【完結】魔王とは、聖女を愛した騎士の、もう一つの名前だった〜偽りの聖戦と、世界を欺いた二人の逃亡〜

チャビューヘ

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part 4.1

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第四話「偽りの終焉」①

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者序文

 聖女は、「ありがとう」と言った。

 敵であるはずの魔王に。
 世界を滅ぼそうとした悪の権化に。
 その最期の瞬間、彼女は——感謝を告げた。

 聖暦1003年12月。
 「最終決戦」と呼ばれる戦いが終わった。

 公式の記録では、こう伝えられている。

 魔王城の玉座の間で、聖女と魔王は一騎打ちを演じた。
 聖女は自らの命を聖なる炎に変え、魔王と相討ちとなった。
 二人は光の中に消え、世界に恒久の平和が訪れた——と。

 美しい結末だ。
 英雄譚としては、申し分ない。

 だが。

 私が奈落の書庫から発掘した資料は、その「美しさ」を根底から覆した。

 従軍司祭の目撃証言には、不自然な矛盾が満ちていた。
 魔導技術による残留魔力の分析は、「聖なる炎」の正体を暴いた。
 そして——密貿易商人の帳簿には、「二人分」の渡航記録が残っていた。

 彼らは、死んでいなかった。

 今回紹介する資料は、五つ。

 一つ目は、従軍司祭ハインツ・ヴェーバーの「目撃証言」。
 聖女の最期を見届けたとされる男の、公式の証言録だ。
 だが、よく読めば——矛盾だらけの妄言もうげんでしかない。

 二つ目は、現代の魔導技術による「残留魔力スペクトル分析」。
 聖暦1305年の今、ようやく可能になった科学的検証だ。
 その結果は、教会の「奇跡」を木っ端微塵みじんに打ち砕く。

 三つ目は、密貿易商人の「渡航手形控え」。
 「忘れられた諸島」への船便の記録。
 そこには、「銀髪の女」と「片足の男」の名前があった。

 四つ目は、魔王城の地下通路から発見された「脱出の痕跡」。
 血痕と、二人分の足跡。
 片方は、引きずられた跡を残して。

 そして五つ目。
 魔力枯渇寸前の使い魔から復元された——最後の通信ログの断片。

 順を追って見ていこう。
 「最終決戦」の真実を。

             ヴィクトル・ノイマン

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

資料13:従軍司祭の目撃証言(聖暦1003年12月)

【文書番号】聖典録第777号
【文書種別】証言記録(公式認定)
【作成者】教皇庁記録官
【証言者】従軍司祭ハインツ・ヴェーバー

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 以下は、「最終決戦」を最も近くで目撃したとされる従軍司祭の証言である。

 教会はこの証言を「聖なる奇跡の記録」として公式に認定し、聖女伝説の根幹に据えた。

 だが——私には、この証言があまりにも「都合が良すぎる」ように思えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【証言録】

 私、ハインツ・ヴェーバーは、神の御名においてちかいます。
 以下の証言は、すべて真実であると。

 聖暦1003年12月21日。
 冬至の夜でした。

 討伐軍は、ついに魔王城の門前に到達しました。
 3年間の戦いの、終着点です。

 聖女様は、先頭に立っておられました。
 銀色の髪が、月光に輝いていました。
 その御姿おすがたは、まさに神の使いそのものでした。

 魔王の軍勢は、城を守っていました。
 しかし——聖女様が一歩踏み出すと、彼らは蜘蛛くもの子を散らすように逃げていきました。
 聖女様の神聖なる御威光ごいこうの前に、悪は立つことができなかったのです。

 城門が開き、私たちは玉座の間へ向かいました。
 聖女様は、私たち護衛を制して、一人で中に入ろうとなさいました。

「ここから先は、私一人で行きます」

 そうおっしゃった聖女様の横顔を、私は一生忘れません。
 りんとして、美しく、そして——どこか悲しげでした。

 私は、玉座の間の扉の隙間から、中の様子を見ていました。
 神聖な儀式の目撃者として、記録を残すために。

 魔王は、玉座に座っていました。
 漆黒しっこくよろいのように赤いひとみ
 その姿は、まさに悪の権化ごんげでした。

 聖女様が近づくと、魔王は立ち上がりました。

「来たか、聖女」

 その声は、地の底から響くような禍々まがまがしさでした。

「終わりにしましょう、ゼギル」

 聖女様は、静かにおっしゃいました。
 その手には、聖剣が握られていました。

 二人は——戦いました。

 剣と剣がまじわり、火花が散りました。
 聖女様の聖なる力と、魔王の闇の力がぶつかり合いました。

 その戦いは、壮絶そうぜつでした。
 私のつたない言葉では、とても表現できません。

 そして——最後の瞬間が訪れました。

 聖女様は、聖剣をてんかかげました。
 その刃が、まばゆい光を放ち始めました。

 魔王は、逃げようとしました。
 しかし、聖女様の光が、彼を捕らえました。

 聖女様は——微笑んでいました。

 そして、最期の言葉をつむぎました。

「——ありがとう」

 私は、耳を疑いました。

 敵に向かって、なぜ「ありがとう」なのか。
 その意味を、私には理解できませんでした。

 直後、聖女様の体から、莫大ばくだいな光があふれ出しました。
 玉座の間全体を、いえ、城全体を包み込むほどの光。

 私は目を閉じました。
 光が強すぎて、見ていられなかったのです。

 光が収まったとき——二人の姿は、どこにもありませんでした。

 玉座の間には、焦げ跡だけが残っていました。
 聖女様も、魔王も、跡形もなく消えていました。

 私は、その場にひざまずき、祈りました。

 聖女様は、自らの命をささげて、魔王を滅ぼされたのです。
 これこそ、神の奇跡。
 これこそ、聖なる殉教じゅんきょう

 以上が、私の目撃した「最終決戦」のすべてです。

 神の御名において、私はこの証言が真実であることを誓います。

     従軍司祭 ハインツ・ヴェーバー

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

編纂者注記

 この証言を読んで、私は深い溜息ためいきをついた。

 矛盾だらけだ。

 まず、「魔王の赤い瞳」という記述。
 ゼギル・ヴァルトシュタインのひとみは黒だ。
 近衛騎士時代の記録にも、そう残っている。
 「血のように赤い瞳」は、明らかに脚色——いや、捏造ねつぞうだ。

 次に、「聖剣を天に掲げ、光を放った」という記述。
 だが、考えてみてほしい。
 聖女が本当に「聖剣」で魔王と戦ったのなら、その剣はどこへ消えたのか。
 「聖なる炎」で二人とも消滅したというなら、剣もまた消えたはずだ。
 しかし、教会には「聖女の聖剣」が聖遺物として保管されている。
 傷一つない、真新まあたらしい状態で。
 ——使われた形跡が、ないのだ。

 そして——「ありがとう」という最期の言葉。

 ヴェーバー司祭は、この言葉の意味を「理解できなかった」と書いている。
 当然だろう。
 敵に感謝するなど、公式の物語には収まらない。

 だが、私には分かる。

 彼女は、「敵」に礼を言ったのではない。
 「共犯者」に礼を言ったのだ。
 「愛する人」に、感謝を告げたのだ。

 ——ここまで付き合ってくれて、ありがとう。

 その一言に、どれほどの想いが込められていたか。

 司祭は見ていた。
 しかし、何も理解していなかった。

 彼の目には、「聖女と魔王の壮絶な戦い」が映っていた。
 だが実際に起きていたのは——「二人の逃避行の最終章」だった。

 次の資料は、「残留魔力スペクトル分析」だ。
 聖暦1305年の現代技術で、300年前の「奇跡」を検証した結果。
 その結論は——「聖なる炎」など、存在しなかったというものだ。
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