【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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一章

7、お見合い話 ※文子視点

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 翠子さんと高瀬先生は別荘に行ってしまって。本来なら、わたしもうちが持っている浜辺の別荘に行く予定だったんだけど。

 両親とわたしは居間に集まって、神妙な顔でソファーに座っているの。大学生のお兄さんなんて、腕を組んでまるで渋柿でも食べたかのような顔をしているわ。

「で、文子はどうするつもりなんだ?」

 そう切り出したのはお兄さんだった。ばあやが入れてくれたコーヒーを、これまた苦そうな顔で飲んでいる。
 わたしは砂糖を匙に一杯、また一杯、そして三杯目。さらに四杯目と入れて(この時は自分じゃ気づいてなかったけど)かき混ぜても砂糖がとけ残ることに疑問を感じていたのよ。

 ソファーに座るわたしたち家族の前に、でーんと置かれているのは釣り書きの入った封筒。
 居間のテーブルは低くて小さめなのに、その存在感たるや。壁に飾られたヨットを描いた油彩画よりも大きく見えたわ。

「ぼくは反対だな。三條組って、土建屋だと思っていたけど。そうじゃないんだろ」
「そ……そうだけど。悪い人じゃないわ……多分」
「はぁ? 極道だろ」

 今にも消え入りそうな声で反論するわたしは、まるで翠子さんが乗り移ってしまったみたい。
 お兄さんの大きな声に、わたしは身を小さくするしかないの。

「妹を極道の嫁になんかやれるかよ」

 顔を真っ赤にして怒るお兄さんを見るのは初めて。でも、言い分は分かる。極道ならいつ抗争があってもおかしくないし、呑気なお嫁さんってわけにはいかないだろうし。

 断った方がいいのよね。
 わたしは封筒を開いて、釣り書きを取りだした。そこには三條琥太郎さんじょうこたろうさんの略歴が書いてある。
 いつ生まれたとか、両親は誰とか、学歴とか、いろいろ。

「どうして極道が、大学なんて出てるんだ。いっそ軍の学校の方が、ドンパチに向いてるんじゃないのか?」
「そうねぇ。でも三條さんっていうと、古くからこの辺りを守ってくれているっておじいちゃんが言っていたわ」

 お母さんが頬に手を当てながら、天井を見上げつつ意見した。お父さんも「確かに」と頷いている。

「警察も役所もあてにならない時は、三條さんに頼れと言われているしな。三條組があるから、他の極道がこの街に入ってこないとは聞いている」
「そうねぇ。三條さんは素人を泣かさないって聞くわ」

 極道って喧嘩とか脅迫とか、お金を巻き上げたりとか、そういうのだと思っていたけど。
 まぁ確かに暴力沙汰ばかりだったら、高瀬先生が友だちでいるはずもないわよね。

「はぁ? どうして文学部なんだよ。頭おかしいんじゃないのか?」
「まぁ、法学を学んでいるお兄さんの方が、ヤクザには向いているかもしれないわね」
「俺は堅気だ。失礼なことを言うな」

 頬をむにーっとつねられて、わたしは顔が斜めに上がってしまった。

「いた、痛いって」

 お兄さんは昔から横暴だし、怖いし。
 だからわたしは怖がりになってしまったのよ。もう、分かっているの?
 そんなことじゃ、お兄さんにお嫁さんなんて夢のまた夢なんだからね。

「おや。まだ何か入っているぞ」

 釣り書きを取りだした後の封筒を、お父さんが逆さにした。
 すると中から、ひらりと一枚の紙片がテーブルに落ちてきたの。

――かささぎのはしわたりたるけぐるまに ひとひらのはねつまにささげん

 笹の葉の描かれた紙に、すらりと端正な毛筆でしたためられた文字。

「これは何かしら?」
「暗号なんじゃないか? ほら、文字を並び替えたり、規則性を見つけたりするんだ」

 お父さん、翠子さんと同じことを言わないで。
 みそひともじの恋文をもらったことのあるわたしには、これが短歌であることは分かるんだけど。

 高瀬先生ーっ。解説してください。
 先生がいないと、何のことだかさっぱり分かりませんよ。

 ああ、もう。先生が家にいるのなら、今からでも尋ねに行くっていうのに。別荘ってどこだったかしら。確か翠子さんに場所を教えてもらっていたような。

「かささぎって、鳥のかささぎのことか。かささぎの端、いや橋か。どこかで聞いたことがあるな」

 おお、お兄さんが分からないながらも解読を試みはじめたわ。さすが学部は違えど文系ね。

「文子。この一文を写させてもらうぞ。学友に訊いてみる」
「え、待って。そんなことしないでよ」
「なぜだ? 謎を解くなら早い方がいいだろ」

 無理よ。だって、恋文を短歌に託すような人なのよ。これだって深い意味があるかもしれないじゃない。
 そんなの見ず知らずの他人に解読されたら、わたしが困るのよ。

「そういうのに詳しい人を知っているの。電報で尋ねるからいいわ」
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