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五章

1、京香

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 梅雨が明け、緑濃い木々の向こうに藍色の空が見える。
 入道雲はまばゆいほどに白く、螢は目を細めた。

 さすがに長袖のセーラー服では暑い。この季節は、何年も前に街で買った白い袖なしのワンピースを着ている。

「螢。遠くに行くのではないぞ」
「はいはい」

 光魚ひかりうおの件があってから、空蝉は常に螢を目の届く位置におきたがる。

「あ、でも。今から魚を釣ってくるわ」
「遠くに行かないと言ったばかりではないか」
「そこの川に行くだけよ」
「分かった。私も行く」

 螢は肩をすくめた。
 光魚が見た目と違い危険なことも知ったし、足元も見えない夜に出歩くこともないのだから。そんなに心配しなくてもいいのに。
 そう考えて、思わずふきだした。

「なんだ?」
「ううん。疫神でも、人の親みたいに過保護になるんだなって、思って」
「過保護……というのか? 私はただ不安なだけなのだが」

「問題ないって」
「よくない予感がするのだ」

 空蝉は確かに福をもたらす神ではない。だが、人がいうように、災いを好む神でもない。
 その疫神が感じる「よくない」とは、どういうことなのだろう。

「そなたのことかもしれんし、私のことかもしれん」

 螢の疑問を察したのか、空蝉が先回りして答える。
 しょうがないから、二人して魚釣りに行くことにした。

 渓流の岩に座り、のんびりと釣り糸を垂れる。空蝉は、それでも螢の横に寄り添って腰を下ろしていた。

「狭いよ」
「この岩が小さいのだ」
「いや、そんなことないって。もっと離れてよ」

「無理だな。それに私は冷たいから、ちょうど涼しくてよいはずだ。下界にある扇風機というものより、便利であろう?」
「扇風機と張り合って、どうするのよ」

 ふふ、と螢は笑った。

 今の空蝉は、まるで飼い主を追いかける犬みたいだ。まぁ、そんなことを口にしたら、怒られるから言わないけど。
 昔は、もっと怖かったんだけどなぁ。
 慣れたのかもしれない。
 
 でも、やはり空蝉は人ではない。体温もなければ、照れて頬を赤くすることもない。 

「螢さん。あなた、螢さんね」

 突然呼びかけられて、螢は釣竿を落としてしまった。
 ぽちゃん、と間抜けな音を立てて、竿は水に吸い込まれた。

 ふり返ると、そこには女の人が立っていた。
 明るい茶色の髪に、ひらひらしたフリルがついたブラウスと、大きなリボンでウェストを結ぶスカートをはいている。

「誰? 知ってる?」
「私に人間の知り合いがいるはずなかろう」

 それもそうか。螢は眉根を寄せて、いきなり現れた女性を見つめた。

「ああ、ごめんなさい。この恰好じゃ分からないわね。私は武東むとう京香きょうか。以前、お会いしましたよね」
「武東って、春見の?」

 思い出した。春見と結婚した……花嫁だ。
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