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初恋編
6話 リゼルの決心
しおりを挟むその日、王都中に帝国ポストが配信されると、公爵家は大変な騒ぎになった。
帝国ポストの記事で一躍、皇太子の婚約者候補と面白おかしく囃し立てられたリゼルに、他国からその真偽を確かめようと大使らが来訪したり、気が早い商人らが婚礼衣装の売り込みにやってきていた。
母の公爵夫人が大使らには、そのような事実はないと否定し、次々にやってくる商人らには執事が玄関先で追い返すという有様だった。
17歳のリゼルにとっては、もちろん自分の名前が大衆紙で取り上げられるなど初めてのことで、なおさらこんなゴシップを書き立てられたことにひどい衝撃を受けていた。
明け方早く父に呼び出され、部屋に戻ってからも涙がとめどなく溢れて止まらなかった。
本当は、昨日、カイル皇子から強引に庭園に誘われたことを心のどこかで嬉しく思っていた。小さい頃は頻繁に会って遊んだり親しくしてもらった皇子様だけれど、デビューしてからは、夜会でたった1曲だけダンスを踊って以来、会うことも話すこともできなかった。
思いがけず宮殿で会い、昔に戻ったように親しげに話しかけられて、リゼルの心はときめいていたのだ。
昨日、二人でお茶をしたことをきっかけに、これからも昔に戻ったように親しくお話ができると思って、淡い期待を抱いていた。
そんなリゼルの小さな希望も、こんな風に記事に書き立てられてしまったからには、もうカイル皇子と普通にお会いすることはできないと感じていた。
きっと皇子は、リゼルが皇太子妃になりたがって、下心を持って近づいたと誤解しているかもしれないのだから。
皇子の方も、他国の王女様との結婚話がある中、自分などと噂になってひどい迷惑をこうむったと思っているに違いない…
リゼルは、記事に出たことでカイル皇子に疎まれてしまったと思うと、なによりそれが悲しくて心が張り裂けそうになった。
新聞は、今朝すでに王都中に配達されている。
きっと自分は、王都中に「皇太子妃を狙うふしだらな娘」として烙印を押されてしまった。
もう、このまま平然と社交界にいることも宮殿に上がって皇子に会うことすら恥ずかしくて叶わない。
私が軽い気持ちでカイル様の誘いにのったことでこんな風に騒がれて、お父様も憤慨していた。
きっと、領地に戻されてしまうだろう。近いうちにお父様の冷たい緋色の目でそう言い渡されるに違いない…
もう、カイル様とお会いすることもできないのだわ……
リゼルは、絶望的な気持ちになり、その日は一日中、ベッドの中で泣いていた。食事も喉を通らずに、泣き疲れて寝てしまうか、また起きて泣くか、という繰り返しで、家の中で何が起こっているかまで気を回すことができなかった。
翌日の昼になって涙も枯れ、ふらふらとベッドから起き上がった。泣きはらした赤い目をこすりながら、洗面室にある冷たい水で顔を洗うと、頭がすっきりとして少し冷静に考えることができた。
昨日、新聞が王都中に配達されると、屋敷には詮索好きな貴族夫人や、新聞を見て苦言を呈しに来る王都の市民などが訪れ、リゼルに対する風当たりが強まっている中、使用人たちは嫌な顔せず淡々と応対をし、一致団結して噂の収束を待っていた。
リゼルを身近に知る使用人達は、でたらめな新聞に憤慨し、リゼルのことを心から心配していたのだ。
一日中部屋に閉じ籠って憂鬱な気持ちでいたリゼルだが、自分の記事で王都中を騒がせたことで、使用人達も嫌な思いをしているだろうに、そんな事がまるでないかのように足しげく様子を見にきてくれた。
庭師はリゼルの好きな花を大きな花束にして届けてくれた。
侍女のアイラはリラックスできる冷たい特製のハーブティーをブレンドしてくれ、料理人までも食欲のないリゼルに喉越しのいい果実のゼリーを持ってきてくれた。
いつもは父に忠実で、まったく無愛想な執事のソーントンまでが、「見ていると心が和みます」と、美しい画集を持ってきてくれたのだ。
自分一人、悲しい気持ちになっていたが、次々と自分を気遣って様子を見に来てくれる使用人達の心優しさがとても嬉しかった。
一人でただ、泣いてばかりなどいられない。お父様だって、泣いても何も事態は変わらないとおしゃっていたじゃないの…!
リゼルはなんとか気持ちを奮い立たせてソファーに座ると、アイラが用意してくれた冷たいラベンダー水に布を浸して、腫れ上がったまぶたをそっと抑えた。
その時、ちょうどアイラが部屋に入ってきて、孤児院のマザー・クレアと子供達からの手紙が届いたと渡してくれた。
マザー・クレアの手紙には、心ない人のデタラメな中傷など気にしないように心を強く持ってほしいと、リゼルの事をひどく心配している内容で、一日も早く平穏が訪れるように神様にお祈りしてくださった事が書かれていた。
子供達からは、「お姉ちゃんまけるな!」と皆で寄せ書きした紙があり、子供達が一生懸命書いたというリゼルの似顔絵が同封されていた。
お世辞にもうまいとは言えない似顔絵だったが、温かさを感じる絵を見ていると、子供達の優しさについ笑顔がこぼれた。
私は自分を恥じるようなふしだらな事はしていない。家人のためにも、毅然としていよう。
これぐらいのことで、心弱くなっていてはダメ。きっと父から、近いうちに領地に帰って大人しくしているように言われるだろうけれど、せめてそれまでは、使用人らに心配をかけないよう、普段通りに過ごそうと思った。
それにアイラの話では、今朝になると帝国ポストには、訂正記事が大きく掲載され、その記事のおかげでだいぶ噂も収まったようだと話してくれた。
訂正記事には、実は密会でもなんでもなく、秘書官や近衛兵も回りにいたこと。リゼルは兄の用事で宮殿を来訪した時に皇子と偶然会い、礼儀としてお茶に誘われ、適切な時間ですぐに帰ったことなどが書かれていた。
そして昨日掲載された内容の全ては事実無根であることが、帝国ポストの一面に大きく謝罪記事として載ったらしい。
ひとまず、ホッとしたものの、本当はカイル皇子にあって、自分の口から誤解を解きたかった。なによりもカイル皇子の深いブルーの瞳が、優しさに揺らぐのを見たかった。
この気持ちはなんだろう。
カイル様のことを思うと、切なくて胸の奥がきゅんと締め付けられる。
できれば、父に領地に返される前に、兄に頼んでカイル皇子に会いたいという気持ちが募ったが、おそらく、もう会う機会はないのだろう思うと、また涙が一粒こぼれた。
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