After story/under the snow

黒羽 雪音来

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15.3‐6 処刑にあらず

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 処刑場は、ごうごうと赤い炎が燃え盛っていた。
 その炎の中から、多くの死刑囚達の悲鳴が飛び交う。
 磔台の真下に、獣を閉じ込める用の鉄格子の檻が置かれ、その中に体を畳むように死刑囚が閉じ込められていた。その檻全てが炎に包まれている。

 鼻が曲がりそうなほど酷い異臭。
 死刑執行人の姿もない。
 
 まるで、要らないものを一斉処分しているかのように見えた。
 こんなの処刑ではない。

 ウタネが火事と呟いたのは、魔物の襲撃より前だ。
 魔物の襲撃で内容が変わったなどではない。
 始めからこうするつもりだった。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。


 聖女の表情が逼迫する。声にならない小さな悲鳴を零す。
 自分を押しのけ着地し駆け出し、聖女の術を使おうとするのを、腕を掴んで引き戻す。

「落ち着け!!」
  
 自分の時のように死刑囚が1人で、死刑を終えて死刑執行人がいない状況なら、止める気はなかった。
 だが、今は違う。他の死刑囚達も生きている。
 その力を使うには人の目が多すぎて危険なのだ。

 聖女がこちらに振り返った。

「──っ、無理に決まってるでしょっ!!」

 聖女は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
 その目からボロボロと涙が零れている。

「親友が殺されかけているのよ!!」

 自分の手を離そうと、聖女は乱暴かつ出鱈目に腕を振るう。
 その腕の先の手は拳を握り、何かを抑えようとして震えていた。 

 移動中の時とは違い、感情的になっていた。

 目の前の光景を見たから。それでここまで誰かのために涙を流し、状況を度外視した理由で怒鳴り返せるものなのか。そんな疑問があった。
 あるいは、本当は切り替えていなかった。聖女としての使命感から、個人の感情をおさえていたのかもしれない。
 どっちが正しいのかはわからない。

「南の魔神の眷族にはわかんないわよ!!」   

 ふりほどけないとわかると、聖女はその場から術を使おうとする。
 それを、もう一度引き戻す形で妨害する。

「っ!! なんで邪魔するのよっ!!」

 聖女は、自由の利くもう片方の手で殴りにかかる。
 それを、自分は空いている手で受け止める。

 その拳には聖女の力は込められていなかった。
 アルバースト家でのやり取りが嘘だったかのように、大した力が入っていなかった。
 否。拳には力など入っていなかった。それほど動揺していた。


 聖女として、勇者として、その役割を背負ったから誰かを救わねばならない。それなら共感できた。
 大切な人を救いたい。大切な人が死ぬ前に自分が助けなくてはならない。そこまで駆り立てる感情とは無縁の生き方をしてきた。
 協力を頼みながらも殴ってくるのを、握った拳が震えているのを、南の聖女が泣いている理由を、シンユウという言葉を、自分は知らない。
 その存在を失う前の気持ちなど、わかるわけがない。


 この世の全てに荒々し怒りをぶつけるかのように、聖女は自分を睨み付ける。
「っ!! あんたが助けてくれるっていうの!?」   
「ああ」
 自分はそう答えた。頷いた。
 その存在を失った後の気持ちなら、痛いほどわかる。

 失った悲しみ、自分が許せなくなる怒り、何度謝っても戻ってきてくれない後悔と罪悪感。
 今の南の聖女は、あのヒト達を殺した自分と同じ気持ちになろうとしている。  
 直接手を下していなくても、こんな酷い処刑を指示した誰かでなくても、何もできないという自分が許せなくなった。
 あの気持ちを知ってそうなるのは、自分だけで充分だ。 
 

 すでに周りは確認した。 
 最近はべた雪しか降っていない。水を多く含んだ雪で大地は濡れ、空気は湿気ている。そんな燃えにくい状況で、薪に火をくべただけではここまで燃え上がらない。
 可燃燃料を使っていると見て間違いない。

 水は近くにない。べた雪を投げ込んでも鎮火の見込みはない。
 空気を遮断しての鎮火は、現在の状態がわからない南の勇者には使えない。最悪、酸素がなくなって体調が悪化する可能性が高い。死ぬ可能性だってある。

 自分が思いつく残る方法は、この炎の中から南の勇者を引っ張り出すこと。
 巨大な炎から引き抜けば、全身が燃えていてもまわりのべた雪で消すことだって可能のはずだ。

 魔法のように呪文は要らない。
 魔法のように杖は要らない。
 魔法のように魔法陣は要らない。

 必要なのはマナで造り出した魔力と、自分の影。それを発動させ操るという完成図。
 魔力の消費は惜しい。だが、ナーマでは絶対に成功しない。

 それは、拠点では扱えなかった眷族の力。そのおまけの方。
 ベッドの影に溶け込み、そこから形を持って出てきたかのように、スタスタと部屋を歩く黒猫を見て思いついた。
 自分なりに何度も考えた。戦い方に支障が応じるとして、何度もやり直した。

 案が纏まり、それで可能かと試そうとした。
 その時にマナ不足という事実を知り、たった一度しか練習できなかった。偶然成功したが、かなりの粗さがあった。その後は何度も頭の中で、練習するしかなかった。

 失敗する可能性の方が高い。不安しかない。
 それでも、この技に賭けるしかない。

 頷きながら返事をしたときには、足下に落ちている自身の影に魔力を注いで形を変えていた。
 そこから、さらに魔力を継ぎ足して実体を与える。

 蛇が鎌首を持ち上げるように、20本もの黒い鎖を作り持ち上げる。
 鏃を彷彿させた先端もある。ここまでは順調。

 自分の影から実体を持って出てきたそれらを、一斉に炎の中へと向かわせる。
 影の鎖は蛇のようにくねることなく、滑空する鳥のように真っ直ぐ飛ぶ。
 炎の中に飛び込む。影でできた力は鉄とは違って熱を通さない。
 檻の中に入った直後、先端にある鏃部分が四方に開いて引っかかる。

「見つけたら教えろ」

 南の聖女にそう言って、引っかかった分を炎の中から引っ張りだす。  
 鎖は闇に紛れるように溶け込んでいた。操る側の自分ですら、炎が檻を吐き出したように見えた。
 鏃を元に戻して離す。檻が乱暴に地面の上を滑るように落下する。

 檻は真っ赤に熱せられ、中に居る囚人は踊り狂うように身を左右によじっていた。
 別の囚人は、石のように真っ黒な体を丸めていた。

 鎖を伸ばしては、炎の中から檻を引っ張る。それを何度も繰り返す。
 自分と聖女の周りには、檻の数が増えていく。
 今のところは成功している。
 戦いとは違い、同時に何個も考えなくても良い状況だからかもしれない。
 
 鎖という細くて長い形状。
 消耗が少ないのもあるが、それだけで選んだわけではない。
 自分に縁がある物体の方が、形に落とし込みやすく、制御もしやすかった。
 鏃は書斎の本に記載されていたのを参考にした。実物は見たことがなかったから、固さと貫通力は剣の鋭さを参考にした。開いたりするのはこの場面で必要だと判断した。
 自分が意識を向けるのは、鎖を動かすことと、鏃の形状維持のみ。
 
 南の勇者を発見するのを聖女に任せ、自分はその2つに集中する。

「もっと丁寧に扱いな───ソフィっ!!」
 こちらを向かずに、抗議の声を上げていた聖女の声音が変わった。
 悲痛と感動。それを混ぜたような声だ。

 聖女の視線を追って、南の勇者がいるであろう檻を見つける。
 他の檻を持っていた影を操作し、持っていた檻を放り捨てさせて、目を付けた檻へと飛ばして掴む。
 全ての影で掴み絡ませた檻を、急ぎつつも丁寧に降ろした。
 絡ませた影で檻の棒を引き千切る。その中から、燃え残りのような黒い塊を出す。
 生きているのかわからない。そんな酷い姿だった。
 

 自分がそれを受け取るより先に、南の聖女が間に割り込んですぐに術を発動させた。
 聖女の右腕を掴んで、それを中断させる。

 同時に周りを見渡す。

 恐れていたことが起きていた。
 早急に、ここから離脱しなければならなくなった。

 自分の知る北の聖女は使わなかったが、聖女が他者を治癒する術を使えるのを誰だって知っている。その光は穏やかな日の太陽の光に似ているのを知っている。
 一瞬であっても、その光を見れば誰だって確信する。

 この少女は自分たちを治すことができる、と。

 檻を破壊しようと最後の力を振るう罪人。最後の力で檻ごと引きずってこちらへ手を伸ばす罪人。檻の中で情に訴えるように嘆き喚く罪人。檻の中で見捨てることを許さないばかりに呪いの言葉を吐き叫ぶ罪人。
 誰もが助かりたいと必死で、自分だけでも助かりたいと必死で、それが可能な聖女を求めだす。  

 全員は救えない。罪を犯した者を救ってはならない。なにより、南の勇者を優先的に治癒するとわかれば殺しにかかり、先に治せと聖女に襲いかかる。
 こうなるとわかっていたから、聖女という肩書きを口にせず、術を使わせないようにしていたが、意味がなくなった。
 

 近づいてくる罪人達を、影の鎖で投げ飛ばす。 
「それは後にしろ」
 影の鎖を自分の影に戻す。その一瞬で、外したマントで包んだ勇者を小脇に抱えて、罪人達の様子に怯える聖女を肩で担ぎ、近くの屋根の上に着地する。
 騎士と魔物、魔物と一般市民がいない場所を求め、屋根から屋根へと跳ぶ。
 その道中で、魔法使いで構成された少人数の集団を見かけた。遠かったため、向こうは気付いていないだろうが、見つかるもの時間の問題だと嫌な予感はした。

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