俺の可愛いお嬢さまを離さない

真風月花

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二章

3、子どものままで

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 桜の木にさらに近づいて、俺の腕に支えられ、うーんと上体を伸ばしたお嬢さんは、てのひらにいっぱいの黒い実を摘んだ。
 
「さくらんぼですか? これ」
「ええ、そうよ。だって桜の木に生る実ですもの。さくらんぼでしょ?」

 うーん、そうやろか? 俺は首を傾げたが、指を果汁で赤紫に染めたお嬢さんは楽しそうに微笑むから。水を差すのはやめにした。

「さくらんぼのジュースでしょ? それにね、静生は知っていて? タルトというお菓子があるそうよ。さくさくの生地に、果物を甘く煮たものが入っているんですって」
「さくさく……煎餅ですか」
「しょっぱくないの。甘いのよ」
「炭酸煎餅ですね」
「お煎餅から、離れてくれない?」

 ふふ、とお嬢さんは柔らかな笑みを浮かべる。
 こんな時だ。胸が苦しく、見えない手で心臓を引き絞られるような心地がするのは。

 こんなにも近くて、旦那さまからも信頼を得ていて、年頃のお嬢さんを抱き上げる事すら許していただいているのに。
 俺にはここまでしか、姫さまに触れることはできない。

 あなたの柔らかな薄紅の唇に触れることも。白い頬を撫でることも、ましてやその首筋に顔を埋めることも認められていない。
 あなたにそれをしてええのは、どこの誰とも知らぬ男だ。

 ほんの一、二寸、顔を寄せればお嬢さんにくちづけることは可能やのに。あなたはこんなにも近くて、誰よりも遠い存在や。
 ああ、ワンピースに焚き染めた香のにおいすら、独り占めできるほどにお傍におるというのに。
 その香りのように、かぐことはできても捕まえることができない。

「お嬢さん、いつまでも子どもみたいなことをせんと。ええ加減大人になってくださいよ。せやないとこの静生、嫁ぐお嬢さんを安心して見送れませんよ」

 俺は心にもないことを口にした。

◇◇◇

 ああ、ドキドキしたわ。
 わたくしは、静生の頭に抱きついて深呼吸をしました。
 ええ、池に落ちそうになったからではないの。さくらんぼを落としそうになったからでもないわ。
 
 静生が、女學校や舞やお琴のお稽古ごとへの送り迎えをしてくれる彼の頭が、わたくしの腹部に密着していたんですもの。

 いいえ、正確には違うわね。あと少し、ほんの一寸ほどで静生の鼻先がわたくしのワンピースの生地に触れそうになったの。

 息が止まりそうになって。いっそこのまま時が止まってしまえばいいのにと願ったわ。
 だって、女學校では卒業を待たずして、次々と友人たちが輿入れしているんですもの。
 わたくしの元にも縁談が持ち込まれているのは、知っているわ。
 何故かお父さまが、すべてお断りしているけれど。
 でも、いつまでも独り身ではいられない。それも分かっているの。
 
 わたくしは嫌。お父さまのお考えになる基準が、家柄なのか経済力なのか、或いは優しさなのか分からないけれど。
 でも、わたくしは静生といたいの。
 ずっと子どもでいれば、静生の腕に抱えてもらえる。だから……ごめんね静生。まだ、子どものままでいさせてね。

「冨貴子。話がある、私の書斎に来なさい」

 露台テラスからお父さまに声を掛けられて、わたくしと静生は顔を見合わせました。
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