追放されたデバフ使いが実は対ボス最終兵器でした〜「雑魚にすら効かない」という理由で捨てられたけど、竜も魔王も無力化できます〜

チャビューヘ

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第51話 【嵐への準備】

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 翌朝、俺たちは海導師ギルドに向かった。
 出発の前に、まずは報告。
 レヴィアスの巣の座標を伝えなければならない。

 扉を開けると、潮の香りが鼻をついた。
 窓の外では風が唸っている。
 曇り空が、街全体を薄暗く覆っていた。

「来たか」
 ギルドマスターが振り返る。
 白髪の老人。
 深い皺が刻まれた顔に、鋭い眼光が宿っている。

「密輸組織から情報を得ました」
 俺は地図を広げた。
「レヴィアスの巣。座標が分かりました」

 ギルドマスターの目が細くなる。
 地図を覗き込み、指で印をなぞった。
 沈黙が落ちる。

「ここか」
 低い声。
「なるほど。しかし、問題がある」

「嵐、ですね」
 セレナが口を開いた。
 彼女の表情が曇る。

「私の魔法では、あの規模の嵐は制御できません」
 セレナが唇を引き結ぶ。
「今の世代の水魔法使いで、あれを止められる者はいない」

 俺は眉をひそめた。
 昨夜、出発しようと言った。
 だが、嵐を突破する手段がなければ、話にならない。

 ギルドマスターが頷いた。
 机の上に古びた設計図を広げる。

「ならば、嵐を突破する船が必要だ」
 設計図には、大きな船の図面。
 船体に複雑な魔法陣が刻まれている。

「これは」
 ダリウスが身を乗り出す。

「アクアシールド号」
 ギルドマスターが答えた。
「耐嵐性能を持つ魔法強化船だ」

 全長二十メートル。
 船体全体に防御魔法陣が施されている。
 普通の船とは、明らかに造りが違った。

「五十年前に建造された」
 ギルドマスターが説明を続ける。
「当時の最高技術を結集した船だ」
「一度も沈んだことがない」

 ミラが小さく息を呑む。
 彼女の目が、設計図に釘付けになっていた。

「操縦には二名必要だ」
 ギルドマスターがセレナを見る。
「セレナ、お前が主操縦を担当しろ」

「はい」
 セレナが頷く。
「でも、補助操縦は」

「俺がやる」
 ダリウスが手を挙げた。
「船の操縦なら、昔少しやったことがある」

「少し、で大丈夫か」
 俺は眉を上げた。

「任せとけ」
 ダリウスが拳で胸を叩く。
「体で覚える方が早いんだよ、俺は」

 セレナが小さく笑った。
「ダリウスさんなら、すぐ覚えられると思います」
「でも、訓練は必要ですね」

「ああ」
 ギルドマスターが頷く。
「三日はかかる。嵐の中での操船は、通常とはまるで違う」

 三日。
 俺は考えた。
 その間に、できることはあるはずだ。

「分かった。その間に、他の準備も整える」
 俺は地図を畳んだ。
「装備の点検、食料の確保。やることは多い」

「待て」
 ギルドマスターが俺を呼び止めた。
「アクセルとやら。お前に見せたいものがある」

 老人が書棚に向かう。
 古びた本の間から、一冊の手記を取り出した。
 表紙は黄ばみ、端がぼろぼろに崩れている。

「これは、百年前の記録だ」
 ギルドマスターが手記を差し出す。
「最後の流水の連鎖術使い、アクアリウス・セージの手記」

 流水の連鎖術。
 その名前に、俺は反応した。
 水中訓練の時、セレナが言っていた。
 水流に乗って魔法が混ざる、と。

「古代の失われた技術ですね」
 セレナが呟く。
 彼女の目が、手記に注がれていた。
「師匠から聞いたことがあります。水流を媒介にして、魔法を増幅させる術」

「ああ」
 ギルドマスターが頷いた。
「お前のデバフ魔法と、相性がいいかもしれん」

 俺は手記を受け取った。
 指先に、古い紙の感触。
 ページを開く。
 かすれた文字が、びっしりと並んでいた。

  * * *

 俺は手記を読み進めた。
 一文字一文字を追う。

『流水の連鎖術とは、水流を媒介としてデバフを増幅する技術である』

 心臓が跳ねた。
 これは。

『一つのデバフが、次のデバフを段階的に強化する』

 俺のカスケードシステムと、同じ原理だ。
 いや、もっと先を行っている。

『陸上では効果薄だが、水中では無限に近い増幅が可能』

 無限に近い増幅。
 指先が震えた。
 これがあれば、レヴィアスにも。

「すごい」
 ミラが俺の隣で覗き込む。
「これ、本当なの」

「本当だ」
 ギルドマスターが答えた。
「アクアリウス・セージは、その技術で海の魔獣を何体も倒した」
「伝説の水魔法使いだ」

 俺はページをめくった。
 次の記述が目に入る。

『しかし、術者の精神力と魔力制御が極めて重要』
『失敗すれば、術者自身が呪いに飲まれる』

 手が止まった。
 呪いに、飲まれる。

「危険な技術なのか」
 俺は顔を上げた。

「ああ」
 ギルドマスターの表情が厳しくなる。
「だから失われたのだ。継承者が現れなかった」
「いや、正確には」

 老人が言葉を切る。
 窓の外で、風が吹きすさんだ。

「継承しようとした者は、皆死んだ」

 空気が張り詰める。
 ミラが息を呑む気配がした。
 ダリウスも、珍しく黙っている。

「でも」
 セレナが一歩前に出た。
 彼女の声は静かだったが、芯がある。

「アクセルさんのデバフは、対象が強いほど効果が増す」
 セレナが俺を見る。
「連鎖の制御に、その特性が使えるかもしれません」

 俺は考えた。
 カスケードシステム。
 まだ基礎版だ。二段階の連鎖しかできない。
 でも、水中なら。

「試してみる価値はある」
 俺は手記を閉じた。

「無理はするな」
 ギルドマスターが釘を刺す。
「命を落とす。本当に」

「分かっています」
 俺は頷いた。
「でも、レヴィアスを倒すには、今の力では足りない」

 老人が俺を見つめる。
 長い沈黙。
 やがて、小さく息を吐いた。

「若いな」
 その声には、諦めと、少しの期待が混じっていた。
「手記は貸してやる。だが、くれぐれも慎重にな」

「ありがとうございます」
 俺は深く頭を下げた。

  * * *

 ギルドを出ると、風が強くなっていた。
 雲が低く垂れ込めている。
 嵐の前触れだ。

「訓練、か」
 ダリウスが首を回す。
「三日で船の操縦をマスターしろってのは、なかなかハードだな」

「大丈夫ですよ」
 セレナが微笑む。
「実際に乗ってみれば、すぐ慣れます」

「よし、やるか」
 ダリウスが拳を握った。
「セレナ、頼むぜ」

 二人が港に向かって歩き出す。
 俺とミラは、その場に残った。

「私は、何をすればいい」
 ミラが訊く。
 その声には、決意が混じっていた。

「装備の点検を頼む」
 俺は答えた。
「水中戦闘用の装備を揃えてくれ」
「ギルドに在庫があるはずだ」

「分かった」
 ミラが頷く。
 だが、彼女はすぐには動かなかった。

 俺の袖を、小さく引く。
 ミラの指が、かすかに震えていた。

「あの」
 視線が泳ぐ。
「流水の連鎖術。使い手が皆死んだって」

 言葉が途切れる。
 ミラは唇を噛んで、俯いた。
 肩が、小さく上下している。

「大丈夫だ」
 俺はミラの頭に手を置いた。
「無茶はしない。約束する」

 ミラが顔を上げる。
 その目が、潤んでいた。

「本当に」
 声が震えている。

「ああ」
 俺は頷いた。
「俺一人で何とかしようとは思ってない」
「お前たちがいるからな」

 ミラの頬が、ほんのり赤くなった。
 彼女は慌てて顔を背ける。

「そ、そう」
 小さく呟く。
「なら、いいけど」

 風が吹いた。
 髪が乱れる。

「任せて」
 ミラが振り返った。
 さっきより、少しだけ強い目をしていた。
「装備、ちゃんと揃えるから」

 彼女がギルドに駆け戻っていく。
 その背中を見送りながら、俺は思った。
 少しずつ、変わってきている。

 俺は手元の手記を見た。
 古びた表紙。
 百年の時を超えた、失われた技術。

 流水の連鎖術。
 何かヒントがあるはずだ。

 空を見上げた。
 雲の切れ間から、一筋の光が差していた。

 三日後、俺たちは嵐の海に出る。
 準備は、始まったばかりだ。
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