人々を魔物から救う。
それが聖女の役割のはずだ。
北の聖女は、聖剣に力を注ぐことをしなかった。
自分は、聖剣に魔力を注いで力を使っていた。聖剣から回復を受けていた。
南の聖女の言葉通りのことを一切していない。
体の内側から、黒い靄が膨れていく。
それは液体と変わり、重さを持って自分の中に満たされていく。
このままではいけないと、平常心を保とうと奮闘する。
この黒い靄は、自分の感情の傾きと魔神への不信感よって広がっていく。
あくまで仮説。だが、魔神と会わなくなってから、この数日間の平穏の中で、黒い靄が増えることは少なくなった。
信憑性は、充分にあった。
その勇者はどうなったのか。『聖剣の苗床』と関わりがあるのか。尋ねたいことはあるのに、口が動かない。その答えが怖くて聞けない。
作り物の手が怖くて震え出す。
ここにいる自分が何者なのか、わからなくなってきた。
教会の地下から地上に向かうときの、不安定な感覚に襲われる。
聖女は体を起こし、自分の両肩を掴んで揺さぶる。
「あんたはどこ出身の魔族なのよ!! ソフィと共に行ってその勇者に──っぐ!!」
聖女が突然、胸を押さえて呻きだした。
何が起きたかわからない。
だが、教会の時のように自分の体は動いていた。
剣を抜く。刃に禍々しき魔力を纏わせる。
背後からのゴーレムの拳を、その胴体を、切り裂いた。
ゴーレムを見れば、誰の魔法かは一目瞭然。
その方向に、先程まで見えなかった結界があった。オーロラのような美しい光に巨大な穴ができていた。その穴を中心に、がらがらと崩れている。
あれが聖女が作り出した結界なら、破壊されたということになる。
聖女の力という未知数で作られた結界に対して、魔法で破壊を可能にできるのは1人しか心当たりはない。
恐れていたことが起きた。
悠長しすぎた。無理にでも急かすべきだった。
もう後の祭りである。
考え方を変える。優先順位が変わっただけ、だと。
復讐に集中しろ。
今から終わるまで、自分が何者かなんて考えるな。
復讐を望んだだけの存在。そう思えと、暗示をかけるように強く念じた。
持っていた2通の書状を取り出し、聖女に押し付ける。
「終わったら先に行け」
自分のすべきことのために、歩き出した。
聖女を下ろし、勇者をゆっくりと地面に横たえる。
「ここなら大丈夫だろう」
自分がそう言うと、聖女は頷いた。
聖女は勇者の横に座ると黒い炭のような手を握って、呪文よりも短い言葉を唱える。
穏やかな日差しのような淡い光が、勇者を包み込む。
泣きながら、縋り付くように名を呼ぶかと思っていた。だが、南の聖女は服の袖で涙を強引に拭い取ってから、聞いたことのない言葉を唱え続けている。
攻撃とは違い、回復だとずっと唱えなければならないのか。新しいことを知ったような気持ちになった。
邪魔にならないように、自分は少し離れて見張りをする。
この間に、ナーマを取り込んで魔力を生産。少しでもいいから足りなくなった魔力の補充に努める。
今後の行動を考える。
勇者が回復し、城に行ったら結果に関係なく離脱する。それは確定している。
王都はこの在り様だ。あの国王の妻が城に残っているかすら怪しい。病に伏せたままの国王と我が子を連れて逃げ出しているかもしれない。その場合、護衛に選ばれるのは大賢者になる。
残っていた場合、王族としての在り方に沿った行動をしている。人々の安泰のための救助や避難誘導、あるいは魔物の討伐に大賢者を駆り出されている可能性が高い。
行ったところで会える確率はほぼない。それをわかっていてマナの少ない場所に長居をする気はない。
自分は、王妃とは関わりがほとんどない。性格も全く知らない。
それもそうだ。城勤めの使用人の女に身籠もらせてしまったと、国王は悪気もない様子で言っていた。
当時はよくわからなかったが、国王以外の王族にとっては関わりたくない、不義の子だ。
国王から紹介されたその1回だけしか、王妃とは面識がない。
王弟という人物にはとてつもなく嫌な顔をされたせいで、王妃がどんな表情をしていたか印象に残っていない。印象にないから、愛好も嫌悪も抱いていなかったと思う。
国王と王妃の間にいる子が、正当なる後継者であるのは決まっていた。そう思えば、興味すらなかったのかもしれない。
知らないから、行動の予測が立てづらい。
最終決断は城に行ってからになるが、その2択に絞る。
問題は、城に着く前にあの人物と再会しないか。それだけだ。
小さな、咳き込む音が聞こえた。
振り向けば、人型の黒炭の胴体が上下に動いている。呼吸が戻ったのだと察した。
あの状態からここまで治癒したことに驚いた。
否。治癒というより奇跡的生還に近い気がしてきた。
命を落としていたわけではないが、その一歩手前の状況だ。そこから持ち直せただけでも奇跡である。
その奇跡を起こした聖女は、一度術を止めている。喘息気味に呼吸を荒げ、顔中から流れる汗を袖で拭い、腰のポーチから小瓶を取り出して一気に飲み干し、再び術を再開させる。
この奇跡は消耗が激しいのか、聖女の疲労が目に見えてわかる。拭ったばかりの顔にまた汗が流れていく。
自分だけ、離れて何もしていないのが申し訳なくなった。
人や魔物がいない場所を選んだのもあって、見張りではなくただ腰を下ろしているだけになっていた。
何かしなくては。
正当な理由はあっても、処刑場で術を使うなと止め続けた。その負い目を感じてしまった。
路地裏から少し顔を出して、魔物や人がいないかをもう1度確認。
いないと判断して、聖女の横に移動して腰を下ろす。
「拭くもの借りる」
先程見えたポーチの中からそれを取り出し、聖女の顔の汗を拭く。
勇者が回復しなければ先に進まない。だが、自分は回復系の魔法を使えない。それを使える聖女の補佐をするしかできない。
気休め程度かもしれないが、自分にできることはこれぐらいしかなかった。
聖女が5本目の小瓶を飲み干し、奇跡を起こし続けた。
その詠唱が止まった。聖女は後ろにひっくり返った。
頭をぶつける前に、その体を支えた。
「い、一命取り留めたわ・・・・・・」
疲れ切った声で、そう呟いた。
勇者の肌が、炭のような黒色ではなくなり肌色に戻っていた。
呼吸が落ちつきだしている。呼吸が戻った時点ではまだ危険だったのか。そう自分は静かに驚いた。
「ちょっと休憩、したい・・・・・・」
正直、こちらとしては急ぎたい。だが、心身共に疲れている人物を急かすのは気が引けた。
自分が勇者だった時。どれほどの時間戦い、何体の魔物を殺したかわからないほどの疲労を抱えていても、次の魔物は待ってくれずに次々と襲いかかった。同行者達に無理矢理連れてかれ、別の魔物の群れの中に落とされた。
そんなこともあった。今ではその言葉で片づけられたが、当時は足の裏がじんじんと痛みんだ。もつれてすぐに転びそうになった。視野はぼやけ、自分はちゃんと呼吸ができているのかと不安になるほどだった。
あれは、とても良くないことだと今では思う。
もし魔物が襲ってきたら、自分が対処すればいい。
道中で見かけた魔法使いの集団が近づいてきたら、自分が動いて気絶させればいい。
少しぐらい休憩をとっても問題ない。そう思った。
「あ。安心して。結界は維持し続けておくから・・・・・・」
いつの間に張ったのかわからなかった。
見張りの意味なかったと、本気で思った。
「あんたのおかげで助かったわ・・・・・・少し早いけどありがとう・・・・・・」
ありがたみのない声。何に対する礼なのかわからない言葉。
だが、眷族になってから礼を言われることが多くなった。勇者の時には礼を言われるなんてなかった分、不思議な気持ちになった。
勇者で思い出した。
聖剣があれば、もっと早く治癒できる、と。
勇者の時、自分が負った怪我の治癒は全て聖剣が行っていた。聖剣がなければ、自分はもっと早くに死んでいただろう。
一命を取り留めてもまだ術は必要になる。聖剣があれば時間も短くなる。聖女の負担も少なくなる。
あれば今頃回復しているから、勇者は持っていないことになる。なら、聖女がどこかに隠している。そう、何も疑いなく思った。
「聖剣はどうした?」
自分がそう尋ねると、聖女は疲れて半目になっていた目を開き、不思議なものを見るように自分を見つめる。
「なんで聖剣なのよ?」
「回復には聖剣だが?」
「・・・・・・あんた、何言ってるの?」
それはこちらの台詞だ。
「聖剣があれば済む話をしている」
「コラコラコラコラ!! 終わらせるな答えになってないから!!」
終わらせたつもりはない。これを答えと言わずに何を答えというのか。そんな少しの不満があった。
だが、ここでそれを言葉にしても意味は無い。
質問に質問を重ねるということは、自分の言葉が少し足りないと考える。
そう結論つけて、自分が勇者であったことを伏せながら説明する。
「・・・・・・聖剣は勇者を回復させる。柄に触れた瞬間に全身の怪我がすぐに治っ、ていた。動きからして、内側の怪我にも対応していた、気がする・・・・・・それを目撃した。勇者なら聖剣は同じ働きをする。それで聖剣はどうしたと尋ねた」
危うく、自分がそうだったと肯定する言い方をしそうになった。
「・・・・・・・・・・・・あんた、本当に南の魔神の眷族なの?」
聖女は、処刑場へ向かっていたときの質問をしてきた。
聖剣の話をしていて、なぜ眷族の話になるのかわからない。
そして、南の聖女の雰囲気が変わった。
敵意ではなく、愕然だった。
「それが本当なら、あんたはどこの大陸の魔族なのよ?」
正直に答えるのは良くないと判断する。だが、どのような言葉を言えばいいのかわからず、黙ることしかできなかった。早く言葉を続けろと言われてるようで、視線を逸らしてしまった。
「南の大陸じゃ、それは起きるはずないの絶対」
自分が何も言わないからか。聖女が言葉を続けた。
「聖剣が勇者を回復させるのは、支配が始まっている危険の前触れなのよ」
支配という単語に、自分は教会にいた魔物を思い出した。
正確に言えば、そいつが発した言葉だ。
聖剣の苗床。
聖剣という言葉の繋がりだと思いたい。だが、頭がその言葉を隅に追いやろうとしてくれない。これが答えだと提示するかのように残り続ける。
「それにすぐって・・・・・・それは聖剣に体を支配──もう人間じゃなくて、振るうための付属品に作り替えられているようなものよ・・・・・・」
頭から、冷水を被せられた気分だった。
そのまま凍って何も考えられない。そんな酷い気分だ。
そんなことはないと否定しなくてはいけないのに、口すらも凍ったように動かせない。
「魔神と戦うには聖剣は必要。でも、聖剣の力を直接使おうとすれば、勇者は聖剣の力に侵されて支配されて人ではなくなる。大昔には終わることのない儀式に多くの勇者が犠牲となった。それをなくすために神から授けられた『聖水』を飲んだ女性が聖女となる。聖女の力を聖剣に注ぐことで直接干渉されないようにしているの・・・・・・聖女は勇者を聖剣と魔神から守るためにいるのよ・・・・・・」
儀式だというのは、魔神から聞いている。
だが、それ以外は知らない。初めて聞いた。
否。信じたくない。
聖なる力を聖剣に注ぎ、勇者と共に魔神を倒す。
治癒と退魔の力を使い人々を魔物から救う。
それが聖女の役割のはずだ。
北の聖女は、聖剣に力を注ぐことをしなかった。
自分は、聖剣に魔力を注いで力を使っていた。聖剣から回復を受けていた。
南の聖女の言葉通りのことを一切していない。
体の内側から、黒い靄が膨れていく。
それは液体と変わり、重さを持って自分の中に満たされていく。
このままではいけないと、平常心を保とうと奮闘する。
この黒い靄は、自分の感情の傾きと魔神への不信感よって広がっていく。
あくまで仮説。だが、魔神と会わなくなってから、この数日間の平穏の中で、黒い靄が増えることは少なくなった。
信憑性は、充分にあった。
その勇者はどうなったのか。『聖剣の苗床』と関わりがあるのか。尋ねたいことはあるのに、口が動かない。その答えが怖くて聞けない。
作り物の手が怖くて震え出す。
ここにいる自分が何者なのか、わからなくなってきた。
教会の地下から地上に向かうときの、不安定な感覚に襲われる。
聖女は体を起こし、自分の両肩を掴んで揺さぶる。
「あんたはどこ出身の魔族なのよ!! ソフィと共に行ってその勇者に──っぐ!!」
聖女が突然、胸を押さえて呻きだした。
何が起きたかわからない。
だが、教会の時のように自分の体は動いていた。
剣を抜く。刃に禍々しき魔力を纏わせる。
背後からのゴーレムの拳を、その胴体を、切り裂いた。
ゴーレムを見れば、誰の魔法かは一目瞭然。
その方向に、先程まで見えなかった結界があった。オーロラのような美しい光に巨大な穴ができていた。その穴を中心に、がらがらと崩れている。
あれが聖女が作り出した結界なら、破壊されたということになる。
聖女の力という未知数で作られた結界に対して、魔法で破壊を可能にできるのは1人しか心当たりはない。
恐れていたことが起きた。
悠長しすぎた。無理にでも急かすべきだった。
もう後の祭りである。
考え方を変える。優先順位が変わっただけ、だと。
復讐に集中しろ。
今から終わるまで、自分が何者かなんて考えるな。
復讐を望んだだけの存在。そう思えと、暗示をかけるように強く念じた。
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