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初恋編
7話 社交界の洗礼
しおりを挟むアイラに気分の晴れるような花柄のデイドレスを出してもらって着替えると、階下におりた。訪問のお客様をお受けする青の間の扉が開いており、私が通りかかると、大声で呼びとめられた。
「リゼル様!」
「まぁなんて、おやつれになって。此度のことはなんてお可愛そうなんでしょう。こちらにいらして!」
青の間には、カンタベリー侯爵夫人とその令嬢のバーバラ嬢、その他に侯爵婦人の取り巻きの婦人らが、5、6人ほど来訪しており、身分もある侯爵婦人のため、母も追い返すわけにもいかず対応していたのだった。
「申し訳ありません。皆様。リゼルはまだ体調が良くないものですから・・・」
「お母様、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですわ」
どうせいつか社交界であれこれ言われるのならば、今だって構わない。母が近くにいるのも心強い。私は後ろめたいことなんて何もしてないのだから。
私が青の間に入ると、母がじっと私を見て頷いた。母も私の気持ちをわかってくれたようだ。
私の分の茶器をメイドが急いで用意する。
「昨日の新聞はびっくりしましたわぁ。だって、写真まで掲載されていたのですから、、、。ねぇ、マカリスタ伯爵婦人?」
クリームを舐めた猫のように口の端をあげて微笑むと、扇で口元を隠しながらカンタベリー侯爵婦人がマカリスタ伯爵婦人を見やる。
「本当に。私でしたら、娘があのようなふしだらなことをしたとなれば、身の置き所もなく恥ずかしい思いでいっぱいですわ。公爵婦人のご心中、お察ししますわ」
「私も、事実はどうあれ、あんなにはしたない記事が出ただけでも家名の恥ですから、私でしたら、もう恥ずかしくてすぐにも領地に帰りますわ」
バーバラ嬢もいつも何かと比べられることの多いリゼルのスキャンダルに、ここぞとばかりにリゼルを見て、ふふっと忍び笑いした。
「でも、さすがは公爵家ですわ。すぐにも訂正記事が出されてようございましたね。リゼルさまも、ほっとなさったのでは?」あくまで、公爵家が力で訂正記事を出して、もみ消そうとしているような言い草だ。
「皆様、本当に、この度は私の浅慮な行動で、あのような記事で皇帝陛下や皇后陛下、皇太子様にご迷惑をかけ、本当に申し訳なく思っておりますわ」
「また、カンタベリー侯爵婦人はじめ、貴族家の皆さまにも大変お騒がせし、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。どうぞ、お許しくださいませ」リゼルは、凛とした声でお詫びをいった。
カンタベリー侯爵婦人らは、きっと私が打ちひしがれているだろうと思ったに違いないが、意外にきっぱり詫びたのでしばし言葉を失ったようだ。
「ま、まぁ、此度のことは本当に降りかかった災難のようなものですわ。主人のカンタベリー侯爵もそれはそれは、心配をしていて、何かあったらお力になるように言っておりましたの。」
「まぁ、なんて侯爵さまはお心が広いのでしょう。私も心強いですわ。記事に書かれているように、大それた考えは微塵もございませんの。記事に書かれていた、親しい友人といわれる方が『皇太子妃には自分しかいない』などと私が話していたなんて酷いこと、ショックですわ。私はこれまでもこれからも、皇太子様の臣下としてお支えできればと思っておりますのに」
じっと、バーバラ嬢をみると、あわてて扇でパタパタと扇ぎ始めた。
「ま・・・あの記事はそもそもが全部事実無根ということですから・・・。リゼル様もあまりお気になさらずにね」侯爵婦人が急いで取り繕う。
「リゼル様もまだお顔色も悪いようですし、私たちはこれで失礼いたしますわ。ダークフォール公爵婦人、お邪魔しましたわ」
そそくさと、カンタベリー公爵婦人とその取り巻きたちが帰って行った。
嵐のような一団が去ると、リゼルは力が抜けて、ソファーにどっと腰を下ろした。
「リゼル、頑張ったわね。えらいわ」母がにこにこして、手を握ってくれた。
「助け舟を出そうと思ったけど、まったく必要なかったわね」母が笑う。
「あの人達さえ、やり過ごせば、これでもう社交界は大丈夫よ」
とりあえず、社交界の噂を左右する侯爵婦人達と対面するという難関は、なんとか突破したようで、ほっと溜息が出た。
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