転生勇者の三軒隣んちの俺

@aozora

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こんにちは、転生勇者様

第23話 村人転生者、冬でも働く

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冬場の農家は割りと暇である。来年に向けての畑の整理は既に終わっているし、この時期育つ作物も少ない。麦踏みとてそんなに何度もやる事ではない。基本的に道具の修復や麦わらを使っての内職が主な仕事となったりする。
そんな中、村外れの草原で一人黙々と穴堀、いや、溝を掘っている少年がいた。そう、我らがケビン少年である。ではこんな寒い時期に村外れの草原でなぜ溝なんかを掘っているのか?話しは村長ファミリー(離縁済み)が親子仲良く村を旅立った晩の宴会に遡る。
“私はね、ホーンラビット牧場を大々的に行いたいと思っているんだよ。この試みが成功すればこのグロリア辺境伯領での冬の餓死者は激減する。”
村長代理のこの発言は酒の席で気分が大きくなっていた事と、嫁と息子からの卒業と言う一大イベントを終えた事による解放感からのものだと思っていた。少なくともケビン少年はそうだと思った。そう思ってしまう程ドレイク村長代理はベロンベロンであった。
だったんですけどね~、どうも本気だった様でして。翌日には私に牧場建設の依頼をですね~、しかもきっちり書面にして提出って本格的だな、おい。村長代理として当然?村の予算はきっちり管理、いずれ監査役に引き渡して銅貨一枚好き勝手させるものかって、自分の元嫁と息子に対して恨み山積ですこと。身内だからこそ許せない事もあるって奴ですかね。将来の為に反面教師にさせて頂きます。
でもこの時期なら男衆も手透てすきなんだし動員したらいいんじゃない?何も俺に頼まなくっても。
理由は二つあると。一つはホーンラビット牧場建設のノウハウを一番理解しているのが俺であること。もう一つは村長交代のすぐ後の動員は村人との間に溝を作りかねない、余計な軋轢の可能性は出来るだけ避けたいと、なるほどね。で、本当の理由は?コストが押さえられる上に工期が差程変わらないからって完全にそっちが本命やんけ。
確かにホーンラビット牧場を作ったって本格的に始動するのは春先ですし、この時期ホーンラビットも冬眠してますし。森に行っても見つかりませんし。あいつら穴掘って潜ってるもんな~。冬の凍てつく大地から掘り出すのも面倒でござる。だったら多少の工期の長さは気にならないと、納得です。でもそうなると、結構な木札になりますが宜しいので?今までの木札数もキチンと帳簿管理してるから問題ないと、現金(硬貨)もたんまりあると、了解です。
だったら簡単な鍛冶の道具と魔法関連の本が欲しいんですが。
えっ、本なら結構な数揃ってる?先代が孫のマイケルに買い与えたものの直ぐに飽きて倉庫行きになっていると。流石は馬鹿息子、期待を裏切りませんな~。それなら村長の裁量で値段を付けて下げ渡しって形でお願いしても宜しいですか、ありがとうございます。後は鍛冶道具ですけど、これも古くてもいいのならあると、かな床とハンマーが三種類、熱い鉄を掴むハサミとそれ用のバケツ。流石に炉の設計図や屑鉄、炭なんかは無いとの事。これも挑戦、何とか頑張ってみたい。
流石は勇者病(仮性)って別にいいじゃん、ハンマーでカンカンやりたいじゃん。ロマンですよ、ロマン。鍛冶道具は牧場建設の完成祝いにくださると、流石は村長代理、人の使い方を分かってらっしゃる。喜んで踊らさせて頂きます。
こうして村の未来の為に働く情熱(物欲)溢れるケビン少年は、冬の寒さなんか吹き飛ばし(魔力纏いってとっても便利)、今日も木ベラを掴んで黙々と作業に励むのでした。

因みに建設現場のお供は黄色と緑、作業現場の脇でせっせとレンガ造りに励んでおられます。大福と団子はどうしたのか?大福は子供たちのおり(魔力球合戦)、団子は我が家の暖炉脇で丸くなって寝てます。あいつ完全に野生を忘れてやんの。こないだなんかへそ天してやがった。おい、実験動物、それでいいのか。他の食用ラビット達は既に冬眠(実験牧場の真ん中にレンガドームを作りました)してるぞ。
危機意識皆無、正しいデータが取れそうもありません。

危機意識って言えばさっきからすぐ脇の草むらがガサガサいってるんですけど、なんなんですかね?この時期グラスウルフも冬眠している筈なんですがって本気でこれなに?
目の前に姿を表したのは体長三十センチくらいのでっかい芋虫。形は揚羽蝶の幼虫を寸胴にした感じ、ずんぐりむっくりしています。色は全体に緑掛かっていて足元はやや茶色、口元と目が黒くやや硬質。・・・虫?でっかい蝶の幼虫?
分からない事は親に聞くのが子供の基本、緑、黄色、今日の作業は終了~、家に帰るよ~。
こうして俺は突然の事態に、証拠物件を手に家に戻るのでした。(穴掘りに飽きたのでサボったとも言う。)


“コンコンコン”
作業場で一人農具の手入れをする父親、この人暇があればずっと農機具の手入れをしてるけど、趣味なん?何かを磨くのが好きとか?冒険者の頃だったら剣を磨いた後ニヒルに笑うとかやってたり?しかし親父殿がまさか冒険者をやってたとはね、ついこないだ知ったばっかりなんですけどね。似合い過ぎてて逆にビックリしたわ。
そりゃジミーの剣術修行に反対しない訳だわ、自分もやってたんだから。でも自分から子供に強要しなかったのは流石だと思います。しっかり過去と現在を区別する、立派です。俺、親父殿の子供に生まれて来れて良かったです。

「ケビンです、今いいですか?」

「ん?どうした、まずは入りなさい。」
ちゃんと入室許可を頂いてから部屋に入る。親しき中にも礼儀あり。人間関係を円満に過ごすコツですね。田舎暮らしなのに固いって?馬鹿野郎、田舎暮らしだからこそだろうが!人の流入の先ず無い閉塞社会、人間関係が拗れたらマジヤバイんだからな、ご近所トラブルの比じゃないぞ、命に関わるんだからな!村内での抗争で流血沙汰なんざ割りとよくある話しなんだからな。(行商人情報)
民度が低い剣と魔法の世界を舐めるな、マジ怖いでござる。

“カチャッ”
「忙しい所をごめんなさい、どうしても聞きたい事があって。お父さん、これって何て虫の幼虫?」
俺は草原で捕まえたでっかい芋虫を両手で掲げながら、椅子に座っていても俺よりも大きな父親に聞いてみた。

「そいつはキャタピラーだな、芋虫型の魔物だ。」
そう言い芋虫を見詰める親父殿、なんなんですかその芋虫は。

「キャタピラーは芋虫の姿が既に完成した状態だ。昆虫の幼虫の様に変体して姿を変えることはない。お父さんも詳しくは知らないが、毒を持つモノや大型のモノもいるらしい。このキャタピラーは最もよく見られる種類のモノだな。この辺にはあまり生息していないが、隣村に向かう途中の草原にはいた筈だ。グラスウルフやビッグクローの餌になったりする最下層魔物と呼ばれるモノの一つだな。」
ほへ~。聞いてみるもんだ、この芋虫、幼虫じゃないんだ。やっぱり魔物って不思議、変な思い込みは良くないね。
俺は芋虫、もとい、キャタピラーを持ち上げてまじまじと眺めるのでした。

「因みにそいつはメスだな。オスは額に小さな触角の様なものがある。冒険者ギルドで聞いた話しではオスはその触角からメスの好きな匂いを出して存在を知らせるらしい。」
ふ~ん、お前メスなのか、って言うか見た目分からないんだけどね。

「キャタピラーは外敵や獲物を捕らえる際その口から糸を出す。大型種と戦う場合は正面で一人が囮になり隙を伺って死角から仕留めるのがセオリーだ。小型のコイツらは腹に糸袋があるから、解体し取り出してギルドに持って行くと買い取りして貰える。ま、小遣い程度の安い金額だがな。職人ギルドで加工して糸にするらしい。」
お~、食肉以外の魔物素材って何気に初じゃね?ビッグワームのポーション水?さぁ、何のことでしょう?

「この辺の森では見る事が出来ないが、大森林には蜘蛛の魔物とかもいるらしい。この魔物の糸は魔力伝達も良く肌触りの良さから高級品として取り扱われる。金級冒険者の収入が高いのはこうした高級素材を取りに行けるだけの実力があるからだ。お父さんが知ってるのはそれくらいだな。」
流石は元冒険者、何気に詳しかった。そうだよね、冒険者何て命懸けの仕事をしてれば魔物に詳しくない訳がないよね。自分の生活や命に直結した情報を疎かにするのは無謀を通り越してただの馬鹿だもの、誰だって早死にしたくはないよね。でもついこないだそんな馬鹿が冒険者に成る為に旅立ったんだよな~。(遠い目)
シンディー村長が何とかするでしょう、多分。

「良く分かった、お父さんありがとう。」
「あぁ、それはいいが、そのキャタピラーはどうするんだ?」
「うん、糸を取る実験をしようかなって。実験動物五号、つむぎ。早速餌をあげないとね。」
父親に礼を言い部屋を後にする俺氏。魔物素材ですか~、夢が広がリングですな~。俺は芋虫の紬を抱え、餌に成るであろう魔力豊富な植物“癒し草”を取りに子供部屋へと向かうのでした。

――――――――――――――――――

“はぁ~。”俺は息子が出て行った部屋の扉に目をやりため息をつく。
「また変なモノを拾ってきたな。」
実験動物五号キャタピラーの紬だったか、我が息子ながら本当に変な子供である。
長男のケビンは勇者病である。症状は仮性と分類されるもので、幼い頃は魔法使いに憧れて両手を前に突き出しては「燃えろ、俺のコスモ!」とか「カ~メ~ハ~メ」とかやってたんだよな。
そのうち「お父しゃん、お母しゃん、魔法の呪文を教えてくらはい」って言って来て、あの子に属性魔法の初級魔法であるボール系の呪文を教える為に村中を駆け回ったっけ。村人全員から“ケビン君、もしかして仮性?大変ね。”って生暖かい目で見られたっけか。トーマスの奴大爆笑しやがって、あいつだけは許さん。
でも呪文を記した紙を渡した時のあの喜び様、本当に可愛かったよな。その後全部の魔法が発動しなくて落ち込んでる姿も可愛かったけどな。
授けの儀の前で職業も無いのに魔法が使える訳がないんだが、それを子供に告げるのはちょっとな。メアリーが後から教えたみたいで、あの子が暫く固まっていたのはいい思い出だ。
その後今度はティマー(魔獣使い)に憧れたのかスライムを持って来て“大福”だと言って紹介してきたり、ヨシの茎をビュンビュン振り回していたりしたが、大きくなるに従って村の仕事に興味が湧いたのか、“空いてる場所で自分の畑を作りたい。”って言った時は嬉しかったな。
そうは言っても子供のやる事、好きにさせているから何がどうなってるのかは分からないが、この頃あの子の畑は凄い事になっているらしい。村長代理が始めたビッグワーム農法も、もとはケビンが“旨いビッグワームが食べたい”と言って研究開発した副産物だとか。いつの間にか俺なんかよりも凄い男になっていたみたいだ。
でもそのビッグワームを飼ったりホーンラビットの角を切って飼ったりと、やっていることは昔から変わらないんだが。しかしケビンのペット、ちゃんとこちらの言ってる事が分かるんだよな。あれってその辺の底辺魔物だよな、一体どうなってるんだろう。

息子ケビンの奇行、その副産物とも言える謎の最下層魔物たち。父ヘンリーは暫く考えるも“ま、ケビンだから”と言って考えを放棄する事にした。冒険者はシンプル思考、下手な考察に拘らない。それがヘンリーが冒険者として生き残って来れた秘訣であった。
元金級冒険者ヘンリー、彼は今日も農機具の手入れをする。命(生活)を預ける道具を最も大事にするその姿勢は、その武器が剣から鍬に代わろうとも決して変わらないのであった。
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