After story/under the snow

黒羽 雪音来

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16.5-8 裏側エピソード その6

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 サフワが彼と接触した時まで、時間を遡る。

 あの時、サフワが開けた大穴から中を見ていた存在がいた。
 狼姿の南の魔神だ。
 魔神は別の建物の屋根の上から、顔を上げて眺めていた。

 サフワと彼が接触しなくてはことが進まない。
 影で援護をしながらも、王都まで導いた。
 到着そうそうに、サフワは腹ごしらえと情報収集がてらに酒場に入った。
 そこで、これから行われる処刑について面白おかしくも、自分が処刑を許可したのだと言わんばかりに誇らしげに語るアルバースト家当主と遭遇し、追いかけまわし、アルバースト宅で彼と接触する展開に、魔神ですら予測できなかった。

 復讐の刃が届かなかった彼を見て、魔神は安堵半分満足半分の笑みを浮かべた。

 勇者や聖女は目的に関係なく戦う暗黙のルールがある。そう錯覚してしまうほど、よく戦っている。
 誰が決めたんだよそんなルール、と巻き込まれる側の魔神にとってただのはた迷惑でしかないその行動が、ここで役に立ってくれたことにありがたく思った。 
 それがなかったら、彼の刃が届いていた。
 ここまで積み上げてきた、全てが台無しになるところだった。


 魔神の視界には、予想外の女性の姿が映っていた。
 ひと目見たときにこの女性の正体に気付いた。まさか東の大陸に嫁いでおらず、しかも彼と一緒にいるとは思ってもいなかった。

 彼が敵意や殺意を向けていない様子を見ると、魔神が杞憂していた行動を起こす気は無いらしい。
 崖の上で綱渡りをしているような嫌な汗が噴き出るような緊張感に、「身が持たないから止めてくれ」と魔神は悲鳴を上げたくなった。

 建物の高さを利用して見えないように、砂嵐が出現。そこから魔物が姿を現す。
 本体も行動を開始したのだと、察すると共に気持ちを切り替えた。

 魔物の暴徒によって、これから行われる処刑は中断を余儀なくされる。
 その騒動に乗じて、サフワと彼がソフィを救助。3人纏めて強制的に王都から遠ざける。
 それが魔神が立てた計画であり、その担当が狼の姿の魔神だった。

 人間を襲い始める魔物の姿がちらほら見えだした。

 ぐるりと見回したあと、再び屋敷に戻す。
 サフワを襲おうとした魔物を、彼が切り捨てた。

 ふと、やけに五月蠅いな、と魔神は煩わしさを感じた。
 屋敷を見ていたのはほんの数秒。
 だが、周りの状況が激変していた。

 魔物の数が多すぎる。
 アルバーストが収める領土の大通りは、魔物という砂を敷き詰めたと見違えるほどだ。

「本体!! 送りすぎだ!! そっちで──本体?」

 本体の魔神との情報の共有が繋がらない。
 すぐに繋げ直すも通じず、猫の分身体に繋いでみたが音信不通になってしまう。
 この領土へ通じる砂嵐は既に閉じていた。

 木の全身鎧の分身体から、監獄の中にいる魔物の数は聞いていた。
 その数をふたつの領土と王都そのものに分配すれば、配置できる数は少なくなる。
 教会の人間と接触する際に使う魔物の数を含めても、ここの領土の道を覆うほどの数はいなかった。
 もし分身体からの連絡の後に増やしたと考えても、監獄に閉じ込めておける数を優に超していた。

 考えられるのはひとつ。
 現在進行形で無差別に製作が行われ、失敗を連続で繰り返している。その結果、魔物が増え続けているのだ。

 そう結論を出した時、彼はサフワを抱えて魔物が蹂躙する街を駆けだした。

「あのストーカー!! 最悪なタイミングでやりやがったっ!!」
 魔神は悪態吐きながらも屋根を伝って駆け出し、ソフィの救助に向かった彼らを追いかけだす。

 仕掛けるなら監獄襲撃の本体の方と予想していた。今までも工場破壊も、優先度の高い場所に向かった本体へ攻撃をしていた。
 その傾向から、重要施設をあっさりと手放すとは思ってもいなかった。

 だが、考えられない行動では無かった。
 教会が王族を売った。その時点で、神より国王を酔狂する王都の人間を切り捨てるとは思っていた。
 何も考えていないかのような、見境ない方法を取ってくるとは思いもしていなかっただけだ。施設や実験によるデータの守護よりも、手早く成功例を増やす方を選んだのかもしれない。

 魔神がいた屋根に、銀色の風が直撃した。

 そう見えただけで、風は人の形を持っていた。
 極寒の北の大陸では命取りにもなる、銀鉄のような堅く輝かしい甲冑を全身を覆うように纏い、背中に天使の翼のような神々しい羽を生やした存在。その手には、先端が槍のように鋭く尖った杖を携えていた。

「・・・・・・へぇー。これが本来の『使徒』って奴か」
 風に舞い上げられる毛玉のように宙を回る魔神は目を見開いてはいるものの、他人事のように呟いた。
 情報は共有されていた。
 だが、戦闘力の低い狼の分身体は、初めてその姿を目にした。

 本体、ピエロの分身体、木の全身鎧の分身体が手分けして破壊していた、数少ない成功例。
 工場で作られた分は全て壊したと連絡は受けていた。
 目の前にいるのは、この王都で造られた成功例だと判断する。
 
 教会の地下で、ゴーレムが壊していた『悪食』の発光体と特徴はどことなく似ていた。

 成功例と『悪食』、そして魔物。それらを直に見たからこそ──。
「随分と、悪趣味だなぁ」
 ──着地と同時に、不愉快な感想を告げた。

 魔神が着地したのは、先程までラークたちが会話をしていた場所。
  
 魔神の視線の先には、首を切られて倒れる女性と、白いローブのフードを深く被った男の姿。
 
 女性の首から血が零れ、着ていたドレスと絨毯を真っ赤に染めていく。
 抱えていた黒猫の使い魔が必死に鳴くも、女性は声が出せず指先が震えていた。

「初代法皇さんよぉ。あんたの協力者にとって、こいつは重要だったんじゃないのか?」
 魔神は呆れた様子で尋ねた。
 ただの時間稼ぎの会話だ。白いローブの男と協力者である王妃の関係は既に破綻してた。 

 部屋の大穴から部屋へ。先程の羽を生やした存在が着地する。

 ローブの男が取り出したのは、巴型をした通信用の魔法具。
 本来は丸形の対となる魔法道具。もう片方の巴型の魔法道具を持つ人物に声を届けることができる。
「・・・・・・レモーナ。奴が現れた」
 ローブの下から紡がれる、多くの経験を積み重ねてきたのを感じさせる威厳に満ちた声に、魔神が目を細めた。
「国王からの命令だ。遺体を城へ持ち運べ」
 そうして、通信用の魔法道具を解除した。

「おいおい・・・・・・嘘は良くねぇぞぉ・・・・・・」
 呆れを通り越し、魔神はげんなりした様子で言った。

「王を語る嘘も磔刑。四肢は鎚で潰され両耳両眼は焼いた鉄釘で貫かれるんだろ? さらにあんたは王家の血筋を持人間を手にかけた。磔刑だけで済まされねぇんじゃないの?」
 魔神が質問を重ねた。
 意味の無い質問だとわかっていた。ローブの男を裁ける存在はもういない。それでも、言うだけ言ってみた。 

 ローブの男は、倒れる女性を観察するように視線を落とすだけ。
 無視されて、魔神の立っていた耳が悲しそうに横に垂れる。

 魔神の背後で、羽を生やした存在が槍先を向けて襲いかかる。
 魔神は右へ移動するように躱し、杖を咥えて勢いよく振り回す。

 見えていないかのように無視するローブの男に向けて、その存在を投げ飛ばした。

 その存在を、ローブの男は片手で抑えた。
 人間と同じ大きさとはいえ、羽を持っているという特異な存在を軽々と受け止められる時点で、ローブの男はただの人間ではない。
 
 無論。魔神はローブの男が人間を辞めた元人間だと知っている。
 わかりやすく言えば、彼と同じ存在。
 けれど、辞めた理由は全く異なる。
 彼が復讐の為に人間を辞めたなら、ローブの男は忠誠心から人間を辞めた。

 その忠誠心を捧げる神の、1番槍。
 マナが少ない国の中で、しかも攻撃仕様ではない分身体には手に余る強敵だった。
  
 だが、ここで足止めをしないとならない。
 1番近くにいて、マナ不足に困ることもなく、軽くあしらえるほど強い本体が気付くか。
 最終段階の作業を終えたら、補佐に入ってくれる猫の分身体が王都の異変に気付くか。

 これ以上、対話での時間稼ぎは無意味。
 このローブの男は、崇拝する神以外には必要最低限の会話しかしない。したがらない。
 短気故に地雷になりそうな話題を出せば話はできるが、ここでとっておきを話すわけにはいかない。
 子供じみた嫌がらせで止まることも無い。
 
 暴力という手段しかない。
 さてさて。どうしましょうか。と、魔神は内心で笑うほど楽しんでいた。

 南の魔神だけは、儀式よりも生存を優先しないとならない縛りを持つ希有な存在だった。
 他の魔神には、そんな縛りは存在しない。そして、他言無用でいるようにと命令もされている。
 命令に忠実なつもりはないが、荒波を立てるのはわかっていた。その理由で魔神も黙っているだけだ。

 なかなか味わえない命の危機という緊張感と、これをどうしたら逆転できるかと考え、成功させたときの相手の憎々しく歪んだ表情を見る。戦いで最も楽しく、分身体だからこそできる無茶だった。
 戦闘力が劣る狼の分身体であっても、木の全身鎧の分身体と同じように強烈な1撃を食らわす気でいた。

 ローブの下の歪んだ顔はどんな負け犬顔だろうか。魔神は期待と共に激しく尻尾を振った。

 ローブの男に止められた『使徒』が、再び槍先を向けて突撃する。
 
 芸の無い攻撃。単調な行動。それらから、授けられた力すら見極める時間を貰えなかった使い捨ての駒だと判断する。

 魔神は床を強く蹴って跳び、突撃するそれの背に肉球を当てる。
 砂嵐が現れ、魔神ごとそれを覆った

「魔力もーらったっ!!」
 楽しそうに魔神は叫んだ。
 砂嵐が消えると同時に、その背から床へと再び着地する。

 華麗な動きをした魔神とは裏腹に、それは音を立てて落下した。
 魔神に奪われたことで維持用の魔力すら底を着いた。体の内にあった力に食われ、鎧も槍も一瞬で溶けるように消え、光で作られた羽のある人間に変貌する。
 その姿は、教会の地下に続く侵入者撃退用の光る羽人間と全く同じ姿をしていた。

 光る羽人間は、光でできた槍を構えて飛ぶ。
 この場で1番魔力を持っているローブの男に向かって。

 予想通りの光景に、魔神がわざとらしく声をあげる。
「『悪食』だ逃げろー!! 魔力食われるぞー!!」
 
「『堕天』と呼べ」
 ローブの男は吐き捨てるように言いながら、槍先の杖で光る羽人間の胴体を2つに切り裂いて消滅させた。

「魔神から預かった魔力変換機関の維持分の魔力がなくなった『眷族』が、手当たり次第に魔力を食らい続け、魔力に満ちているのに満ちてねぇ物足りなさで、魔力を奪い続けて器自体が保てなくなった成れの果てと何が違うってんだよ‼ もっと別の理由はあるんですぅって言うなら言ってみろぉ‼ 用語ばかり増やしてもややこしいだろうがぁ!! せめて薬毒中毒者、略して『ヤク中』呼びにした方がまだわかるわっ‼」
 楽しそうだった魔神の表情が一変。眉間と鼻の上に皺を寄せ、牙を見せるように怒りの声を放った。

「『眷族』ではなく『使徒』だ」

「だああああああ‼ こいつもこいつで面倒なほど頭硬いなぁっ‼」

 魔神は砂嵐を作り出し、ローブの男を閉じ込める。
 ローブの男はそれを杖を横に払うだけで消し飛ばし、杖の頭を魔神に向けて光球を放った。


 ローブの男が光る羽人間を切り捨てた時、黒猫のすぐ近くで1体の魔物ができあがった。
 黒猫は、主人であった女性の変わり果てた姿にただただ震えていた。
 当たり前だ。
 目の前で、沸騰するお湯の泡のようにぼこぼこと音を立てながら、人間が魔物へと変わっていく様子を見せ付けられれば、黒猫で無くても同じ反応をするだろう。

 この元凶であるローブの男は、王家の血筋ならば『使徒』になると期待していた分、残念な結果に興味を無くした。

 魔神の方は気にする理由はなかった。東の大陸では女性の影武者が健在している。復讐のアドバイスマネージャーの依頼人がこの事実を知ることなく、魔物に襲われた一般人の1人として葬られる。


 そんな人外達のせいで、この異常な状況が注目されなかっただけだった。 

 人型という特徴だけを残したその魔物は、恐怖で見開いた目で見つめる黒猫に一瞥することなく、大穴から出て行った。
 街に蔓延る魔物という波の中に混ざって、その姿は見えなくなった。 
   
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