実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第48話 指差し確認が終わらない! 現場監督カイトの鬼チェック

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 翌朝。午前十時。

 白いトラックが、再び門の前に停まった。

「ご安全に!」

 壊原の声が、山の静寂を切り裂く。
 昨日より一時間早い。
 予告から、きっちり二十四時間後。

「社長。来ました」

 ミレイが、縁側に顔を出した。

「分かってる」

 俺は茶碗を置いた。
 予定通りだ。

    ◇

 門の前に立つと、壊原の姿が目に入った。

 昨日より装備が増えている。
 ヘルメットの上には、謎のセンサー。
 腰には結界テープと書かれた黄色いベルト。
 足元は滑り止め付きの安全靴。

「おはようございます」

 壊原が、丁寧に頭を下げた。

「本日は、施工規則第二条に則り、二十四時間前の予告を完了しております」

 そして、胸を張って宣言した。

「したがって、本日の工事は適法です」
「そうか」

 俺は、腕を組んだ。

「で、何を壊しに来た」
「霊的耐震基準を満たさない建築物の、全面解体です」

 壊原がハンマーを持ち上げる。
 昨日より一回り大きい。

「旦那!」

 ハチさんが、前に出ようとした。
 俺はその肩を押さえた。

「待て」
「でも、旦那」
「今日は腕力じゃ勝てない」

 俺は、壊原の装備を見つめた。

 対霊体用の結界テープ。
 あれを張られたら、ハチさんでも近づけない可能性がある。
 昨日の戦いで、対策を練ってきたのだろう。

「今日は、別の方法で戦う」
「別の方法?」
「ああ。あいつ自身のルールで、あいつを縛る」

 俺は、一歩前に出た。

    ◇

「壊原」
「はい」
「お前の施工規則、全部読んだ」

 壊原の目が、わずかに見開かれた。

「第三条。『安全確認を怠った場合、工事を中断する』」
「はい。安全は、全てに優先します」
「なら、今から安全確認をしてもらう」

 俺は、懐から紙を取り出した。
 昨夜、ミレイと一緒に作ったものだ。

「これは?」
「KY活動シートだ」

 壊原の目が、光った。

「危険予知活動。当然、実施いたします」
「なら、この現場のリスクを洗い出せ」

 俺は、シートを壊原に突きつけた。

 壊原が、シートを受け取る。
 その手が、かすかに震えていた。

「分かりました。指差し確認を行います」

 壊原がヘルメットのあごひもを締め直した。

「作業区域、確認。門柱から半径五メートル」

 指を伸ばし、声を上げる。

「足元、よし。地面状態」

 その瞬間。
 壊原の足が、滑った。

「うおっ!?」

 かろうじて踏みとどまる。
 だが、その顔は蒼白だ。

「ヒヤリハット発生! 足元に氷!」

 壊原が、地面を見下ろした。
 薄い氷の膜が、足元に広がっている。

 俺は、縁側を見た。
 ユキが、静かに座っている。
 その白い指先が、門の方を向いていた。

 冷気が、地面を這うように広がっていく。
 目には見えない。
 だが、確実に、壊原の足元に届いている。

「おい、壊原。足元よし、じゃなかったな」
「申し訳ありません! 直ちに是正します!」

 壊原が、トラックに走っていく。
 そして、融雪剤の袋を持って戻ってきた。

「融雪剤散布。安全確保を」

 袋を開けようとした瞬間。
 ビリッ、と音がした。

「な」

 袋の底が破れた。
 融雪剤が、足元に散らばる。

「道具の破損! 是正措置を」

 壊原が、予備の袋を取りに走る。

 俺は、古民家の軒下を見た。
 ザシキが、にこにこと笑っている。

 座敷童子の結界は、この土地に根を張った者を守る。
 逆に言えば、侵入者には容赦がない。
 幸運の裏返しは、不運だ。

    ◇

 十分後。

 壊原が、腰のポーチから何かを取り出した。
 熱源パッド。足元に貼り付けている。

「対策済みです。氷結には熱で対抗します」

 その目には、勝利の確信があった。

 俺は、小さくため息をついた。
 学習能力は高い。
 だが、それだけでは足りない。

「なるほど。足元は対策したか」
「はい。二度も同じ手は」
「じゃあ、上はどうだ」

 その瞬間、突風が吹いた。

 いや、風ではない。
 タエさんが、全速力で走り抜けたのだ。

 壊原のヘルメットが、大きく揺れる。

「強風注意! 風速計を確認!」

 壊原がスマートフォンを取り出し、天気アプリを開く。

「現在風速、三メートル。高所作業の基準値以下。問題」

 再び突風。
 今度はカラーコーンが倒れた。

「基準値、超過! 高所作業中止基準に該当!」
「お前、今日は高所作業するのか?」
「いえ、地上での解体作業ですが、念のため」
「念のため、か。安全意識が高いな」
「ありがとうございます!」

 壊原が、嬉しそうに頭を下げた。
 皮肉が通じていない。

 ハチさんが、門柱の横に立っていた。
 腕を組んで、じっと壊原を見つめている。

「旦那。あたいは手を出さなくていいのかい」
「今日は見てるだけでいい」
「ぽぽぽ。退屈だねえ」

 だが、その目は笑っていない。
 いつでも動ける体勢だ。

 その時。
 門の内側から、黒い影が現れた。
 塀の隙間を抜けて、悠然と壊原の前を横切る。

「にゃ」

 タマだ。
 首には、小さな鈴のついた首輪。
 その中に、依代が仕込んである。

「作業区域内に第三者侵入! 作業中断!」

 壊原が、タマを追いかけようとする。
 だが、タマはするりと逃げて、塀の上に飛び乗った。

 予定通りだ。

 昨夜、タマに頼んでおいた。
 「明日の十時半頃、門の前を歩け。それだけでいい」
 タマは「面倒くさい」と言いながらも、煮干し三匹と引き換えに承諾した。

 怠け者の猫を動かすには、それなりの対価がいる。
 だが、煮干し三匹で解体屋を足止めできるなら、安いものだ。

「第三者の排除を」
「あれは猫だ」
「猫も第三者です! 施工規則第四条!」
「猫を捕まえるのか?」
「必要であれば!」

 壊原が、タマに向かって走り出す。

 だが、タマは塀の上を悠々と歩いていく。
 そして、土蔵の屋根に飛び移った。

「高所! 追跡不可! 作業区域の再設定を!」

 壊原が、カラーコーンを持って走り回る。

 俺は、ミレイと目を合わせた。

「順調だな」
「そうですね」

 ミレイが、小さく笑った。

    ◇

 三十分後。

 壊原は、汗だくだった。

 足元の氷。道具の破損。突風。猫の侵入。
 そのたびに、壊原は律儀に対応した。
 指差し確認。是正措置。作業区域の再設定。

 だが、一度もハンマーを振るえていない。

「壊原」

 俺は、声をかけた。

「何でしょうか」
「一つ、報告がある」

 俺は、天井の隅を見上げた。

 そこには、暗がりがある。
 そして、その暗がりの中から、二つの目がこちらを見ていた。

「この現場には、監視者がいる」
「監視者?」
「ああ。常にお前を見ている」

 スキマの視線が、壊原を捉えた。
 壊原の顔から、血の気が引いていく。

「お前の施工規則に、作業員の精神衛生に関する条項はないのか?」
「せ、精神衛生?」
「ああ。常に誰かに見られている状態で、正常な作業ができるか?」

 壊原の目が、泳ぎ始めた。

「確かに。確かに、安全には精神的な安定も含まれます。しかし」
「しかし?」
「私は、任務を遂行しなければ」

 壊原が、ハンマーを握り直した。
 だが、その手は震えている。

「無理だろう」

 俺は、淡々と告げた。

「この現場は、呪われている」
「呪い?」
「ああ。何をしても、不運が起きる。道具は壊れる。天候は荒れる。足元は凍る。そして、常に誰かに見られている」

 俺は、壊原の目をまっすぐ見た。

「お前の施工規則第三条。安全確認を怠った場合、工事を中断する」
「はい」
「この現場で、安全を確保することは不可能だ」

 沈黙が落ちた。

 壊原の額から、汗が流れ落ちる。

「作業員の安全が確保できない現場で、工事を強行するのか? それは、お前自身のルールに反するんじゃないのか」

 壊原が、ハンマーを下ろした。
 その顔には、苦悶の色が浮かんでいる。

「くっ。安全が、確保できない」

 壊原が、膝をついた。

「私の美学が。私のルールが」
「お前のルールは正しい。だから、お前はここでは働けない」

 俺は、壊原を見下ろした。

「帰れ。そして、発注者に報告しろ」

 壊原が、ゆっくりと立ち上がった。
 その目には、敗北の色が浮かんでいる。

「分かりました」

 壊原が、深く頭を下げた。

「本現場は、『施工困難』として処理いたします」

 カラーコーンが片付けられていく。
 規制線が撤去されていく。

 壊原がトラックに乗り込もうとした時、俺は声をかけた。

「待て」
「何でしょうか」
「発注者は誰だ」

 壊原が、振り返った。

「この現場の安全管理状況を、発注者に報告する義務があるはずだ。誰に報告するんだ?」

 壊原が、少し考えた。
 そして、あっさりと口を開いた。

「ミコシバ・エージェントです」

 俺は、眉をひそめた。

「ミコシバ?」
「御子柴様が代表を務める、コンサルティング会社です」

 壊原が、ため息をついた。

「あの方の依頼は、いつも現場が荒れる」

 壊原がトラックに乗り込む。
 その背中は、かすかに震えていた。

「いつか、必ず」

 小さな声が、聞こえた気がした。
 俺は、聞こえないふりをした。

 今日は勝った。
 だが、あいつの目は、諦めていなかった。

 壊原がトラックを発進させようとした時、ふと動きを止めた。
 その視線の先には、黒田がいた。

 安全帯なし。ヘルメットなし。
 炎天下で、笑顔で穴を掘っている。

「社長! 午前のノルマ達成しました!」

 黒田が、爽やかに手を振った。

 壊原の顔が、青ざめた。

「あの現場は」

 声が、震えている。

「あんな危険な現場、見たことがない」

 そう言い残して、壊原は逃げるように去っていった。

    ◇

 夕暮れ。

 縁側で、茶を啜っていた。

「社長。お疲れ様でした」

 ミレイが、湯呑を差し出した。

「ああ」

 俺は、空を見上げた。

 御子柴。
 やはり、あいつが糸を引いていた。
 しかも、会社を使っている。
 ミコシバ・エージェント。

「スキマ」
「……なに」
「その会社を調べろ。登記簿、役員、取引先。全部だ」
「……分かった」

 スキマの気配が消えた。

「社長」

 ミレイが、隣に座った。

「次は、何が来ると思いますか」
「分からん。だが、御子柴は焦っている」

 俺は、茶を啜った。

「焦ったやつは、必ずミスをする」
「はい」
「そのミスを待つ。それまでは、いつも通りだ」

 俺は、立ち上がった。

 怠惰は正義だ。
 だが、社畜根性は、どんな呪いより根深い。
 解体屋すら、怯えて逃げ出すほどに。

 そう思いながら、俺は布団に向かった。
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