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四章
19、深夜の庭
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まぁ、ぼくはお兄ちゃんやから、別にわくわくして寝られへんってことはないし。欧之丞なんか、きっと飴ちゃんを袋から取り出して、目をきらきらさせて眺めとうと思うけど。
そう思って、横を向いたら。
欧之丞はとっくに眠り込んどった。
なんでや……って。あ、そうか。今日は歩き回って緊張して、疲れたもんな。
欧之丞の静かな寝息を聞いとったら、自分だけが起きてるのが、うれしがっとうみたいに思えてきた。
ぼくはそーっと夏布団を抜け出して、歩き出す。
「待っとってな」と、朝顔の飴に声をかけて。
不思議やと思うんやけど。他の地域から来た人は、飴に「ちゃん」もつけへんし。物を人間扱いすることもあらへん。
たまに父さんに「この子、持っといて」と言われて、渡されたのが
洋傘やったりするから。
なんでやねん、って突っ込みたくなるけど。だぁれも気にせぇへん。
けど、ぼくも飴ちゃんに声をかける点で、一緒かな?
障子をかたっと開けて、それから縁側から庭へと下りた。
草履は、ちょっと夜露で湿ってる。
うわ、この濡れた足で布団に戻るんいややなぁ。手拭い、あったっけ。
月明りに照らされた庭は静かで、夜風にそよそよと揺れる草の上を音もなく珠みたいな露が流れて落ちていく。
石燈籠の根の部分は苔むして、そこにも夜露が降りてるのか、湿っぽい匂いがした。
こんなに晴れてんのに、不思議やなぁ。
暗さにも目が慣れて、ぼくはつまずくこともなく朝顔の鉢へと進んだ。
くるりと先端が巻いた朝顔の蔓の先にも、やっぱり夜露は降りてて。朝になれば開きそうなふっくらとしたつぼみは、柔らかくて薄い布でできてるみたいや。
いっそ朝までこうやって、朝顔が開くのを見ときたいなぁ。
しゃがみこんで、空を見上げたけど。朝になるまで何時間あるんやろ。皆が起きてくる前に戻ったら、ばれへんよなぁ、大丈夫やんなぁ。
◇◇◇
子どもらはもうとっくに寝とうし、絲さんも疲れたから眠ってしもとうやろ。
まだ夜の十時を過ぎたところやから、組長の俺が寝るには早いんやけど。
風呂上がりの俺は、庭を眺めながら母屋への短い渡り廊下を歩いとった。
ん? 庭になんかおる? 猫かな。朝顔のつぼみを眺めとう。
いやー、近頃の猫は風流なんやな。
絲さんがまだ起きとったら、教えてあげたいとこやけど。
そう思いつつ目を凝らして見たら、猫やのうて我が子やった。
え? 子どもが起きててええ時間とちゃうやろ。
声をかけようかと思たけど。なんか真剣な様子で微動だにせぇへんから、俺は結局庭には降りんかった。
さすがに夜更けやからな。すぐに部屋に戻るやろと考えたのに。琥太郎は、やっぱりぴくりとも動かへん。
と思ったら……突然、こくりと息子の首が動いた。
え? まさか。庭でしゃがみこんだまま寝てもたん?
おいおい。琥太郎ってもっと繊細やなかったん?
もう、しゃあないなぁ。
俺は草履をはいて、庭に降りた。
足音を立てんように、そーっと歩くと草に降りた夜露が足を濡らす。
静かに、息をひそめて琥太郎を覗きこむ。
うん、よう寝とう。くかー、って感じや。しかし、体の均衡はすごいな。普通、ころんて転ぶやろ。
まだ軽い体を持ち上げて、そのまま縁側から息子らの部屋に入る。
もしかして君は、朝まで庭に居るつもりやったんかな? その年齢で、徹夜できると考えてたんかな?
それは自分を買いかぶりすぎやで。しっかりしとうゆうても、まだまだ小さい子どもなんやからな。
二つ並んだ布団。その片方には、欧之丞が紙に包んだ飴を枕元に置いて寝とう。絲さんが作ってあげた包みからは、棒が覗いとって。小さい手でしっかりと握りしめとんや。
琥太郎の飴も、ちゃんと枕の側に置いてある。そうそう、子どもやもんな。
俺は、自然と笑みがこぼれた。
そう思って、横を向いたら。
欧之丞はとっくに眠り込んどった。
なんでや……って。あ、そうか。今日は歩き回って緊張して、疲れたもんな。
欧之丞の静かな寝息を聞いとったら、自分だけが起きてるのが、うれしがっとうみたいに思えてきた。
ぼくはそーっと夏布団を抜け出して、歩き出す。
「待っとってな」と、朝顔の飴に声をかけて。
不思議やと思うんやけど。他の地域から来た人は、飴に「ちゃん」もつけへんし。物を人間扱いすることもあらへん。
たまに父さんに「この子、持っといて」と言われて、渡されたのが
洋傘やったりするから。
なんでやねん、って突っ込みたくなるけど。だぁれも気にせぇへん。
けど、ぼくも飴ちゃんに声をかける点で、一緒かな?
障子をかたっと開けて、それから縁側から庭へと下りた。
草履は、ちょっと夜露で湿ってる。
うわ、この濡れた足で布団に戻るんいややなぁ。手拭い、あったっけ。
月明りに照らされた庭は静かで、夜風にそよそよと揺れる草の上を音もなく珠みたいな露が流れて落ちていく。
石燈籠の根の部分は苔むして、そこにも夜露が降りてるのか、湿っぽい匂いがした。
こんなに晴れてんのに、不思議やなぁ。
暗さにも目が慣れて、ぼくはつまずくこともなく朝顔の鉢へと進んだ。
くるりと先端が巻いた朝顔の蔓の先にも、やっぱり夜露は降りてて。朝になれば開きそうなふっくらとしたつぼみは、柔らかくて薄い布でできてるみたいや。
いっそ朝までこうやって、朝顔が開くのを見ときたいなぁ。
しゃがみこんで、空を見上げたけど。朝になるまで何時間あるんやろ。皆が起きてくる前に戻ったら、ばれへんよなぁ、大丈夫やんなぁ。
◇◇◇
子どもらはもうとっくに寝とうし、絲さんも疲れたから眠ってしもとうやろ。
まだ夜の十時を過ぎたところやから、組長の俺が寝るには早いんやけど。
風呂上がりの俺は、庭を眺めながら母屋への短い渡り廊下を歩いとった。
ん? 庭になんかおる? 猫かな。朝顔のつぼみを眺めとう。
いやー、近頃の猫は風流なんやな。
絲さんがまだ起きとったら、教えてあげたいとこやけど。
そう思いつつ目を凝らして見たら、猫やのうて我が子やった。
え? 子どもが起きててええ時間とちゃうやろ。
声をかけようかと思たけど。なんか真剣な様子で微動だにせぇへんから、俺は結局庭には降りんかった。
さすがに夜更けやからな。すぐに部屋に戻るやろと考えたのに。琥太郎は、やっぱりぴくりとも動かへん。
と思ったら……突然、こくりと息子の首が動いた。
え? まさか。庭でしゃがみこんだまま寝てもたん?
おいおい。琥太郎ってもっと繊細やなかったん?
もう、しゃあないなぁ。
俺は草履をはいて、庭に降りた。
足音を立てんように、そーっと歩くと草に降りた夜露が足を濡らす。
静かに、息をひそめて琥太郎を覗きこむ。
うん、よう寝とう。くかー、って感じや。しかし、体の均衡はすごいな。普通、ころんて転ぶやろ。
まだ軽い体を持ち上げて、そのまま縁側から息子らの部屋に入る。
もしかして君は、朝まで庭に居るつもりやったんかな? その年齢で、徹夜できると考えてたんかな?
それは自分を買いかぶりすぎやで。しっかりしとうゆうても、まだまだ小さい子どもなんやからな。
二つ並んだ布団。その片方には、欧之丞が紙に包んだ飴を枕元に置いて寝とう。絲さんが作ってあげた包みからは、棒が覗いとって。小さい手でしっかりと握りしめとんや。
琥太郎の飴も、ちゃんと枕の側に置いてある。そうそう、子どもやもんな。
俺は、自然と笑みがこぼれた。
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