24 / 56
五章
1、京香
しおりを挟む
梅雨が明け、緑濃い木々の向こうに藍色の空が見える。
入道雲はまばゆいほどに白く、螢は目を細めた。
さすがに長袖のセーラー服では暑い。この季節は、何年も前に街で買った白い袖なしのワンピースを着ている。
「螢。遠くに行くのではないぞ」
「はいはい」
光魚の件があってから、空蝉は常に螢を目の届く位置におきたがる。
「あ、でも。今から魚を釣ってくるわ」
「遠くに行かないと言ったばかりではないか」
「そこの川に行くだけよ」
「分かった。私も行く」
螢は肩をすくめた。
光魚が見た目と違い危険なことも知ったし、足元も見えない夜に出歩くこともないのだから。そんなに心配しなくてもいいのに。
そう考えて、思わずふきだした。
「なんだ?」
「ううん。疫神でも、人の親みたいに過保護になるんだなって、思って」
「過保護……というのか? 私はただ不安なだけなのだが」
「問題ないって」
「よくない予感がするのだ」
空蝉は確かに福をもたらす神ではない。だが、人がいうように、災いを好む神でもない。
その疫神が感じる「よくない」とは、どういうことなのだろう。
「そなたのことかもしれんし、私のことかもしれん」
螢の疑問を察したのか、空蝉が先回りして答える。
しょうがないから、二人して魚釣りに行くことにした。
渓流の岩に座り、のんびりと釣り糸を垂れる。空蝉は、それでも螢の横に寄り添って腰を下ろしていた。
「狭いよ」
「この岩が小さいのだ」
「いや、そんなことないって。もっと離れてよ」
「無理だな。それに私は冷たいから、ちょうど涼しくてよいはずだ。下界にある扇風機というものより、便利であろう?」
「扇風機と張り合って、どうするのよ」
ふふ、と螢は笑った。
今の空蝉は、まるで飼い主を追いかける犬みたいだ。まぁ、そんなことを口にしたら、怒られるから言わないけど。
昔は、もっと怖かったんだけどなぁ。
慣れたのかもしれない。
でも、やはり空蝉は人ではない。体温もなければ、照れて頬を赤くすることもない。
「螢さん。あなた、螢さんね」
突然呼びかけられて、螢は釣竿を落としてしまった。
ぽちゃん、と間抜けな音を立てて、竿は水に吸い込まれた。
ふり返ると、そこには女の人が立っていた。
明るい茶色の髪に、ひらひらしたフリルがついたブラウスと、大きなリボンでウェストを結ぶスカートをはいている。
「誰? 知ってる?」
「私に人間の知り合いがいるはずなかろう」
それもそうか。螢は眉根を寄せて、いきなり現れた女性を見つめた。
「ああ、ごめんなさい。この恰好じゃ分からないわね。私は武東京香。以前、お会いしましたよね」
「武東って、春見の?」
思い出した。春見と結婚した……花嫁だ。
入道雲はまばゆいほどに白く、螢は目を細めた。
さすがに長袖のセーラー服では暑い。この季節は、何年も前に街で買った白い袖なしのワンピースを着ている。
「螢。遠くに行くのではないぞ」
「はいはい」
光魚の件があってから、空蝉は常に螢を目の届く位置におきたがる。
「あ、でも。今から魚を釣ってくるわ」
「遠くに行かないと言ったばかりではないか」
「そこの川に行くだけよ」
「分かった。私も行く」
螢は肩をすくめた。
光魚が見た目と違い危険なことも知ったし、足元も見えない夜に出歩くこともないのだから。そんなに心配しなくてもいいのに。
そう考えて、思わずふきだした。
「なんだ?」
「ううん。疫神でも、人の親みたいに過保護になるんだなって、思って」
「過保護……というのか? 私はただ不安なだけなのだが」
「問題ないって」
「よくない予感がするのだ」
空蝉は確かに福をもたらす神ではない。だが、人がいうように、災いを好む神でもない。
その疫神が感じる「よくない」とは、どういうことなのだろう。
「そなたのことかもしれんし、私のことかもしれん」
螢の疑問を察したのか、空蝉が先回りして答える。
しょうがないから、二人して魚釣りに行くことにした。
渓流の岩に座り、のんびりと釣り糸を垂れる。空蝉は、それでも螢の横に寄り添って腰を下ろしていた。
「狭いよ」
「この岩が小さいのだ」
「いや、そんなことないって。もっと離れてよ」
「無理だな。それに私は冷たいから、ちょうど涼しくてよいはずだ。下界にある扇風機というものより、便利であろう?」
「扇風機と張り合って、どうするのよ」
ふふ、と螢は笑った。
今の空蝉は、まるで飼い主を追いかける犬みたいだ。まぁ、そんなことを口にしたら、怒られるから言わないけど。
昔は、もっと怖かったんだけどなぁ。
慣れたのかもしれない。
でも、やはり空蝉は人ではない。体温もなければ、照れて頬を赤くすることもない。
「螢さん。あなた、螢さんね」
突然呼びかけられて、螢は釣竿を落としてしまった。
ぽちゃん、と間抜けな音を立てて、竿は水に吸い込まれた。
ふり返ると、そこには女の人が立っていた。
明るい茶色の髪に、ひらひらしたフリルがついたブラウスと、大きなリボンでウェストを結ぶスカートをはいている。
「誰? 知ってる?」
「私に人間の知り合いがいるはずなかろう」
それもそうか。螢は眉根を寄せて、いきなり現れた女性を見つめた。
「ああ、ごめんなさい。この恰好じゃ分からないわね。私は武東京香。以前、お会いしましたよね」
「武東って、春見の?」
思い出した。春見と結婚した……花嫁だ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
298
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる