漆黒の令嬢は光の皇子に囚われて

月乃ひかり

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初恋編

38話 泡沫(うたかた)の再会*

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(カイル様…、カイル様…)

 カイルは、なかなか眠れずに、寝酒を飲みながら寝台に横になってウトウトとしていると、か細い声が部屋の入り口の方で聞こえた。

「う、ん…」
 寝返りをうつと、さやさやと衣擦れの音がして、さらに近くで自分を呼ぶ声が聞こえた。

(カイルさま…)

 その聞き覚えのある声で急に覚醒して、目を開ける。

 寝台の端に薄い寝間着を着て、裸足のままのリゼルが立っていた。
 リゼルの漆黒の髪がゆるゆると流れ落ち、しどけない姿でこちらを見つめていた。

 カイルは一瞬、酔って幻を見ているのかと思った。
 だが彼女は、寒そうに少し震えている。

「リゼ…どうして…」

(どうしても、会いたくて、忍んできてしまいまいました)

 リゼルがすこし唇を噛み締めて、消え入りそうな声で言った。今にも泣きそうで不安な顔をしている。

 ーああ、どうして私に彼女を追い返すことなどできようか。
 カイルは上半身は裸で、下も寝巻きの下履きのままで寝台から降り立った。

「リゼ、私も、君に会いたかった」

 リゼルを引き寄せて自分の腕のなかに包んだ。

「こんなに冷たくなって…」

 抱きとめる腕に力を入れ、唇で髪の毛に触れると、ふわりといつものバラの香りが漂う。

「ああ、なぜ今夜…。私が君を想って寝られない夜に、なぜ来たのだ…」

 カイルは、自分の体が欲望に震えるのを感じた。
 甘い香りが鼻をくすぐり、狂おしいほど愛しい腕の中の存在に、どうにかなりそうになる。

(お別れを言いにきたんです。最後にひとめ、お会いしてくて)

「別れ?なにを言うんだ?どこへ行く?」

(…もう、たぶんお会いできないところへ。カイル様のことは、ずっと遠くからお祈りしています。)

 リゼルは、寂しそうに微笑む。

「リゼ、どこへ行くつもりなんだ!私の前から、居なくならないでくれ…」

 カイルはリゼルをさらに自分に密着させ、どこにも行かせないようにぎゅっと抱きしめた。

(カイル様。お願いがあります。最後に、私の想い出となるように口づけをしてください…)

「最後の口づけになどさせない」

 リゼルの腰をぐっと引き寄せると頭の後ろに手を回し、その唇に自分を重ねた。

(ん……)

 唇が重なった瞬間、リゼルから甘い吐息が漏れた。
 性急に唇を割って、舌を差し込むと、リゼルの柔らかな舌と絡み合い、互いに舐め合った。

 …ああ、くそ。カイルは自分に悪態をついた。

 リゼルの甘い唇。
 しっとりとした肌。
 バラのように私を蕩けさせる匂い…

 リゼルの全てをこの私の体が覚えている。
 やはり彼女を私から消し去るなどできない。
 カイルはリゼルを抱き上げると寝台に横たえ、自分の下に組み敷いた。

 リゼルが今すぐに消えていなくなりそうで、半ば強引にその存在を確かめるようにキスを深めると、カイルの全身に狂おしいほどの欲望が走った。

「リゼル…」

(ああ、カイル様…)

 呻きながらリゼルの名を囁き、白い首筋をついばみながら、ふっくらと膨らんだ胸元に吸い付く。
 ーああ、この感触。
 陶器のようになめらかで、私の唇を押し返すようにみずみずしい乳房。

 今は目の前のリゼルのことしか考えられない。
 私は、もう、完全におかしくなってしまったのかもしれない。

 カイルはリゼルの寝巻きの胸元のリボンを解くと、白く豊かな胸がふりんとこぼれた。
 胸の頂には、薔薇のような蕾がつんと尖り、私に吸われるのを待っている。

 乳房をさらに掬い上げて、胸の頂を口に含み十分に味わいながら寝巻きの裾をめくると、カイルの手が柔らかい腿からそっと這い上がり、リゼルの足の付け根の茂みを撫でる。

(あっ…)

 リゼルの体がピクンと跳ねるのも構わず、彼女の蜜口に指を差し込むと、すでにとろりとした液体が溢れていた。

「リゼ、なんでこんなに濡れているんだ。愚かにも、私は君が受け入れてくれるとしか考えられない…」

 カイルの蒼い瞳が苦悩に歪む。
 リゼルは返事をするかわりに私のてのひらに腰をそっと擦り付けてきた。

「リゼル、私を惑わせないでくれ…。愛しい人」

 濡れそぼった泉の中に指を沈めると、一度は私を受け入れ、あんなに自分のものに馴染ませた蜜洞は、そのような事がまるでなかったかのように、きつく指を締めつける。

 くちゅくちゅと蜜を溢れさせながら指を出し入れし、親指で割れ目をなぞり上げ、リゼルの花びらを掻き分けて、潤んで膨らんだ敏感な花芽にぎゅっと指を押し付けた。

(んっ…)

 その瞬間、リゼルの体が震え彼女の中が収縮して、指がぎゅうと締め付けられた。
 カイルの指から伝わった愉悦の痺れが、硬く張り詰めた屹立の先端にまで走り抜ける。
 カイルの中で抑えつけられていた欲望が一気に弾けた。

 自分が皇子だということも、婚約者がいるということも、義務も何もかも弾けてなくなった。
 あるのは自分が組み敷いているこの愛しい人と一つになりたい。

 ただ、それだけだった。

 カイルは自分の下履きの紐を引きちぎり、猛った屹立を解放した。

 リゼルの濡れそぼった蜜口にあてがうと、耐え難いほど昂ったものをリゼルの奥深くに早く沈めたくて、ひといきに突き入れようとした、その時ー。


「うあぁぁっーー!」

 カイルは叫び声をあげて、飛び起きた。
 全身が吹き出した汗でびしょびしょに濡れている。

 すでに空は白んで明るくなりつつあった。

 夢なのか現実なのか分からず、早鐘を打つ鼓動を抑えるように、荒い息を深く吐きながら寝台や部屋の中を見回すと、そこにリゼルがいた痕跡など全く無かった。

 カイルは拳を寝台に打ち付けた。

 くそっ、なんていう夢だ…。

 カイルはあの聖神祭の夜、リゼルを抱いて以来、自身の生理的な性欲処理のために、娼館へも行っていなかった。

 夢の中で限界まで昂っていた自分のものは、収まるさやを求めて、つるぎの様に鋭く張り詰めて今も硬く勃ち上がったままだ。

 先ほどの艶かしいリゼルは、自分の抑えつけられた欲望が見せた夢なのか…。

 最近は、よく寝られない日が続き、うとうとしているとリゼルの夢をよくみる。
 彼女は、夢の中では淫らに私を誘う。
 そして、夢に現れるたび、どんどんエスカレートしている。

 だが、今日の夢は、なんて生々しい…
 今もリゼルをこの腕に抱いた感触が残っている。
 それに、リゼルの言った言葉も気になる。彼女は大丈夫だろうか。

 私が別れを告げた後、何を思い、どう生活しているのか。
 今の私にしてやれる事はないのか…

 カイルは、両手で頭を抱えた。
 そんな皇子の様子を臣下らは目にしたことはないだろう。 

「皇子殿下、如何されましたか?…声が聞こえてまいりました」
 
 扉の外の近衛が、緊張した様子で声をかけてきた。

「大事ない。女官のナディアを呼べ」

 カイルは、汗で濡れた下履きを脱ぎ捨てると、隣の浴室に向かった。

 冷たい水を浴びて、自分の昂りを抑える。
 ちょうどタオルを腰に巻きつけた所にナディアがやってきた。

「ご用でございますでしょうか」

「ナディア、悪いが寝汗がひどくて寝台が濡れてしまった。シーツを変えて欲しい。それと、宰相が登城したらすぐに、私の執務室に呼ぶように」

「かしこまりました」

 ナディアは、カイルを見て着替えを用意すると、部屋を後にしようとした。

「ナディア」思わずカイルがナディアを呼び止めた。

「もし、国のしがらみを捨て、一人の女性を選ぶとしたら、それは国や国民を裏切ることになるだろうか…」

 カイルは自分に問いただすようにナディアに訊いた。
 ナディアは、立ち止まってしばし目を伏せたが、カイル皇子を見上げると、きっぱりと言った。

「私には、分かりません。非難するものもいれば、賞賛するものもいるでしょう。ただ、殿下が最後にたったひとつ守りたいもの、それが答えなのではないでしょうか」

 ナディアは、そう言い残して、扉を開けて出て行った。


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