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六章

3、秋の縁側

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 今夜の蒼一郎さんは、少し妙でした。
 わたしが見ていない内に、笹鰈ささがれいの身を骨から外してくださったと思うと、今度は涙ぐんだり。

 感傷的なのかしら? それともお仕事でつらいことでも、おありになったのかしら。

 お風呂上がり。縁側でお月さまを眺めていらっしゃる蒼一郎さんの隣に、わたしも腰を下ろします。
 
 ほかほかとした温もりが、蒼一郎さんの浴衣越しに伝わってきます。

 お庭の端で、薄の銀色の穂が月光で照らされて。
 触れると指を切ってしまう鋭い葉は、まるで刃のようなのに。薄の穂は、ふわふわなんです。
 
「薄の穂は絲さんみたいやなぁ」
「え? どうしてですか。わたしの髪がまっすぐな黒髪じゃないから?」

 蒼一郎さんの呟きに、慌てて自分の湿った髪を手で押さえます。
 ええ、今はまだお風呂上がりで落ち着いているのだけれど。乾くと髪の毛が自由奔放になってしまうの。

「ん? もしかして、髪が猫っ毛なん気にしとん?」
「……してます」
「まっすぐやないのも?」

 わたしは、こくりと頷きました。
 当然ですよ。だって女學院の學友も先輩のお姉さん方も、艶なす黒髪なんですもの。

 だから湿った髪を強く下に引っ張ったんです。そうしたら蒼一郎さんは、わたしの手の甲にそっと指を添えたの。

「あかんで、引っ張ったら」
「そりゃあ、こんなことでまっすぐになるわけじゃないですけど」
「んー? 絲さんが自分で気に入らんとこも、俺は好きやから。ふわふわでええと思うで」

 わたしは自然と指から力が抜けて。手を膝に降ろしたの。

 そんな風に言われたら、わたしどうしていいのか分からなくなるわ。
 貧相な体だって、まっすぐじゃないし漆黒でもない髪だって、蒼一郎さんはお好きだって仰るもの。
 
「蒼一郎さんは、どうしてそこまでわたしに甘くていらっしゃるの?」
「へ?」

 まるで鳩が豆鉄砲を食らったように、蒼一郎さんは目を丸くします。

「甘いかな?」
「甘いですよ」
「まぁ、過保護かなとは思うけど。でもなぁ、放っといたら絲さんは飯もちゃんと食わへんし。せや、子どもの頃はどうしとったんや?」

 子どもの頃は確か……。
 わたしは小首を傾げながら、遠い日に思いを馳せました。

「そうですね。ばあやに『好き嫌いなく何でも召し上がってください』と耳にタコができるほど注意されました」
「で、食うたんか?」

 わたしの顔を覗きこんでくる蒼一郎さんから、そーっと視線を外します。

「そういえば、おじいさまが絲の為にって、ちりめん山椒を炊いてくださったの。苦手なおかずが並んだ時も、それならご飯が食べられるだろうって」
「あま……っ」

 ちりめん山椒は、そんなに甘くなかったですよ。

◇◇◇

 想像通りや。俺は隣に座って月を眺める絲さんを横目で見た。
 けど、絲さんにとっては遠野の爺さんが炊いたちりめん山椒が、思い出の味なんやろな。
 
 俺も作ってみよかな。
 厨房とか入ったこともないけど。包丁って要はドスみたいなもんやんか。懐剣とかに近いかもな。

 それにちりめんじゃこは小さいから、包丁もいらんし。山椒の実も別に包丁いらんよな。
 あ、なんや簡単やんか。いけるかもしれへん。
 よし、明日買い物に行ってみよ。
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