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第四帖 忍戦
4-2 初契
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翌日は環が言ったとおり、二人で風呂へ行った。
この頃の風呂は、膝より下を湯に入れ、体は蒸気で温める、戸棚風呂である。
身分も、男女の別もない。
湯文字を巻いたのみの姿で、菊羽と環は一緒にいた。
「環――さま」
菊羽の隣に座り、目を閉じて気持ち良さそうに寛いだ表情を浮かべていた環が振り向く。
「どうした」
「あっ、いえ――その」
菊羽は視界に飛び込む環の裸身から目を逸らした。
環は、肉感的な肢体を隠していない。
衣ごしでは判りにくかったが、環は胸も尻もむっちりとした色香を匂わせていた。
菊羽は、真っ赤になっていた。
風呂の蒸気でのぼせたのではない。
環の手が、菊羽の腿に乗る。
「言うてみい」
環が促す。
菊羽は小さく頷いて、緊張の解けない声を出した。
「昨夜あれから――書を読み、考えました」
「何やらしておったな。それで?」
「――しばらく、男の心を、ひ、控えようと、思います」
ためらいがちに、言った。
「菊はおなごじゃろ――まあよい」
くすりと笑みをもらし、環は菊羽の話の続きを待つ。
「忍びの女の――術でございます。酉谷から情報を得るための」
言い始めると、止まらなかった。
「師より預かっている書のひとつが『将知』と申します。『忍者招抱の次第』として、あるじに仕える忍びの、また使う将について主に記されています。敵の秘計を知るための我らの心得ごと、忍びを敵の陣営に送るための法をあらためて修めておりました。そこで、ですが――」
菊羽は、環に策を説明する。
師事していた頃にはまだ仕えるあるじのいなかった菊羽にこの巻を貸し与えていた白翁の先見――か、予知能力めいた備えに、菊羽は感心と感謝を抱くばかりであった。
「――なるほど、の」
環は菊羽の腰に手を回した。
「――もっとも、見え透いた誘惑では怪しまれましょうし、そもそも私に女の魅力など、あるかどうか……」
と、話を締める菊羽を、ぐいと寄せる。
「!? た、環さまっ!?」
肌が密着して、菊羽は上ずった声を上げた。
環の手が、目を白黒させる菊羽の、腹から胸へと撫で上がる。
「魅力は、じゅうぶんにあるぞ」
「環、さま……」
菊羽が、吐息をこぼす。
環は、菊羽の胸を力を入れずに右手の中で転がしていた。
左手で菊羽の手を、自分のふくよかな乳房へと誘いこむ。
「妾なら、菊に籠絡される自信がある」
「妙な自信を持たないで――んっ!?」
言っている途中で、環が菊羽の口を塞いだ。
これ以上ない至近距離にきた環の瞳に、菊羽が映る。
くちびるが、重なっていた。
「ん……っ」
菊羽にとって、はじめての、口吸いであった。
環が唇を離す。
「従兄どのより前に、妾が菊を奪っておく」
環も、上気していた。
「その書、妾にも読ませてくれんか。むろん菊のことは信じておるが、斯様な策で妾も心を乱さぬよう、心得ておく手助けになるやも知れぬ。
その上で――たとえ従兄どのや他の男どもに辱めを受けることが、万一にでもあったとしても、最初に菊にしるしを付けたのはこの妾じゃということを、刻んでおく。
それを忘れるな。自害は決して許さぬ。よいな」
「環さま……」
下がった菊羽の頭を、顎から自分の方へ振り向かせる。
菊羽の鼻から漏れ出していた血を笑って拭った。
「その策を始めるまで、何度でも妾のしるしを残してやる」
と、また菊羽の唇を奪う。
唇で唇を柔らかく揉み、残っていた血を舐め取って口腔に押し入った環の舌が、菊羽の歯と舌を撫でる。
「ん……」
どちらともない音が喉で小さく響く。
環の手はまた菊羽の胸を――その先端を、優しい圧で弄っていた。
菊羽の手は環の体の上で――ふくらみを、支えるように動かない。
くちびるがわずかに浮いて、すぐにつながる。
環の体重が、菊羽に預けられてゆく。
「――ちょっと」
頭上から、声が降ってきた。
ふたりそろって見上げる。
呆れと怒りの混じった表情の三助が、ふたりを見下ろしていた。
「そういうこたァ、他所でやってくンねえか」
お取り潰しになっちまわァ、と江戸訛で言われ、環と菊羽は顔を見合わせた。
環がぷっ、と吹き出す。
「怒られてしまったではないか、菊」
そう言う環は、いかにも面白かったように、姿勢を戻す。
立場も何もない、ただの年頃の娘のように、笑っていた。
菊羽の心にじん、と響く楔を打ち込むには、充分だった。
この頃の風呂は、膝より下を湯に入れ、体は蒸気で温める、戸棚風呂である。
身分も、男女の別もない。
湯文字を巻いたのみの姿で、菊羽と環は一緒にいた。
「環――さま」
菊羽の隣に座り、目を閉じて気持ち良さそうに寛いだ表情を浮かべていた環が振り向く。
「どうした」
「あっ、いえ――その」
菊羽は視界に飛び込む環の裸身から目を逸らした。
環は、肉感的な肢体を隠していない。
衣ごしでは判りにくかったが、環は胸も尻もむっちりとした色香を匂わせていた。
菊羽は、真っ赤になっていた。
風呂の蒸気でのぼせたのではない。
環の手が、菊羽の腿に乗る。
「言うてみい」
環が促す。
菊羽は小さく頷いて、緊張の解けない声を出した。
「昨夜あれから――書を読み、考えました」
「何やらしておったな。それで?」
「――しばらく、男の心を、ひ、控えようと、思います」
ためらいがちに、言った。
「菊はおなごじゃろ――まあよい」
くすりと笑みをもらし、環は菊羽の話の続きを待つ。
「忍びの女の――術でございます。酉谷から情報を得るための」
言い始めると、止まらなかった。
「師より預かっている書のひとつが『将知』と申します。『忍者招抱の次第』として、あるじに仕える忍びの、また使う将について主に記されています。敵の秘計を知るための我らの心得ごと、忍びを敵の陣営に送るための法をあらためて修めておりました。そこで、ですが――」
菊羽は、環に策を説明する。
師事していた頃にはまだ仕えるあるじのいなかった菊羽にこの巻を貸し与えていた白翁の先見――か、予知能力めいた備えに、菊羽は感心と感謝を抱くばかりであった。
「――なるほど、の」
環は菊羽の腰に手を回した。
「――もっとも、見え透いた誘惑では怪しまれましょうし、そもそも私に女の魅力など、あるかどうか……」
と、話を締める菊羽を、ぐいと寄せる。
「!? た、環さまっ!?」
肌が密着して、菊羽は上ずった声を上げた。
環の手が、目を白黒させる菊羽の、腹から胸へと撫で上がる。
「魅力は、じゅうぶんにあるぞ」
「環、さま……」
菊羽が、吐息をこぼす。
環は、菊羽の胸を力を入れずに右手の中で転がしていた。
左手で菊羽の手を、自分のふくよかな乳房へと誘いこむ。
「妾なら、菊に籠絡される自信がある」
「妙な自信を持たないで――んっ!?」
言っている途中で、環が菊羽の口を塞いだ。
これ以上ない至近距離にきた環の瞳に、菊羽が映る。
くちびるが、重なっていた。
「ん……っ」
菊羽にとって、はじめての、口吸いであった。
環が唇を離す。
「従兄どのより前に、妾が菊を奪っておく」
環も、上気していた。
「その書、妾にも読ませてくれんか。むろん菊のことは信じておるが、斯様な策で妾も心を乱さぬよう、心得ておく手助けになるやも知れぬ。
その上で――たとえ従兄どのや他の男どもに辱めを受けることが、万一にでもあったとしても、最初に菊にしるしを付けたのはこの妾じゃということを、刻んでおく。
それを忘れるな。自害は決して許さぬ。よいな」
「環さま……」
下がった菊羽の頭を、顎から自分の方へ振り向かせる。
菊羽の鼻から漏れ出していた血を笑って拭った。
「その策を始めるまで、何度でも妾のしるしを残してやる」
と、また菊羽の唇を奪う。
唇で唇を柔らかく揉み、残っていた血を舐め取って口腔に押し入った環の舌が、菊羽の歯と舌を撫でる。
「ん……」
どちらともない音が喉で小さく響く。
環の手はまた菊羽の胸を――その先端を、優しい圧で弄っていた。
菊羽の手は環の体の上で――ふくらみを、支えるように動かない。
くちびるがわずかに浮いて、すぐにつながる。
環の体重が、菊羽に預けられてゆく。
「――ちょっと」
頭上から、声が降ってきた。
ふたりそろって見上げる。
呆れと怒りの混じった表情の三助が、ふたりを見下ろしていた。
「そういうこたァ、他所でやってくンねえか」
お取り潰しになっちまわァ、と江戸訛で言われ、環と菊羽は顔を見合わせた。
環がぷっ、と吹き出す。
「怒られてしまったではないか、菊」
そう言う環は、いかにも面白かったように、姿勢を戻す。
立場も何もない、ただの年頃の娘のように、笑っていた。
菊羽の心にじん、と響く楔を打ち込むには、充分だった。
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