8 / 194
一章
7、お見合い話 ※文子視点
しおりを挟む
翠子さんと高瀬先生は別荘に行ってしまって。本来なら、わたしもうちが持っている浜辺の別荘に行く予定だったんだけど。
両親とわたしは居間に集まって、神妙な顔でソファーに座っているの。大学生のお兄さんなんて、腕を組んでまるで渋柿でも食べたかのような顔をしているわ。
「で、文子はどうするつもりなんだ?」
そう切り出したのはお兄さんだった。ばあやが入れてくれたコーヒーを、これまた苦そうな顔で飲んでいる。
わたしは砂糖を匙に一杯、また一杯、そして三杯目。さらに四杯目と入れて(この時は自分じゃ気づいてなかったけど)かき混ぜても砂糖がとけ残ることに疑問を感じていたのよ。
ソファーに座るわたしたち家族の前に、でーんと置かれているのは釣り書きの入った封筒。
居間のテーブルは低くて小さめなのに、その存在感たるや。壁に飾られたヨットを描いた油彩画よりも大きく見えたわ。
「ぼくは反対だな。三條組って、土建屋だと思っていたけど。そうじゃないんだろ」
「そ……そうだけど。悪い人じゃないわ……多分」
「はぁ? 極道だろ」
今にも消え入りそうな声で反論するわたしは、まるで翠子さんが乗り移ってしまったみたい。
お兄さんの大きな声に、わたしは身を小さくするしかないの。
「妹を極道の嫁になんかやれるかよ」
顔を真っ赤にして怒るお兄さんを見るのは初めて。でも、言い分は分かる。極道ならいつ抗争があってもおかしくないし、呑気なお嫁さんってわけにはいかないだろうし。
断った方がいいのよね。
わたしは封筒を開いて、釣り書きを取りだした。そこには三條琥太郎さんの略歴が書いてある。
いつ生まれたとか、両親は誰とか、学歴とか、いろいろ。
「どうして極道が、大学なんて出てるんだ。いっそ軍の学校の方が、ドンパチに向いてるんじゃないのか?」
「そうねぇ。でも三條さんっていうと、古くからこの辺りを守ってくれているっておじいちゃんが言っていたわ」
お母さんが頬に手を当てながら、天井を見上げつつ意見した。お父さんも「確かに」と頷いている。
「警察も役所もあてにならない時は、三條さんに頼れと言われているしな。三條組があるから、他の極道がこの街に入ってこないとは聞いている」
「そうねぇ。三條さんは素人を泣かさないって聞くわ」
極道って喧嘩とか脅迫とか、お金を巻き上げたりとか、そういうのだと思っていたけど。
まぁ確かに暴力沙汰ばかりだったら、高瀬先生が友だちでいるはずもないわよね。
「はぁ? どうして文学部なんだよ。頭おかしいんじゃないのか?」
「まぁ、法学を学んでいるお兄さんの方が、ヤクザには向いているかもしれないわね」
「俺は堅気だ。失礼なことを言うな」
頬をむにーっとつねられて、わたしは顔が斜めに上がってしまった。
「いた、痛いって」
お兄さんは昔から横暴だし、怖いし。
だからわたしは怖がりになってしまったのよ。もう、分かっているの?
そんなことじゃ、お兄さんにお嫁さんなんて夢のまた夢なんだからね。
「おや。まだ何か入っているぞ」
釣り書きを取りだした後の封筒を、お父さんが逆さにした。
すると中から、ひらりと一枚の紙片がテーブルに落ちてきたの。
――かささぎのはしわたりたるけぐるまに ひとひらのはねつまにささげん
笹の葉の描かれた紙に、すらりと端正な毛筆でしたためられた文字。
「これは何かしら?」
「暗号なんじゃないか? ほら、文字を並び替えたり、規則性を見つけたりするんだ」
お父さん、翠子さんと同じことを言わないで。
みそひともじの恋文をもらったことのあるわたしには、これが短歌であることは分かるんだけど。
高瀬先生ーっ。解説してください。
先生がいないと、何のことだかさっぱり分かりませんよ。
ああ、もう。先生が家にいるのなら、今からでも尋ねに行くっていうのに。別荘ってどこだったかしら。確か翠子さんに場所を教えてもらっていたような。
「かささぎって、鳥のかささぎのことか。かささぎの端、いや橋か。どこかで聞いたことがあるな」
おお、お兄さんが分からないながらも解読を試みはじめたわ。さすが学部は違えど文系ね。
「文子。この一文を写させてもらうぞ。学友に訊いてみる」
「え、待って。そんなことしないでよ」
「なぜだ? 謎を解くなら早い方がいいだろ」
無理よ。だって、恋文を短歌に託すような人なのよ。これだって深い意味があるかもしれないじゃない。
そんなの見ず知らずの他人に解読されたら、わたしが困るのよ。
「そういうのに詳しい人を知っているの。電報で尋ねるからいいわ」
両親とわたしは居間に集まって、神妙な顔でソファーに座っているの。大学生のお兄さんなんて、腕を組んでまるで渋柿でも食べたかのような顔をしているわ。
「で、文子はどうするつもりなんだ?」
そう切り出したのはお兄さんだった。ばあやが入れてくれたコーヒーを、これまた苦そうな顔で飲んでいる。
わたしは砂糖を匙に一杯、また一杯、そして三杯目。さらに四杯目と入れて(この時は自分じゃ気づいてなかったけど)かき混ぜても砂糖がとけ残ることに疑問を感じていたのよ。
ソファーに座るわたしたち家族の前に、でーんと置かれているのは釣り書きの入った封筒。
居間のテーブルは低くて小さめなのに、その存在感たるや。壁に飾られたヨットを描いた油彩画よりも大きく見えたわ。
「ぼくは反対だな。三條組って、土建屋だと思っていたけど。そうじゃないんだろ」
「そ……そうだけど。悪い人じゃないわ……多分」
「はぁ? 極道だろ」
今にも消え入りそうな声で反論するわたしは、まるで翠子さんが乗り移ってしまったみたい。
お兄さんの大きな声に、わたしは身を小さくするしかないの。
「妹を極道の嫁になんかやれるかよ」
顔を真っ赤にして怒るお兄さんを見るのは初めて。でも、言い分は分かる。極道ならいつ抗争があってもおかしくないし、呑気なお嫁さんってわけにはいかないだろうし。
断った方がいいのよね。
わたしは封筒を開いて、釣り書きを取りだした。そこには三條琥太郎さんの略歴が書いてある。
いつ生まれたとか、両親は誰とか、学歴とか、いろいろ。
「どうして極道が、大学なんて出てるんだ。いっそ軍の学校の方が、ドンパチに向いてるんじゃないのか?」
「そうねぇ。でも三條さんっていうと、古くからこの辺りを守ってくれているっておじいちゃんが言っていたわ」
お母さんが頬に手を当てながら、天井を見上げつつ意見した。お父さんも「確かに」と頷いている。
「警察も役所もあてにならない時は、三條さんに頼れと言われているしな。三條組があるから、他の極道がこの街に入ってこないとは聞いている」
「そうねぇ。三條さんは素人を泣かさないって聞くわ」
極道って喧嘩とか脅迫とか、お金を巻き上げたりとか、そういうのだと思っていたけど。
まぁ確かに暴力沙汰ばかりだったら、高瀬先生が友だちでいるはずもないわよね。
「はぁ? どうして文学部なんだよ。頭おかしいんじゃないのか?」
「まぁ、法学を学んでいるお兄さんの方が、ヤクザには向いているかもしれないわね」
「俺は堅気だ。失礼なことを言うな」
頬をむにーっとつねられて、わたしは顔が斜めに上がってしまった。
「いた、痛いって」
お兄さんは昔から横暴だし、怖いし。
だからわたしは怖がりになってしまったのよ。もう、分かっているの?
そんなことじゃ、お兄さんにお嫁さんなんて夢のまた夢なんだからね。
「おや。まだ何か入っているぞ」
釣り書きを取りだした後の封筒を、お父さんが逆さにした。
すると中から、ひらりと一枚の紙片がテーブルに落ちてきたの。
――かささぎのはしわたりたるけぐるまに ひとひらのはねつまにささげん
笹の葉の描かれた紙に、すらりと端正な毛筆でしたためられた文字。
「これは何かしら?」
「暗号なんじゃないか? ほら、文字を並び替えたり、規則性を見つけたりするんだ」
お父さん、翠子さんと同じことを言わないで。
みそひともじの恋文をもらったことのあるわたしには、これが短歌であることは分かるんだけど。
高瀬先生ーっ。解説してください。
先生がいないと、何のことだかさっぱり分かりませんよ。
ああ、もう。先生が家にいるのなら、今からでも尋ねに行くっていうのに。別荘ってどこだったかしら。確か翠子さんに場所を教えてもらっていたような。
「かささぎって、鳥のかささぎのことか。かささぎの端、いや橋か。どこかで聞いたことがあるな」
おお、お兄さんが分からないながらも解読を試みはじめたわ。さすが学部は違えど文系ね。
「文子。この一文を写させてもらうぞ。学友に訊いてみる」
「え、待って。そんなことしないでよ」
「なぜだ? 謎を解くなら早い方がいいだろ」
無理よ。だって、恋文を短歌に託すような人なのよ。これだって深い意味があるかもしれないじゃない。
そんなの見ず知らずの他人に解読されたら、わたしが困るのよ。
「そういうのに詳しい人を知っているの。電報で尋ねるからいいわ」
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる