【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
172 / 194
四章

49、夜のお風呂【3】

しおりを挟む
「虫の声が聞こえますね」
「そうだな。もう秋なんだな」

 湯気の立つお風呂場でしゃべるわたくし達の声は、よく響きます。

「ちゃんと肩までつかりなさい」

 そう仰いながら、旦那さまの大きな手がわたくしの肩にお湯をかけます。
 では、わたくしもお返しを……と思ったのですが。
 突然、顔にお湯が掛かったんです。

「きゃっ」
「まったく俺の心配などいいから。温まっていなさい」

 何事? と思い濡れた顔を拭いながら瞼を開くと、旦那さまは両手を合わせて水鉄砲の形にして、わたくしめがけてお湯を飛ばしてくるんです。

「子どもっぽいことをなさらないで」
「永遠の少年と言ってほしいなぁ」
「そんな、ただの悪戯……きゃあ」

 またお湯が飛んできます。今度はおでこに命中です。垂れてくるお湯の所為で、わたくしは瞼を閉じざるを得ませんでした。
 もうっ。怒りましたよ。

「旦那さまは、すぐにそういうことをなさるんですもの。本当に子どもっぽいです。ええ、翠子から見ればお子さまです」
「はいはい、子ども子ども。それでいいから」

 わたくしは旦那さまの顔を狙ってお湯を飛ばすのですが。
 組んだ手から放たれるお湯は、あらぬ方向へ飛んでいきました。

「相変わらず方向音痴だなぁ。ほら、ちゃんと狙いを定めないと」
「狙っています」

 以前にも旦那さまにお湯を掛けられて、こうして仕返しをしたことがあるのですけれど。相変わらず上手くいきません。

 わたくしは、ふいっと横を向きました。
 どうせ頑張ったところで、揶揄われるのですもの。

「ごめん、ごめん。俺が悪かったから。ほら、いくらでもしていいから」
「どうせ届きませんもの」

 頬を膨らませていると「あのー」という遠慮がちな声が外から聞こえました。

「銀司? いるのか」
「はい。湯加減はいかがですか、薪を足しましょうか」
「ちょうどいいよ。ありがとう。うわっ」

 隙ありです。
 窓の外にいらっしゃる銀司さんに気を取られている旦那さまに、わたくしはお湯を掛けました。
 それも頭から。両手ですくったお湯を、です。

「こら、翠子さん。そういうのは反則だろ」
「いくらでもいいと仰いました」

 どうせわたくしの水鉄砲は方向音痴なんですもの。

「あのー、余計なお世話かもしれませんが。お二人で遊んでいないで、早く上がった方がいいですよ。スープが冷めてしまいますから」

 窓の外から、申し訳なさそうな銀司さんの声が聞こえます。
 えっ、もしかして。わたくしが騒いでいたのがばれてます?

 浴室の窓は高い位置にあるので、外からはお風呂場は見えないのですけど。
 でも、湯気が流れていくその先で、銀司さんが呆れた表情をなさっているのだと思うと。
 突然の羞恥に襲われて、わたくしはお風呂に頭までつかりました。

 ぱしゃん、という水音。
 うう、子どもじみた現場を見られて……ないですけど、ばれてしまいました。

「翠子さん、苦しくないかい?」
「ぶくぶくぶく」
「うん。苦しいから、早く顔を上げなさい」
「ぶくぶく」
「はいはい。あー、銀司。済まないが、君がいると翠子さんが恥ずかしがって溺れてしまいそうだ。申し訳ないが、少し離れてもらえないだろうか」

 呆れたような旦那さまの声が、くぐもって聞こえます。

「畏まりました。でも、早く上がってくださいね」

「ほら、翠子さん。もう大丈夫だから。溺れる前に顔を出しなさい」
「は、はひ」

 ざばぁ、と髪から水を滴らせながら、わたくしはようやくお湯から顔を上げました。
 こんなにも呼吸を長く止めていられるなんて、すごいです。
 自分の未知の実力を知ったかもしれません。

「うん、とりあえず顔を拭こうな。何に感動しているのかは知らんが」

 旦那さまが、手拭いでわたくしの顔を拭いてくださいました。
 滲んでいた視界が、徐々に明瞭になります。
 ええ、もちろん真っ先に瞳に映ったのは、呆れ顔の旦那さまですけれど。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...