漆黒の令嬢は光の皇子に囚われて

月乃ひかり

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初恋編

8話 切ない想い

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 あのスクープ記事から2ヶ月がたった。
 新聞が発行された日は、早朝のほの暗い時に、ランスロットが自宅の屋敷から宮殿に戻るとカイルはすぐに「リゼルの様子はどうだ?」と問いただした。

「うーん・・・まぁ、ちょっと落ち込んでたよ」と、そっけない様子のランスロットに違和感を感じ、リゼルがちょっとやそっと落ち込んでるだけではないような気がした。

 純粋なリゼルを中傷する記事にどんなにか心を痛めているだろうと思い、あの日、すぐさま公爵家に転移して、リゼルに直接会って慰めたかったがリゼルの父であるダークフォール宰相やランスロットに断られたのだ。

「今、お前が家にいるところをまた念写されたら、余計ややこしくなる。それよりお前はゴシップ誌に新しい話題を色々提供すればリゼルの話題もすぐ消えるだろう」

 ランスロットは、リゼルが落ち着くまで当分の間、会わないでほしいと言った。

 リゼルはそんなに傷ついているのか。可哀想に。
 いくら体は大人に近づいていると言っても、まだ純真な17歳の少女だ。
 自分の初めてのスキャンダルに心を痛めているに違いない。
 リゼルのあの柔らかな桃色がかった頬をなでて安心させてやりたい。
 どんなに心細く思っている事か。

 カイルは、愛しく思う少女が自分のせいで傷ついていると思うとやるせない気持ちになっていた。

 リゼルとの記事が出てから2ヶ月の間、カイルは積極的にプライベートで外出した。帝国ポストにはカイルの話題が次々と見出しを飾った。

 有名な踊り子と二人で食事に行ったとか、男爵未亡人と二人でお忍びでオペラに行ったとか、有名な歌姫の手にキスをしたとか、かなり派手な念写付きで掲載され、社交界も次々と提供される皇子の話題に飛びついた。
 お相手の女性たちは、事情を話すと新しい話題の提供に喜んで協力してくれた。

 リゼルはその記事を見たとき、兄からカイル皇子が早く自分の噂がなくなるよう、わざとそうしてくれているのだと聞いた。
 そのお陰か、いつの間にか王都の市民も公爵令嬢との一件は、古い話題として薄れ、社交界ではゴシップ誌が書いたでっち上げ記事だろうという見方がなされて、自粛していたリゼルにも次第に茶会などの招待が少しづつ届くようになった。

 また驚いたことに、あの記事の後、父からも領地に戻るように言われなかった。

 その間、カイル皇子からリゼル宛に、兄のランスロット経由で珍しいお菓子や小さな小物などが、迷惑をかけたお詫びとして度々届いた。けれど、リゼルはもう皇子は気安く接してはいけない人なんだと自分に言い聞かせ、お礼の手紙は一切出さずに、お礼の言伝を兄に頼むだけだった。

 本当はカイル皇子にお会いしてお礼を伝えたかった、そして自分を慰めてほしいと思っていた。
 もう、大丈夫だよ・・・よく頑張ったねと、あの低くなめらかな声を聞きたかった。

 スクープ記事の翌日、カンタベリー侯爵婦人達になんとか対処したとはいえ、この2ヶ月は緊張の連続だった。私の言動で、家名を貶めることはできない。そんな思いで乗り切った。

 いよいよ噂が下火になり収束すると、リゼルのこれまでの緊張もふと溶けて、誰かによりかかりたい気持ちになった。するとやはり思い浮かぶのは、優しい眼差しにあふれたカイル皇子その人だった。
 私をぎゅっと広い胸に抱きしめて、がんばったね、と、優しく背中を撫でて慰めて欲しい…
 自分でもよく分からない、切ない思いが募る。
 でもカイル皇子をもう兄のように慕ってはいけないのだわ…

 ここ数日は、日々、カイル皇子に会いたいとい思いだけが募り、リゼルはもやもやしている気持ちをなんとか整理しようと、カイル皇子に当宛てて、自分の気持ちを整理するために手紙を書くことにした。

 カイル皇子に渡せなくてもいい。自分の気持ちだけ書けばスッキリするかもしれない。
 そんな思いで、書き物机に座ると、薄い花の透かしの入った綺麗な便箋を取り出した。
 ほのかに薔薇の香りもする便箋だ。

 迷惑をかけたことを詫び、今は落ち着いていること、あの日は、久しぶりにカイル皇子に会えて本当に嬉しかったことを書いた。そしてアドバイスしてもらった通り、孤児院に寄付するために落ち着いたら、家でお茶会の準備を進めようとしていること。

 そんな近況をしたためた。
 そして、最後に「カイル皇子もどうかお元気で…さようなら。いつまでも貴方の心の妹 リゼルより」と記した。噂が収束したとは言え、もう二人でなど会うことは叶わない人なのだから。

 その手紙をカイル皇子様と流麗な文字で宛名を書いて封筒に入れ、机に置く。
 実際に手紙はだせないけれど、手紙を書いたことで、出した気分にもなる。
 リゼルは、それだけで、すっきりと満足した。

 インク壺を片付けていると、ちょうど母が呼んでいるとアイラから声がかかり、机の上に手紙を置いたまま階下に行った。入れ違いに部屋に入ったアイラがリゼルの机に置かれた手紙を見つける。

「これは急いでお出ししなくては!」

 アイラは機転を利かせ、宮殿にすぐさま手紙の使いを送ったのだった。

 母の部屋に行くと、仕立屋が来ており、来月、宮殿で開催される舞踏会のために作る母のドレスの相談だった。
 ドレスのデザインを見立てたり、また母が新調してくれるという自分のドレスも、色とりどりの布地を見ながら考えていると、塞ぎ込んでいた気持ちが幾分か明るくなった。

 仕立て屋が帽子や小物類なども取り揃えて持ってきてくれたため、女性二人であれこれと物色していると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 部屋に戻ると、書き物机に置いてあった皇子宛の手紙がなくなっていた。
 アイラに聞くと、すでに宮殿に届けた後だという。
 リゼルは、自分の気持ちを書き連ねただけのあんな独りよがりな手紙をみて、カイル様はなんと思うだろうと思った。

 でもこれで皇子への思いにも区切りがつく。
 カイル皇子もすぐに手紙を読み捨てるだろうと思うと、ちょっと悲しくなった。

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