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第二章 中二病には罹りません ー中学校ー

第314話 卒業、今旅立ちの時 (side:野口絵実)

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 ”仰げば尊し わが師の恩 教えの庭にも はや幾年~♪”

早いものであの楽しかった中学校生活も今日でお終い、明日からはそれぞれが新しい道へと旅立つ。
初めは嫌で嫌で仕方がなかった学校生活も、気付けば掛け替えのない日々へとなっていた。
始まりはあの変な男の子との出会いから、彼との出会いが私の人生を大きく変えた。
彼が変えたのは私だけではなかった。
この学校の生徒も教職員も、もっと大きくこの県全体の学校も、あるいはこの国の在り方も。
誰もが考えた事も無い突拍子もないやり方で、徐々にそして確実に、すべてをより良い方向に。
でも彼は決して称賛を浴びようとか自己顕示欲を満たそうとか、そういった事はしなかった。だからいつも自然体、何が起きても飄々と毎日を楽しそうに過ごしている。
私はそんな彼の傍にいたい、共に笑っていたいと思った。

彼は凄い人。
見た目はのっぺりとしたあまり存在感を主張しない容貌。
でも彼の残した実績は聞く人皆が冗談だと思うようなものばかり。
だから彼の周りには凄い素敵な人が集まって来る。
そして彼に思いを寄せる人も凄く素敵な人ばかり。
木村英雄君のお姉さんで大人気シンガー”咲夜”さんでもある木村月子さん。
世界陸上四百メートルでついに金メダルを獲得した本条まなみさん。
実際に会って話もした、私なんか比べ物にならないくらい素敵でしっかりした人たちだった。
それに比べて何もない私。やりたいことも、目指すべき夢も目標も、一切思いつかない平凡な私。
でも彼は言ってくれた、私の笑顔が見たいと。
彼は言ってくれた、俺のパートナーになってくれと。
私はなりたい、彼に相応しい人に。
どこに出しても恥ずかしくない、彼のパートナー足りえる人間に。

高校三年間、大学を入れれば七年間。私は彼とは別々の道を歩む事になる。
正直不安だし、彼に捨てられるのではないかと言う思いは常にある。
でも駄目なのだ、このまま彼に縋りつくような女にだけはなりたくないのだ。

彼は本当に凄い人。
これからも多くの素敵な女性が彼の前に現れるだろう。
その時、私が彼の傍にいられるかは分からない。
でも頑張ろう。
その時私が彼の目を真っ直ぐ見る事が出来るように。
彼に恥じない自分である為に。

”今こそ 分かれ目 いざ さら~ば~”


「絵実ちゃ~ん、お別れしたくないよ~。」
三年C組の教室へ戻ると、クラスメートのくみちゃんに抱き着かれた。
彼女とは一年生の頃からのクラスメート、はじめてクラスで仲良くなった大親友。
引き籠りで学校に馴染めなかった私をいつも気遣ってくれた掛け替えのない友人。

「ほらくみちゃん、いつまでも抱き着いて絵実を困らせないの。またいつでも一緒に遊べるじゃない、どこか遠くに行くんじゃないんだから。」
同じく大親友のみっちゃん、彼女も同じ鬼ごっこ同好会で共に苦労した大親友。
他にもたくさんの友達が出来たけど、この二人とは一生涯お付き合いしたい、そう思えた初めての友達。

「でも今迄みたいに一緒にいられないんだよ、寂しいよ、悲しいよ。なんで同じ学校に来てくれなかったのよ~。」
「絵実も色々思う所があるのよ、なんたって彼氏があの佐々木君なんだから。絵実、辛い事があったら何でも言うのよ、一人で抱え込んじゃ駄目、どんな信じられない様な事だって私たちは真剣に話を聞くからね。」
「そうだよ、佐々木君の傍にいたらそれはもう大変だと思うけど、お話くらいは聞けるから。一人で抱え込むのだけは止めてね。」

二人ともなんていい人なんだろう。私の抱える不安なんか彼女達にはお見通しなんだろう。これからも仲良くしてもらいたい、私も何でも話を聞くからね、これからもよろしくね、みっちゃんくみちゃん大親友

”私未だに思い出してトイレに行けない事があるんだけど。”
”夜の海と祠とお堂、これは絶対だめだよね。佐々木君の周りの見えない人達も気にしちゃ負けだよね。”

何か二人で話してるんだけど心配してくれてる事だけはしっかり伝わってくる。二人ともありがとうね。


卒業式が終わって学校からの帰り道、本当ならお母さんと二人で家に帰るんだけど、佐々木君が無理を言って着いて来てくれた。
佐々木君のお母さんも「遅くならないうちに帰って来るんだよ。」と言ってメイドさんと一緒に戻っていくし、男の子としてそれはどうなのと思わなくもないけど、「いざとなったら逃げるだけだし。」と言われれば納得するしかない。
逃走に関して彼の右に出る者はいないんだから。

「絵実、ちょっと寄って行かない?」
そこはうちの近所にある小さな公園だった。鉄棒とブランコしかない、本当に小さな空き空間。
お母さんは”先に戻ってるわね”と言い残し、笑顔で帰っていった。

ブランコに座りぶらぶら揺られる二人。
ブランコなんて何時ぶりだろう、それこそ小学校低学年の頃以来じゃないだろうか。

「なぁ、絵実。俺たちこれから通う学校が変わるだろ?」

一瞬不安が胸を走った。もしかして佐々木君、私との事を解消したいんじゃないんだろうか。
違うと思いたい、でもそんな事言えるだけの自信もない。

「絵実も俺と離れ離れになることが不安だと思うけど、俺も同じく不安なんだ。絵実はそんな事ないって言うかもしれないけど、俺はいつもその場の思い付きで動いているだけの至って平凡な人間なんだ。誇れるのは逃走王の称号だけかな。」

恥ずかしそうにいたずら顔で微笑む佐々木君。彼の顔を見ていると胸がキュンとする。

「これはそんな情けない男が絵実を縛り付ける為のささやかな抵抗。いやなら断ってくれても構わない。絵実、受け取ってくれるか。」

彼が取り出したのは小さな小箱。ゆっくりと開かれた小箱の中には、銀色に光るリングが一つ。

「これって・・・」

驚きと嬉しさで、溢れ出す涙。
彼はそんな私を優しく抱きしめてくれた。
この瞬間がいつまでも終わらなければ、私の涙はいつまでも止まる事が無かった。


「絵実、おめでとう。」
出迎えてくれたのは優しい笑みを浮かべる母であった。
あれから三十分ほど泣き続けた私を佐々木君は傍らで見守り続けてくれた。
ようやく泣き止んだ私は玄関前で彼と別れ、今しがた家にたどり着いたところであった。

「お母さん、知ってたの?」
ちょっとむっとした顔で聞く私に、母は事も無げに「実は佐々木君に相談されていたのよ。」と教えてくれた。

私凄く悩んでいたんだからね、もうこのところ不安で仕方なかったんだから!
理不尽だとは思うけど母にはこの不満をぶつけさせて欲しい。

「ごめんなさいね。でも絵実には最高の思い出をプレゼントしたかったの、佐々木君素敵だったでしょ?」
「お母さん・・・」
私をギュッと抱きしめる母、今まで苦労ばかりさせてきた母、愛情を一杯注いでくれた母。
母の優しさが、ぬくもりが。
お母さんありがとう、私絶対幸せになるから。
抱きしめ返す私に、母は微笑みを返してくれるのであった。


所でお母さん、何か左手の薬指に指輪をしてるみたいなんだけど、お母さんもしかしていい人が出来たとか!?
今まで浮いた話一つなかった母に春の出会いが!
自分の事が一杯一杯で今まで気が付かなかったけど、お母さんにもそんな出会いがあったんだ。今更ながらだけど、おめでとうねお母さん。

「ありがとう絵実ちゃん。絵実ちゃんも祝福してくれる?」
はにかむ様な仕草の母。
勿論大祝福だよ、お母さん。ねえ、いったいどんな人なの?

「うんとね、年下だけどすごくしっかりしていて、それでいて子供っぽい所もある可愛い人。絵実とも凄く気が合うと思うのよ。」

指輪を見詰めうっとりと惚気る母。
そうなんだ全然知らなかったよ、今度紹介してくれるんでしょ?

「うん、でも紹介しなくても絵実が一番よく知ってると思うわよ?」

うん?どう言う事?

「うんとね、絵実の事相談されてる時私も一緒に貰ってくださいってお願いしちゃった♪
彼、最初は戸惑ってたけど最終的にはOKしてくれたのよ。お母さん頑張っちゃったんだから。」

そうなんだ。お母さん、私ちょっと佐々木君に用があるから出掛けるね。帰り遅くなっても気にしないで、もしかしたら泊りになるかもしれないから。

ゆっくりと玄関から出て行く絵実。その手には駄菓子屋のおばちゃん特製の張り扇聖剣が・・・

「佐々木君、ちょっとお話聞かせて欲しいな~。」
行き交う街の住民は誰もが目を逸らし、彼女の行く手を阻む者は誰一人として現れなかった。(合掌)
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