俺の可愛いお嬢さまを離さない

真風月花

文字の大きさ
1 / 31
一章

1、俺とお嬢さま【1】

しおりを挟む
 元軍人の俺が、まさかたった十歳の女の子の護衛の仕事に就くとは思わなかった。
 山藤やまふじのお屋敷には、むさくるしい兵隊も、怒鳴りつけてくる威圧的な上官もいない。
 というか、なんで俺が女の子の御守おもり……。訳が分からない。
 俺の名は若月静生わかつきしずお。一応、山藤のお嬢さんの遠縁にあたる。

「ねぇねぇ、静生。すごいのよ。足の下で霜柱が崩れるの」

 御年十歳の冨貴子ふきこお嬢さんは、吹く風に鼻と頬を赤く染めながら、襟巻をぐるぐる巻きにして、一生懸命庭の霜柱を踏んでいた。

 シャクシャクという小気味よい音。どうでもええけど、暖炉で温められた部屋に入ってくれへんかなぁ。風邪を引かれたら困るんやけど。
 ああ、お嬢さんと喋るのに最近は関西の言葉を使っているからか。なんか脳内の声まで関西弁になってきた。

「お嬢さん、甘酒があるらしいですよ」
「うん、後で」
「冷めますよ」
「冨貴子は、後で静生と一緒に飲むの」

 お嬢さんが懸命に霜柱を踏むたびに、切り揃えたおかっぱ髪がさらさらと揺れる。
 お人形みたいな子ぉやな。

「あ、見て。静生。池に氷が張ってるわ」

 そりゃあ、これほど寒かったら氷くらい張るだろう。
 俺は庭の飛び石にしゃがんで、かじかんだ手をこすり合わせながら息を吹きかけた。
 一応、革の手袋はしているが。そんなもので防げるほどの寒さではない。
 なのに、このお嬢さんは襟巻はするけどマントも着てくれへんし。ほんまに悪い子ぉやで。

「すごいわねぇ。氷の下でも、お魚が泳いでいるの。こおりつかないのね」
「そら、池の表面しか凍ってへんからって……え?」

 驚いたなんてものではない。
 池の端にしゃがみこんだ冨貴子お嬢さんの襟巻と振袖がひらりと揺れて。ついでに兵児帯へこおびもひらひら揺れて。
 あろうことか、そのまま池に落っこちたからだ。

 かしゃん、という硬いのに軽い音は、池の氷が如何に薄いかを物語っていた。
 続いて起こる派手な水音。

「ちょ、ちょっと待て。お嬢さん」

 伸ばして俺の手の先で、兵児帯へこおびがひらりと逃げていく。
 俺は迷わず池に入り、お嬢さんを……着物やら襟巻やらが水をたっぷりと含んでずっしりと重くなったお嬢さんを抱え上げた。

 露台テラスの方から、お嬢さんのお母さんや女中の悲鳴が聞こえる。
 
「大丈夫ですか? お嬢さん。しっかりしてください」

 俺の腕に抱かれたお嬢さんは、歯が噛みあわないのかがちがちと音を立てている。
 黒髪のおかっぱは濡れそぼり、毛先からは冷たい雫がしたたり落ちる。

「さ、寒い……おかしいわ」
「何がおかしいんです?」
「だって、氷の張っていない部分から、湯気が立っていたんですもの。あの池、お湯なんじゃないの?」

 あー。このお嬢さんに、何から教えたらええんやろ。
 俺は広い玄関に向かいながら、絶望で鈍色の空を仰いだ。空からは、牡丹雪がひらひらと舞い降りてきた。
 薔薇に似た薄紅色の山茶花の花や、くっきりと赤い椿を雪は白く包んでいく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...