女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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八章

12、お見送り

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 あんなに咲き誇ってた桜はとうに葉桜になって、青青とした葉を繁らせとった。ついこの間まで葉っぱは小さくて、白っぽい花びらを落とした後の赤い咢とか雄蕊とかが目立っとったのに。

 日々の過ぎるのは早うて、琥太郎も心なしかちょっと大きなった気がする。
 いつか俺くらいに大きなるんやろか。絲さん似の可愛い顔で、体ばかりがでかなるんもちょっと似合わへんかもしれへんけど。

 玄関でじぃっと琥太郎の顔を眺めとったら、上がり框の高さで普段よりも近い位置で琥太郎が見つめてきた。

「どないしたん? ぼくもつれていきたいん? けどあかんで。きょうはおかあさんとおでかけやねん」
「さすがに会合に子ども連れはないなぁ。で、どこに出かけるんや?」
「ほん、かりにいくん。かしほんやさん」
「ほぉ。そらええな」

 俺の手は琥太郎の頭には大きすぎるんか、それとも力が強すぎるんか。頭を撫でてやると、細い体が左右にぐらぐらと揺れた。

「読書もええけど、運動もした方がええかもしれへんな」
「うんどう、きらいやもん」

 引き戸が開いたまま玄関から、琥太郎はちらっと前庭に目を向ける。光溢れるその先には、首に手拭いをかけて、上半身の肌を露わにした組の奴らが木刀を片手に、汗をきらきらと春の陽射しに煌めかせている。

 まぁ、あんな風に筋骨隆々になれっていうても、琥太郎は嫌がるよなぁ。俺かてほんまは静かな部屋でおとなしく本を読んだり、歌を詠んだりする方が好きやねんけど。親父はそれを許してくれへんかった。

 今よりも昔はもっと人が多うて。しかも江戸の頃の任侠の名残が色濃く残っとったから、花札や丁半みたいな博打だけやのうて、庭では闘鶏やら闘犬まで行われとった。敷地が広うて、ある意味治外法権みたいな場所やったからな、うちは。

 俺が小さい頃、この家では静かな場所なんかどこにもなかった。せやから琥太郎が、絲さんといっしょに縁側に座り込んで、一緒に本を読んでる姿は、いっそ絵師にその一瞬を描かせたいほどに和やかでおごそかや。

 物静かな琥太郎にはあんまりヤクザの跡取りというのんを強制したないねんけど。
 けど、俺ら家族三人だけの問題やのうて、養っていかなあかん人間が多いからなぁ。さぁ、組を畳みますゆうても、だぁれも許してくれへんやろ。

「ほな、行ってくるわ」
「お気をつけて」
「絲さんも、貸本屋に行く時と帰る時に転んだりせんようにな」
「それは琥太郎さんに言うべきではないでしょうか」
「まぁまぁ。気ぃつけて悪いことはないって」

 絲さんは不本意そうに「はい」と返事した。

 分かってんねんで。絲さんがちゃんと母親をしてるのは。けど、俺は琥太郎と絲さんの二人の保護者やから。心配がやめられへん。

 絲さんが木枠にはめこんである火打鎌と艶のある黒曜石で切り火をしてくれる。
 かちかち、と背中で鳴る硬い音。

「ぼくもやりたいー」と、琥太郎が火打石を借りて、こっこっと鳴らす。ちょっと間抜けた音は、絲さんが昔立ててた音とおんなじやった。やっぱり親子やな。

 思いのほか、音の位置が高いなと思て俺は肩越しに振り返った。
 そしたら絲さんが一生懸命に琥太郎を抱っこしとった。
 いくら琥太郎が細いゆうても、さすがに数えで五歳になった子ぉは絲さんには厳しそうや。ほんの一瞬で琥太郎を解放すると、絲さんは肩で息をしとった。
 こんなんで貸本屋まで出かけられるんやろか。

 琥太郎にしたみたいに、絲さんの頭も撫でてやる。ふわっとした涼しい香りが鼻をかすめた。絲さんが最近気に入っとうラヴェンダーとかいう花の匂いらしい。香袋みたいに、乾かした紫の花を入れるみたいや。

 ラヴェンダーだのヘリオトロオプだの、最近は難しい名前の香りが多いから、よう分からへん。
 けど、清々しい香りは絲さんによう似合におとった。

 外に出るとあまりの眩しさに俺は目を細めた。一斉に直立した後で深々と礼をする男たち。絲さんと琥太郎は玄関の外まで出て、手を振ってくれた。

 寄り添う二人は、俺が門の脇のくぐり戸を出るまでひらひらと手を振っていた。陽気に誘われた紋白蝶が、出ていく俺と交代にくぐり戸から庭の中へと入ってゆく。

 今日もええ一日になるとええな。
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