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第四章 三匹が食う(ニャおニャールを)!

第四十六話 猫と集合

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 「わっ? ね、猫……?」

 突然生垣の間から姿を現したトラ猫に、俺は思わず目を丸くした。
 そんな俺を、トラ猫はキョトンとした顔で見上げる。
 トラ猫は、片耳に切れ目が入っていた。首輪はついていないので飼い猫では無いようだが、ハジさんよりも一回り大きく、その毛並みも艶があるので、食べるものや寝床に困ってはいないようだ。
 ――と、トラ猫の後ろで、再び生垣の枝が揺れ、今度は猫が二匹、ひょっこりと顔を出す。
 一匹は片目が潰れた黒猫で、もう一匹は首輪をつけた小柄な三毛猫だった。

「なーご」
「にゃあお」
「みゃうう」

 生垣の中から出て来た三匹の猫は、突っ立っている俺の事など気にも留めぬ様子で、まるで挨拶を交わすように鳴き合いながら、互いのお尻を嗅いだり、毛皮をぺろぺろと舐めたりしている。
 そんな彼らを見下ろしながら、俺は呆然と呟く。

「な……なんだ、この猫たち? 急に出て来て……」
「にゃははは。全員揃ったようだニャ」
「へ?」

 俺は、満足そうに笑うハジさんの声を聞いて、一瞬首を傾げたものの、すぐにピンと来て尋ねた。

「あ……ひょっとして、この猫たちが集まってきたのって、ハジさんが呼んだから?」
「ニャハハハ、そういう事ニャ」

 俺の問いかけに上機嫌な笑い声で答えたハジさんは、澄ました顔で一歩前に出る。
 そして、前足を立てたまま後ろ足を曲げて腰を下ろす、いわゆるエジプト座りをすると、

「にゃっ!」

 まるで注意を引くように、三匹の猫に向かって一鳴きした。

「にゃう?」
「……?」
「にゅ?」

 ハジさんの鳴き声に、それまでコミュニケーションに勤しんでいた三匹の猫は、耳をピクリと動かし、一斉にこちらの方を向く。
 三匹の猫に注目された俺は、そのプレッシャーに気圧されて、思わず一歩後ずさる。
 だが、ハジさんはエジプト座りをしたまま、更に声を上げた。

「みゃああああうう」
「にゃ」
「……にゅ」
「みゃああん」

 ハジさんの鳴き声を聞いた三匹の猫は、ゆっくりと移動し始めた。
 そして、横一文字に並ぶと、そのまま腰を下ろす。
 横一列に整列してエジプト座りする三匹の猫……なかなかシュールな光景だ――そう思いながら、俺はハジさんにおずおずと声をかけた。

「ね、ねえ、ハジさん……。この猫たちは、一体何なんすか?」
「ニャフフ……こいつらはのう」

 俺の当惑顔を前に、満足げな笑い声を上げたハジさんは、整列する三匹の猫に向かって顎をしゃくってみせ、言葉を継ぐ。

「ワシの仲間なかミャ……いや、忠実な部下と言った方が相応しいかのう?」
「ぶ、部下ぁ?」

 ハジさんの答えを聞いた俺は、思わず声を裏返した。
 そんな俺の反応を見て、更に機嫌を良くしたらしいハジさんは、鼻とヒゲをヒクヒクと小刻みに動かしながら、喉をゴロゴロと鳴らす。

「そうニャ。さしずめ……ハジ軍団とでも呼ぶ事にしようかのう」
「はあ……」
「こいつらは、この辺りをうろついとる地域猫や飼い猫でな。ワシが、餌をくれる猫好きな婆さんの家の場所や、可愛いもの好きな女子高生に上手く取り入る方法とかを伝授してやったんニャ。そしたらこいつら、ワシにいたく心酔したようでのう」
「はあ……そ、そうなんすか……」

 俺は、ハジさんの言葉に相槌を打ちながら、横目でチラリと三匹の猫の方を見る。
 ……うーん、心酔……してんのか、こいつら? なんか……ものすごいかったるそうにアクビとか毛づくろいとかしちゃってるけど……。
 明らかに『心酔しているボス』を前にしてるようには見えない、三匹の猫たちの舐め切った態度にも気付かぬ様子で、ハジさんは上機嫌で言葉を継ぐ。

「じゃから、ワシが一声鳴けば、どこからでも駆けつけてくるんニャ。ちょうど今やってみせたようにのう。こいつら、ワシの役に立てる事がよっぽど嬉しいらしいニャ」
「は、はあ……」

 ハジさんの自慢げな声に、俺は頬を引き攣らせながらぎこちなく頷いた。

(いや……明らかに、『なんか色々とお得な情報を持ってるみたいだから、言う事を聞いておいてやる』っていうスタンスっぽいっすけど、この猫たち……)

 ――そんな言葉が喉の奥から出そうになるが、

(……何も、せっかくいい気分になっているハジさんに現実を知らしめてやる事もないだろう、ウン)

 そう考えて、空気を読んで飲み込む。
 そんな俺の気遣いにも全く気付かないハジさんは、相変わらずのドヤ顔で話を続けた。

「どれ……おミャえさんにも、我がハジ軍団のメンバーを紹介してやろう」
「はあ……」
「まず……左のトラ猫が、寅次郎」
「あ……よ、よろしく、寅次郎……」
「フーッ!」
「わっ!」

 トラ猫に声をかけながら、その頭を撫でようとしたら、全力で威嚇された俺は、慌てて伸ばしかけた手を引っ込める。

「――で、真ん中の片目が潰れたクロが、十兵衛」
「や、やあ……」
「……」

 手を出すのはやめて、にこやかに微笑みかけた俺の事を、黒猫――十兵衛はチラリと一瞥した後、素知らぬ顔でプイッと横を向いてしまった。……どうやら、ガン無視を決め込まれたらしい。

「あと、右の三毛猫が、ハジ軍団の紅一点、ルリ子さんニャ」
「ど、どうも……美人さんだね――」
「シャ―ッ!」

 俺が挨拶しようとした瞬間、三毛猫のルリ子さんは牙を剥き、全身の毛を逆立てた。……完全に敵扱いである。
 そんな三匹の猫の俺に対するリアクションを見ながら、ハジさんは満足げに頷いた。

「ウン。早速打ち解けたようで何よりニャ」
「ちょ? 今の反応を見て、そんなコメント出るかフツーッ!」

 俺は、三匹の猫につれなくされて涙目になりながら、ハジさんにツッコミを入れるのだった……。
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