【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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一章

8、郵便局 ※文子視点

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 翌日、わたしはさっそく郵便局へ向かったわ。
 電報局は遠いから、郵便局でお願いするのよ。
 いつもは髪を梳かすのに時間がかかるのだけど。でも今日は、そんなことに構ってられる時間なんてない。

 だけど、そういう日に限って人に会ってしまうのよ。それも重要な相手にね。

 足元はつっかけで、しかも髪の毛先ははねてるし、おしゃれには程遠いんだけど。でも日傘を差しているから、道行く人には見えないわよね。
 郵便局員さんくらいしか顔を合わせないと思うし……。というか思っていたのよ。

 白い石造りの瀟洒な建物に入り、電報の窓口へと進んだの。紙をもらって、高瀬先生に相談があるとの旨を短くまとめる。
 一文字いくらで値段が上がっていくから、短歌のことは手紙で書くにしても。その手紙を読まないままにされてしまうと困るから。手短に知らせたいんだけど。

「え、えーと。『オハナシガアリマス』?」

 これって、含みがありすぎない? まるで重大な相談みたいじゃない。というか翠子さんがこの電報を見たら、何事かと心配するわよね。

 消しゴムでその文を消し、次にわたしが鉛筆で書いたのは『ソウダンガアリマス』
 うーん。これじゃあ先生は「別荘から帰ってからな」とか考えそうだわ。

 電報って高いから、文字数が制限されてしまうんだもの。お母さんにおねだりすれば、お金は出してくれると思うけど。
 お金を出してもらうと、いろいろと詮索されそうなんだもの。

「いや、お見合いはそりゃあ家同士のことだけど。なんていうか、これまで恋文ももらったことだし、ちょっと違う気がするのよね」

 でも、だからといって三條琥太郎さんに恋心を抱いているかというと、自分でもよく分からない。
 だって相手は高瀬先生やお兄さん以上に、怖い立場の人だし。
 
 わたしは、ふと夕立の日に背広を貸してくれた人のことを思い出していた。
 内側に「三條」と小さく刺繍されたあの背広は、まだ返せていない。

 電報を出したわたしは、郵便局を出た。まだ朝だというのに日差しは強いし、海が近いこの街では、風は湿り気を帯びている。

「自分。そんな日向におったら、熱射病になるで」

 突然声を掛けられ、わたしの前の地面に濃い影が落ちた。何事かと顔を上げると、背広を貸してくれた三條さんが立っていた。
 背中で日光を受けるその姿は、写生大会で翠子さんをご自分の影に入れていた高瀬先生と重なったの。

「あ、あの」
「なんや。ちゃんと日傘もっとるやん」

「貸してみ」と言うと、三條さんはわたしから日傘を奪って開いた。そして差しかけてくれたの。その一連の所作が、とても洗練されていて。
 とても極道とは思えなかった。

「欧之丞に電報でも出したんか?」
「え、どうしてご存じなんですか?」

 ふふん、と三條さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。暑いのに、三つ揃えで着るようなベストを身に着けている。

「質問があるんやったら、本人に訊いたらええんとちゃう? ちょうど君の目の前におるんやし」
「質問って……」
「んー? 私の手紙のことやろ」

 なんで全てお見通しなの? わたしは頭が混乱した。
 
「せやけど、よっぽど急いで出てきたんやな」

 琥太郎さんの視線は、わたしの足元に落ちている。そう、適当に履いてきたつっかけに。

 やめてー、見ないでー。お願いだから。

「まぁ、本格的に暑なる前に家に帰り。それからヒントな。かささぎの橋は七夕で、毛車いうんは平安時代に入内する女御が用いた牛車のことやで」
「牛車、ですか」

「うーん。気になるんはそこか。まぁええ、今やったら自動車やな」

 ほなな、と片手を上げて三條さんは去っていった。
 しまった。背広をいつ返せばいいか尋ねればよかった。
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