【完結】魔王とは、聖女を愛した騎士の、もう一つの名前だった〜偽りの聖戦と、世界を欺いた二人の逃亡〜

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part 3.3

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第三話「聖戦という名の茶番」③

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 この報告書を読んで、私は声を出して笑ってしまった。
 不謹慎だと分かっている。
 だが——

 「まるで作戦をすべて知っているかのよう」
 「聖女様が漏らすなど、絶対にありえません」

 オスカー。
 お前は、何も分かっていなかったのだ。

 通信ログを見れば明らかだ。
 作戦は、聖女自身によって魔王に伝えられていた。

 「オスカーの馬を逃がして」
 「3日くらい森の中で迷わせて」

 彼女の「復讐」は、計画通りに実行されていた。

 そしてオスカーは、最後まで気づかなかった。
 自分が「魔力タンク」と呼んだ少女に、弄ばれていたことを。

 次の資料は、司祭長アルベルトの弁明書だ。
 暗殺ギルド「暗影の翼」の顛末が記されている。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料11:司祭長から教皇への弁明書(聖暦1001年3月・極秘)

【文書番号】極秘第014号
【文書種別】親展書簡
【作成者】教皇庁司祭長アルベルト・モラヴィア
【宛先】教皇猊下

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 教皇猊下

 極秘裏ごくひりにご報告申し上げます。

 先にご依頼いただいた「件の処理」について、はなは遺憾いかんな結果となりました。

 結論から申し上げますと——失敗でございます。
 しかも、最悪の形で。

【経緯】
 聖暦1001年2月、「暗影の翼」より5名の精鋭を雇用。
 彼らは聖女の食事係、侍従、護衛にまぎれ込み、「処理」の機会をうかがっておりました。

 しかし。

 聖女は、まるで暗殺者の存在を知っているかのように振る舞いました。
 特定の侍従には食事を任せず、特定の護衛とは二人きりにならない。

 そして——決定的な事件が起きました。

【2月15日の毒殺未遂】
 暗殺者の一人が、聖女のさかずきに毒を仕込みました。
 しかし聖女は、その杯を侍女に渡し、自らは別の杯を使用。
 侍女は倒れ、暗殺者は露見ろけんしました。

 ……偶然、でしょうか。
 私にはそう思えません。

【3月1日の「討伐遠征」】
 残る4名の暗殺者は、遠征中に「処理」を実行する予定でした。
 聖女が前線に出た隙に、「魔王軍の攻撃」に見せかけて——

 ところが。

 4名全員が、「流れ矢」で死亡しました。

 魔王軍の放った矢が、たまたま4名全員の眉間みけんつらぬいた。
 いずれも、一撃で即死。
 聖女の護衛でありながら、聖女の傍にいた者だけが狙われた。

 これは——偶然でしょうか。

 魔王は、ゆみの腕で知られていました。
 かつて近衛騎士として、射撃大会で三連覇した男です。

 まさか——魔王は、暗殺者の正体を知っていたのでしょうか。
 だとすれば、なぜ聖女ではなく、暗殺者だけを狙ったのか。

 ……考えたくもありません。

【現状】
 「暗影の翼」との契約は、事実上破棄されました。
 彼らは「契約相手を舐めるな」と激怒し、前払い金の返還を拒否。
 さらに、「今後一切の依頼を受けない」と宣言。

 つまり——500枚の金貨を失い、暗殺手段も失いました。

【今後の方針】
 魔王は、聖女がいる場所だけを避けて攻撃してきます。
 この現象は、聖女の「神聖なる加護」の賜物たまもの——と、公式には説明しております。

 しかし本当の理由は、私にも分かりません。

 一つだけ言えることは。
 現状のままでは、「処理」は不可能です。
 魔王が、まるで聖女を守っているかのように動くからです。

 ……ありえない話ですが。

 今後の対応について、ご指示を賜りたく存じます。

      教皇庁司祭長 アルベルト・モラヴィア

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 「魔王が、まるで聖女を守っているかのように」

 そうだ、アルベルト。
 お前の直感は正しかった。

 魔王は、聖女を守っていた。
 「流れ矢」は、偶然ではない。
 彼女を殺そうとする者を、一人残らずいていたのだ。

 通信ログを思い出してほしい。
 「暗殺者をおびき出す。そしたら、あなたが『流れ矢』で始末して」
 「了解。『流れ矢』の腕には自信がある」

 彼らは、教会の「処理」を逆手に取った。
 暗殺者を「聖戦の犠牲者」として葬り、教会の手駒を一掃した。

 500枚の金貨を払って、自分たちの暗殺者を殺された。
 教会にとって、これほど屈辱的な結末があるだろうか。

 最後の資料は、「密会の痕跡」だ。
 二人が実際に会っていた場所——その物的証拠。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料12:密会の痕跡(聖暦1000年~1002年)

【発見場所】ベルゲン渓谷東部・廃村の風車小屋
【発見物】生活用品、遊具、装飾品等
【備考】複数回の使用痕跡あり

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 以下は、廃村の風車小屋から発見された物品の一覧である。

【発見物1】木製の食器(2人分)

 皿2枚、椀2つ、匙2本。
 いずれも使い込まれた痕跡がある。
 皿の裏には、異界の文字で「E」と「Z」の刻印。

 エルザと、ゼギル。
 二人の頭文字だ。

【発見物2】升目の刻まれた遊戯盤

 8×8の升目ますめが刻まれた木の板。
 駒は失われていたが、盤面は激しく摩耗まもうしている。

 少なくとも数十回、いや数百回は使われたのだろう。

 彼らは——遊んでいた。
 世界を敵に回しながら、ゲームに興じていた。

【発見物3】壁に刻まれた縦線

 風車小屋の柱に、縦線が刻まれていた。
 5本ずつ束ねられ、17組。
 合計85本。

 おそらく——会った回数を数えていたのだろう。

 3年間で85回。
 「討伐遠征」のたびに、密会を重ねていた。

【発見物4】布に包まれた髪の束

 黒い髪と、銀色ぎんいろの髪。
 それぞれ小さな束になって、ひもで結ばれていた。

 聖女の髪は銀、騎士の髪は黒。
 記録と一致する。

 なぜ、髪を交換したのか。
 理由は分からない。
 だが——愛し合う者同士の、ちかいのようなものだったのだろう。

【発見物5】包み紙の束

 パンの包み紙。
 先の資料で紹介したものと、同じ材質の紙だ。

 ただし、こちらの包み紙には——絵ではなく、文字が書かれていた。
 異界の文字で。

 翻訳すると——

「今日のパン、美味しかった」
「次は林檎りんごのパンを焼く」
「楽しみにしてる」
「また会えて嬉しい」
「もう少しだけ、頑張ろうね」

 ……ただの、恋人同士のり取りだ。
 世界を騙している者たちの言葉とは、思えない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 風車小屋を調査したとき。
 私は、奇妙な感覚に襲われた。

 ここには——「日常」があった。

 二人分の食器。
 すり減った遊戯盤。
 壁に刻まれた縦線。
 交換された髪の束。
 「林檎のパンを焼く」という約束。

 彼らは、「聖戦」という茶番の合間に、ささやかな幸福を築いていた。

 世界を敵に回しながら。
 いつ殺されるか分からない状況で。
 それでも——パンを焼き、ゲームをし、髪を交換していた。

 これが、「魔王」と「聖女」の真実の姿だった。

 公式記録に描かれた「英雄譚」は、嘘だった。
 教会が語る「聖戦」は、存在しなかった。

 あったのは——二人の逃避行だけだ。

 世界を欺き、運命に抗い、愛する者のために戦う。
 その3年間の記録が、今、私の手の中にある。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第三話 了

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

続く記録について

 聖暦1003年12月。
 「最終決戦」の時が来た。

 公式記録では、聖女と魔王は「相討ち」となり、共に消滅したとされている。
 だが——

 奈落の書庫から発見された「従軍司祭の目撃証言」は、奇妙な矛盾むじゅんを含んでいた。

 「聖女様の最期の言葉は——『ありがとう』でした」

 敵である魔王に、なぜ「ありがとう」と言ったのか。

 そして——もう一つの資料。
 「密貿易商人の渡航手形控え」。

 そこには、「二人分」の記載があった。

 続く記録の名は『偽りの終焉』——

 「最終決戦」の真実が、ついに明かされる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者補記

 本資料を整理していた深夜のことだ。

 研究室のドアをノックする音がした。

 開けると、上司のヴェルナー教授が立っていた。
 普段は温厚な彼が、蒼白そうはくな顔をしていた。

「ノイマン君。少し話がある」

 彼は、一枚の書類を差し出した。
 予算凍結の通知書だった。

「上から圧力がかかっている。君の研究を中止しろ、と」

 私は黙っていた。

「……教会だよ。300年前の『真実』を暴かれたくない連中がいる」

 彼は溜息をついた。

「私は君の味方だ。だが——気をつけろ。彼らは、手段を選ばない」

 教授が去った後。
 私は、机の上に置かれた一枚のメモを見つけた。

 前回の「藪を突くな」ではなく——今度は、こう書かれていた。

 「次はない」

 ……どうやら、300年前の「真実」は、現代の誰かにとっても不都合らしい。

 だが、私は止まらない。

 彼らの物語を、最後まで伝えなければ。

 たとえ——この身に何が起ころうとも。

                      ——ヴィクトル・ノイマン
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