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第1章

15・騎士様と鍛錬場②

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 反射的に音のした方を見やれば、模擬試合を行っている騎士の一人が使っていた投げナイフが、一直線にこちらへ向かってきていた。
 気づいても、避けるなんて超人的な真似、私には無理だ。飛んでくるナイフがスローモーションのように映る。
 目を瞑る暇さえない。私はただ、こちらに向かってくるナイフを見つめることしかできなかった。

「……っ」

 私の視界の端で、ジェラルドがすっと動く。
 
 ジェラルドは、素早い動作で腰に下げていた細身の剣を鞘から引き抜くと、あっさりとナイフをたたき落とした。
 
「……え?」
 
 あまりの早業に、何が起こったのかすぐに理解できない。
 視線をジェラルドに向ければ、彼は既に剣を鞘に収めていた。

「おい、お前ら。神子様の御前だ、気をつけろよ……?」

「だっ、団長……! それに、み、神子様っ!?」

「申し訳ありません!」
 
 騎士たちが駆け寄ってきて、私とジェラルドに頭を下げてくる。
 いや、どっちかって言うと興味本位で鍛錬場に立ち入った私の方が悪いよね? むしろ、私の方が鍛錬の邪魔してすみませんよね?
 謝罪を繰り返してくる騎士たちを、私は慌てて止めた。

「そ、そんなに謝らないでください……! 私の方こそ、鍛錬の邪魔をしてごめんなさいっ」

「神子様……。無礼を働いた俺の部下をお許しくださるとは……。なんとお優しい……」

 感激した、というふうにジェラルドが私を見つめてくる。いやいや、それ絶対神子様補正がかかっているから。ジェラルドの中の私って美化されていると思う。

「神子様、この機会に今いる団員たちにも神子様を紹介させてください」

 ジェラルドは私にそういうと、目の前にいた騎士二人に指示を出し、他の団員たちを集めさせた。
 10人前後くらいだろうか。あっという間に鍛錬場の中央へと騎士たちが集まる。私はその行動の素早さに圧倒されてしまった。

「今いるのはこれだけか?」

「はい! 他は警備や見回りに行っております!」
 
 ジェラルドが聞くと、ほかの騎士がすぐさま答える。
 The体育会系な雰囲気に気圧けおされて、私はぴしりと固まってしまっていた。

「ニコラス様から通達があったと思うが、こちらがこの度ルーチェ様から選ばれた神子様――タチバナアオイ様である。彼女に何かあれば、すぐにお助けするように」

「はっ!!」

 ジェラルドの命令を受けて、ざっ、とその場にいる騎士の男性たちから一斉に視線と敬礼を向けられる。
 ひいいい! 恐れ多い!

 私はジェラルドの横で縮こまりながらも、どうにか頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします……っ」


 ◇◇◇◇◇◇


「今の時間帯は街の見回りや警備でほとんどが出払っておりまして……。すべての団員に合わせることが出来なくて申し訳ありません」

 鍛錬場を後にしながら、ジェラルドは言葉通り申し訳なさそうに言った。

「だ、大丈夫だよ。むしろ、紹介してくれてありがとう」

 まだ、心臓がばくばくしている気がする。
 大勢の男性から敬礼を向けられる機会など、きっと二度とないに違いない。

 ――あ、言い忘れていた。

 私はふと思い出して立ち止まる。私が立ち止まったのに気づいて、ジェラルドも足を止めてこちらを振り返った。

「あの、さっきはナイフから助けてくれてありがとう」

 模擬試合を観戦していた時に飛んできた投げナイフ。
 ジェラルドの動きがなければ、あのナイフは確実に私へと直撃していただろう。
 その後の騎士たちとの出来事のせいで、すっかりお礼を言う機会を言いそびれてしまっていた。
 改めて思い返すと、意識しないようにしていた恐怖が湧いてくる。

「……ああ。俺は、当然のことをしたまでですよ」

 ジェラルドは私に言われて思い出したようだった。それくらい、彼にとっては普通のことなのだろう。
 ジェラルドにとって私を守るのは仕事で、当たり前のこと。
 だけど。

「ジェラルドにとっては当然でも、私にとっては当然じゃないの。だから、ありがと」

 何となく、ジェラルドの顔を見るのが気恥ずかしい。私は一歩、足を進めた。
 立ち止まったままのジェラルドを追い越す。

 ……。あれ、おかしいな。
 ジェラルドから何の反応もない。

 不思議に思って後ろを振り返ると、ジェラルドは私の数歩後ろで立ち止まったまま、口元を手で押えていた。

「って、ジェラルド? どうしたのっ?」

 まさか、さっきナイフをたたき落としたときに、実は怪我でもしていたとか!?
 騎士団長だからそんなヘマはなかなかしないだろうが、弘法にも筆の誤りというし、何があるかは分からない。

 私は慌てて駆け寄ると、ジェラルドの顔を見上げた。

「だ、大丈夫っ?」

「……神子様」

「何っ?」

 よく見れば、ジェラルドはふにゃっとした顔をしている。嬉しいような、泣きたいのを堪えているような、そんな顔。

「あなたは……本当にお優しい……」

 こぼれ落ちるように呟かれたジェラルドの言葉。
 こっちは怪我をしていないか心配していたというのに、と思わず脱力してしまう。

 だけど、ジェラルドがとても幸せそうで。その表情を見ていたら、なんだか私まで心が温かくなるような気がした。
 

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