国民が熱狂する英雄譚は、全て虚構。最高視聴率番組の裏側でゴブリンADが王国の闇を記録し始めた。王国広報局番組『ブレイブ・ハート』ON AIR

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テイク2「炎の試練」

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【トビーの制作日誌】
王暦1547年・春の月・15日

視聴率23.7%。
王国放送史上最高記録をタタき出した第1話。
バルドー卿(プロデューサー)からの祝辞メモが届いた。
「期待している」の一言だけ。
その下に小さく「予算は増やさない」と書いてあった。

本日のロケ地:ガルム洞窟ドウクツ
撮影内容:ドラゴンとの死闘。
用意されたドラゴン:CGじゃなくて本物。

……本物?

「予算の都合で魔法生物レンタルの方が安かった」と監督。
俺は二本目の胃薬を開けた。

レオの第一声:「炎で髪がげないよね?」
マリアの第一声:「タバコ吸える場所どこ」

今日も平和な現場である。

-----

【映像ログ:ON AIR(放送用)】
ガルム洞窟・最深部

(重厚なオーケストラBGM。松明タイマツの炎がらめく。岩壁に巨大な影)

ナレーション:
「洞窟の奥で待ち受けていたのは、炎竜ガルムナイト。その咆哮ホウコウは山をもフルわせる」

(巨大なドラゴンが翼を広げる。口から炎が渦巻ウズマく)

レオ:
(聖剣を構え、毅然キゼンと)
「来い、炎の化身よ。この剣が貴様の終焉となる」

ドラゴン:
「グオオオオオオッ!」

(炎のブレスがセマる)

マリア:
(両手をカザし、神聖な光)
「聖なる障壁ショウヘキよ、我らを守りたまえ!」

(光のタテが炎をハジく)

レオ:
「今だ!」

(聖剣がを描く。ドラゴンのウロコに深い傷)

ナレーション:
「勇者の一撃は、確かに魔獣マジュウヨロイツラヌいた」

-----

【映像ログ:未公開(テイク1~46ダイジェスト)】

監督:
「アクション!」

レオ:
(剣を構える。キメ顔。3秒後)
「……セリフなんだっけ」

監督:
「カット」

(テイク1・終了)

-----

レオ:
「来い、炎の化身ケシンよ。この剣が貴様の……」

(ドラゴンがくしゃみ。小さな火花がレオの前髪をカスめる)

レオ:
「ちょ、熱っ! 待って! 今、髪げた!?」

(手鏡を取り出す)

レオ:
「焦げてる! 先っぽ焦げてる!」

監督:
「……カット。メイクさん」

(テイク7・終了)

-----

マリア:
「聖なる障壁よ、我らを……」

ツエを振り上げた瞬間、ドラゴンの尻尾がぎ払う)

マリア:
「うおっ」

派手ハデっ飛ぶ)

マリア:
(起き上がりながら、低い声)
「おい誰だよこのトカゲ連れてきたの」

スタッフB:
「レンタル業者が……」

マリア:
シツケなってねえじゃん」

(ドラゴン、きょとんとした顔)

監督:
「カット……」

(テイク12・終了)

-----

レオ:
「この剣が貴様の終焉となる!」

(剣を振り下ろす。足がスベる。そのまま前のめりに)

レオ:
「あっ」

(ドラゴンの腹に頭からっ込む)

ドラゴン:
「グルル?」

(困惑した顔で下を見る)

レオ:
ハラもれたまま)
「……助けて」

マリア:
(腕を組んで見ている)
「自力で出ろよ」

(テイク19・終了)

-----

監督:
「レオくん、もうちょっと勇ましく」

レオ:
「勇ましくやってますけど」

監督:
「さっき『助けて』って言ったよね」

レオ:
「あれは戦略センリャク的な」

マリア:
(煙を吐きながら)
「戦略的に情けないな」

レオ:
「うるさいな。そっちこそ吹っ飛んでたじゃん」

マリア:
「トカゲがアバれたからだろ」

レオ:
「トカゲじゃなくてドラゴンな」

マリア:
「同じだろ」

ドラゴン:
「グルル……」

(なぜかキズついた顔)

トビー(カメラ後ろ、小声):
「……聞こえてるっぽいな」

(テイク23・休憩中)

-----

【トビーの制作日誌】
補足メモ・その1

テイク23終了時点での問題:
・レオの前髪:3回焦げた
・マリアの衣装:2回破れた
・ドラゴンの機嫌:下降中
・俺の胃:限界

休憩中、ドラゴンに水を持っていった。
「ごめんな、うちのキャスト」と声をかけたら、ウナズいた気がした。
魔獣にも心はあるらしい。

-----

【映像ログ:未公開(テイク31)】

(ドラゴンのブレス。炎がセマる)

マリア:
「聖なる障壁よ!」

(光の盾が展開。炎をハジく)

監督:
「OK! いいよマリアさん!」

マリア:
(小声で)
「当たり前だろ。一発で決めろって話」

レオ:
「俺の番だな。いくぞ」

(聖剣を構える。走り出す)

レオ:
「この剣が貴様のしゅう……」

(足元の水溜ミズタまりで滑る)

レオ:
「えんとな、うわっ」

(盛大に転ぶ。剣が手からハナれ、を描いて飛んでいく)

(剣、ドラゴンの鼻先にき刺さる)

ドラゴン:
「ギャウッ!?」

アバれ出す。炎を乱射ランシャ

スタッフ一同:
「うわああああ!」

(全員逃げマドう)

レオ:
(地面にいつくばったまま)
「俺のせいじゃないから! 水溜まりが悪い!」

マリア:
(岩陰に隠れながら)
「お前のせいだよ!」

監督:
「カーット! 誰か消火魔法!」

トビー:
(カメラをカバいながら走る)
「機材! 機材優先で!」

(テイク31・大惨事)

-----

【個別インタビュー】
監督/告白部屋

(額に手を当て、ウツムく)

監督:
「……31テイク目でね」

(5秒の沈黙)

監督:
「ドラゴンが暴走ボウソウしたんですよ」

(カメラを見る。目がわっている)

監督:
「レオくんが剣を投げて」

(また俯く)

監督:
「いや、投げたっていうか、滑って手から離れて」

(長い沈黙)

監督:
「私ね、この業界30年やってるんですけど」

(顔を上げる)

監督:
「魔獣にアヤマったの初めてでしたね」

-----

【映像ログ:未公開(テイク38)】

(ドラゴン、スミっこでマルくなっている)

スタッフC:
「あの……ドラゴンさん、そろそろ……」

ドラゴン:
「……グルル」

(動かない)

マリア:
(近づいて、アタマでる)
「ほら、仕事だから。ね?」

ドラゴン:
「……グル」

渋々シブシブ立ち上がる)

レオ:
「俺が近づくと威嚇イカクされるんだけど」

マリア:
「お前が鼻したからだろ」

レオ:
「わざとじゃないし」

マリア:
「結果が全てなんだよ」

(ドラゴン、レオをニラむ)

レオ:
「ほら、ニラんでる」

マリア:
「当然だろ」

トビー(カメラ後ろ):
「……ドラゴンにも好き嫌いあるんですね」

マリア:
「生き物だからな」

(テイク38・準備中)

-----

【トビーの制作日誌】
補足メモ・その2

意外な発見:
マリア、動物に優しい。

ドラゴンの機嫌キゲンを直したのは彼女だった。
頭を撫でながら「悪かったな、うちの馬鹿が」と言っていた。
レオは「馬鹿って誰」と憤慨フンガイしていたが、
ドラゴンとマリアに同時にニラまれて黙った。

民主主義の敗北ハイボクを見た。

-----

【映像ログ:未公開(テイク45)】

(ドラゴンのブレス。マリアの障壁。完璧)

レオ:
「今だ!」

(走り出す。今度はツマズかない)

レオ:
「この剣が貴様の終焉となるッ!」

(剣を振り下ろす)

(ドラゴン、華麗カレイける)

レオ:
「えっ」

(空振り。イキオい余って一回転イッカイテン

ドラゴン:
小馬鹿コバカにしたような顔)
「グルルル」

レオ:
「今ワラっただろ」

マリア:
「笑うだろ普通に」

レオ:
「味方しろよ!」

マリア:
「無理」

監督:
「カット……」

(テイク45・終了)

-----

【映像ログ:未公開(テイク46)】

レオ:
「この剣が貴様の終焉と……」

ドラゴン:
(レオを見て、露骨ロコツ溜息タメイキをつく)

レオ:
「……今、溜息タメイキついた」

マリア:
「気のせいじゃない?」

レオ:
絶対ゼッタイついた」

ドラゴン:
「フーッ……」

レオ:
「ほら!」

マリア:
「まあ、気持ちは分かるけど」

レオ:
「どういう意味!?」

監督:
「集中して!」

(テイク46・中断)

-----

【個別インタビュー】
勇者レオ/告白部屋

(椅子に深くシズみ、天井をアオぐ)

レオ:
「46テイクか……」

(3秒の沈黙。髪をき上げる)

レオ:
「まあでも、俺のせいじゃないから」

(カメラを見る)

レオ:
「洞窟の地形チケイが悪い。水溜まり多すぎ」

ウナズく)

レオ:
「あと照明。暗すぎて足元見えない」

(5秒の沈黙)

レオ:
「あとドラゴン。オレのことキラいすぎ」

マユせる)

レオ:
「なんで嫌われてるの。俺、何もしてないのに」

トビー(画面外):
「鼻、刺しましたよね」

レオ:
「わざとじゃないし!」

ウデを組む)

レオ:
「……まあいいよ。次で決めるから」

(髪をトトノえる)

レオ:
「47テイク目が伝説デンセツになる」

-----

【個別インタビュー】
聖女マリア/告白部屋

煙草タバコをくゆらせながら、アシを組む)

マリア:
「46回ね」

(煙を吐く)

マリア:
「私のNGは3回。残り43回は……」

(カメラを見る。無言ムゴン

マリア:
「……まあ、わなくても分かるでしょ」

(5秒の沈黙。また煙を吐く)

マリア:
「でもあのドラゴン、いい子だったな」

(少し表情がユルむ)

マリア:
「最後、でたらノドらしてた」

(すぐに真顔マガオに戻る)

マリア:
「……これ放送ホウソウされないよね」

スタッフ(画面外):
「えーと……」

マリア:
ニラむ)
「されないよね?」

スタッフ:
「……はい」

マリア:
満足マンゾクげにウナズく)
「よし」

-----

【映像ログ:未公開(テイク47)】

監督:
「これで最後にしような……」

(全員、疲弊ヒヘイした顔)

監督:
「アクション」

(ドラゴンのブレス。マリアの障壁。完璧な連携レンケイ

レオ:
「今だ!」

(走り出す)

(足元確認。水溜まり回避。石も回避)

レオ:
「この剣が貴様の終焉となるッ!」

(振り下ろす)

(ドラゴン、動かない)

マリア:
(小声)
「……避けないの?」

ドラゴン:
アキラめた顔)
「……グルル」

(剣がドラゴンの鱗に当たる。ニブい音)

レオ:
「やった!」

監督:
「OK! OK!」

(スタッフ全員、歓声カンセイ

トビー(小声):
「……ドラゴン、わざと・・・・当たったよな」

マリア:
ササヤく)
「空気読んだんだろ。46回も付き合わされて」

-----

【トビーの制作日誌】
王暦1547年・春の月・15日・深夜

現在、午前4時。編集室。
Abode Magi-Cut起動中。
エナジーポーション、3本目。

今日の素材:
・46回転んだり滑ったりする勇者
・ドラゴンにニラまれてオビえる勇者
・ドラゴンに溜息タメイキをつかれる勇者
・最後はナサけで当てさせてもらった勇者

これを「死闘シトウの末の勝利」に編集する。

作業内容:
・ドラゴンの溜息:削除
・ドラゴンの小馬鹿コバカにした顔:威嚇イカク表情にエフェクト変更
・レオの転倒:全カット
・「オレのせいじゃない」→「覚悟カクゴはできている」にアフレコ差し替え
・マリアの「馬鹿バカ」→「タノもしいお方」に差し替え
・感動BGMカブ
・スローモーション多用

完成映像を確認。
勇者は果敢カカンに戦い、ドラゴンは凶悪キョウアクで、聖女は献身ケンシン的だった。

俺は何を作っているんだろう。
でも給料日は明後日。
ゴブリンにもホコりはある。
……ないかもしれない。

編集完了:午前5時半。
明日の撮影開始:午前6時。
睡眠時間:30分。

胃薬が切れた。

-----

【映像ログ:ON AIR(放送用)】
ガルム洞窟・最深部(編集後)

ナレーション:
「炎竜ガルムナイトとの死闘シトウは、熾烈シレツを極めた」

(巨大なドラゴンが炎をく。凶悪キョウアク咆哮ホウコウ

レオ:
雄々オオしく)
覚悟カクゴはできている。聖女セイジョよ、援護エンゴを!」

マリア:
神々コウゴウしい光に包まれ)
「はい、タノもしいお方。聖なる加護カゴを!」

(光のタテが勇者を守る)

ナレーション:
「聖女のイノりにコタえ、勇者はけた」

レオ:
「受けよ、聖剣セイケン一撃イチゲキ!」

(スローモーション。剣がを描く)

(ドラゴンが苦悶クモンの表情)

ナレーション:
激闘ゲキトウの末、勇者は勝利ショウリした。炎竜エンリュウタオれ、洞窟に静寂セイジャクモドった」

-----

【トビーの制作日誌】
追記

放送後視聴率:24.2%
また記録更新コウシン

街の声:
「勇者レオ様、ドラゴンにもヒルまない」
「聖女マリア様の献身ケンシンけた」

レオのファンクラブ、会員カイイン数500人突破トッパ
マリアの握手会アクシュカイ即日ソクジツ完売カンバイ

俺は今日もスタジオの隅でイモカジってる。
椅子はまだない。

ドラゴンのレンタル業者から苦情クジョウが来た。
「ドラゴンが元気ない」と。
心当ココロアたりしかない。

次回撮影:「モリでの遭遇ソウグウ
ゲスト:魔法使マホウツカいキャラ(新キャスト)

レオの心配:「新人シンジンわれないか」
マリアの要求:「相性アイショウいいヤツにしろ」

俺は胃薬を箱買ハコガいした。

-----

【次回予告】

ナレーション:
モリで出会ったのは、天才テンサイ魔法使マホウツカい! 新たな仲間ナカマとのキズナ芽生メバえる!」

レオ(NG映像):
「俺より目立つな。主役シュヤクは俺だから」

マリア(NG映像):
新人シンジン、タバコう? わない? ……残念ザンネン

???(新キャスト):
「あの、僕、本当ホントウ魔法使マホウツカいやるんですか……?」

ナレーション:
「次回『魔法使マホウツカいは三度サンドく(テイク58)』」

トビー(日誌):
「テイク数、えてる……」
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