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八章
2、とんど焼き
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夕暮れ、空には冬特有の重い灰色の雲がたれこめとうけど、ところどころ淡い紅やらすみれ色に染まっとう。
雲の上は鮮やかな夕焼けが広がっとんやなぁ。
俺は琥太郎を抱っこして、縁側で外を眺めとった。
「お待たせしました、蒼一郎さん」
部屋で着替えをしとった絲さんが、琥太郎用の綿の入った小さい半纏を手にやってくる。
絲さんの歩みに沿うように、火鉢で温められた部屋のぬくもりが仄かに届いた。
「小雪がちらついていますが、琥太郎さんを連れていっても大丈夫でしょうか」
「まぁ、綿入れを着とったら問題ないんとちゃうかな」
琥太郎に半纏を着せた絲さんは、次に毛糸の襟巻で我が子をぐるぐると巻いた。
そこまでせんでもええと思うんやけど。
まぁ、絲さん自身が暑さにも寒さにも弱いから、気になるんやろなぁ。
◇◇◇
とんど焼きは、町はずれの田圃で行われる。
あんまり海の近くやと、火の粉が風にあおられて危ないからや。
琥太郎を抱っこして畦を降りると、冬の田圃は土はからからに乾ききって、ひび割れていた。
白いその地面に刈り取られた稲の切り株が、まるでささらが延々と並んでいるかのように見える。
「絲さん、足下に気ぃつけや。ちゃんと足下を照らすんやで」
「きゃっ」
俺の言葉に重なって、絲さんの悲鳴が聞こえた。
琥太郎を左腕だけで抱えて、右手で絲さんの肩を掴む。
ふわりと結い上げた髪のおくれ毛を、夕闇の色をまとった風が撫でた。
絲さんは切り株につまずいて、足を踏み出したら、その先にある別の稲の切り株につまずいたみたいや。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか。ありがとうございます」
絲さんが手にした角燈が、ゆらゆら揺れて、藁や木を組んだとんどを照らした。
まだ火のつけられてないとんどは、天を衝くように聳え立ち、薄闇の中で異様な姿に見える。
「足、ひねってへんか?」
「はい。痛くないです」
あーあ、もうちょっと早くに注意したらよかったなぁ。絲さんは角燈を持っても俺の足下を照らして、自分の足下は照らさへんからなぁ。
「けど、よかったな。琥太郎。お母さんが抱っこしとったら、ころんどったで」
「もうっ。聞こえてますよ」
絲さんは頬を膨らませながら、俺の背をつついてきた。
珊瑚のかんざしを挿して、髪も結い上げとうけど。そんな表情をしたら、女学生の頃みたいや。
「蒼一郎さんが掻巻をお召しになって、中に琥太郎さんをおんぶしたら、きっと二人とも温かいですよ」
絲さんの提案に、俺は長い掻巻をまとった自分の姿を想像した。
うわー、冴えへんわ。
そんなもこもこした羽織を着るやなんて、俺の美学に反するやん。
「だーぁ、ぁ」
「お、琥太郎も嫌やんな。そんな恥ずかしいのん」
俺の腕の中で両足を動かす我が子は、小さいながらに父親の美学が分かるらしい。まぁ、掻巻が何か知ってるかどうかは俺には分からんけど。
「あ、火がつけられたみたいですよ」
絲さんが指さす方を見ると、薄暗かった辺りが急に明るく照らしだされた。
よう乾いた木の枝や葉はすぐに燃え上がり、正月飾りも乾燥した藁が材料やから、あっというまにとんど全体に火がまわった。
ぱちぱちという音に重なる子どもらの歓声。俺の腕の中で琥太郎は、まばたきもせんと炎を見つめてる。
きれいなきれいなガラス玉みたいな黒い目に映る火を、琥太郎はどんな風に感じてるんやろ。
「離れていても温かいですね」
「せやな。ほら、掻巻はいらんやろ」
「まぁ、そうですけど。ちょっと見てみたいじゃないですか。お布団みたいな掻巻を羽織って、手にはでんでん太鼓を持った蒼一郎さん」
それ、子守りのねえややろ?
絲さん、大の男がする格好とちゃうやろ?
いっそう暗くなった夜空に垂れこめた雲に、とんどの赤い色が映っている。
枯れ枝の燃えるにおい。まだ火が落ち着いてへんのに、餅を焼こうとして失敗する奴もおる。
中には竹竿に餅をひっかけて焼く猛者もおるほどや。
けど、火力の強さに餅は真っ黒になってしもた。
「あー、今日の赤ちゃんや」
「とんど見に来たんやね。赤ちゃん、寒ない?」
うちの家に正月飾りを集めにきとった男児らが、背伸びをして琥太郎を覗きこんできた。
琥太郎は彼らに気がついているはずやのに、一心に天を焦がす炎を見つめてる。
結局絲さんが、子どもらの話し相手になってやってる。
こないに小さかったら、今日の記憶は残らへんやろけど。それでも琥太郎と一緒に出掛けたり、いろんなものを見る時間をとりたいなぁ。
田圃の向こうに小さく見える家々では、窓から明かりがこぼれている。集まった人々のざわめき、頬が熱くなるほどに火に照らされて、誰もかれも赤い頬をして大きな炎を見つめてる。
真冬の夢のような、幻のような、ゆっくりと過ぎていく夜やった。
雲の上は鮮やかな夕焼けが広がっとんやなぁ。
俺は琥太郎を抱っこして、縁側で外を眺めとった。
「お待たせしました、蒼一郎さん」
部屋で着替えをしとった絲さんが、琥太郎用の綿の入った小さい半纏を手にやってくる。
絲さんの歩みに沿うように、火鉢で温められた部屋のぬくもりが仄かに届いた。
「小雪がちらついていますが、琥太郎さんを連れていっても大丈夫でしょうか」
「まぁ、綿入れを着とったら問題ないんとちゃうかな」
琥太郎に半纏を着せた絲さんは、次に毛糸の襟巻で我が子をぐるぐると巻いた。
そこまでせんでもええと思うんやけど。
まぁ、絲さん自身が暑さにも寒さにも弱いから、気になるんやろなぁ。
◇◇◇
とんど焼きは、町はずれの田圃で行われる。
あんまり海の近くやと、火の粉が風にあおられて危ないからや。
琥太郎を抱っこして畦を降りると、冬の田圃は土はからからに乾ききって、ひび割れていた。
白いその地面に刈り取られた稲の切り株が、まるでささらが延々と並んでいるかのように見える。
「絲さん、足下に気ぃつけや。ちゃんと足下を照らすんやで」
「きゃっ」
俺の言葉に重なって、絲さんの悲鳴が聞こえた。
琥太郎を左腕だけで抱えて、右手で絲さんの肩を掴む。
ふわりと結い上げた髪のおくれ毛を、夕闇の色をまとった風が撫でた。
絲さんは切り株につまずいて、足を踏み出したら、その先にある別の稲の切り株につまずいたみたいや。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか。ありがとうございます」
絲さんが手にした角燈が、ゆらゆら揺れて、藁や木を組んだとんどを照らした。
まだ火のつけられてないとんどは、天を衝くように聳え立ち、薄闇の中で異様な姿に見える。
「足、ひねってへんか?」
「はい。痛くないです」
あーあ、もうちょっと早くに注意したらよかったなぁ。絲さんは角燈を持っても俺の足下を照らして、自分の足下は照らさへんからなぁ。
「けど、よかったな。琥太郎。お母さんが抱っこしとったら、ころんどったで」
「もうっ。聞こえてますよ」
絲さんは頬を膨らませながら、俺の背をつついてきた。
珊瑚のかんざしを挿して、髪も結い上げとうけど。そんな表情をしたら、女学生の頃みたいや。
「蒼一郎さんが掻巻をお召しになって、中に琥太郎さんをおんぶしたら、きっと二人とも温かいですよ」
絲さんの提案に、俺は長い掻巻をまとった自分の姿を想像した。
うわー、冴えへんわ。
そんなもこもこした羽織を着るやなんて、俺の美学に反するやん。
「だーぁ、ぁ」
「お、琥太郎も嫌やんな。そんな恥ずかしいのん」
俺の腕の中で両足を動かす我が子は、小さいながらに父親の美学が分かるらしい。まぁ、掻巻が何か知ってるかどうかは俺には分からんけど。
「あ、火がつけられたみたいですよ」
絲さんが指さす方を見ると、薄暗かった辺りが急に明るく照らしだされた。
よう乾いた木の枝や葉はすぐに燃え上がり、正月飾りも乾燥した藁が材料やから、あっというまにとんど全体に火がまわった。
ぱちぱちという音に重なる子どもらの歓声。俺の腕の中で琥太郎は、まばたきもせんと炎を見つめてる。
きれいなきれいなガラス玉みたいな黒い目に映る火を、琥太郎はどんな風に感じてるんやろ。
「離れていても温かいですね」
「せやな。ほら、掻巻はいらんやろ」
「まぁ、そうですけど。ちょっと見てみたいじゃないですか。お布団みたいな掻巻を羽織って、手にはでんでん太鼓を持った蒼一郎さん」
それ、子守りのねえややろ?
絲さん、大の男がする格好とちゃうやろ?
いっそう暗くなった夜空に垂れこめた雲に、とんどの赤い色が映っている。
枯れ枝の燃えるにおい。まだ火が落ち着いてへんのに、餅を焼こうとして失敗する奴もおる。
中には竹竿に餅をひっかけて焼く猛者もおるほどや。
けど、火力の強さに餅は真っ黒になってしもた。
「あー、今日の赤ちゃんや」
「とんど見に来たんやね。赤ちゃん、寒ない?」
うちの家に正月飾りを集めにきとった男児らが、背伸びをして琥太郎を覗きこんできた。
琥太郎は彼らに気がついているはずやのに、一心に天を焦がす炎を見つめてる。
結局絲さんが、子どもらの話し相手になってやってる。
こないに小さかったら、今日の記憶は残らへんやろけど。それでも琥太郎と一緒に出掛けたり、いろんなものを見る時間をとりたいなぁ。
田圃の向こうに小さく見える家々では、窓から明かりがこぼれている。集まった人々のざわめき、頬が熱くなるほどに火に照らされて、誰もかれも赤い頬をして大きな炎を見つめてる。
真冬の夢のような、幻のような、ゆっくりと過ぎていく夜やった。
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