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20.1-4 焚べる
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少し視線を上げれば、雪が降っていた。
水分を多く含んでいた雪は、水分が減って綿毛のように舞い降りる雪に変わっていた。
「・・・・・・原初の神様ってのは──」
魔神は、盛大なため息を吐きながら言葉を紡ぐ。
「どっちも目的のためなら手段問わねぇよなぁ・・・・・・」
否。ため息は煙。言葉は火先。抱くのは呆れではなく、猛炎のような怒りだった。
今すぐにでも、勢いだけで、殺してしまうほどの熱だった。
否。自分を殺す気でいる。
それもそうだ。使えなくなった駒など、壊すに限るのだから。
初めて見る、南の魔神の姿がそこにいた。
頭はユキフブキライオンに似ていて、体が巨漢の人間に似ていた。しかし、ユキフブキライオンより立派な鬣や露出している肌は黒かった。
ユキフブキライオンは、前に野生の個体を遠目から見たことがあった。
狼の姿をした分身体と共に行動した時だった。
群れで行動するのはどこのライオンも一緒らしい。けれど、群れの中で1番偉いユキフブキライオンは、仲間を守るために常に圧を飛ばして牽制している。
その圧を肌で感じた。離れているのに、すぐ近くにいると錯覚してしまいほど怖く、逃げ出したくなった。
なのに、今はそれすらなかった。
心が死んでしまったかのように何も感じなかった。
喉のあたりの肉が落ちた。
下顎の肉と骨と共に落ちた。
なのに、一切の痛みがない。
黒い神の言うとおり、自分が壊れ始めた。
もう、後戻りもやり直しもきかない。
これが復讐を果たす、最後の機会。
なのに、気を引き締める心は、覚悟を決める心は、どこにもなかった。
淡々と業務を行うような、空虚さしかなかった。
目の前から、魔神が消えたように見えた。
実際は、魔神としての脚力で一気に距離を縮めてきただけ。強風に揺られる黒い布のように、その姿を認識することができた。
すでに出現させていた、鎖を動かして幾重に重ねて分厚い盾にする。
残っていた魔力を流して、鎖の強固に回した。
魔神は何も持っていない両腕を持ち上げると、一瞬で砂塵混じりの黒い風が覆った。
風の音が一段と荒々しく大きい。今までの砂嵐よりやっかいだというのは察しだ。
音を立てて、右の義手が落ちた。
視線を向ける。爪と指紋はないが、義手よりも人間らしい形をした黒い手があった。
振り下ろされた魔神の両手が、砂塵が混じって黒く見える風が、爪で紙を裂くかのように、鎖の壁を壊していく。
右手を上に、左手を下にして、1点に集中させていた。
このままでは自分に届く。そう判断して、鎖の先端にある鏃を魔神の足に向けて、鎖を伸ばしてた。
復讐の邪魔だから離れて欲しかった。それだけだ。
魔神のことだ。砂嵐を使って移動するか、躱してから距離を開けるかのどちらかを選ぶ。
自分の予想は外れた。
魔神はそれらを無視して、さらに鎖の壁を壊していく。
貫く勢いを殺しながら鏃を動かし、魔神の足に絡ませるように貫通させてから巻いた。
そのまま振り回して遠ざける。
それを実行する前に、魔神が左手の風を解除した。
真っすぐ上に伸ばされた左手が、見たことのない幅の広い黒い剣を掴んだ。
その剣は空から降ってきた。
否。事前に投げ飛ばしておいたのだろう。
最初からそれを持って攻撃に出ていたら、違う防御の選択肢を選んだ。
魔神は躊躇なく、風を纏った右手のすぐ下に黒い剣を差し込んできた。
周りの音が聞こえなくほどの、金属同士が擦れる音が響いた。
がじゃんと、金属同士がぶつかった音が弾け、その響きを打ち止めた。
自分の顔めがけて、鎖の中から飛び出してきた黒い剣を、体ごと右に移動させた躱した。
鎖の盾を突き破ってきた剣は水平で、刃は自分の方を向いていた。
鎖の束にできた穴から、金色の目が見えた。
何もしなければ、位置を確認した魔神が、自分に向けて剣を振るっただろう。
魔神が剣を握ってからここまでは、ほんの数秒のやりとり。
貫いた鎖を使って、魔神の体を後ろへ引っ張った。勢いつけて横に振りまわし、鎖の途中の輪を消して、放り投げた。
勢いのついた魔神の体は、雪の上で何度も跳弾する。
そう予想していたが、魔神は空中で態勢を整えて、身を屈めるように足から着地。右手も加勢させて、踏ん張りだけで耐えた。
全ての魔力を注ぎ、作られるだけの影の鎖を用意する。
魔神が用意してくれた魔力が尽きれば、ようやく復讐に取り掛かれる。
僅かな時間があった。
軽く握ってみた。指と指が丸まっていく感覚がなくなっていた。
そっと、右手を持ち上げた。
鎖の向こう。巨体の体がやや小さく見えるほど遠くにいる、魔神が警戒するように身構えた。
自分の掌に降りたのは、消えずに残る玉雪だった。
掌の冷たさが感じなかった。掌の粒が溶けなかった。
その白い宝石のような結晶の塊を見て、自分の体温はなくなったのだと知った。
掌を引っ込める。乗っていた雪は落ちて、積もった雪の中に消えて見えなくなった。
今の自分が唯一持っている命が、魔力変換機関に流れて魔力に変換されていく。
人間の魔力変換機関が吸い上げて魔力にするのは、本来はナーマではなく、人間の生命力だ。
肉体を持つ人間だからこそ扱える魔力の素。それでは人間がすぐに死んでしまうと、新しい大陸の大気を弄って作り出したのがナーマ。そのことにより、使われなくなった。と、黒い神が計画と共にそう言ったのが、頭にこびりついていた。
これから行う復讐に自分の命を魔力に変換することで、ナーマより効率的に運用できるからだ。
復讐を達成させられればそれでいい。膨大な量があればあるほど速く達成できる。
そう、黒い神から計画で聞いていた。
今ある臓器は惜しみなく魔力に回し、自分の影に魔力を流し込んだ。
もう、マナが吸収できない体なのだ。
例え、魔神が魔眼を持ってきたとしても、別の意味でもう遅い。
自分の魔力変換機関に繋がった黒い神の力に耐えきれず、見た目が変貌して朽ち始めた。
あの時点で残っていた魔力があっても足りずにそうなった。
制御を外して全力になったこの力に、自分の体が耐えきれていないのだ。
例え、魔眼という生命維持装置を取り付けても、動き出した体の崩壊はもう止まらない。
復讐を果たして死ぬか。果たせぬまま朽ちて死ぬか。
その二択しかない。
否。自分で自分を追い込んで、この二択だけになった。
体そのものの死は、少しだけなら先延ばしにできる。
魔力を生成するために失った臓器を、魔力量が僅かで済む粗悪な臓器で賄った。
心臓なら血を送るだけでいい。肺なら酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出すだけでいい。
自分を生かすのではなく、自分を動かすための、ただの時間稼ぎ。
復讐を果たし終えるまで持てばいい。それだけだから、あまり消費をかけなかった。
自分の影は左右と後方に広がり、そこから錨を付けた黒い鎖を大量に出現させる。
扱いやすくするために形は転用しているが、鎖は異なる力に変わっている。
再びこちらへ接近する魔神の足止めに全て向かわせる。
鏃部分が4つに分かれて広がり、蒼い炎を放出した。
蒼い炎が嫌いな魔神には申し訳ないと思った。
けれど、この炎がどうしても復讐には必要だった。
魔神がさらに忌々しそうに表情を歪ませた。
右手に流砂を纏わせ、巨大な爪に変えた。炎から逃れるように跳躍すると、その腕を横に振るい、炎ではなく鎖の方を切り裂いた。
魔神の前進が止まらない。
自分は鎖を向かわせるのを止めない。
マナやナーマ以外に、こんな身近に魔力の素があるとは知らなかった。
使ってみて、誰も使わない理由がすぐにわかった。
補充ができない。
使えば使うほど、自分は死へと近づいていく。
使えば使うほど、時計の針のようにこの復讐は終わりへと迫っていった。
水分を多く含んでいた雪は、水分が減って綿毛のように舞い降りる雪に変わっていた。
「・・・・・・原初の神様ってのは──」
魔神は、盛大なため息を吐きながら言葉を紡ぐ。
「どっちも目的のためなら手段問わねぇよなぁ・・・・・・」
否。ため息は煙。言葉は火先。抱くのは呆れではなく、猛炎のような怒りだった。
今すぐにでも、勢いだけで、殺してしまうほどの熱だった。
否。自分を殺す気でいる。
それもそうだ。使えなくなった駒など、壊すに限るのだから。
初めて見る、南の魔神の姿がそこにいた。
頭はユキフブキライオンに似ていて、体が巨漢の人間に似ていた。しかし、ユキフブキライオンより立派な鬣や露出している肌は黒かった。
ユキフブキライオンは、前に野生の個体を遠目から見たことがあった。
狼の姿をした分身体と共に行動した時だった。
群れで行動するのはどこのライオンも一緒らしい。けれど、群れの中で1番偉いユキフブキライオンは、仲間を守るために常に圧を飛ばして牽制している。
その圧を肌で感じた。離れているのに、すぐ近くにいると錯覚してしまいほど怖く、逃げ出したくなった。
なのに、今はそれすらなかった。
心が死んでしまったかのように何も感じなかった。
喉のあたりの肉が落ちた。
下顎の肉と骨と共に落ちた。
なのに、一切の痛みがない。
黒い神の言うとおり、自分が壊れ始めた。
もう、後戻りもやり直しもきかない。
これが復讐を果たす、最後の機会。
なのに、気を引き締める心は、覚悟を決める心は、どこにもなかった。
淡々と業務を行うような、空虚さしかなかった。
目の前から、魔神が消えたように見えた。
実際は、魔神としての脚力で一気に距離を縮めてきただけ。強風に揺られる黒い布のように、その姿を認識することができた。
すでに出現させていた、鎖を動かして幾重に重ねて分厚い盾にする。
残っていた魔力を流して、鎖の強固に回した。
魔神は何も持っていない両腕を持ち上げると、一瞬で砂塵混じりの黒い風が覆った。
風の音が一段と荒々しく大きい。今までの砂嵐よりやっかいだというのは察しだ。
音を立てて、右の義手が落ちた。
視線を向ける。爪と指紋はないが、義手よりも人間らしい形をした黒い手があった。
振り下ろされた魔神の両手が、砂塵が混じって黒く見える風が、爪で紙を裂くかのように、鎖の壁を壊していく。
右手を上に、左手を下にして、1点に集中させていた。
このままでは自分に届く。そう判断して、鎖の先端にある鏃を魔神の足に向けて、鎖を伸ばしてた。
復讐の邪魔だから離れて欲しかった。それだけだ。
魔神のことだ。砂嵐を使って移動するか、躱してから距離を開けるかのどちらかを選ぶ。
自分の予想は外れた。
魔神はそれらを無視して、さらに鎖の壁を壊していく。
貫く勢いを殺しながら鏃を動かし、魔神の足に絡ませるように貫通させてから巻いた。
そのまま振り回して遠ざける。
それを実行する前に、魔神が左手の風を解除した。
真っすぐ上に伸ばされた左手が、見たことのない幅の広い黒い剣を掴んだ。
その剣は空から降ってきた。
否。事前に投げ飛ばしておいたのだろう。
最初からそれを持って攻撃に出ていたら、違う防御の選択肢を選んだ。
魔神は躊躇なく、風を纏った右手のすぐ下に黒い剣を差し込んできた。
周りの音が聞こえなくほどの、金属同士が擦れる音が響いた。
がじゃんと、金属同士がぶつかった音が弾け、その響きを打ち止めた。
自分の顔めがけて、鎖の中から飛び出してきた黒い剣を、体ごと右に移動させた躱した。
鎖の盾を突き破ってきた剣は水平で、刃は自分の方を向いていた。
鎖の束にできた穴から、金色の目が見えた。
何もしなければ、位置を確認した魔神が、自分に向けて剣を振るっただろう。
魔神が剣を握ってからここまでは、ほんの数秒のやりとり。
貫いた鎖を使って、魔神の体を後ろへ引っ張った。勢いつけて横に振りまわし、鎖の途中の輪を消して、放り投げた。
勢いのついた魔神の体は、雪の上で何度も跳弾する。
そう予想していたが、魔神は空中で態勢を整えて、身を屈めるように足から着地。右手も加勢させて、踏ん張りだけで耐えた。
全ての魔力を注ぎ、作られるだけの影の鎖を用意する。
魔神が用意してくれた魔力が尽きれば、ようやく復讐に取り掛かれる。
僅かな時間があった。
軽く握ってみた。指と指が丸まっていく感覚がなくなっていた。
そっと、右手を持ち上げた。
鎖の向こう。巨体の体がやや小さく見えるほど遠くにいる、魔神が警戒するように身構えた。
自分の掌に降りたのは、消えずに残る玉雪だった。
掌の冷たさが感じなかった。掌の粒が溶けなかった。
その白い宝石のような結晶の塊を見て、自分の体温はなくなったのだと知った。
掌を引っ込める。乗っていた雪は落ちて、積もった雪の中に消えて見えなくなった。
今の自分が唯一持っている命が、魔力変換機関に流れて魔力に変換されていく。
人間の魔力変換機関が吸い上げて魔力にするのは、本来はナーマではなく、人間の生命力だ。
肉体を持つ人間だからこそ扱える魔力の素。それでは人間がすぐに死んでしまうと、新しい大陸の大気を弄って作り出したのがナーマ。そのことにより、使われなくなった。と、黒い神が計画と共にそう言ったのが、頭にこびりついていた。
これから行う復讐に自分の命を魔力に変換することで、ナーマより効率的に運用できるからだ。
復讐を達成させられればそれでいい。膨大な量があればあるほど速く達成できる。
そう、黒い神から計画で聞いていた。
今ある臓器は惜しみなく魔力に回し、自分の影に魔力を流し込んだ。
もう、マナが吸収できない体なのだ。
例え、魔神が魔眼を持ってきたとしても、別の意味でもう遅い。
自分の魔力変換機関に繋がった黒い神の力に耐えきれず、見た目が変貌して朽ち始めた。
あの時点で残っていた魔力があっても足りずにそうなった。
制御を外して全力になったこの力に、自分の体が耐えきれていないのだ。
例え、魔眼という生命維持装置を取り付けても、動き出した体の崩壊はもう止まらない。
復讐を果たして死ぬか。果たせぬまま朽ちて死ぬか。
その二択しかない。
否。自分で自分を追い込んで、この二択だけになった。
体そのものの死は、少しだけなら先延ばしにできる。
魔力を生成するために失った臓器を、魔力量が僅かで済む粗悪な臓器で賄った。
心臓なら血を送るだけでいい。肺なら酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出すだけでいい。
自分を生かすのではなく、自分を動かすための、ただの時間稼ぎ。
復讐を果たし終えるまで持てばいい。それだけだから、あまり消費をかけなかった。
自分の影は左右と後方に広がり、そこから錨を付けた黒い鎖を大量に出現させる。
扱いやすくするために形は転用しているが、鎖は異なる力に変わっている。
再びこちらへ接近する魔神の足止めに全て向かわせる。
鏃部分が4つに分かれて広がり、蒼い炎を放出した。
蒼い炎が嫌いな魔神には申し訳ないと思った。
けれど、この炎がどうしても復讐には必要だった。
魔神がさらに忌々しそうに表情を歪ませた。
右手に流砂を纏わせ、巨大な爪に変えた。炎から逃れるように跳躍すると、その腕を横に振るい、炎ではなく鎖の方を切り裂いた。
魔神の前進が止まらない。
自分は鎖を向かわせるのを止めない。
マナやナーマ以外に、こんな身近に魔力の素があるとは知らなかった。
使ってみて、誰も使わない理由がすぐにわかった。
補充ができない。
使えば使うほど、自分は死へと近づいていく。
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