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三章
18、おはよう【1】
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なんか、狭い。
ぼく、また欧之丞の布団にもぐりこんだんやろか。
せや、欧之丞が起きる前に抜け出さんと。「こたにいのせいで体がいたいー」とか文句言われるもんな。
証拠を残さんかったら、ぼくのせいって分からへんはずや。
そう思って瞼を開くと、目の前に父さんの顔があった。
うっ。間近で見ると迫力あるなぁ。鼻も高いし、なんかがっしりしとうし。口なんか母さんよりもよっぽど大きい。
えー、ぼくも父さんみたいになるんかなぁ。母さん似のままでええんやけど。
父さんの腕の中からもそもそと抜け出して、ぼくは畳に座った。
どうやら一晩、抱きしめられとったみたいや。体の自由が効かへんかったらしくて、肩とか肘とかなんか痛い。
解放されてほっと息をつくと、まだ早朝やいうのに外は眩しかった。
せや、この時間やったら朝顔も綺麗に咲いとうはずや。
ぼくは寝間着のまま、縁側から庭へと下りた。
残念ながら自分の草履はない。しゃあないから、大きすぎる父さんの草履をはいて庭を歩く。
ぺったぺった、ずりずりと、間抜けた音を立てながら朝顔の鉢へと進む。
うう、かっこ悪いなぁ。ぼくらしくもない。
けど、そんなんも忘れるくらいに、庭には朝顔が咲き誇っとった。
「うわぁ、ええなぁ。やっぱり咲きたては違うなぁ」
庭の砂利の上にしゃがみこんで、じーっと朝顔を見つめる。
薄い花びらに朝露がのって、すごい綺麗や。
絞りっていうんかなぁ。赤紫の中に白い色が混じってるのが目を引く。それに吸い込まれそうな青い朝顔もある。
「こんなに綺麗やのに、なんですぐにしぼんでしまうんやろ。もったいないなぁ」
「それはね、朝顔の花は薄いからですよ」
突然背後から声が聞こえて、ぼくはぎょっとして振り返った。
ちょうどぼくの後ろに母さんが立っとった。
もう綿紗の寝間着やのうて、ゆかたに着替えとう。
「あれ? 欧之丞は?」
「もう起きて、烏瓜に夢中ですよ」
ふふっと微笑みながら母さんが、ぼくらの部屋を指し示す。
確かに縁側のその奥で、欧之丞が橙色の烏瓜を持った両手を掲げとう。
「琥太郎さんが烏瓜を並べてあげたのね」
「う、うん。起きたら喜ぶかなと思て」
「ええ、わたしも欧之丞さんの歓声で目が覚めましたよ」
ふふっ、と母さんが嬉しそうに微笑んだ。
「琥太郎さんは優しいのね」
「え、だってお兄ちゃんやもん。そんなん普通やし」
「その普通が難しいんですよ。だから琥太郎さんは優しいの」
父さんに褒められると、もぞもぞするんやけど。
母さんに褒められると、素直にうれしい。
でも「わーい」なんて声を上げたら子どもっぽいから、ぼくは両手で顔をおおって、うれしい顔を隠した。
たぶん、これを照れてるっていうんや。
「そうそう。朝顔はね、花が薄いんですよ」
母さんが話を逸らしてくれた。
こういうところが、父さんと違うんや。
「薄い分、日差しが当たると中の水分が蒸発するの。だからお昼までに萎れてしまうのね」
「へぇ、そうなん」
ぼくは顔から手を外した。周囲が白くて、中がつつじ色の朝顔に指を触れてみる。
まるで薄布みたいな柔らかさや。
「ハマヒルガオは、おんなじような形やけど、昼間でも元気に咲いとうもんな」
「儚いからこそ、愛おしいのかしら」
指先に朝露を載せた母さんが、ぽつりと呟く。
せやからぼくは、母さんの浴衣の袖をきゅっと掴んだ。
なんか、朝の光に母さんが消えてしまいそうやったから。
「大丈夫ですよ」
そう言って母さんは微笑むと、たおやかな手がぼくの頭を撫でてくれた。
ぼく、また欧之丞の布団にもぐりこんだんやろか。
せや、欧之丞が起きる前に抜け出さんと。「こたにいのせいで体がいたいー」とか文句言われるもんな。
証拠を残さんかったら、ぼくのせいって分からへんはずや。
そう思って瞼を開くと、目の前に父さんの顔があった。
うっ。間近で見ると迫力あるなぁ。鼻も高いし、なんかがっしりしとうし。口なんか母さんよりもよっぽど大きい。
えー、ぼくも父さんみたいになるんかなぁ。母さん似のままでええんやけど。
父さんの腕の中からもそもそと抜け出して、ぼくは畳に座った。
どうやら一晩、抱きしめられとったみたいや。体の自由が効かへんかったらしくて、肩とか肘とかなんか痛い。
解放されてほっと息をつくと、まだ早朝やいうのに外は眩しかった。
せや、この時間やったら朝顔も綺麗に咲いとうはずや。
ぼくは寝間着のまま、縁側から庭へと下りた。
残念ながら自分の草履はない。しゃあないから、大きすぎる父さんの草履をはいて庭を歩く。
ぺったぺった、ずりずりと、間抜けた音を立てながら朝顔の鉢へと進む。
うう、かっこ悪いなぁ。ぼくらしくもない。
けど、そんなんも忘れるくらいに、庭には朝顔が咲き誇っとった。
「うわぁ、ええなぁ。やっぱり咲きたては違うなぁ」
庭の砂利の上にしゃがみこんで、じーっと朝顔を見つめる。
薄い花びらに朝露がのって、すごい綺麗や。
絞りっていうんかなぁ。赤紫の中に白い色が混じってるのが目を引く。それに吸い込まれそうな青い朝顔もある。
「こんなに綺麗やのに、なんですぐにしぼんでしまうんやろ。もったいないなぁ」
「それはね、朝顔の花は薄いからですよ」
突然背後から声が聞こえて、ぼくはぎょっとして振り返った。
ちょうどぼくの後ろに母さんが立っとった。
もう綿紗の寝間着やのうて、ゆかたに着替えとう。
「あれ? 欧之丞は?」
「もう起きて、烏瓜に夢中ですよ」
ふふっと微笑みながら母さんが、ぼくらの部屋を指し示す。
確かに縁側のその奥で、欧之丞が橙色の烏瓜を持った両手を掲げとう。
「琥太郎さんが烏瓜を並べてあげたのね」
「う、うん。起きたら喜ぶかなと思て」
「ええ、わたしも欧之丞さんの歓声で目が覚めましたよ」
ふふっ、と母さんが嬉しそうに微笑んだ。
「琥太郎さんは優しいのね」
「え、だってお兄ちゃんやもん。そんなん普通やし」
「その普通が難しいんですよ。だから琥太郎さんは優しいの」
父さんに褒められると、もぞもぞするんやけど。
母さんに褒められると、素直にうれしい。
でも「わーい」なんて声を上げたら子どもっぽいから、ぼくは両手で顔をおおって、うれしい顔を隠した。
たぶん、これを照れてるっていうんや。
「そうそう。朝顔はね、花が薄いんですよ」
母さんが話を逸らしてくれた。
こういうところが、父さんと違うんや。
「薄い分、日差しが当たると中の水分が蒸発するの。だからお昼までに萎れてしまうのね」
「へぇ、そうなん」
ぼくは顔から手を外した。周囲が白くて、中がつつじ色の朝顔に指を触れてみる。
まるで薄布みたいな柔らかさや。
「ハマヒルガオは、おんなじような形やけど、昼間でも元気に咲いとうもんな」
「儚いからこそ、愛おしいのかしら」
指先に朝露を載せた母さんが、ぽつりと呟く。
せやからぼくは、母さんの浴衣の袖をきゅっと掴んだ。
なんか、朝の光に母さんが消えてしまいそうやったから。
「大丈夫ですよ」
そう言って母さんは微笑むと、たおやかな手がぼくの頭を撫でてくれた。
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