女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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八章

11、帰り道

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 欧之丞さんは、自分のてのひらから溢れては零れてゆく花びらをじっと見つめていました。そして慌てて、土の上に落ちた花を拾いはじめたのです。

 花を拾うのを手伝いながら、ふと顔を上げた琥太郎さんは立ち上がりました。
 まるで突然、水槽の水を替えられた金魚が、新しい水の冷たさに驚いて、尾びれを動かすように。
 彼の視線の先。築地塀の鉛色の瓦屋根からは枝が伸びて、白っぽい桜が花をつけていました。

「これ、もらっていいの?」

 欧之丞さんに尋ねられて、琥太郎さんは我に返ったように再びしゃがみました。まだ地面に落ち残っている花を拾ってあげています。

「うん、ええで。おみやげやもん」
「おみやげって、なに?」

 尋ねられても説明が難しいようで、琥太郎さんはちらっと肩越しにわたし達に視線を送ります。
「がんばって」と、わたしは口の動きだけで我が子に伝えました。

 説明は難しいですよね。わたしも、しょっちゅう琥太郎さんにあれこれと説明を求められて、苦労することが多いのです。

「なんではなのいろって、いろいろあるん?」とか「なんでそらはあおいん?」「なんでおつきさまは、ぼくについてくるん? ぼくのことがすきなん?」とか。

 琥太郎さんの「なんで」が始まると、つい身構えてしまうのです。
 蒼一郎さんに助けを求めると「花も空も月も、そういうものやねん」と、たいそう大雑把な答えですし。

 挙句には「琥太郎はええなぁ。お月さんに好かれて、お父さんはあかんわ。絲さんにしか好かれへん」
「そんなことないもん。ぼくかておとーさんのことすきやもん。それにだいじょうぶや。きっとおつきさまも、おとうさんのことすきになるから」と必死になる息子をご覧になって、蒼一郎さんったらにやにやしているんですもの。

 最近では圖畫館としょかんが、本の貸し出しをはじめたそうですから、訪れてみるのもいいかもしれません。
 一回の貸し出しは三冊で二十銭、延滞料は一日四銭だったはず。
 体力をつける為にも琥太郎さんと一緒に、散歩がてら通うことにしましょう。
 
「土産かぁ。土産は寿司折やんなぁ」
「それは蒼一郎さんが飲みにいらした時のお土産でしょう?」
「まんじゅうとか、団子もあるよな」

「せや、花見団子を買い損ねた」と腕を組んで呟く蒼一郎さん。どうしてお土産が食べもの限定なんですか。
 確かにおいしいですけれど。

 琥太郎さんがお土産というものを、自分なりに説明すると、欧之丞さんはまじまじと花びらの集まりと琥太郎さんの顔とを交互に見つめました。

「おみやげ。おきよにもらったこと、ある。きょうとの、すっぱいおつけもの」
「それ。それのこと、すっぱいおつけものは、ぼくしらんけど」

「すぐきやろか。えらい渋いもんを子どもの土産にするんやな。お清さんは」

 蒼一郎さんは首を傾げました。確かに奉公先の幼児へのお土産としては、かなり珍しいです。

 すぐきは、酢茎とも書くくらい、酸っぱいお漬物で、京都以外では食べることも少ないようです。
 わたしも何度かいただいたことがありますが。発酵した独特の酸っぱさが、体にいいと言われても、なかなか。

「甘いものが苦手な子かもしれませんね」
「ああ、なるほど」

 結局、桜のお土産に納得した欧之丞さんは、ぺこりと頭を下げて琥太郎さんに「ありがとう」と伝えました。

 わたしと蒼一郎さんの間で、琥太郎さんが双方と手をつないでの帰り道。何度も何度も、欧之丞さんの家をふり返っていました。
 お母さんの帰りを待っているのでしょうか。彼は大事そうに桜をてのひらに包んで、門の前に座っているのです。
 捨てられたことを知らず、いつまでも飼い主を待つ子犬のように。

「あのこのいえ、さくらがさいとうのに。おみやげ、さくらでよかったんかなぁ」と、不安そうに琥太郎さんが呟きました。
 春の夕風に、その微かな声はちぎれて飛んでゆきます。

「琥太郎さんがくれる桜だから、嬉しいんですよ」
「ほんまに?」
「ええ」
「よかったぁ」

 琥太郎さんの満面の笑顔を見て、あの坊やにもこんな風に笑える日が来ることを、わたしは切に願いました。
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