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八章

11、過保護

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 一度深く腰を屈めたと思うと、次の瞬間にはミトラは飛び出していた。
 まるで弓から放たれた矢のように。

 肩車されたままのミーリャの悲鳴が、あっという間に小さく聞こえなくなっていく。
 二人の姿も、まっすぐな道の果てに消えてしまった。

「えーと、それでは私達も参りましょうか」

 呆然としていたラウルが、我に返って問いかけてきた。

「ミトラなら、剣闘士にも勝てそうですね」
「本当に。姉さまらしいです」

 アフタルは微笑んだ。
 また阻止するのが面倒だと、ラウルは口では言うけれど。
 アフタルの気持ちを尊重してくれるのが、とてもありがたい。

 ◇◇◇

 ミトラ達と再会したのは、闘技場の前だった。
 ミーリャは、まだミトラに肩車されたままで眠っている。

「案外、快適だったのでしょうか?」

 こんなえたにおいのする、ゴミの多い場所でよく眠れるものだとアフタルは感心した。

「そりゃそうよ。安全安心な走行を心がけたもの。しかも対向の馬車も、道を空けてくれたわよ」
「ミトラ姉さまにしては、意外ですね」

 暴走する猪のようなミトラなのに。乗り心地(という言い方はどうかと思うけれど)は、悪くないらしい。

「そんなわけ、ないでしょ!」

 いきなり、ミーリャががばっと飛び起きた。

「寝てたんじゃないのよ。気絶してたの。卒倒してたの。姫さま、あんたもこの精霊に肩車で走ってもらいなさいよ。どれくらいの恐怖か分かるから」

 ミーリャの顔は引きつっている。

「そんな危険なことは、私が許しません」

 ラウルが、腕の中にアフタルを閉じ込めた。背後から胴の部分にまわされた腕。細いけれど、逃れようとしてもアフタルは動くことができなかった。

「あんた、過保護なの?」
「過保護ですね」

 ミトラとミーリャが、揃ってラウルを見上げる。
 アフタルもつられて顔を上げると、背後に立つラウルは口を引き結んで、不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「シャールーズから預かった、大切な姫さまをお守りするのが、私の役目。たとえ味方であろうとも、危険は遠ざけるべきです」

 堅苦しいですね、ラウルは。とアフタルは、苦笑した。
 ミトラとミーリャは互いに顔を見合わせる。

「まぁ、いいわ。まずはカイって奴を捜しましょ」

 ミトラが聳え立つ闘技場を指さした。三層からなるアーチ窓が、ぐるりと石造りの建物を取り囲んでいる。

 王族専用ではなく、一般の出入り口から中へと入る。
 むっとする大気と獣のにおい。割れんばかりの歓声が聞こえてきた。
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