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テイク2「炎の試練」
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【トビーの制作日誌】
王暦1547年・春の月・15日
視聴率23.7%。
王国放送史上最高記録を叩き出した第1話。
バルドー卿(プロデューサー)からの祝辞メモが届いた。
「期待している」の一言だけ。
その下に小さく「予算は増やさない」と書いてあった。
本日のロケ地:ガルム洞窟。
撮影内容:ドラゴンとの死闘。
用意されたドラゴン:CGじゃなくて本物。
……本物?
「予算の都合で魔法生物レンタルの方が安かった」と監督。
俺は二本目の胃薬を開けた。
レオの第一声:「炎で髪が焦げないよね?」
マリアの第一声:「タバコ吸える場所どこ」
今日も平和な現場である。
-----
【映像ログ:ON AIR(放送用)】
ガルム洞窟・最深部
(重厚なオーケストラBGM。松明の炎が揺らめく。岩壁に巨大な影)
ナレーション:
「洞窟の奥で待ち受けていたのは、炎竜ガルムナイト。その咆哮は山をも震わせる」
(巨大なドラゴンが翼を広げる。口から炎が渦巻く)
レオ:
(聖剣を構え、毅然と)
「来い、炎の化身よ。この剣が貴様の終焉となる」
ドラゴン:
「グオオオオオオッ!」
(炎のブレスが迫る)
マリア:
(両手を翳し、神聖な光)
「聖なる障壁よ、我らを守りたまえ!」
(光の盾が炎を弾く)
レオ:
「今だ!」
(聖剣が弧を描く。ドラゴンの鱗に深い傷)
ナレーション:
「勇者の一撃は、確かに魔獣の鎧を貫いた」
-----
【映像ログ:未公開(テイク1~46ダイジェスト)】
監督:
「アクション!」
レオ:
(剣を構える。キメ顔。3秒後)
「……セリフなんだっけ」
監督:
「カット」
(テイク1・終了)
-----
レオ:
「来い、炎の化身よ。この剣が貴様の……」
(ドラゴンがくしゃみ。小さな火花がレオの前髪を掠める)
レオ:
「ちょ、熱っ! 待って! 今、髪焦げた!?」
(手鏡を取り出す)
レオ:
「焦げてる! 先っぽ焦げてる!」
監督:
「……カット。メイクさん」
(テイク7・終了)
-----
マリア:
「聖なる障壁よ、我らを……」
(杖を振り上げた瞬間、ドラゴンの尻尾が薙ぎ払う)
マリア:
「うおっ」
(派手に吹っ飛ぶ)
マリア:
(起き上がりながら、低い声)
「おい誰だよこのトカゲ連れてきたの」
スタッフB:
「レンタル業者が……」
マリア:
「躾なってねえじゃん」
(ドラゴン、きょとんとした顔)
監督:
「カット……」
(テイク12・終了)
-----
レオ:
「この剣が貴様の終焉となる!」
(剣を振り下ろす。足が滑る。そのまま前のめりに)
レオ:
「あっ」
(ドラゴンの腹に頭から突っ込む)
ドラゴン:
「グルル?」
(困惑した顔で下を見る)
レオ:
(腹に埋もれたまま)
「……助けて」
マリア:
(腕を組んで見ている)
「自力で出ろよ」
(テイク19・終了)
-----
監督:
「レオくん、もうちょっと勇ましく」
レオ:
「勇ましくやってますけど」
監督:
「さっき『助けて』って言ったよね」
レオ:
「あれは戦略的な」
マリア:
(煙を吐きながら)
「戦略的に情けないな」
レオ:
「うるさいな。そっちこそ吹っ飛んでたじゃん」
マリア:
「トカゲが暴れたからだろ」
レオ:
「トカゲじゃなくてドラゴンな」
マリア:
「同じだろ」
ドラゴン:
「グルル……」
(なぜか傷ついた顔)
トビー(カメラ後ろ、小声):
「……聞こえてるっぽいな」
(テイク23・休憩中)
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【トビーの制作日誌】
補足メモ・その1
テイク23終了時点での問題:
・レオの前髪:3回焦げた
・マリアの衣装:2回破れた
・ドラゴンの機嫌:下降中
・俺の胃:限界
休憩中、ドラゴンに水を持っていった。
「ごめんな、うちのキャスト」と声をかけたら、頷いた気がした。
魔獣にも心はあるらしい。
-----
【映像ログ:未公開(テイク31)】
(ドラゴンのブレス。炎が迫る)
マリア:
「聖なる障壁よ!」
(光の盾が展開。炎を弾く)
監督:
「OK! いいよマリアさん!」
マリア:
(小声で)
「当たり前だろ。一発で決めろって話」
レオ:
「俺の番だな。いくぞ」
(聖剣を構える。走り出す)
レオ:
「この剣が貴様のしゅう……」
(足元の水溜まりで滑る)
レオ:
「えんとな、うわっ」
(盛大に転ぶ。剣が手から離れ、弧を描いて飛んでいく)
(剣、ドラゴンの鼻先に突き刺さる)
ドラゴン:
「ギャウッ!?」
(暴れ出す。炎を乱射)
スタッフ一同:
「うわああああ!」
(全員逃げ惑う)
レオ:
(地面に這いつくばったまま)
「俺のせいじゃないから! 水溜まりが悪い!」
マリア:
(岩陰に隠れながら)
「お前のせいだよ!」
監督:
「カーット! 誰か消火魔法!」
トビー:
(カメラを庇いながら走る)
「機材! 機材優先で!」
(テイク31・大惨事)
-----
【個別インタビュー】
監督/告白部屋
(額に手を当て、俯く)
監督:
「……31テイク目でね」
(5秒の沈黙)
監督:
「ドラゴンが暴走したんですよ」
(カメラを見る。目が据わっている)
監督:
「レオくんが剣を投げて」
(また俯く)
監督:
「いや、投げたっていうか、滑って手から離れて」
(長い沈黙)
監督:
「私ね、この業界30年やってるんですけど」
(顔を上げる)
監督:
「魔獣に謝ったの初めてでしたね」
-----
【映像ログ:未公開(テイク38)】
(ドラゴン、隅っこで丸くなっている)
スタッフC:
「あの……ドラゴンさん、そろそろ……」
ドラゴン:
「……グルル」
(動かない)
マリア:
(近づいて、頭を撫でる)
「ほら、仕事だから。ね?」
ドラゴン:
「……グル」
(渋々立ち上がる)
レオ:
「俺が近づくと威嚇されるんだけど」
マリア:
「お前が鼻刺したからだろ」
レオ:
「わざとじゃないし」
マリア:
「結果が全てなんだよ」
(ドラゴン、レオを睨む)
レオ:
「ほら、睨んでる」
マリア:
「当然だろ」
トビー(カメラ後ろ):
「……ドラゴンにも好き嫌いあるんですね」
マリア:
「生き物だからな」
(テイク38・準備中)
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【トビーの制作日誌】
補足メモ・その2
意外な発見:
マリア、動物に優しい。
ドラゴンの機嫌を直したのは彼女だった。
頭を撫でながら「悪かったな、うちの馬鹿が」と言っていた。
レオは「馬鹿って誰」と憤慨していたが、
ドラゴンとマリアに同時に睨まれて黙った。
民主主義の敗北を見た。
-----
【映像ログ:未公開(テイク45)】
(ドラゴンのブレス。マリアの障壁。完璧)
レオ:
「今だ!」
(走り出す。今度は躓かない)
レオ:
「この剣が貴様の終焉となるッ!」
(剣を振り下ろす)
(ドラゴン、華麗に避ける)
レオ:
「えっ」
(空振り。勢い余って一回転)
ドラゴン:
(小馬鹿にしたような顔)
「グルルル」
レオ:
「今笑っただろ」
マリア:
「笑うだろ普通に」
レオ:
「味方しろよ!」
マリア:
「無理」
監督:
「カット……」
(テイク45・終了)
-----
【映像ログ:未公開(テイク46)】
レオ:
「この剣が貴様の終焉と……」
ドラゴン:
(レオを見て、露骨に溜息をつく)
レオ:
「……今、溜息ついた」
マリア:
「気のせいじゃない?」
レオ:
「絶対ついた」
ドラゴン:
「フーッ……」
レオ:
「ほら!」
マリア:
「まあ、気持ちは分かるけど」
レオ:
「どういう意味!?」
監督:
「集中して!」
(テイク46・中断)
-----
【個別インタビュー】
勇者レオ/告白部屋
(椅子に深く沈み、天井を仰ぐ)
レオ:
「46テイクか……」
(3秒の沈黙。髪を掻き上げる)
レオ:
「まあでも、俺のせいじゃないから」
(カメラを見る)
レオ:
「洞窟の地形が悪い。水溜まり多すぎ」
(頷く)
レオ:
「あと照明。暗すぎて足元見えない」
(5秒の沈黙)
レオ:
「あとドラゴン。俺のこと嫌いすぎ」
(眉を寄せる)
レオ:
「なんで嫌われてるの。俺、何もしてないのに」
トビー(画面外):
「鼻、刺しましたよね」
レオ:
「わざとじゃないし!」
(腕を組む)
レオ:
「……まあいいよ。次で決めるから」
(髪を整える)
レオ:
「47テイク目が伝説になる」
-----
【個別インタビュー】
聖女マリア/告白部屋
(煙草をくゆらせながら、脚を組む)
マリア:
「46回ね」
(煙を吐く)
マリア:
「私のNGは3回。残り43回は……」
(カメラを見る。無言)
マリア:
「……まあ、言わなくても分かるでしょ」
(5秒の沈黙。また煙を吐く)
マリア:
「でもあのドラゴン、いい子だったな」
(少し表情が緩む)
マリア:
「最後、撫でたら喉鳴らしてた」
(すぐに真顔に戻る)
マリア:
「……これ放送されないよね」
スタッフ(画面外):
「えーと……」
マリア:
(睨む)
「されないよね?」
スタッフ:
「……はい」
マリア:
(満足げに頷く)
「よし」
-----
【映像ログ:未公開(テイク47)】
監督:
「これで最後にしような……」
(全員、疲弊した顔)
監督:
「アクション」
(ドラゴンのブレス。マリアの障壁。完璧な連携)
レオ:
「今だ!」
(走り出す)
(足元確認。水溜まり回避。石も回避)
レオ:
「この剣が貴様の終焉となるッ!」
(振り下ろす)
(ドラゴン、動かない)
マリア:
(小声)
「……避けないの?」
ドラゴン:
(諦めた顔)
「……グルル」
(剣がドラゴンの鱗に当たる。鈍い音)
レオ:
「やった!」
監督:
「OK! OK!」
(スタッフ全員、歓声)
トビー(小声):
「……ドラゴン、わざと当たったよな」
マリア:
(囁く)
「空気読んだんだろ。46回も付き合わされて」
-----
【トビーの制作日誌】
王暦1547年・春の月・15日・深夜
現在、午前4時。編集室。
Abode Magi-Cut起動中。
エナジーポーション、3本目。
今日の素材:
・46回転んだり滑ったりする勇者
・ドラゴンに睨まれて怯える勇者
・ドラゴンに溜息をつかれる勇者
・最後は情けで当てさせてもらった勇者
これを「死闘の末の勝利」に編集する。
作業内容:
・ドラゴンの溜息:削除
・ドラゴンの小馬鹿にした顔:威嚇表情にエフェクト変更
・レオの転倒:全カット
・「俺のせいじゃない」→「覚悟はできている」にアフレコ差し替え
・マリアの「馬鹿」→「頼もしいお方」に差し替え
・感動BGM被せ
・スローモーション多用
完成映像を確認。
勇者は果敢に戦い、ドラゴンは凶悪で、聖女は献身的だった。
俺は何を作っているんだろう。
でも給料日は明後日。
ゴブリンにも誇りはある。
……ないかもしれない。
編集完了:午前5時半。
明日の撮影開始:午前6時。
睡眠時間:30分。
胃薬が切れた。
-----
【映像ログ:ON AIR(放送用)】
ガルム洞窟・最深部(編集後)
ナレーション:
「炎竜ガルムナイトとの死闘は、熾烈を極めた」
(巨大なドラゴンが炎を吐く。凶悪な咆哮)
レオ:
(雄々しく)
「覚悟はできている。聖女よ、援護を!」
マリア:
(神々しい光に包まれ)
「はい、頼もしいお方。聖なる加護を!」
(光の盾が勇者を守る)
ナレーション:
「聖女の祈りに応え、勇者は駆けた」
レオ:
「受けよ、聖剣の一撃!」
(スローモーション。剣が弧を描く)
(ドラゴンが苦悶の表情)
ナレーション:
「激闘の末、勇者は勝利した。炎竜は倒れ、洞窟に静寂が戻った」
-----
【トビーの制作日誌】
追記
放送後視聴率:24.2%
また記録更新。
街の声:
「勇者レオ様、ドラゴンにも怯まない」
「聖女マリア様の献身、泣けた」
レオのファンクラブ、会員数500人突破。
マリアの握手会、即日完売。
俺は今日もスタジオの隅で干し芋齧ってる。
椅子はまだない。
ドラゴンのレンタル業者から苦情が来た。
「ドラゴンが元気ない」と。
心当たりしかない。
次回撮影:「魔の森での遭遇」
ゲスト:魔法使いキャラ(新キャスト)
レオの心配:「新人に食われないか」
マリアの要求:「相性いい奴にしろ」
俺は胃薬を箱買いした。
-----
【次回予告】
ナレーション:
「魔の森で出会ったのは、天才魔法使い! 新たな仲間との絆が芽生える!」
レオ(NG映像):
「俺より目立つな。主役は俺だから」
マリア(NG映像):
「新人、タバコ吸う? 吸わない? ……残念」
???(新キャスト):
「あの、僕、本当に魔法使いやるんですか……?」
ナレーション:
「次回『魔法使いは三度泣く(テイク58)』」
トビー(日誌):
「テイク数、増えてる……」
王暦1547年・春の月・15日
視聴率23.7%。
王国放送史上最高記録を叩き出した第1話。
バルドー卿(プロデューサー)からの祝辞メモが届いた。
「期待している」の一言だけ。
その下に小さく「予算は増やさない」と書いてあった。
本日のロケ地:ガルム洞窟。
撮影内容:ドラゴンとの死闘。
用意されたドラゴン:CGじゃなくて本物。
……本物?
「予算の都合で魔法生物レンタルの方が安かった」と監督。
俺は二本目の胃薬を開けた。
レオの第一声:「炎で髪が焦げないよね?」
マリアの第一声:「タバコ吸える場所どこ」
今日も平和な現場である。
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【映像ログ:ON AIR(放送用)】
ガルム洞窟・最深部
(重厚なオーケストラBGM。松明の炎が揺らめく。岩壁に巨大な影)
ナレーション:
「洞窟の奥で待ち受けていたのは、炎竜ガルムナイト。その咆哮は山をも震わせる」
(巨大なドラゴンが翼を広げる。口から炎が渦巻く)
レオ:
(聖剣を構え、毅然と)
「来い、炎の化身よ。この剣が貴様の終焉となる」
ドラゴン:
「グオオオオオオッ!」
(炎のブレスが迫る)
マリア:
(両手を翳し、神聖な光)
「聖なる障壁よ、我らを守りたまえ!」
(光の盾が炎を弾く)
レオ:
「今だ!」
(聖剣が弧を描く。ドラゴンの鱗に深い傷)
ナレーション:
「勇者の一撃は、確かに魔獣の鎧を貫いた」
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【映像ログ:未公開(テイク1~46ダイジェスト)】
監督:
「アクション!」
レオ:
(剣を構える。キメ顔。3秒後)
「……セリフなんだっけ」
監督:
「カット」
(テイク1・終了)
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レオ:
「来い、炎の化身よ。この剣が貴様の……」
(ドラゴンがくしゃみ。小さな火花がレオの前髪を掠める)
レオ:
「ちょ、熱っ! 待って! 今、髪焦げた!?」
(手鏡を取り出す)
レオ:
「焦げてる! 先っぽ焦げてる!」
監督:
「……カット。メイクさん」
(テイク7・終了)
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マリア:
「聖なる障壁よ、我らを……」
(杖を振り上げた瞬間、ドラゴンの尻尾が薙ぎ払う)
マリア:
「うおっ」
(派手に吹っ飛ぶ)
マリア:
(起き上がりながら、低い声)
「おい誰だよこのトカゲ連れてきたの」
スタッフB:
「レンタル業者が……」
マリア:
「躾なってねえじゃん」
(ドラゴン、きょとんとした顔)
監督:
「カット……」
(テイク12・終了)
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レオ:
「この剣が貴様の終焉となる!」
(剣を振り下ろす。足が滑る。そのまま前のめりに)
レオ:
「あっ」
(ドラゴンの腹に頭から突っ込む)
ドラゴン:
「グルル?」
(困惑した顔で下を見る)
レオ:
(腹に埋もれたまま)
「……助けて」
マリア:
(腕を組んで見ている)
「自力で出ろよ」
(テイク19・終了)
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監督:
「レオくん、もうちょっと勇ましく」
レオ:
「勇ましくやってますけど」
監督:
「さっき『助けて』って言ったよね」
レオ:
「あれは戦略的な」
マリア:
(煙を吐きながら)
「戦略的に情けないな」
レオ:
「うるさいな。そっちこそ吹っ飛んでたじゃん」
マリア:
「トカゲが暴れたからだろ」
レオ:
「トカゲじゃなくてドラゴンな」
マリア:
「同じだろ」
ドラゴン:
「グルル……」
(なぜか傷ついた顔)
トビー(カメラ後ろ、小声):
「……聞こえてるっぽいな」
(テイク23・休憩中)
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【トビーの制作日誌】
補足メモ・その1
テイク23終了時点での問題:
・レオの前髪:3回焦げた
・マリアの衣装:2回破れた
・ドラゴンの機嫌:下降中
・俺の胃:限界
休憩中、ドラゴンに水を持っていった。
「ごめんな、うちのキャスト」と声をかけたら、頷いた気がした。
魔獣にも心はあるらしい。
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【映像ログ:未公開(テイク31)】
(ドラゴンのブレス。炎が迫る)
マリア:
「聖なる障壁よ!」
(光の盾が展開。炎を弾く)
監督:
「OK! いいよマリアさん!」
マリア:
(小声で)
「当たり前だろ。一発で決めろって話」
レオ:
「俺の番だな。いくぞ」
(聖剣を構える。走り出す)
レオ:
「この剣が貴様のしゅう……」
(足元の水溜まりで滑る)
レオ:
「えんとな、うわっ」
(盛大に転ぶ。剣が手から離れ、弧を描いて飛んでいく)
(剣、ドラゴンの鼻先に突き刺さる)
ドラゴン:
「ギャウッ!?」
(暴れ出す。炎を乱射)
スタッフ一同:
「うわああああ!」
(全員逃げ惑う)
レオ:
(地面に這いつくばったまま)
「俺のせいじゃないから! 水溜まりが悪い!」
マリア:
(岩陰に隠れながら)
「お前のせいだよ!」
監督:
「カーット! 誰か消火魔法!」
トビー:
(カメラを庇いながら走る)
「機材! 機材優先で!」
(テイク31・大惨事)
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【個別インタビュー】
監督/告白部屋
(額に手を当て、俯く)
監督:
「……31テイク目でね」
(5秒の沈黙)
監督:
「ドラゴンが暴走したんですよ」
(カメラを見る。目が据わっている)
監督:
「レオくんが剣を投げて」
(また俯く)
監督:
「いや、投げたっていうか、滑って手から離れて」
(長い沈黙)
監督:
「私ね、この業界30年やってるんですけど」
(顔を上げる)
監督:
「魔獣に謝ったの初めてでしたね」
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【映像ログ:未公開(テイク38)】
(ドラゴン、隅っこで丸くなっている)
スタッフC:
「あの……ドラゴンさん、そろそろ……」
ドラゴン:
「……グルル」
(動かない)
マリア:
(近づいて、頭を撫でる)
「ほら、仕事だから。ね?」
ドラゴン:
「……グル」
(渋々立ち上がる)
レオ:
「俺が近づくと威嚇されるんだけど」
マリア:
「お前が鼻刺したからだろ」
レオ:
「わざとじゃないし」
マリア:
「結果が全てなんだよ」
(ドラゴン、レオを睨む)
レオ:
「ほら、睨んでる」
マリア:
「当然だろ」
トビー(カメラ後ろ):
「……ドラゴンにも好き嫌いあるんですね」
マリア:
「生き物だからな」
(テイク38・準備中)
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【トビーの制作日誌】
補足メモ・その2
意外な発見:
マリア、動物に優しい。
ドラゴンの機嫌を直したのは彼女だった。
頭を撫でながら「悪かったな、うちの馬鹿が」と言っていた。
レオは「馬鹿って誰」と憤慨していたが、
ドラゴンとマリアに同時に睨まれて黙った。
民主主義の敗北を見た。
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【映像ログ:未公開(テイク45)】
(ドラゴンのブレス。マリアの障壁。完璧)
レオ:
「今だ!」
(走り出す。今度は躓かない)
レオ:
「この剣が貴様の終焉となるッ!」
(剣を振り下ろす)
(ドラゴン、華麗に避ける)
レオ:
「えっ」
(空振り。勢い余って一回転)
ドラゴン:
(小馬鹿にしたような顔)
「グルルル」
レオ:
「今笑っただろ」
マリア:
「笑うだろ普通に」
レオ:
「味方しろよ!」
マリア:
「無理」
監督:
「カット……」
(テイク45・終了)
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【映像ログ:未公開(テイク46)】
レオ:
「この剣が貴様の終焉と……」
ドラゴン:
(レオを見て、露骨に溜息をつく)
レオ:
「……今、溜息ついた」
マリア:
「気のせいじゃない?」
レオ:
「絶対ついた」
ドラゴン:
「フーッ……」
レオ:
「ほら!」
マリア:
「まあ、気持ちは分かるけど」
レオ:
「どういう意味!?」
監督:
「集中して!」
(テイク46・中断)
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【個別インタビュー】
勇者レオ/告白部屋
(椅子に深く沈み、天井を仰ぐ)
レオ:
「46テイクか……」
(3秒の沈黙。髪を掻き上げる)
レオ:
「まあでも、俺のせいじゃないから」
(カメラを見る)
レオ:
「洞窟の地形が悪い。水溜まり多すぎ」
(頷く)
レオ:
「あと照明。暗すぎて足元見えない」
(5秒の沈黙)
レオ:
「あとドラゴン。俺のこと嫌いすぎ」
(眉を寄せる)
レオ:
「なんで嫌われてるの。俺、何もしてないのに」
トビー(画面外):
「鼻、刺しましたよね」
レオ:
「わざとじゃないし!」
(腕を組む)
レオ:
「……まあいいよ。次で決めるから」
(髪を整える)
レオ:
「47テイク目が伝説になる」
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【個別インタビュー】
聖女マリア/告白部屋
(煙草をくゆらせながら、脚を組む)
マリア:
「46回ね」
(煙を吐く)
マリア:
「私のNGは3回。残り43回は……」
(カメラを見る。無言)
マリア:
「……まあ、言わなくても分かるでしょ」
(5秒の沈黙。また煙を吐く)
マリア:
「でもあのドラゴン、いい子だったな」
(少し表情が緩む)
マリア:
「最後、撫でたら喉鳴らしてた」
(すぐに真顔に戻る)
マリア:
「……これ放送されないよね」
スタッフ(画面外):
「えーと……」
マリア:
(睨む)
「されないよね?」
スタッフ:
「……はい」
マリア:
(満足げに頷く)
「よし」
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【映像ログ:未公開(テイク47)】
監督:
「これで最後にしような……」
(全員、疲弊した顔)
監督:
「アクション」
(ドラゴンのブレス。マリアの障壁。完璧な連携)
レオ:
「今だ!」
(走り出す)
(足元確認。水溜まり回避。石も回避)
レオ:
「この剣が貴様の終焉となるッ!」
(振り下ろす)
(ドラゴン、動かない)
マリア:
(小声)
「……避けないの?」
ドラゴン:
(諦めた顔)
「……グルル」
(剣がドラゴンの鱗に当たる。鈍い音)
レオ:
「やった!」
監督:
「OK! OK!」
(スタッフ全員、歓声)
トビー(小声):
「……ドラゴン、わざと当たったよな」
マリア:
(囁く)
「空気読んだんだろ。46回も付き合わされて」
-----
【トビーの制作日誌】
王暦1547年・春の月・15日・深夜
現在、午前4時。編集室。
Abode Magi-Cut起動中。
エナジーポーション、3本目。
今日の素材:
・46回転んだり滑ったりする勇者
・ドラゴンに睨まれて怯える勇者
・ドラゴンに溜息をつかれる勇者
・最後は情けで当てさせてもらった勇者
これを「死闘の末の勝利」に編集する。
作業内容:
・ドラゴンの溜息:削除
・ドラゴンの小馬鹿にした顔:威嚇表情にエフェクト変更
・レオの転倒:全カット
・「俺のせいじゃない」→「覚悟はできている」にアフレコ差し替え
・マリアの「馬鹿」→「頼もしいお方」に差し替え
・感動BGM被せ
・スローモーション多用
完成映像を確認。
勇者は果敢に戦い、ドラゴンは凶悪で、聖女は献身的だった。
俺は何を作っているんだろう。
でも給料日は明後日。
ゴブリンにも誇りはある。
……ないかもしれない。
編集完了:午前5時半。
明日の撮影開始:午前6時。
睡眠時間:30分。
胃薬が切れた。
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【映像ログ:ON AIR(放送用)】
ガルム洞窟・最深部(編集後)
ナレーション:
「炎竜ガルムナイトとの死闘は、熾烈を極めた」
(巨大なドラゴンが炎を吐く。凶悪な咆哮)
レオ:
(雄々しく)
「覚悟はできている。聖女よ、援護を!」
マリア:
(神々しい光に包まれ)
「はい、頼もしいお方。聖なる加護を!」
(光の盾が勇者を守る)
ナレーション:
「聖女の祈りに応え、勇者は駆けた」
レオ:
「受けよ、聖剣の一撃!」
(スローモーション。剣が弧を描く)
(ドラゴンが苦悶の表情)
ナレーション:
「激闘の末、勇者は勝利した。炎竜は倒れ、洞窟に静寂が戻った」
-----
【トビーの制作日誌】
追記
放送後視聴率:24.2%
また記録更新。
街の声:
「勇者レオ様、ドラゴンにも怯まない」
「聖女マリア様の献身、泣けた」
レオのファンクラブ、会員数500人突破。
マリアの握手会、即日完売。
俺は今日もスタジオの隅で干し芋齧ってる。
椅子はまだない。
ドラゴンのレンタル業者から苦情が来た。
「ドラゴンが元気ない」と。
心当たりしかない。
次回撮影:「魔の森での遭遇」
ゲスト:魔法使いキャラ(新キャスト)
レオの心配:「新人に食われないか」
マリアの要求:「相性いい奴にしろ」
俺は胃薬を箱買いした。
-----
【次回予告】
ナレーション:
「魔の森で出会ったのは、天才魔法使い! 新たな仲間との絆が芽生える!」
レオ(NG映像):
「俺より目立つな。主役は俺だから」
マリア(NG映像):
「新人、タバコ吸う? 吸わない? ……残念」
???(新キャスト):
「あの、僕、本当に魔法使いやるんですか……?」
ナレーション:
「次回『魔法使いは三度泣く(テイク58)』」
トビー(日誌):
「テイク数、増えてる……」
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