転生勇者の三軒隣んちの俺

@aozora

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こんにちは、転生勇者様

第10話 転生勇者、希望を得る

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「えい、えい、えい。」
いつもの様に可愛らしい掛け声と共に木刀を振り下ろすエミリー。その立ち姿は一月前よりも格段に良くなっており、木刀に振られるでもなく、かと言ってただ力に任せた腕だけの振りでもない、ジミー君の言う”振り下ろす”と言う動作が出来て来ているように見える。俗に言う”芯が出来て来た”と言う事なんだろう。ジェイクは何処か羨ましそうな表情で、懸命に訓練に取り組むエミリーを見詰めるのだった。

「そこまで。」
ボビー師匠から声が掛かり、三人の子供たちは木刀を降ろす。肩で息をするエミリーとジェイクに対し、汗を拭い笑顔を見せるジミー。素振りの練度の差、必要な力を使い無駄な力は使わない。こうした部分でもこれはゲームではなく現実なんだと改めて感じるジェイク。

「ジェイクどうした、今日のお前はいつもの様な集中が見られない。上の空と言う訳ではないが、何処か覇気が感じられなかった。何か悩み事があるのなら儂に話してみなさい。解決出来るかは分からんが少しは楽になるぞ?」
優しい笑みを浮かべ語り掛けるボビー師匠。

「ありがとうございます、ボビー師匠。実は・・・」
ジェイクは意を決し、昨日自分に起きた事を洗いざらい話すのだった。

「魔法のう。」
ボビー老人は戦慄した、まさか自身の教え子があの冒険者ギルドにいる化け物どもと同じ“勇者病”<極み>に罹患しているとは。仮性ならばいい、大人になり自らを省みることで回復することもある。真性は厄介ではあるが家庭を持ったり役職に付くことで社会に馴染む者も多々見られる。だが<極み>はいけない。<極み>に完治と言う文字はない。症状の多少はあれ生涯に渡って発症し続ける病、まさに不治の病。その行き着く先は英雄か死か。冒険者ギルドの化け物達がそうである様に、果敢に、無謀に、も省みず自ら率先して死地に飛び込む。それが<極み>。自らの掲げた英雄願望を夢物語とせず実現させる、その為にはも厭わない。そんな宿命を背負ったこの教え子に自分が何を出来るのか。今は強敵(スライム)に破れ反省の色を見せてはいるが、彼が立ち止まることなど決して無いだろう。

「ジェイク、ジミー、エミリー。お前達はいずれ授けの儀を受け職業を得る。その際女神様は様々なスキルや魔法適性をお与えになるだろう。ジェイクは一足先に魔法適性に目覚めた様じゃがそれはいずれ皆が通る道、決して焦ってはいかん。今は土台を造る時、その事は努々ゆめゆめ忘れるでないぞ。
その上でいずれ魔法適性に目覚めた時今身に付けた剣の技がどう活かせるのか、その実例をよく見ておくが良い。」
ボビーはそう言うや自身の愛用の木刀を手に持ち、鍛練場の中央に場所を移した。

「行くぞ?」
“バッ”
それはまさに疾風であった。鍛練場を縦横無尽に駆け抜ける一陣の風。右に現れたと思えば左、目の前にいたかと思えば遥か先に。とどまる事を知らぬ風は子供達の前で変幻自在に吹き抜けその刃を振るった。

「どうじゃ、よく見ておったかな?」
子供達の反応は顕著であった。皆が目をキラキラ輝かせ、顔をブンブンと縦に振っていた。

「儂は風の魔法適性を持っておった。だが魔法の才は乏しくてな。あまり魔力量は多くはない様であった。だが折角授かった才能を無駄にするのももったいないであろう?研鑽の末身に付けたのがあの“纏い”じゃ。さっきは必要な箇所に必要に応じて風の属性を纏わせ身体能力を強化したのじゃ。世の中には“身体強化”や“縮地”と言ったスキルがあると聞くが“纏い”はそれらと似たような効果を発揮する。風属性の儂はその特性が速さに偏っておるがな。足りない部分は剣技で十分補える、と言うより剣技の補助を“纏い”が行っておると言うのが正解じゃな。
儂はこの技と剣の腕でこの歳まで生き残る事が出来た。お前達であれば更なる高みに至る事もあろう、だがそれも日々の精進があってこそ。悩んでもいい、間違ってもいい、時には停滞し立ち止まる事もあろう。だが努力は決して裏切らん、それだけは忘れるでないぞ。」

「「「はい、ボビー師匠!」」」
子供達は冒険者の話しに憧れた、勇者の英雄譚に心踊らせた、だがそれは所詮想像の中のものでしかなかった。目の前で繰り広げられた剣技は夢なんかじゃない、紛れもない現実。その一振一振が必殺の一撃、自分達の目指す理想の姿。
彼らはもう迷わない、明確な目標を得たのだから。ジェイクは己の未熟を認めた、ここは現実の世界、自分は一介の戦士、決してリセットの効くゲームなんかじゃないんだと。その上で目指すべき理想、遥かなる高みを見た。
“ありがとうございます、ボビー師匠。俺はもう迷いません。”
ジェイクは拳を固く握りしめ、強大な壁(でっかいスライム)への再戦を決意するのだった。


―――――――――――

「ヤベ、出来ちゃったよ。」
上手く行けばいいな~くらいの軽い気持ちで始めた薬草栽培実験。当初の実験で畑の土では癒し草は育たず、移植栽培をしてもみな偽癒し草に変質してしまう事は分かっていた。この現象は土地の魔力が関係していると推察されるが確証は持てずにいた。大体土地の魔力を計測する方法が思い付かない。別に論文を書いて発表するわけでなし、もうこの辺は“多分そうなんじゃね?”でいいかなと思う今日この頃ではあるのだが。唯一証拠となりそうなのは癒し草の水やりに魔力増し増しのウォーター、簡易的に魔力水とするが、それを与えた場合偽癒し草に成らずに育てる事が出来たと言う新事実であった。
だがこの魔力水による散水は誰にでも出来るものなのか?また偽癒し草にはなぜ効かないのかなど、課題は残されていた。そんな中もたらされた気付き、スライムによる薬草育成効果は実験の新たなる可能性を与えるものであった。そして・・・。

「葉の裏にくっきり現れた赤い筋、偽癒し草が完全に癒し草に成っちゃってるじゃん。」
そう、癒し草の人口栽培に成功してしまったのである。
これってもの凄い快挙だよな。でもヤバ過ぎて人には言えね~。額から流れる一筋の冷や汗。バレたら良くて軟禁、悪くて永眠。一生ブラックな研究者ってのも有り得るな~。ま、言わないでおこう、面倒事は勘弁でござる。
世紀の大発見はこうして闇から闇へ、趣味の領域を出る事は決して無いのであった。

でもこの大量の癒し草どうしよう。見れば畑一杯にワサワサと繁る癒し草、群生地も真っ青である。ヨモギ団子の作り方何て知らないし、もぐさってどうやって作るんだ?取り敢えず乾燥させればいいのか?今度ミランダさんに薬草の取り扱いについて聞いてみよう。
今は収穫だけして・・・ビッグワームの餌ってことで。前に食べさせた時も薬草は肉質改善に役にたったんだよね。臭みが減って食べやすくは成ったし、今の淡白な味のビッグワームに与えても問題はないだろうとの判断で彼らに処分して貰うことに致しました。漸く出来たワームプールの完成記念には丁度いいイベントじゃないかな?ワーム君達も喜んでるみたいだしね。
ワームプールには畑の土を入れ、その上に癒し草の山を作っておきます。こんなやり方でもしっかり餌を食べてくれるビッグワームはとっても飼育しやすいモンスターです。スライムを与えてたらいつの間にか増えてる謎生物ではありますが。

畑仕事も一段落し、ワーム肉の目処も付いたので今日は久々に大福と遊ぶ事に。
お~い、大福~。キャッチボールしようぜ~。俺が水辺で声をあげると水面が盛り上がりデカスライムの大福が姿を現した。
こいつとの付き合いも長いよな~、もう四年の付き合いだもんな~。俺は地面でポヨンポヨン跳ねる大福を見ながら感慨にふける。始めの頃はウォーターの練習用の的、そのうち他に比べて妙に大きくなり始めたので検証用の実験生物。おふざけで色々やって行くうちに今のような謎生物に。
”ま、実害もないし、スライムだし。”ケビンは深く考える事を止め、久々に大福との”魔力ボール”のキャッチボールを楽しむのだった。


大福は本当にタダのスライムであった。他との違いと言えば少し食い意地が張ってると言うだけで。
初めてケビンの生活魔法“ウォーター”で作られた水を身体で浴びた時は驚いた。濡れた身体に体表から染み込む魔力、それは若草をんでいる時稀に感じる身体中を震わせる”魔味”。”美味しい”、その一言に尽きる味わい。以来彼はその人間が来るたびに一目散に(動きは鈍いが)駆け寄り、彼の与える”魔力水”を味わった。
続いて行く至福の日々、次第に旨味を増す至高の飲み物。気が付けば彼は周りのモノよりも一回りも二回りも大きくなっていた。そして彼の意識も成長して行く。以前の彼には”食う””寝る”しかなかった。だがそこに”旨い”と言う意識が加わった。それはやがて”嬉しい”、”もっと欲しい”と言った喜びや欲望と言った感情をはぐくんだ。
喜びや欲望は人類の進化の過程の重要なファクターである。欲望が競争を呼び、争いが文明レベルを発展させるがごとく、楽しい、嬉しい、もっと欲しいと言った感情は、彼の思考を急速に発展させていった。それはスライムと言う”どんな環境にも適応する最下層生物”の特性が最大限に発揮された結果であった。
スライムと言う魔物は未だよく解明されていない謎生物である。極寒の大地、灼熱の砂漠、光り届かぬ深海の底、本当にどこにでもいてその場の環境を整えてくれる種族としては無敵の生物である。そんなスライムに与えられた新たな”環境”。豊富な魔力を含み定期的に与えられる”魔力水”、それを与えてくれる自分達よりも大きな”生命体”。彼はこの素晴らしい”餌”をより多く手に入れるにはどうしたらよいのか、その一点に向かい”適応”し”成長進化”していった。結果彼は簡単な”思考”を得るに至り、彼に”餌”を与えてくれる大きな生き物を”個別に認識”するに至った。
更にその大きな生き物により与えられた”大福”と言う固有名称は彼の魔物としての”格”を何段階も引き上げ、この世界に対し個としての存在定義を明確に刻み付けた。ネームドモンスター”大福”の誕生である。

「ほ~ら大福、行ったぞ~。」
大福に向かい餌をくれる者”ケビン”が”魔力球”を投げる。大福はその魔力の塊を”魔力を纏わせた”触腕で受け止め、ケビンに投げ返す。これもすべて目の前の人間”ケビン”から”学習”した事である。

「よ~し、今度は複数属性な。ちゃんと属性を合わせないと怪我するからな~。」
そう言いケビンは”火属性”・”水属性”・”土属性”・”風属性”・”光属性”・”闇属性”と、様々な種類の属性性質を纏った魔力球を投げて来る。それを大福は同様に瞬時に触腕に纏わせ、種類別に投げ返す。投げ返されたケビンも自分の腕に属性性質の魔力を纏わせ受け止める。
王都の魔法研究家が見たら卒倒しそうなほどの高度な魔力制御、それをこの両者は息をするがごとく自然に行っているのだった。こうして田舎の少年と無害な益獣魔物との楽しい戯れは、日が傾くまで続けられるのであった。
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