ワイルドアットハート

壱(いち)

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「ふっかふかーって、え?!なんで!」

飛び起きた場所は寝台の上。ふかふかのマットレス?布団?みたいな上で飛び起きた俺は夢でも見てるのかと思う。
そんなまさか、校舎の屋上から突き落とされて夢なんか見ないだろ。

「ここはどこ?」

窓のあるコンクリートの打ちっ放しみたいな建物の部屋に似た造りをしたところに寝ていたのか。自分の体を見れば制服を着ていて、取り敢えず落ち着けと自分自身に言ってみる。

胸に左手をあてて二、三回深呼吸していると寝台の近くにあるドアらしきものが開く音をさせて人が入ってきた。
人だよな?自分と変わらない二足歩行だし頭や手、足だってある。

『気がついたんですね』

ふんわりと笑みを向けてくるのは髪が腰くらいまである長さでウェーブをきかせた、目が鮮やかに青いお人形さんみたいな多分女性。
ちょー綺麗な人なんだけど、喋った言葉が分からない。
日本語、英語、フランス語、ラテン語にも当てはまらない奇抜な感じの羅列にちょっと首を傾げる。

『もしかして、言葉が分からない?』
「あー、どちらさまでしょう?」

桶かな、あれって。水を入れて布がかけられた物を持つ人に聞いてみるも可愛らしく首を傾げられた。
いやー、やっぱ言葉通じてないっぽいぞ。どうすればいいんだ。
再度、立っている人を見れば俺がいる方へ歩いてきて寝台の側にある台の上に桶みたいなのを置き。

『暫くお待ちくださいね』

俺に向かって分からない言葉で話、入ってきたところから出ていってしまった。
あー、なんかやばそうな雰囲気なのかねえ。コミュニケーションとるにも言葉が通じないとか、一番の難関だわ。
寝起きの体勢で頭を抱えてみると、なんだか外が騒がしい。あの人は入ってきた戸だかドアを開けたままどこかに行ったのか。

『聞いたことのない言葉?』
『はい。私が話している言葉も分からないようですし起き上がっていても、どこか辛そうで見ていられません』

聞こえてくる声から言葉に特徴があると分かった。日本語と英語、あと南米系の言葉が混じったような、なんか余計にこんがらがるなぁ。
声と一緒にコツコツと靴のヒールを踏み鳴らすような音も聞こえてくる。歩いてるから?

『お待ちください!まだお会いするのはっ』
『ドアが開いたままだ。余り声を張り上げると丸聞こえだぞ』

本当に人だろうかという疑念と聞いたことのない言葉、見たことのない衣服。分からないことだらけで恐怖心が増すなんて初めての体験だ。もう人ってことにしよう、違ったらあれは動物くらいな気持ちで。

お人形さんみたいな人ともう一人、銀色に青が薄く混じった色の短めな髪で彫りの深い、整った顔をし眼光鋭い男の人?が入ってきた。
めっちゃ見られてる。つか、男だよな?柔らかい雰囲気と体の線をした最初の人とは体つきが違う。鍛えてそう。

『言葉が分からないとは本当か?』
「見過ぎじゃない?どんだけジロジロ見たら気がすむの」

ちょっとイライラする。言葉が分からないからストレス感じてんのかな?

『セラ』
『はい』

俺の声を聞き、眉を顰めて表情を険しくした人は何やら喋り出す。多分、お人形さんにだろうな。ずっとこっち見てるけど。
ハラハラといった感じに俺と細マッチョを交互に見ていたお人形さんは細マッチョに話しかけられて驚くような表情になり、ここから駆け出していく。

呆気にとられて見ていると、ちょうど俺の隣くらいのところへ腰かけながら険しい表情を引っ込めた細マッチョはゆっくりとした動作で俺の前髪に手を近付け指で梳くと、今度は指先でそっと頬に触れてくる。じっとしてるのにも限界があるから、男の顔を見てしまう自分がいて嫌気がさす。
やたら整った顔は見飽きてるのになぁ。

触れてくるのが指の甲に変わって、つうっと下へ下がってくると次は唇の端から上唇に移動して指で触れてくる。

『何故、言葉が分からないか知りたいか?』

なんだろう。語りかけてくる奴の雰囲気が一気に甘くなった気がする。
目線が下にあったのを男に戻すと、髪の色と同じ色をした目と目が合う。
なんかおとぎ話に出てくる動物みたいな色してるな。めちゃくちゃ綺麗だ。

綺麗なものや可愛いものなんかは好きだ。見ていて飽きないが目の前にいるのは人間、じゃないかもしれない。怖くないと言えば嘘になる。
不安とジッと見つめてくる目から逃げるように瞼を閉じてしまうと、しばらくして唇に少しカサついたものと触れた感触がし、恐怖からゆっくりと瞼を上げていくと目の前にいた男の顔が間近にあって触れているのは唇だと理解する。

逃げるように後退しようとすると前のめりになって近付いた男に重なる唇はそのまま、こっちの項に手をまわしてから上向かせて口の中へと舌が入り込み、引っ込んでいる舌を無理矢理絡ませて動かしたかと思うと上顎のシワを舌先で擽りだす。

ゾクゾクとする感覚に堪えきれず、近くにある布みたいなのを掴む。鼻だけの息継ぎではもう息をするのも絶え絶えで目の前にあるだろう男の体を手で押すと重なりが緩んで少し離れ、呼吸を数回繰り返すと、今度は食いつくように口付けられて勢い余った俺は寝台に押し倒されて掴んでいるところがなくなり、嫌がるように足や腕を動かすと手首を掴んで寝台に縫い付けられ、脚の間には寝台に乗り上げた男の体が入り込んでくる。

接吻の上手さは自分がしてきた誰よりも男の方が上手い。癪に障るが事実だ、認めるしかない。でも、この行為に好意的になれるかって言われたら断固出来ない。
嫌だと意思表示するために首を横に振ろうとすれば顎を掴んで位置を固定されてしまい阻止されてしまう。

どんどん深みにはまって貪られる口内は、どちらのものか分からない唾液が中に溜まって飲みきれず端から一筋零れていく。接吻しているだけなのに犯されているような気がする。口の中で好き勝手動く舌。イイところを探られて的をみつけると俺の体が反応するから面白がるように攻めてきて、体に力が入らない。

「ん、ン」

角度を変えてまた舌を掬われていると、手首を掴んでいた手が離れ腕を持ち上げられて自分の首に捕まれとでもいいたいのか誘導される。
なんかもう駄目だ。気持ち良すぎてなすがままになってる自分がいる。甘ったるい声が何度か漏れ出て羞恥に浸ってる時もないほどに、この接吻に夢中なのか。

いつの間にか男の唇は離れていて、零れている唾液を舐められたところで口付けが終わったんだと分かり、ゆっくりと瞼を上げていくとドアップの顔が見えて自分の唇に触れるだけの口付けをされているんだなってぼんやり思った。

何度か瞬きして涙目になってるのか潤んだ視界で見づらい中、上にある顔を見上げると憎たらしくなるほど顔のいい男が満足げに笑っている。

「甘いな、お前の唾液は」
「・・・・・・ん?」
「こら、疑問に思っておいて目を閉じるな」

軽く頬を指で摘まれて渋々瞼を上げる。

「なんで言葉が通じてんの?」
「俺とお前の相性がいいからかもな」

なにそれ。そりゃあ、あれだけ接吻して気持ち悪さもないんだから体の相性はいいかもね。
眉を顰めて見ると、なんか満更でもない顔をされたのでこっちの目が男から目線を外して泳ぐ。

「言葉は俺と接吻することで理解出来るだけでなく喋ることが出来るようになった」

何故か分かるか?と聞かれて首を軽く横に振る。
力が入らない俺は寝台に横になったまま、男はマウントポジションにいることが疲れたのか横に寝転がって左腕を腕枕にして頭から抱き込んできて、額に接吻してきた。

「お前が俺の、唯一人の伴侶だからだ」
「笑いながら言っても説得力がない。嘘でしょ?」
「・・・・・・まぁな。案外勘がいいか。種明かしをしよう」

面白いとでもいうように笑う男の名はイシュラム。いま俺がいる国の王様。

「オウサマ?」
「そう、王様だ」

えー、なんかもう規格外な気がしてきた。

「そして、お前はこの世界から召喚された異界人だ」
「しょうかんって、召喚?えぇ、なにそれ」

訳が分からない。心許なくイシュラムの顔を見れば落ち着くように口付けられる。

「召喚呪文が古かったのか、術者が間抜けなのかは定かじゃないがお前は俺の元へと落ちてきた」
「あんたの元じゃなくてその辺じゃない?それでさっきの女の人が俺をみつけた」
「あぁ、良く分かったな」

分からない方が可笑しいだろ。運命の相手が自分の手元に落ちてきましたみたいなのやめて欲しい。

「で、俺をみつけたのは偶然なの?それとも分かっていて?」

不確かな情報だけであんなに険しい顔になるもんかな。

「後者だ」

俺の問いかけに、まるで先生が良くできましたと小さな子供を撫でるみたいに俺の頭をイシュラムは弄る。

「なんで分かったのか聞いてもいい?」
「構わん。誰もが知っていることだ。俺のところには星見という者がいる。そいつから誰かがこちらの世界に流された、流れ着く場所はこの国だと知らせがあった」

あぁ、星見って小説なんかであるあれかな?巫女さんみたいなやつ。

「そう。なんでこっちに召喚されたかは知ってるの?」

腕枕にしてる手の指で髪を梳くように弄られて擽ぐったくなり、イシュラムと向かい合うように寝返りをうって手から逃げる。

「いや、まだ分からない。いま星見や他の者が調べている最中だ」
「そっか」

厄介でしかない奴とよく一緒にいられるなって思うけど、見つけ出して拾ってくれたイシュラムやその周りの人たちじゃなければ、どんな目にあっていたか分からない。
考えたことにゾッとしていると、腕枕になっていた腕が腰へと移動してきた。

男の腰や臀部を撫でて何が楽しいのか理解に苦しむが、元いた世界でも環境は似たようなものだった。

「俺も聞きたいことがある」
「なに?」

じろっと睨んで言っても動きをやめない左手に、手を掴んで腰に固定させることをしてやめさせた。手だけ別の生き物みたいだ。

「お前の名を教えて欲しい」
「あぁ、名前ね。俺は三井紘貴」
「ミツイ?」
「名は紘貴、姓は三井」
「コウキ」

そういえば名のってもいなかった。言い辛いのか何度か口にする名に苦笑する。

「オウサマ、コウキが言い辛いならコーキでもいいよ」
「いや、言い辛い訳じゃない」
「そう?」

長ったらしいイシュラムの名前は後半から既にうろ覚えで感心して見てしまう。

「紘貴」
「ん?なーに」

やっとまともに呼ばれた名に応えるとイシュラムは額を合わせてきて、微笑む。

「イシュラム、ストップ!」
「すと・・・なんだ?」

あーストップの意味分かんないよね。ま、動きは止まったのでヨシとしよう。

「オウサマなら畏まった言葉で接しないと不刑罪で打ち首になったりする?」
「それなりに罰はあるが打ち首になることはない」

それがどうしたと耳元を擽る声に、俺はじゃあ暮らしたり働いたりするのは城下だよなぁと間の抜けたことを声に出して言う。

「何を、言っている」
「ん?もしこの国にいることになるなら城下に行って家をみつけたり、働くところをみつけなきゃなって」

元いた世界に戻れる手段なんて俺にはないし、戻っても死んで葬式後だったりしそう。だったら戻るよりもここで衣食住を手に入れれば生きていられる。
呆けるイシュラムになんだか考えてることが楽しくなって笑みを向けると、初め同様に人の上に乗っかってくるから最悪だ。

「ちょっと、重いっ」
「何故そんなことを言い出すんだ!」
「は、あ。何怒ってんの?オウサマに手を借りてお城に住んだとしても畏まった言葉なんて慣れてないから、はぁ、もっ、体重かけんなって!城下に下りようって話だよ」

べしっと言い終わらないうちに頭を叩いて、苦しいからやめろと言ってやると幾らか楽になった。ああ、オウサマなのに叩いちゃったんだけど今のカウントされるのか?自分の行動の軽さに自己嫌悪。罰ってどんなことするんだろ。

そんなことを考えて無防備になっている隙に腕を掴まれていた。

「お前を罰せる者などいない」
「え、そうなの?」
「誰がさせるものか。お前は畏まったものなんかしなくていい、俺の側にいろ」
「そんなわけにいかないでしょ」

なんだこの展開。側にいろってところは何でか分かんないけど流すことにした。

「どうしたんだよ、急に怒ったりして。俺が城下に行ったってイシュラムが呼び出せばいつだって会えるだろ」
「駄目だ」

少しムッとした顔で見下ろし、見つめてくる目は学校にいた性に対して機敏過ぎる程に動き回っていた男たちの眼差しに似ていて戸惑う。

「何故お前が俺との接吻で言葉を理解したかも解らず、何のために召喚されたかも分からないのに外になど出せるかっ」

真面目な顔して何を言うかと思えば、聞き捨てならないことを言いやがった。

「ほぼ全部分かんねえのかよ!」
「・・・紘貴」

愁傷な顔したって駄目だ。寧ろそんな表情を俺がしたい。さっきまで好感度のいい王様に出会えて良かったとかの気持ちがガラガラ崩れていく。
好き放題ご託宣並べやがって。
じろっと睨んで顔を見ればこちらの言いたいことが分かったのか目が泳ぐ。

「いつまで人の上に乗っかってるつもりだ、クソッタレ」

腹がたった俺はイシュラムの腹部を蹴ってドアみたいなところの方へ吹き飛ばす。
人が下手に出てればつけ上がんのが王族か?生徒会長だった先輩と変わらねえな。

「陛下!」

吹っ飛ばされて瘤が出来たのか頭を触り、もう片方の手で蹴られた箇所をさすり唸っているのを寝台に起き上がった俺は白けた気分で見ていると、知らない人が走ってきたのか荒い息をさせて部屋の中へ入ってきた。

「な、にがあったんでしょう」

入ってきたら王様が無様にうなだれる様を見た人はこっちに気付いて息を飲むような、そんな行動をとって固まったように動かなくなる。
もしかして、こっちでは俺の容姿って醜い部類に入るのかなー?

「艶のある黒い髪は前髪が長く灰色がかった紫の目、あまり焼けていない肌は明るい肌色。背の高さは」
「百七十七センチ」
「センチ?」

あははは。センチって単位は分かんないかぁ。
半ば茫然と立ちつくすのは、あっちの世界で例えるとジャニ系で通る顔立ちで髪は襟足の長い銀色の男?髪の色が天然っぽいから染めてないかも。

「うーんと、王様の肩くらいの背」
「あぁ、背の高さですね」

うんうんと頷いてくれてる。
俺の特徴を知ってるってことはこの人も王族か?あー、カラコン取れて裸眼になってるっぽい。瞬きしてもコンタクトしてる時の乾いた感じがしないし。

「初めまして、異界人様。私は宰相のクラウスと申します」
「こちらこそ、初めまして。俺は紘貴といいます。よろしくどーぞ」

王様を素通りし、フラフラという言葉が当てはまりそうな歩き方をして近付いて来た、アルトな声を持つ男は王女様に仕える騎士みたいに片膝をついてこちらを見上げる。何事ですか?

また長ったらしい名を聞いて脳が対応仕切れず、クラウスとインプットした。本人たちには申し訳ないが長すぎるだろ。

「コう、キ様?」

あらら、やっぱり言い辛いんじゃね?

「言い辛いならコーキって呼んで貰ってもいいですよ」
「そんな失礼なこと出来ません!」

いや、そんなに力んで言わなくてもいいのに。ほんのり頬を染めてるクラウスは色白のためか赤くなると直ぐに分かる。背は俺よりも低そうだけど、百七十くらいありそうだな。
それにしてもここの奴って負けず嫌いなのかね、嫌に呼び方を拘る。あだ名くらいの気持ちで呼べばいいのに。

「コウキ様。紘貴様はこの国の言葉が分かるのですか?」
「あー、言葉ね。話せば長くなると言うか、なんというか」

返答に困ってへらっと笑ってみる。宰相だけあって頭の回転が速いな、もう名前を呼べるようになってるし。

「クラウス」

やっと復活したイシュラムの声に俺とクラウスは壁に寄りかかる王様を見る。

「陛下」

立ち上がったクラウスはイシュラムに近付き、自分の肩を貸して立ち上がらせると寝台の端っこに座らせた。
軽く息を吐いたイシュラムに、クラウスがあんな所でうずくまって何をしていたんだと聞くので俺は知らないフリをして少し俯いてみる。

「言葉は俺と口付けたら聞き取ることも話すことも出来るようになったぞ。あと、紘貴がこの国で暮らすなら城下街に出て働くと言い出すから、感情に任せて襲ったら蹴られて吹っ飛ばされた」
「なんてことを・・・!」

俺だけがしらっとした空気の中で二人の会話を聞いてると、王様であるイシュラムに暴力をふるったことよりもイシュラムが俺を襲った云々に反応して嘆くクラウス。

「紘貴様は貴方が今まで相手にしてきた娼婦や男娼ではないんです、行動をお慎みください!」
「そうがなるな、クラウス。そんなこと百も承知だ。紘貴は俺の伴侶にする、問題ないだろう」
「馬鹿なことを申されるなっ」

なんか、聞いてて腹がたってきたな。勝手にお前の伴侶にするなだとかの前に俺に謝ることがあるんじゃないのか、おい。

「お前も見惚れといて何を言っている」
「彼は、異界人。貴方の、いえ、この世の決まりに属さない者になんて言いようですか、陛下」

顔を上げて二人を見ると、宰相であるクラウスがまるで夜遊びしすぎの中坊を叱る母親の状態になっていて危うく吹き出して笑うところだった。思わず口元を手で抑えて隠す。
きゃんきゃん吠えるクラウスに飽きてきたのか片耳の穴に小指を突っ込んで耳掃除をし出すイシュラム。笑いを堪えるのが大変だ。

それにしても二人が着ている服は、少しあっちの世界に通じるものがある。
イシュラムの履いているズボンはレザーで出来た細身のズボン、靴はロングのウェスタンブーツに似てる。クラウスの履いているズボンは女がよく履いているスキニー、靴はヒールが高い革靴、上に羽織っている大きめのはポンチョに似てる。

「グダグダ言わなくてもいい方法がある。紘貴」
「・・・なに?」

急に呼ばれて観察をやめ、イシュラムを見ると偉そうに脚を組んで見てくる奴。

「結婚しよう」
「陛下!」
「いや、その前にさあ、お二人さん。この国は同性婚出来るの」
「あぁ、お前は知らないんだったな」
「紘貴様、この世界では同性同士が恋愛や結婚をしても許されているんです」
「え、この国だけじゃなくて?」
「はい。些細な性だけでの差別はありません」

規模が世界とか、凄いな。ぽかーんとする俺に殊更優しい笑みを向けて教える二人に、へぇと相槌をうって指先で頬をポリポリと掻く。噸でもないところに来たもんだ。

「だからな」
「一目惚れならお断りします」

すっぱり断ると、驚く二人にけっと息を吐く。生憎だが俺は女しか興味のない男だ。あんな学校にいても、男にケツを貸し出す程お人好しでもない。

「何故?俺は王族な上に独身だ、お買い得だろう」

断られると思っていなかったのか食いついてくる話題に頭痛がしてくるが、そのなんでも自信過剰じみたところが気に入らないと伝えれば呆気な顔をしだすイシュラムに溜飲が下がる。

「俺さぁ、この世界のこと全然知らないからって他人の玩具になる気ないんだよね、悪いけど」
「紘貴様」
「王様にこんなこと言ったら死刑になりそうでも御免だね」

心配気な表情のクラウスを見た後、イシュラムを見つめて本音を漏らす。一目惚れって俺も経験ないわけじゃないし分かるんだけど、マイナス要素しか生まないんだよね、後々一目惚れって。有り難いけどさ、その気持ちは。

しっかりとイシュラムを見据えて伝えたら、奴にどう伝わったか分からない。段々と笑みを作る顔に、ゾッとし総毛立つ。

「見た目だけでなく、心まで俺好み。これが一目惚れだとお前は言うのか」

国を統べる国王の顔をしているんだと、その場で理解する。たかが十七年生きてきた俺にどれだけの選択肢があるだろう。ひょっとしたら二つ三つはあるかもしれないが、この男は一国の頂点にいて長いこと生きてきたんだ。その迫力に適うはずがない。

「お前は俺の側にいてもらう。衣食住は安心しろ、場内はもとよりお前はこの国に歓迎されている存在だ。誰も無碍にはしない」
「急にこの世界に来てしまって不安なのは分かります。どうか、我々を信じてくださいませ」

あれ、なんか話が変わってない?俺はそんなことを心配して言っているんじゃないんだけど。

「だから、泣かないでくれ。紘貴」

すっと、静かに立ち上がったイシュラムは俺に近付いて来て、悲しそうな寂しそうな表情の後に人の目を手で覆うように隠す。
触れた掌に水っぽい感触を肌に感じて自分が泣いていることを知る。自覚もないことに唖然とするも、隠してくれたお陰でこちらの動揺は二人に分からない。

「紘貴が来たからか、この国の幸福と名付けられた花がそこかしこに咲いた。街はお祭り騒ぎだぞ」

お陰でお前をみつけるのに手間取ったと可笑しそうに言うイシュラム。クラウスはもう少しお休みくださいと優しい声で勧めてくれた。

そっと離れていく手を目で追うと、目があったイシュラムは一瞬目を見張ってじんわりと熱を孕む目を見せたけど直ぐに引っ込めて労るような笑みを向けて俺の肩に手を乗せたかと思うと、横になるように言い子供を寝かすように優しく体を後ろに倒していく。柔らかな布が体を受け止めてくれ、そんなに衝撃もなく寝転がると布団みたいなものを体に掛けてくれた。

着ていた制服はあの女性が脱がして着替えさせたんだろうか?とか場違いなことを考えてしまう。
ぼんやりとする中であやふやに物事が混沌として二、三回瞬きをする。泣いたせいなのか、この場の空気に慣れないせいなのかは分からないが眠気に襲われる。

「眠れ。心配しなくても危険に晒すことはない」
「イシュラム?」

また掌で目を覆うようにされてしまい、暗闇に慣れない俺は瞼を閉じてしまう。
静かに耳元から語りかける声は耳馴染みのいい、低く熱っぽい掠れたもの。知らず、口角が上がる。

「目が覚めたら迎えに来る」

手が外され、頭を撫でたかと思えば前髪を指で梳くように弄ってきて、それが気持ちいい。

「お休み、紘貴」

柔らかい、少しカサつく暖かいものが頬にあてられる。それを最後に、真っ暗な視界からか眠くなって意識が落ちていく感覚に身を委ね、深い闇の色を感じながらふわふわと沈んでいった。





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