【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
12 / 194
一章

11、別荘の夜【1】

しおりを挟む
 夕食後、わたしはテラスに出ました。街よりもずいぶんと涼しくて、肌寒い程です。
 大きく息を吸うと、森の香りと夜の匂いがしました。
 見上げれば、満天の星空が広がっています。
 天の川もくっきりと見えて、まるで吸い込まれていきそうな感覚です。
 わたくしは、隣に立つ旦那さまの手を握りました。街明かりがないので、ちょっぴり不安になったのです。

「まったく翠子さんは、甘えん坊だな」
「否定はしません」

 その時、奇妙な音がしました。
 低く唸るような空気を震わせる音。それが、何度か繰り返されます。

 わたくしはつないでいた手を離して、旦那さまの背中に手をまわして、ぎゅうっとしがみつきます。

「な、なんですか? これ」
「何って、フクロウの鳴き声だろ」
「……フクロウって、こんな恐ろしい声で鳴くんですか?」

 笠井の別荘は森に囲まれていましたけど。近隣にも別荘が多く、夜も明るく賑やかでしたので、フクロウはおりませんでした。
 旦那さまはわたくしのあごに手をかけて、顔を上げさせます。星明かりの下でも、その口許がにいっと歪むのが見えました。

「あれー? フクロウは森の賢者だから、素敵とか言っていなかったか?」

 なんでそんな意地悪そうに微笑むんですか?

「い、言いましたけど。鳥ですから、もっときれいな声で鳴くものだとばかり」
「猛禽だけどな」
「もう……きん」
「荒々しくて、ウサギとかを捕まえて食べる鳥の猛獣というところかな?」

 でも、フクロウは知性があって物静かで、森の賢者だと。
 まさか、エリスも捕まってしまうのですか? フクロウに食べられてしまうのですか?

 わたくしは旦那さまから離れて、屋内に向かって駆けだしました。段差につまずきよろけたわたくしの腰に、旦那さまが腕をまわして助けてくださいます。

 階段を駆け上がり、寝室の白熱灯のランプをつけます。
 エリス、エリスはどこ?

「ああ、よかった」

 お気に入りの毛布の上で、エリスは丸まって眠っていました。
 わたくしが撫でると、エリスは目を覚まして手の甲を舐めてくれました。
 ざらりとした温かくしめった舌の感触に、ほっとします。

「エリス。ここは野生の王国なのです。いつものお散歩気分で、三條邸から高瀬家までのほほんと散歩する気分でいては、いけないのですよ」

「にゃ?」と眠そうな声で鳴きながら、エリスがわたくしにしがみつきます。
 もう、呑気ですね。あなたに何かあったら、琥太郎さんに顔向けできないじゃないですか。
 わたくしは、あなたを守る義務があるのですよ。

 こんなにも真剣ですのに、エリスは満足そうにごろごろと喉を鳴らしています。猫のしつけは難しいですね。

◇◇◇

 二階の寝室に入った俺は、エリスをぎゅうっと抱きしめて床に座る翠子さんの姿を見た。
 ちょっと驚かせすぎたかな。
 この辺りのフクロウが捕食するのは、せいぜいネズミほどで、それなりに重さと大きさのある猫を捕ったりはしないと思うが。

「ほら、もう離してやりなさい。俺たちもいるから、平気だろ」

 俺は二つ並んだベッドに腰を下ろした。寝相の悪い彼女の為に、元々は離れて置いてあったベッドをくっつけたのだ。
 これなら、翠子さんを壁側に寝かせれば、寝相が悪くても転がり落ちることはないだろう。

「おいで、翠子さん」
「あ、あの」
「約束しただろう? 今夜はあなたを抱くと」

 翠子さんは胸の前で両手を組むと、戸惑いがちにうなずいた。

 腕を差し出すと、翠子さんは素直に俺に近づいた。そのまま彼女の背中にてをまわして、華奢な体を引き寄せる。
 彼女がかつて別荘地でソシアルダンスを踊らされていたと聞いたとき、心底嫌な気分になった。
 そうだ、翠子さんの体に触れていいのは、柳腰に手をまわしていいのは俺だけだ。

 ここしばらく翠子さんを抱いていない。
 だから、彼女にはまた恥じらいが戻っている。
 うつむく彼女を、俺はベッドに押し倒した。
 いつものように畳に布団ではないから、翠子さんの体が沈み込む。
 唇を重ねると、翠子さんの指が戸惑いがちに俺の腕に触れてきた。

「そんなに固く唇を閉ざしていたら、ちゃんとキスできないよ」
「……はい」

 半開きになった彼女の黒い瞳に映っている自分の表情が、あまりにも切なそうで。まったくどれほど、あなたを抱きたいんだと呆れてしまう。

◇◇◇

 旦那さまは、わたくしの頬にも耳にも唇にも、キスを降らせました。

 いつもよりも背中に当たる布団が柔らかくて。
 そういえば、笠井家ではベッドを使っておりましたけど。あの当時、旦那さまに抱かれていたわけではありませんでしたから。
 懐かしいのに初めての感覚に、戸惑ってしまいます。

 旦那さまの指が、わたくしのブラウスを脱がせます。胸元が露わになり、家にいる時よりもひんやりとした空気を、素肌が感じました。
 ですから、乾いた旦那さまのてのひらで撫でられると、暖かさが心地よいのです。

「包み込まれているみたいです」

 そう呟くと、旦那さまはわたくしの唇を人差し指で押さえました。

「今は保護者でも後見人でもないよ」
「それは、分かっているんですけど……」
「あなたに負担をかけたくないから、時間はかけない。だが、その分貪られると覚悟しなさい」

 旦那さまはボタンを外すのももどかしそうに、ご自分の開襟シャツを脱ぎ捨てました。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...