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二章
21、帰りましょう
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お医者さまが神社に来てくださり、手当てを施してもらった静生は社務所の一室で静かに眠っています。
「正直なところ……宮司も私も罪に問われると思います。未遂に終わったとはいえ、貴女を殺そうとしたのですから」
拝殿の畳に正座して、禰宜さんが静かにそう言いました。
話し声で静生が目を覚まさぬよう、わたくし達は拝殿へと移動したのです。
社務所から拝殿へと続く渡り廊下は、長雨の所為で床も柱も水分を含みすぎて、今にも腐りそうでした。
緑青を生じた屋根からも、木々の枝からも雨の雫は落ちていますが。その水滴は、陽の光を受けて煌めいています。
「もう人柱が認められた古い時代ではありませんからね。長雨による不作と災害はどうしようもありませんが。ですが治水によって避けられる面もあると思います」
彼もまた代々この神社の神職を務める家系なのだろう。先祖が犯した罪、そして生贄を求める遠因であるのに御利益を求める民主は、罪の意識も持たず罪に問われることもない。
こんなことは、もう此処で終わりにしなければならない。
「お嬢さん。あの青年が、あんたを呼んでるで」
わたくしは慌てて立ち上がり、転びそうになりながらも渡り廊下を走って、静生のいる部屋へと向かった。
襖をそっと開くなんてできなくて、大きな音を立ててしまったけれど。
布団に横たわった静生は、わたくしの顔を見て目を細めてくれたんです。
「よかった。本当に……よかった。気がついたのね」
「お嬢さん、傍に来てください」
わたくしは頷くと、静生の側に正座をしました。血が随分と失われているから、彼の顔色はまだ悪いですけど。
触れてみると、その手も冷たくて。まるで陶器にでも触れているかのよう。
「あのね、雨が止んだのよ。もう大丈夫なの」
「俺の血でも役に立ったということですね」
「最後の生贄ね」
「生贄がいい年をしたガタイのいい男なんで、山神さまもびっくりしたんと違いますか」
「そうね」とわたくしは微笑んだ。
笑っているのに、口許も緩んでいるのに。涙が溢れて止まらなくて。大好きな静生の顔が、徐々にぼやけて見えなくなってしまいました。
◇◇◇
静生が歩けるようになるほど回復してから、麓の村の郵便局から電報を打って、お父さまに迎えの車をお願いしました。
荷車と汽車で移動した長い距離も、車ならば随分と楽なようです。
「お嬢さま、若月さま。本当にご無事で何よりでした」
山藤家の運転手は、白い手袋で目頭を押さえながら、黒塗りの車の後部座席の扉を開いてくれます。
静生と二人並んで座るのですけど。やはり曲がり角は苦しいのか、静生は小さく呻きます。
「わたくしにもたれかかっても、いいのよ」
「いや、そんな失礼なことは」
そう言いつつも、次の角でまるで抱きつくような格好で静生がもたれかかってきます。
お、重いです。
上背も体重も随分と違いますから。
静生は「すみません」と言いますが、結局寄り添うようにぴったりと座る格好になりました。
そして……下に降ろした静生の手が、わたくしの指に触れたんです。
素知らぬ顔をして窓の外を見ているくせに。静生はわたくしと指と指を絡めて、手を繋ぎました。
「ああ、本当に雨が止んでいますね。いい天気だ」
「そうでございますね。地面がぬかるんでおりますので、お二人ともお気を付けくださいませ」
流れゆく車窓の景色を眺めつつ、運転手と談笑する静生は、それでもわたくしの手だけは離そうとしません。
もしかしたら、ミラー越しに運転手に見えるんじゃないかと、ひやひやしているのはわたくしだけなのかしら。
「正直なところ……宮司も私も罪に問われると思います。未遂に終わったとはいえ、貴女を殺そうとしたのですから」
拝殿の畳に正座して、禰宜さんが静かにそう言いました。
話し声で静生が目を覚まさぬよう、わたくし達は拝殿へと移動したのです。
社務所から拝殿へと続く渡り廊下は、長雨の所為で床も柱も水分を含みすぎて、今にも腐りそうでした。
緑青を生じた屋根からも、木々の枝からも雨の雫は落ちていますが。その水滴は、陽の光を受けて煌めいています。
「もう人柱が認められた古い時代ではありませんからね。長雨による不作と災害はどうしようもありませんが。ですが治水によって避けられる面もあると思います」
彼もまた代々この神社の神職を務める家系なのだろう。先祖が犯した罪、そして生贄を求める遠因であるのに御利益を求める民主は、罪の意識も持たず罪に問われることもない。
こんなことは、もう此処で終わりにしなければならない。
「お嬢さん。あの青年が、あんたを呼んでるで」
わたくしは慌てて立ち上がり、転びそうになりながらも渡り廊下を走って、静生のいる部屋へと向かった。
襖をそっと開くなんてできなくて、大きな音を立ててしまったけれど。
布団に横たわった静生は、わたくしの顔を見て目を細めてくれたんです。
「よかった。本当に……よかった。気がついたのね」
「お嬢さん、傍に来てください」
わたくしは頷くと、静生の側に正座をしました。血が随分と失われているから、彼の顔色はまだ悪いですけど。
触れてみると、その手も冷たくて。まるで陶器にでも触れているかのよう。
「あのね、雨が止んだのよ。もう大丈夫なの」
「俺の血でも役に立ったということですね」
「最後の生贄ね」
「生贄がいい年をしたガタイのいい男なんで、山神さまもびっくりしたんと違いますか」
「そうね」とわたくしは微笑んだ。
笑っているのに、口許も緩んでいるのに。涙が溢れて止まらなくて。大好きな静生の顔が、徐々にぼやけて見えなくなってしまいました。
◇◇◇
静生が歩けるようになるほど回復してから、麓の村の郵便局から電報を打って、お父さまに迎えの車をお願いしました。
荷車と汽車で移動した長い距離も、車ならば随分と楽なようです。
「お嬢さま、若月さま。本当にご無事で何よりでした」
山藤家の運転手は、白い手袋で目頭を押さえながら、黒塗りの車の後部座席の扉を開いてくれます。
静生と二人並んで座るのですけど。やはり曲がり角は苦しいのか、静生は小さく呻きます。
「わたくしにもたれかかっても、いいのよ」
「いや、そんな失礼なことは」
そう言いつつも、次の角でまるで抱きつくような格好で静生がもたれかかってきます。
お、重いです。
上背も体重も随分と違いますから。
静生は「すみません」と言いますが、結局寄り添うようにぴったりと座る格好になりました。
そして……下に降ろした静生の手が、わたくしの指に触れたんです。
素知らぬ顔をして窓の外を見ているくせに。静生はわたくしと指と指を絡めて、手を繋ぎました。
「ああ、本当に雨が止んでいますね。いい天気だ」
「そうでございますね。地面がぬかるんでおりますので、お二人ともお気を付けくださいませ」
流れゆく車窓の景色を眺めつつ、運転手と談笑する静生は、それでもわたくしの手だけは離そうとしません。
もしかしたら、ミラー越しに運転手に見えるんじゃないかと、ひやひやしているのはわたくしだけなのかしら。
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